上 下
41 / 79
本編

41 聖女vs王女

しおりを挟む
アレックスと言い争いをしてから数日後。


あの日からアレックスが私に何かしてくることは無くなった。私に言われたことが相当効いたようだ。アンジェリカ王女殿下に嫌味を言われるようなこともなく、ここ最近は比較的穏やかに過ごせていた。


そして今日、私は珍しく自室でお茶をしていた。それも一人ではなくフローレス公女と。


「聖女様」


「フローレス公女様・・・」


私の目の前にはさっきからずっとニコニコしているフローレス公女が座っていた。


「またお会い出来てとっても嬉しいですわ」


私がお茶会に招待したわけではなく、本当に偶然だった。王宮の廊下を歩いていたところたまたまフローレス公女と遭遇し、ちょうど空き時間だったため暇していた彼女をお茶に誘ったのである。


(まぁ、私もフローレス公女のことは好きだから別に良いけれど)


こうしていると何だか妹が出来たみたいで嬉しくなる。私はそんなフローレス公女に笑い返した。


「ええ、私も公女様に会えて嬉しいです。それより今日も王太子殿下に会いに王宮へ来られたのですか?」


「あ、えっと・・・私がというよりかはお父様が・・・」


「フローレス公爵閣下が?」


私はその言葉に少しだけ驚いた。


(最近よく王太子殿下に会いに来ているみたいね・・・)


どうやらフローレス公爵閣下がよく王太子殿下に会いに来ているようだ。


「はい、私は聖女様に会いたくてついて来てしまいました」


そう言いながらえへへと笑うフローレス公女は本当に愛らしい。


「私も会いたかったです、公女様」


「まあ、本当ですか?」


「はい」


私のその言葉にフローレス公女が嬉しそうに顔を輝かせた。それから私たちはしばらくの間お茶を飲みながらお互いの近況についての話をした。





和やかな雰囲気のまま時間が過ぎ、フローレス公女が公爵邸へ帰る時間となった。


「あ!そろそろ時間ですわ」


「まぁ、ではここでお別れですね」


「もっと聖女様とご一緒したかったのに・・・」


私の言葉に、フローレス公女の顔が一瞬にして曇った。彼女の暗い表情を見るのは心苦しいが、こればかりはどうしようもない。私は落ち込むフローレス公女を慰めるようにして言った。


「またすぐに会えますよ、公女様」


それを聞いたフローレス公女の表情が明るくなった。


「はい!楽しみにしておりますわ!」


侍女にお茶を下げさせた私は、フローレス公女を父である公爵様の元まで送るために一緒に部屋を出た。


「次は公女様の好きなお菓子を用意してお待ちしていますね」


「まぁ、本当ですか!?」


二人楽しく会話をしながら歩いていたそのとき、後ろから聞き慣れた声が私たちの間に割り込んだ。


「―あら、誰かと思ったら負け犬のお二方ではありませんか」


「「!」」


その声に、二人同時に後ろを振り返った。


「アンジェリカ王女殿下・・・!」


「王女殿下・・・」


王女殿下を見たフローレス公女の顔がみるみるうちに引きつっていく。このような反応になるのは当然だ。フローレス公女とアンジェリカ王女殿下には因縁があるのだから。


「ご機嫌よう、聖女様、フローレス公女」


「・・・お久しぶりでございます、王女殿下」


フローレス公女は王女殿下の前で美しいカーテシーを披露した。私もそれに倣ってカーテシーをする。王女殿下は気付いていないようだが、フローレス公女の声がいつもより少しだけ低くなっている。


「フローレス公女・・・」


王女殿下は目の前で頭を下げているフローレス公女を見て口角を上げた。その声に公女が顔を上げて王女殿下を見た。


「・・・何でしょうか」


「元気そうで良かったですわ。あのときのショックで公爵邸から出られなくなっているのではないかと心配しておりました」


「・・・」


その言葉を聞いたフローレス公女の眉がピクリと動いた。王女殿下の発言が相当頭に来ているようだ。フローレス公女の隣でそれを見ていた私はというと―


(・・・アンジェリカ王女殿下ってこんな口調だったっけ?)


