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本編
22 帰りの馬車の中で
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急いで馬車が停めてあるところまで行くと、王太子殿下が馬車の前でキョロキョロと誰かを探すかのように辺りを見回していた。殿下にしては珍しく、落ち着きが無い。誰を探しているのかは一目瞭然だった。
「殿下!」
私はそんな彼に遠くから声をかけた。淑女が大声を上げるなどあってはならないが、一刻も早く彼を安心させたかった。
その声に反応した殿下が私を視界に入れた。
「ソフィア嬢!」
私は小走りで殿下に駆け寄り、彼のすぐ傍で立ち止まった。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
私がそう言いながら頭を下げると、王太子殿下が慌てたように言った。
「何を言っているんだ、君が無事で本当に良かった」
その声に顔を上げると、安心しきったような顔をした殿下と目が合った。私を見つめるその目はただただ優しかった。そんな目で見つめられると何だか変な気持ちになる。
「・・・心配してくださってありがとうございます、殿下。それより五日もここにいて大丈夫なのですか?」
「ん?あぁ、平気だ。君が全回復するところも見れたしな」
殿下はそう言って無邪気に笑ってみせた。不安げに尋ねた私を安心させようとしているのだろうか。
(これ、絶対大丈夫じゃないよね・・・)
自分の不手際が原因で王太子殿下を五日も引き留めただなんて講師たちに知られればまた叱責されてしまいそうだ。そうなったら王太子殿下だって何を言われるか分からない。
私はそうなってしまったときのことを想像して顔色を悪くしながらも殿下と二人帰りの馬車に乗った。
◇◆◇◆◇◆
「殿下、本当にお疲れ様でした」
馬車の中で殿下と向かい合って座った私は目の前で微笑んでいる彼に労いの言葉をかけた。
「ああ、ありがとう」
私の言葉に殿下は笑みを深めた。
「そういえば、騎士団長様が殿下のことを褒めておられましたよ。とても優秀な方であると」
「・・・君にそう言われると何だか恥ずかしいな」
殿下はそう言うと視線を馬車の外に向けた。その横顔は二人で森を歩いたときのように穏やかだった。
そして彼は再び私の方に顔を向けると、口元に笑みを浮かべて言った。
「君の方こそ本当に見事だった。よく頑張ったな」
「えへへ、ありがとうございます」
その言葉を聞いて王太子殿下の前だというのに思わずニヤけてしまった。
(よく頑張ったな、か・・・)
誰かに褒められるとやはり嬉しいものだ。この気持ちだけは昔からずっと変わらない。
(王宮にいる講師たちはいつも叱責するばかりで全く褒めてはくれないから・・・)
褒められるのに慣れていないせいか、何だか照れくさくなる。それに顔が少しだけ熱くなったような気がする。
「・・・」
照れくさそうに微笑んだ私を見て、殿下が少しだけ嬉しそうに目を細めた。
(殿下・・・?どうしたんだろう・・・?)
私はそのことが気になって彼に尋ねた。
「殿下、私が何かおかしなことを言ったでしょうか?」
「ああ、いや、そういうつもりじゃなかったんだ」
私の言葉に殿下は少し焦ったように手を振って否定した。
「ただ、嬉しくてな」
「・・・嬉しい、ですか?」
「ああ」
一体何が嬉しいというのだろうか。
不思議そうに首をかしげる私に殿下が言ったのは驚くべきことだった。
「―君が、自分に自信を持てたようで」
「・・・!」
殿下のその言葉にドキリとした。
(まさか、気付かれていたの・・・?)
私のその反応を見て、核心を突くかのように殿下が尋ねた。
「君はずっと自分に自信が無かっただろう?」
「・・・気付いていらっしゃったんですね」
「昔からそういうのはよく分かるんだ。正直に言うと、初めて出会った頃から何となくそうじゃないかと思っていた。君は私の前では平気なフリをして明るく振舞っていたが、一人になると途端に表情が暗くなっていたから」
「・・・!」
どうやら殿下は本当に私のことをよく見ていたようだ。まさかそんなことにまで気付かれていたとは。彼は本当に底が知れないなと思う。
「・・・・・・はい、殿下のおっしゃる通りです」
「やはりか」
全て事実だったので肯定するしかなかった。それに、彼の前では嘘をつきたくなかったから。
それを聞いた殿下は一瞬だけ何かを考え込むように私から視線を逸らした。
「―ソフィア嬢」
「・・・?」
突然名前を呼ばれて殿下の方を見ると、彼は私を真っ直ぐに見つめていた。殿下の美しい紫色の瞳が私を映している。
「私は、ソフィア嬢が聖女であるということを抜きにしても君のことは素晴らしい人物だと思っている」
「え・・・」
そう口にした殿下の目は真剣そのもので、私を励まそうとして言っているわけではないということがよく伝わってくる。
「だからもっと自分に自信を持ってくれ。君は素敵な人だ」
「殿下・・・」
殿下の口にした言葉の一つ一つが私の胸に刺さった。王宮に来てから誰かにこんなことを言われたことがあっただろうか。
