上 下
43 / 79
本編

43 過去の罪 アンジェリカ視点

しおりを挟む
(ああ、ムカつくムカつくムカつく!!!)


私はこみ上げてくる苛立ちを必死で抑えながら王宮の廊下を早足で歩いていた。いつもより荒れているせいか、私が一歩踏み出すたびにヒールの音がガンッガンッと鳴り響く。


「ヒィッ!」


すれ違う使用人たちが殺気を放つ私を見て怯えたように道を開ける。しかし今はそんなもの気にならない。


私はこの日、人生で最大の屈辱を受けた。


(あの聖女・・・絶対痛い目遭わせてやるわ・・・)


そんなことを思いながらも、私は自室に戻った。


「ハァ・・・」


部屋にある椅子に座った私は深呼吸を繰り返した。しかし、いくら心を落ち着かせようとしてもこのイライラが収まることはなかった。


(どうしてやろうかしら・・・)


今の私の頭を占めていたのは聖女ソフィアに対する憎しみだけだった。







私はこの国の第一王女として生を受けた。


母譲りの美しい容姿、王女という高貴な身分、それに加えて国王であるお父様の寵愛を一身に受けていた私は幼い頃から欲しいものは何でも手に入った。ドレスも宝石も、人だって望めばみんな私の物になった。


しかし、そんな風に甘やかされて育ったせいか性格はかなり歪んでしまった。自分でもそう思うほどに。


「まぁ、見て!コーラル伯爵家のご令嬢よ!」


「まだ幼いのに何故あんなに美しいの!あれは将来とんでもない美人になりそうね!」


そのことに気付いたのはまだ幼い頃だった。王宮に訪れていた貴族のご婦人たちの会話を聞いたときのことだ。別に私の悪口を言っているわけでもないのに、何故だか物凄く腹が立ったのを覚えている。


「・・・」


それを聞いた私は幼いながらにして思った。


(美しい・・・?私よりも・・・?)


―気に入らない。


私がここにいるのに。何故あの人たちはあんな風に他の女を褒め称えているのだろう。


そのとき、初めて嫉妬という感情を覚えた。私はどうやらコーラル伯爵家の令嬢に嫉妬しているらしい。その感情を自分の中から消すために他のことを考えて気を紛らわそうとしたが、どれだけ頑張ってもその嫉妬という感情は無くならなかった。


そしてその日の夜、一緒の部屋にいたお父様がいつもより元気の無い私を見て声をかけてきた。


「どうしたんだ、アンジェリカ。機嫌が悪そうだな」


「・・・お父様には関係の無い話だわ」


そう言ってぷいっと顔を背けた私にお父様は優しい口調で尋ねた。


「まあまあそう言わずに話してくれないか。私はお前の願いなら何だって叶えてやる」


「・・・本当に?」


「ああ、もちろん。お前はアンジェラが残していった子供なのだからな」


「・・・」


お父様は私のお母様を心から愛している。だからこそ私のことも溺愛しているのだという。ちなみに私はお母様に会ったことがない。お父様の側室だった母は私が産むと同時に亡くなってしまったから。どんな人なのかも知らない。別に興味も無かった。私が自身の母について知っていることといえばただお父様の愛する人だということだけ。


私はそんなお父様に今日あったことを話した。


「そうか、そんなことがあったのか」


「ええ、本当にムカつくわ」


「・・・」


私の話を聞いたお父様は何かを考え込むような素振りをした。


「その人たちったらその令嬢が私よりも美しいって言うのよ?おかしな話じゃない?お父様もそう思うでしょう?」


その言葉に、お父様の顔が不愉快だとでも言わんばかりに歪んだ。


「・・・お前よりも美しいだって?」


「そうよ、私よりも美しいってハッキリと言われたわ」


これは嘘だった。別にそんなこと言われてはいないが、お父様により同情してもらうために話を誇張したのだ。


「何だと!?お前は私の愛したアンジェラの忘れ形見だというのに!」


「ホント、ありえないでしょう?」


そのとき、お父様が私の肩を両手でグッと掴んだ。そして真剣な眼差しでこう言った。


「アンジェリカ、安心しろ。お前を傷付ける奴は私が全員排除してやる」


「お父様・・・?」


私はこのとき、お父様の言っていることの意味がよく分からなかった。その言葉の意味に気付いたのはそれから数日後のことだった。


コーラル伯爵令嬢が突如失踪した。


社交界はその話で持ち切りだった。あまりの美しさゆえに誘拐されただとか様々な憶測が立っていたが、私にはすぐに分かった。


(あ・・・きっとお父様に消されたんだわ)


別に可哀相だとも思わなかった。だってあの女は私にとって邪魔な存在でしかなかったから。


―私より美しい人間は、この世に存在してはいけないの。


次第に私はそんな考えを持って生きるようになっていった。






それから数年後。


私はあれからお父様にお願いして何人もの令息令嬢たちを消してきた。


この私の婚約者候補を辞退したいと言ってきた生意気な伯爵令息、私より注目を集めていた侯爵令嬢、才女と呼ばれ人々から褒め称えられていた子爵令嬢。


罪悪感なんて少しもないわ。だってどれもこの世に存在してはいけない人たちだもの。


表では心優しい王女の仮面をかぶって生きている反面、裏では悪事に手を染めていた。しかし誰一人として私の裏の顔には気付かない。みんながこの美しい容姿に騙されて私を聖母か何かだと思い込むのだ。


(ホンット、美しいって得ね。私のお母様もその美貌でお父様を落としたようなものだし)


そんなある日、私は王宮の庭園を一人で散歩していたときに偶然ある人物と出会った。


(あれって・・・お兄様・・・?)


庭園でお茶をしていたのは、私の異母兄であるフィリクスお兄様だった。この国の第一王子として生を受けた腹違いの兄。まだ幼いにもかかわらず非常に優秀であると貴族たちが言っていたのを思い出す。しかし私はそんなお兄様とはほとんど関わったことが無かった。お父様が私とお兄様が必要以上に関わることを良く思っていなかったし、私も自分の腹違いの兄に対する興味など無かったからだ。


そして、その向かいに座っていたのは―


(王妃・・・様・・・)


フィリクスお兄様の母親であり、この国の王妃でもあるクレア様だった。私は王妃様ともほとんど関わったことがない。噂によると私の母とはどうも折り合いが悪かったらしい。


二人は王宮の庭園で楽しそうにお茶をしていた。慈愛に満ちた笑みを浮かべて息子を見つめる母親と、そんな母親に笑い返す息子。


このとき、ドス黒い何かが私の心を蝕んだ。


(ずるい・・・お兄様だけずるいわ・・・)


―私には、お母様がいないのに。


それから私はすぐにお父様のいる執務室へと向かった。その間のことはよく覚えていない。お兄様に対する嫉妬心だけが私を支配していた。


「アンジェリカ、どうしたんだ?そんなに慌てて」


「ねぇお父様、お願いがあるの」


「何だい?」


「―王妃様を、消してほしいの」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】無能に何か用ですか?

凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」 とある日のパーティーにて…… セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。 隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。 だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。 ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ…… 主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

処理中です...