王女殿下の変わりっぷりに驚いた。もしかすると年下相手には威張りたいタイプの人なのかもしれない。


「・・・私のことを気にかけてくださりありがとうございます。この通り、ピンピンしておりますわ」


「まあ、それは良かったわ」


目の前でアンジェリカ王女殿下とフローレス公女がバチバチと火花を散らしている。それから二人はしばらくの間見つめ合っていたが、先に視線を逸らしたのはフローレス公女の方だった。


「王女殿下、他に御用が無いのであれば私たちは失礼いたします」


王女相手では分が悪いと思ったのか、フローレス公女が私の手を引っ張ってこの場を立ち去ろうとする。しかし、そんな私たちに王女殿下は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「まあ、せっかくお会い出来たというのにもう行ってしまうの?それとも、怖いのかしら?私にまた大切な人を奪われるんじゃないかって」


「・・・!」


その言葉に、嫌な記憶を思い出してしまったのかフローレス公女が涙目になって俯いた。


「こ、公女様・・・」


今のは間違いなく私とフローレス公女両方に対して言った言葉だろう。私はもう何とも思わないが、隣で肩を震わせて涙をこらえているフローレス公女を見て王女殿下に対する怒りがこみ上げてくる。


(私だけならまだしも、フローレス公女はまだ幼いのに・・・)


私はついに我慢の限界を迎え、フローレス公女を庇うようにして前に出た。


「王女殿下、いい加減にしてください」


「・・・何ですって?」


私の反抗的な態度に王女殿下の顔から表情が消えた。しかし今の私にはそれを怖いとも思わなかった。


「これ以上公女様を傷付けないでください!」


「・・・平民が、誰に向かってそんな口を聞いているの?」


「聖女様・・・!?」


私に気付いたフローレス公女が驚いたように顔を上げた。


「私のことはどれだけ傷付けてもかまいません。だから公女様を標的にするのはもうやめてください」


「何よ、私に命令しているの!?」


私が反論したのが相当気に食わなかったのか、王女殿下は美しい顔を歪ませた。


「この私にそんなこと言うだなんて、それは死にたいという・・・」


「―王女殿下」


そのとき、後ろにいたフローレス公女が今度は私の前に出た。


「聖女様に手を出すおつもりですか?まさか王女殿下ともあろう方が、”あのこと”を知らないわけではありませんわよね?」


「・・・・・・ッ!」


フローレス公女のその言葉に、王女殿下の顔は青くなっていった。


(あのことって何だろう・・・?)


フローレス公女の言っているあのこととは一体何のことなのだろうか。その一言を聞いた王女殿下が顔色を変えた意味が分からず、困惑した。


「お、覚えてなさい!!!」


そして王女殿下は息を荒くしながら逃げるようにしてこの場を去った。彼女が完全に見えなくなってからようやく私はほっと胸を撫で下ろした。


「・・・ふぅ、何とかなりましたね。公女様」


「・・・」


前にいるフローレス公女は俯いたままプルプルと震えていた。


「うわーん、聖女様ぁぁぁ!!!」


そして、黙り込んだと思ったら今度は泣きながら私に抱き着いてきた。


「こ、公女様・・・?」


「私のために王女殿下にあんなことを・・・!」


「あ」


どうやらフローレス公女はそれで泣いているらしい。私のために涙を流してくれるだなんて本当に優しい子だ。


「聖女様ぁ・・・」


私は私の胸で泣き続けるフローレス公女に優しく微笑んだ。


「お気になさらないでください、王女殿下には元々嫌われてましたから」


「そ、そんな・・・」


私の言葉にフローレス公女は沈痛な面持ちで私を見つめた。


「ところで公女様、さっき王女殿下に言ってた”あのこと”って一体何なのですか?」


「・・・」


私のその問いにフローレス公女はポカンと口を開けて固まった。


「・・・もしかして聖女様はご存知ないのですか?」


「え、何をですか?」


「・・・」


場がシーンとなった。


しばらくして、フローレス公女がハッとなって口を開いた。


「えっと・・・そうですわね。それならどこから説明すればいいのか・・・」


「・・・?」


「―この国には聖女に関するとある法が存在しています」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...