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本編
23 婚約者候補
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王太子殿下と共に魔物の討伐に行ってから数日経ったある日のことだった。
私は王宮の庭園にいた。
そして、それと同時に人生で何度目かの絶望を味わっていた。
「・・・」
「・・・」
そのときの私は一人ではなかった。
縦ロールの金髪碧眼美少女が私をじっと見つめている。その顔は終始無表情で何を考えているかが全く分からない。何か喋ってくれればいいのに、彼女は先ほどからずっと何かを考えているようで黙り込んだままだ。
二人の間に沈黙が流れる。
気まずい。気まずすぎる。お互いに一言も喋らないため、時間だけがただ過ぎて行く。
目の前の縦ロール美少女が何かを探るような目で私を見ている。私はというと、その得体のしれない視線に顔色を悪くしていた。
(な、何故こうなったの―!?)
時は、数十分前に遡る。
◇◆◇◆◇◆
私が危惧した通り、王宮では完全に私と王太子殿下のことが噂になっていた。
王宮の舞踏会という人目のある場所でダンスをしたうえに、何故か私と王太子殿下が五日間共にいたことが広まっていたのである。ただでさえ貴族たちから嫌われていたのに、今回の件がきっかけで私に対する彼らの目はいっそう厳しくなった。
王宮の廊下を歩くたびに侍女たちがヒソヒソと私の噂をしている。
「聖女様は王太子殿下と一体どういう関係なのかしら・・・?」
「王太子殿下は今までどんな美女にも興味を示さなかったのに・・・もしかしてあの聖女と特別な関係なのかしら?」
「何言ってるの!あの王太子殿下が平民の女を選ぶはずがないわ!」
「そうよ!あの聖女、大して美しくもないし聖女として優秀なわけでもないじゃない!完璧な王太子殿下がそんな女を選ぶわけがないわ」
彼女たちの心無い言葉に胸がギュッと締め付けられる。
(そりゃあそうなるよね・・・だって王太子殿下だもんね・・・)
しかしこればっかりは仕方がない。令嬢たちの憧れである王太子殿下が平民である私と結ばれるだなんて彼女たちからしたら不満でしかないだろうから。
最近では誰かとすれ違うたびに陰口を叩かれるようになった。あの聖女では王太子殿下には釣り合わないというのはもちろん、王太子殿下を誑かそうとしているだとか根拠のないことまで言われている。
(釣り合わないって・・・私だってそう思うけど・・・)
他人に言われるとなかなか傷付く。
「あの女、王太子殿下と少し親しくしているからって調子に乗ってるんじゃないでしょうね?」
「ありえないわ、王太子殿下には婚約者候補のフローレス公女様がいらっしゃるのに!」
「まさか公女様を差し置いて殿下と結婚しようと思ってるんじゃ・・・」
「「「何て嫌な女なの!!!」」」
(それ、誤解です!)
心の中で激しくそう思ったものの、彼女たちの会話に口を挟むことは出来なかった。
王太子殿下はたしかに私に優しくしてくれるけれど、それは義務的なものだ。血の繋がった妹がやったことを気にしているのだろう。だからこそ私をあそこまで気にかけてくれているのだ。そこに特別な意味は無い。
彼らはそのことを知らないからあんな風に言っているのだろう。すぐに誤解を解きたいが私の話を聞いてくれるかどうか・・・
そんなことを思っていたそのとき、突然声をかけられた。
―「あの、少しよろしいでしょうか?」
「・・・?」
振り返ると、金髪碧眼の美少女が後ろに立っていた。
(どこかの貴族のご令嬢かな・・・?)
初めて見る顔だった。まだ幼いが、その所作は洗練されていて高位貴族の令嬢だということが一目で分かった。
「あなたは・・・?」
私がそう尋ねると目の前のご令嬢は美しいカーテシーを披露した。
「・・・・・・申し遅れました。私はフローレス公爵家が長女、リリーナと申します」
「えっ・・・フローレス・・・」
その名前を聞いた私は驚きを隠せなかった。
(フローレス公爵家ってたしか、この国に二つしかない公爵家のうちの一つだよね・・・?)