「この国の王太子である私が君を認めているんだ。もっと胸を張っていい」
「・・・・・・・・はい、ありがとうございます」
殿下の優しい言葉に、私はつい涙が出そうになってしまった。
「殿下!」
私はそんな彼に遠くから声をかけた。淑女が大声を上げるなどあってはならないが、一刻も早く彼を安心させたかった。
その声に反応した殿下が私を視界に入れた。
「ソフィア嬢!」
私は小走りで殿下に駆け寄り、彼のすぐ傍で立ち止まった。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
私がそう言いながら頭を下げると、王太子殿下が慌てたように言った。
「何を言っているんだ、君が無事で本当に良かった」
その声に顔を上げると、安心しきったような顔をした殿下と目が合った。私を見つめるその目はただただ優しかった。そんな目で見つめられると何だか変な気持ちになる。
「・・・心配してくださってありがとうございます、殿下。それより五日もここにいて大丈夫なのですか?」
「ん?あぁ、平気だ。君が全回復するところも見れたしな」
殿下はそう言って無邪気に笑ってみせた。不安げに尋ねた私を安心させようとしているのだろうか。
(これ、絶対大丈夫じゃないよね・・・)
自分の不手際が原因で王太子殿下を五日も引き留めただなんて講師たちに知られればまた叱責されてしまいそうだ。そうなったら王太子殿下だって何を言われるか分からない。
私はそうなってしまったときのことを想像して顔色を悪くしながらも殿下と二人帰りの馬車に乗った。
◇◆◇◆◇◆
「殿下、本当にお疲れ様でした」
馬車の中で殿下と向かい合って座った私は目の前で微笑んでいる彼に労いの言葉をかけた。
「ああ、ありがとう」
私の言葉に殿下は笑みを深めた。
「そういえば、騎士団長様が殿下のことを褒めておられましたよ。とても優秀な方であると」
「・・・君にそう言われると何だか恥ずかしいな」
殿下はそう言うと視線を馬車の外に向けた。その横顔は二人で森を歩いたときのように穏やかだった。
そして彼は再び私の方に顔を向けると、口元に笑みを浮かべて言った。
「君の方こそ本当に見事だった。よく頑張ったな」
「えへへ、ありがとうございます」
その言葉を聞いて王太子殿下の前だというのに思わずニヤけてしまった。
(よく頑張ったな、か・・・)
誰かに褒められるとやはり嬉しいものだ。この気持ちだけは昔からずっと変わらない。
(王宮にいる講師たちはいつも叱責するばかりで全く褒めてはくれないから・・・)
褒められるのに慣れていないせいか、何だか照れくさくなる。それに顔が少しだけ熱くなったような気がする。
「・・・」
照れくさそうに微笑んだ私を見て、殿下が少しだけ嬉しそうに目を細めた。
(殿下・・・?どうしたんだろう・・・?)
私はそのことが気になって彼に尋ねた。
「殿下、私が何かおかしなことを言ったでしょうか?」
「ああ、いや、そういうつもりじゃなかったんだ」
私の言葉に殿下は少し焦ったように手を振って否定した。
「ただ、嬉しくてな」
「・・・嬉しい、ですか?」
「ああ」
一体何が嬉しいというのだろうか。
不思議そうに首をかしげる私に殿下が言ったのは驚くべきことだった。
「―君が、自分に自信を持てたようで」
「・・・!」
殿下のその言葉にドキリとした。
(まさか、気付かれていたの・・・?)
私のその反応を見て、核心を突くかのように殿下が尋ねた。
「君はずっと自分に自信が無かっただろう?」
「・・・気付いていらっしゃったんですね」
「昔からそういうのはよく分かるんだ。正直に言うと、初めて出会った頃から何となくそうじゃないかと思っていた。君は私の前では平気なフリをして明るく振舞っていたが、一人になると途端に表情が暗くなっていたから」
「・・・!」
どうやら殿下は本当に私のことをよく見ていたようだ。まさかそんなことにまで気付かれていたとは。彼は本当に底が知れないなと思う。
「・・・・・・はい、殿下のおっしゃる通りです」
「やはりか」
全て事実だったので肯定するしかなかった。それに、彼の前では嘘をつきたくなかったから。
それを聞いた殿下は一瞬だけ何かを考え込むように私から視線を逸らした。
「―ソフィア嬢」
「・・・?」
突然名前を呼ばれて殿下の方を見ると、彼は私を真っ直ぐに見つめていた。殿下の美しい紫色の瞳が私を映している。
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「え・・・」
そう口にした殿下の目は真剣そのもので、私を励まそうとして言っているわけではないということがよく伝わってくる。
「だからもっと自分に自信を持ってくれ。君は素敵な人だ」
「殿下・・・」
殿下の口にした言葉の一つ一つが私の胸に刺さった。王宮に来てから誰かにこんなことを言われたことがあっただろうか。
「この国の王太子である私が君を認めているんだ。もっと胸を張っていい」
「・・・・・・・・はい、ありがとうございます」
殿下の優しい言葉に、私はつい涙が出そうになってしまった。
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