上 下
23 / 79
本編

23 婚約者候補

しおりを挟む
王太子殿下と共に魔物の討伐に行ってから数日経ったある日のことだった。


私は王宮の庭園にいた。


そして、それと同時に人生で何度目かの絶望を味わっていた。


「・・・」


「・・・」


そのときの私は一人ではなかった。


縦ロールの金髪碧眼美少女が私をじっと見つめている。その顔は終始無表情で何を考えているかが全く分からない。何か喋ってくれればいいのに、彼女は先ほどからずっと何かを考えているようで黙り込んだままだ。


二人の間に沈黙が流れる。


気まずい。気まずすぎる。お互いに一言も喋らないため、時間だけがただ過ぎて行く。


目の前の縦ロール美少女が何かを探るような目で私を見ている。私はというと、その得体のしれない視線に顔色を悪くしていた。


(な、何故こうなったの―!?)


時は、数十分前に遡る。





◇◆◇◆◇◆





私が危惧した通り、王宮では完全に私と王太子殿下のことが噂になっていた。


王宮の舞踏会という人目のある場所でダンスをしたうえに、何故か私と王太子殿下が五日間共にいたことが広まっていたのである。ただでさえ貴族たちから嫌われていたのに、今回の件がきっかけで私に対する彼らの目はいっそう厳しくなった。


王宮の廊下を歩くたびに侍女たちがヒソヒソと私の噂をしている。


「聖女様は王太子殿下と一体どういう関係なのかしら・・・?」


「王太子殿下は今までどんな美女にも興味を示さなかったのに・・・もしかしてあの聖女と特別な関係なのかしら?」


「何言ってるの!あの王太子殿下が平民の女を選ぶはずがないわ!」


「そうよ!あの聖女、大して美しくもないし聖女として優秀なわけでもないじゃない!完璧な王太子殿下がそんな女を選ぶわけがないわ」


彼女たちの心無い言葉に胸がギュッと締め付けられる。


(そりゃあそうなるよね・・・だって王太子殿下だもんね・・・)


しかしこればっかりは仕方がない。令嬢たちの憧れである王太子殿下が平民である私と結ばれるだなんて彼女たちからしたら不満でしかないだろうから。


最近では誰かとすれ違うたびに陰口を叩かれるようになった。あの聖女では王太子殿下には釣り合わないというのはもちろん、王太子殿下を誑かそうとしているだとか根拠のないことまで言われている。


(釣り合わないって・・・私だってそう思うけど・・・)


他人に言われるとなかなか傷付く。


「あの女、王太子殿下と少し親しくしているからって調子に乗ってるんじゃないでしょうね?」


「ありえないわ、王太子殿下には婚約者候補のフローレス公女様がいらっしゃるのに!」


「まさか公女様を差し置いて殿下と結婚しようと思ってるんじゃ・・・」


「「「何て嫌な女なの!!!」」」


(それ、誤解です!)


心の中で激しくそう思ったものの、彼女たちの会話に口を挟むことは出来なかった。


王太子殿下はたしかに私に優しくしてくれるけれど、それは義務的なものだ。血の繋がった妹がやったことを気にしているのだろう。だからこそ私をあそこまで気にかけてくれているのだ。そこに特別な意味は無い。


彼らはそのことを知らないからあんな風に言っているのだろう。すぐに誤解を解きたいが私の話を聞いてくれるかどうか・・・


そんなことを思っていたそのとき、突然声をかけられた。


―「あの、少しよろしいでしょうか?」


「・・・?」


振り返ると、金髪碧眼の美少女が後ろに立っていた。


(どこかの貴族のご令嬢かな・・・?)


初めて見る顔だった。まだ幼いが、その所作は洗練されていて高位貴族の令嬢だということが一目で分かった。


「あなたは・・・?」


私がそう尋ねると目の前のご令嬢は美しいカーテシーを披露した。


「・・・・・・申し遅れました。私はフローレス公爵家が長女、リリーナと申します」


「えっ・・・フローレス・・・」


その名前を聞いた私は驚きを隠せなかった。


(フローレス公爵家ってたしか、この国に二つしかない公爵家のうちの一つだよね・・・?)


そう、フローレス公爵家はこの国の貴族家で唯一アルベール・ダグラスの生家であるダグラス公爵家と同等の力を持っている家なのだ。






―リリーナ・フローレス


フローレス公爵家の一人娘である。ちなみに王太子殿下の母君の王妃陛下はフローレス公爵家の出身で現当主は王妃陛下の弟だ。つまり、王太子殿下とは従兄弟同士にあたる。


そして、フローレス公女は王太子殿下の婚約者候補でもある。


(社交界デビューする前だから顔は分からなかった・・・)


そのことに気付いた私は血の気が引いた。


「―ところで聖女様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」


「・・・!」


彼女の言葉に元々悪くなっていた顔色がついに真っ青になった。


(ま、まさか私と王太子殿下が恋人同士だと誤解して文句を言いに来たの・・・!?)


これから先のことを想像した私は、公女の前であるにもかかわらず卒倒しそうになった。






結局私はフローレス公女の提案をのみ、二人で庭園へと移った。


本当は行きたくなかったが、ここは大人しく従っておいた方がいいだろう。何が何でも誤解を解かなければいけないと思ったからだ。ダグラス公子に続きフローレス公女まで敵に回すわけにはいかない。


(もしそうなったら私の人生詰んじゃう!)


そう思った私は庭園に着いてすぐに行動に出た。


「た、大変申し訳ございませんでした!!!」


私は公女に向かって勢いよく頭を下げた。


「・・・」


とにかく今はこうするしかないと思った。


目の前にいるフローレス公女からはダグラス公子のような高位貴族の傲慢さは感じられない。彼女なら公子と違って話せば分かってくれるかもしれない。そんな一抹の希望を抱いての行動だった。


しばらくして、頭上から声がした。


「聖女様、顔を上げてください」


「・・・」


何の抑揚も感じられない平坦な声。


その声に、おそるおそる顔を上げると―


「それは一体何に対する謝罪ですか?」


フローレス公女が何をしているのかと不思議そうな顔で私を見ていた。


「え・・・?」


「私と聖女様は今日初めてお会いしたというのに、一体何に対して謝罪しているのでしょうか?」


「・・・・・こ、公女様は私に文句を言いに来たのではないのですか?」


「・・・私が聖女様にですか?」


それを聞いたフローレス公女がほんの一瞬だけ眉をピクリとさせた。


「・・・!」


公女の機嫌を損ねてしまっただろうかと不安になったが、私はそんな気持ちを押し殺して言葉を紡いだ。


「はい、王太子殿下のことで・・・」


私がそう言うとフローレス公女は何かを考え込むような素振りを見せた。


そして再び私の方を見ると、ハッキリと告げた。


「―聖女様、私があなたをここへ呼んだ理由は王太子殿下に関することではありません」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】無能に何か用ですか?

凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」 とある日のパーティーにて…… セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。 隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。 だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。 ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ…… 主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。

ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」  幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。  ──どころか。 「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」  決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。  この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

処理中です...