そう、フローレス公爵家はこの国の貴族家で唯一アルベール・ダグラスの生家であるダグラス公爵家と同等の力を持っている家なのだ。
―リリーナ・フローレス
フローレス公爵家の一人娘である。ちなみに王太子殿下の母君の王妃陛下はフローレス公爵家の出身で現当主は王妃陛下の弟だ。つまり、王太子殿下とは従兄弟同士にあたる。
そして、フローレス公女は王太子殿下の婚約者候補でもある。
(社交界デビューする前だから顔は分からなかった・・・)
そのことに気付いた私は血の気が引いた。
「―ところで聖女様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
「・・・!」
彼女の言葉に元々悪くなっていた顔色がついに真っ青になった。
(ま、まさか私と王太子殿下が恋人同士だと誤解して文句を言いに来たの・・・!?)
これから先のことを想像した私は、公女の前であるにもかかわらず卒倒しそうになった。
結局私はフローレス公女の提案をのみ、二人で庭園へと移った。
本当は行きたくなかったが、ここは大人しく従っておいた方がいいだろう。何が何でも誤解を解かなければいけないと思ったからだ。ダグラス公子に続きフローレス公女まで敵に回すわけにはいかない。
(もしそうなったら私の人生詰んじゃう!)
そう思った私は庭園に着いてすぐに行動に出た。
「た、大変申し訳ございませんでした!!!」
私は公女に向かって勢いよく頭を下げた。
「・・・」
とにかく今はこうするしかないと思った。
目の前にいるフローレス公女からはダグラス公子のような高位貴族の傲慢さは感じられない。彼女なら公子と違って話せば分かってくれるかもしれない。そんな一抹の希望を抱いての行動だった。
しばらくして、頭上から声がした。
「聖女様、顔を上げてください」
「・・・」
何の抑揚も感じられない平坦な声。
その声に、おそるおそる顔を上げると―
「それは一体何に対する謝罪ですか?」
フローレス公女が何をしているのかと不思議そうな顔で私を見ていた。
「え・・・?」
「私と聖女様は今日初めてお会いしたというのに、一体何に対して謝罪しているのでしょうか?」
「・・・・・こ、公女様は私に文句を言いに来たのではないのですか?」
「・・・私が聖女様にですか?」
それを聞いたフローレス公女がほんの一瞬だけ眉をピクリとさせた。
「・・・!」
公女の機嫌を損ねてしまっただろうかと不安になったが、私はそんな気持ちを押し殺して言葉を紡いだ。
「はい、王太子殿下のことで・・・」
私がそう言うとフローレス公女は何かを考え込むような素振りを見せた。
そして再び私の方を見ると、ハッキリと告げた。
「―聖女様、私があなたをここへ呼んだ理由は王太子殿下に関することではありません」
私は王宮の庭園にいた。
そして、それと同時に人生で何度目かの絶望を味わっていた。
「・・・」
「・・・」
そのときの私は一人ではなかった。
縦ロールの金髪碧眼美少女が私をじっと見つめている。その顔は終始無表情で何を考えているかが全く分からない。何か喋ってくれればいいのに、彼女は先ほどからずっと何かを考えているようで黙り込んだままだ。
二人の間に沈黙が流れる。
気まずい。気まずすぎる。お互いに一言も喋らないため、時間だけがただ過ぎて行く。
目の前の縦ロール美少女が何かを探るような目で私を見ている。私はというと、その得体のしれない視線に顔色を悪くしていた。
(な、何故こうなったの―!?)
時は、数十分前に遡る。
◇◆◇◆◇◆
私が危惧した通り、王宮では完全に私と王太子殿下のことが噂になっていた。
王宮の舞踏会という人目のある場所でダンスをしたうえに、何故か私と王太子殿下が五日間共にいたことが広まっていたのである。ただでさえ貴族たちから嫌われていたのに、今回の件がきっかけで私に対する彼らの目はいっそう厳しくなった。
王宮の廊下を歩くたびに侍女たちがヒソヒソと私の噂をしている。
「聖女様は王太子殿下と一体どういう関係なのかしら・・・?」
「王太子殿下は今までどんな美女にも興味を示さなかったのに・・・もしかしてあの聖女と特別な関係なのかしら?」
「何言ってるの!あの王太子殿下が平民の女を選ぶはずがないわ!」
「そうよ!あの聖女、大して美しくもないし聖女として優秀なわけでもないじゃない!完璧な王太子殿下がそんな女を選ぶわけがないわ」
彼女たちの心無い言葉に胸がギュッと締め付けられる。
(そりゃあそうなるよね・・・だって王太子殿下だもんね・・・)
しかしこればっかりは仕方がない。令嬢たちの憧れである王太子殿下が平民である私と結ばれるだなんて彼女たちからしたら不満でしかないだろうから。
最近では誰かとすれ違うたびに陰口を叩かれるようになった。あの聖女では王太子殿下には釣り合わないというのはもちろん、王太子殿下を誑かそうとしているだとか根拠のないことまで言われている。
(釣り合わないって・・・私だってそう思うけど・・・)
他人に言われるとなかなか傷付く。
「あの女、王太子殿下と少し親しくしているからって調子に乗ってるんじゃないでしょうね?」
「ありえないわ、王太子殿下には婚約者候補のフローレス公女様がいらっしゃるのに!」
「まさか公女様を差し置いて殿下と結婚しようと思ってるんじゃ・・・」
「「「何て嫌な女なの!!!」」」
(それ、誤解です!)
心の中で激しくそう思ったものの、彼女たちの会話に口を挟むことは出来なかった。
王太子殿下はたしかに私に優しくしてくれるけれど、それは義務的なものだ。血の繋がった妹がやったことを気にしているのだろう。だからこそ私をあそこまで気にかけてくれているのだ。そこに特別な意味は無い。
彼らはそのことを知らないからあんな風に言っているのだろう。すぐに誤解を解きたいが私の話を聞いてくれるかどうか・・・
そんなことを思っていたそのとき、突然声をかけられた。
―「あの、少しよろしいでしょうか?」
「・・・?」
振り返ると、金髪碧眼の美少女が後ろに立っていた。
(どこかの貴族のご令嬢かな・・・?)
初めて見る顔だった。まだ幼いが、その所作は洗練されていて高位貴族の令嬢だということが一目で分かった。
「あなたは・・・?」
私がそう尋ねると目の前のご令嬢は美しいカーテシーを披露した。
「・・・・・・申し遅れました。私はフローレス公爵家が長女、リリーナと申します」
「えっ・・・フローレス・・・」
その名前を聞いた私は驚きを隠せなかった。
(フローレス公爵家ってたしか、この国に二つしかない公爵家のうちの一つだよね・・・?)
そう、フローレス公爵家はこの国の貴族家で唯一アルベール・ダグラスの生家であるダグラス公爵家と同等の力を持っている家なのだ。
―リリーナ・フローレス
フローレス公爵家の一人娘である。ちなみに王太子殿下の母君の王妃陛下はフローレス公爵家の出身で現当主は王妃陛下の弟だ。つまり、王太子殿下とは従兄弟同士にあたる。
そして、フローレス公女は王太子殿下の婚約者候補でもある。
(社交界デビューする前だから顔は分からなかった・・・)
そのことに気付いた私は血の気が引いた。
「―ところで聖女様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
「・・・!」
彼女の言葉に元々悪くなっていた顔色がついに真っ青になった。
(ま、まさか私と王太子殿下が恋人同士だと誤解して文句を言いに来たの・・・!?)
これから先のことを想像した私は、公女の前であるにもかかわらず卒倒しそうになった。
結局私はフローレス公女の提案をのみ、二人で庭園へと移った。
本当は行きたくなかったが、ここは大人しく従っておいた方がいいだろう。何が何でも誤解を解かなければいけないと思ったからだ。ダグラス公子に続きフローレス公女まで敵に回すわけにはいかない。
(もしそうなったら私の人生詰んじゃう!)
そう思った私は庭園に着いてすぐに行動に出た。
「た、大変申し訳ございませんでした!!!」
私は公女に向かって勢いよく頭を下げた。
「・・・」
とにかく今はこうするしかないと思った。
目の前にいるフローレス公女からはダグラス公子のような高位貴族の傲慢さは感じられない。彼女なら公子と違って話せば分かってくれるかもしれない。そんな一抹の希望を抱いての行動だった。
しばらくして、頭上から声がした。
「聖女様、顔を上げてください」
「・・・」
何の抑揚も感じられない平坦な声。
その声に、おそるおそる顔を上げると―
「それは一体何に対する謝罪ですか?」
フローレス公女が何をしているのかと不思議そうな顔で私を見ていた。
「え・・・?」
「私と聖女様は今日初めてお会いしたというのに、一体何に対して謝罪しているのでしょうか?」
「・・・・・こ、公女様は私に文句を言いに来たのではないのですか?」
「・・・私が聖女様にですか?」
それを聞いたフローレス公女がほんの一瞬だけ眉をピクリとさせた。
「・・・!」
公女の機嫌を損ねてしまっただろうかと不安になったが、私はそんな気持ちを押し殺して言葉を紡いだ。
「はい、王太子殿下のことで・・・」
私がそう言うとフローレス公女は何かを考え込むような素振りを見せた。
そして再び私の方を見ると、ハッキリと告げた。
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