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そして私と王太子殿下は馬車まで戻り、約一日かけて魔物の森付近へと到着した。
(ついに始まるんだ・・・)
私は目の前に広がる真っ暗な森を見て気を引き締めた。暗すぎて中の様子は見えない。初めて来るわけではないのに、今でもこの場所を怖いと思っている自分がいる。
辺りは既に薄暗くなっているせいか、さらにこの森が恐ろしく感じた。
(弱気になってちゃダメよ・・・)
私は騎士のようにこの森に入って戦うわけではない。それなのに体が震えている自分が情けない。
そんな自分を落ち着かせようと思って大きく深呼吸をしようとしたそのとき―
「・・・ッ!!!」
「・・・」
私はビクリとした。
そして、思わず後ずさりしてしまった。
―騎士たちの輪の中にいたアレックスが、こちらをじっと見つめていたからだ。
(・・・そうだ、どうして忘れてたんだろう)
王太子殿下と過ごした時間が楽しくてアレックスもいるのだということを完全に忘れてしまっていた。
アレックスは何かを探るかのような瞳で私をじっと見つめていた。彼の燃えるような赤い瞳が私を捉えて逃がさない。長い時間を彼と共にしてきたが、こんな目をしているのは初めて見た。
(どうして?どうしてそんな目で私を見るの?)
―私を捨てたのは、あなたの方じゃない。
そのとき、突然視界が遮られた。
「・・・!」
赤いマントをひらりと翻して私の前に出てきたのは王太子殿下だった。
「で、殿下・・・」
殿下は私のその呼びかけには反応せず、近くにいた騎士団長に対して言った。
「騎士団長は聖女の傍にいてくれ。何が何でも彼女を守れ」
「はい、承知しました」
「・・・・・・えっ!?」
王太子殿下はそれだけ言って第一騎士団の騎士たちの輪の中に入って行った。
(ま、まさか騎士たちと一緒に行くつもりなの!?)
守られるべきは私ではなく、どちらかというと彼の方だろう。
そう思ったものの、殿下は一度も私を振り返ることなくそのまま離れて行った。
私はそんな彼をポカンと見つめていた。口をあんぐりと開けている私に、騎士団長が笑いながら話しかけた。
「聖女様、殿下のことが心配ですか?」
「え・・・あ、はい・・・」
そりゃあ心配だ。彼は騎士のように戦いに慣れているわけではないだろうし。
「それなら大丈夫ですよ。殿下はそう簡単にやられる人ではありませんから」
「で、ですが・・・」
騎士団長は未だに不安げな顔をする私を安心させるかのように笑って言った。
「そのことはきっとこれからよくお分かりになられると思いますよ」
「そ、そうでしょうか・・・」
そして王太子殿下を含めた騎士たちは騎士団長と数人の護衛を残して魔物の森へと入って行った。
(本当に大丈夫なのかな・・・?)
第一騎士団と殿下は森に入ってすぐ見えなくなった。彼らが消えた方向を心配そうに見つめていた私に騎士団長が声をかけた。
「どうやら王太子殿下はよほど聖女様のことを気にかけていらっしゃるようですね」
「え・・・?」
驚いて騎士団長の方に目をやると、彼もまた殿下たちが消えた方向をじっと見つめていた。その顔は何故だか嬉しそうに見えた。
「本当なら、聖女様と同じ馬車に乗るのは勇者アレックス様だったのですよ」
「・・・・・・ええっ!?」
私は騎士団長の言葉に驚きを隠せなかった。
(う、嘘でしょう!?)
それと同時に私は戦慄した。本当は私とアレックスが同じ馬車に乗る予定だったなんて。そんなこと想像したくもなかったからだ。
狼狽える私を見て騎士団長は言葉を続けた。
「それを王太子殿下が直前で変更されたのです」
「そ、そうだったんですね・・・」
どうやら私はまた王太子殿下に助けられたようだ。彼がそんな細かいところにまで気を配っていてくれたのは驚きだったが。
「私は長い間王太子殿下を見ておりますが・・・殿下があれほど誰かを気にかけたのは初めてです」
騎士団長は口元に僅かな笑みを浮かべてそう言った。
「・・・」
もしかして殿下が私に好意を抱いていると誤解しているのだろうか。私は騎士団長のその誤解を解くために口を開いた。
「・・・殿下は優しい方です。今回私を気にかけてくださったのも特別な意味は無いかと・・・」
私のその言葉に騎士団長は目を丸くした。
「・・・ハハハ、これはなかなか大変そうですね」
「・・・?」
騎士団長は殿下に同情するかのような顔でそう言った。
私は騎士団長がそんな顔をする意味がよく分からなかったが、今は気にしないことにした。
「・・・今頃、殿下たちは戦っている頃でしょうか」
「そうですね」
私の問いに騎士団長は軽く頷いた。
「今回もかなりの負傷者が出るでしょうね・・・」
「まぁ、魔物は手強いですからね」
「・・・やっぱりそうですよね」
「もし怪我人が出たら、そのときは聖女様が治してさしあげてください」
「あ、はい・・・もちろんそのつもりではいますが・・・」
―私にちゃんと出来るだろうか。
もちろん私は聖女として光魔法が使えるし、怪我人の治療だって出来る。しかし歴代聖女たちに比べれば私はまだまだ未熟者だ。私の胸にはそんな不安が押し寄せた。
(さっき殿下にはあんな風に言ってみせたのに・・・)
いざ魔物の森へ入って行く彼らの姿を見ると、不安にならずにはいられなかった。
「殿下とうちの騎士たちを信じてください、聖女様」
「・・・はい」
私は騎士団長のその言葉に頷いた。
(ついに始まるんだ・・・)
私は目の前に広がる真っ暗な森を見て気を引き締めた。暗すぎて中の様子は見えない。初めて来るわけではないのに、今でもこの場所を怖いと思っている自分がいる。
辺りは既に薄暗くなっているせいか、さらにこの森が恐ろしく感じた。
(弱気になってちゃダメよ・・・)
私は騎士のようにこの森に入って戦うわけではない。それなのに体が震えている自分が情けない。
そんな自分を落ち着かせようと思って大きく深呼吸をしようとしたそのとき―
「・・・ッ!!!」
「・・・」
私はビクリとした。
そして、思わず後ずさりしてしまった。
―騎士たちの輪の中にいたアレックスが、こちらをじっと見つめていたからだ。
(・・・そうだ、どうして忘れてたんだろう)
王太子殿下と過ごした時間が楽しくてアレックスもいるのだということを完全に忘れてしまっていた。
アレックスは何かを探るかのような瞳で私をじっと見つめていた。彼の燃えるような赤い瞳が私を捉えて逃がさない。長い時間を彼と共にしてきたが、こんな目をしているのは初めて見た。
(どうして?どうしてそんな目で私を見るの?)
―私を捨てたのは、あなたの方じゃない。
そのとき、突然視界が遮られた。
「・・・!」
赤いマントをひらりと翻して私の前に出てきたのは王太子殿下だった。
「で、殿下・・・」
殿下は私のその呼びかけには反応せず、近くにいた騎士団長に対して言った。
「騎士団長は聖女の傍にいてくれ。何が何でも彼女を守れ」
「はい、承知しました」
「・・・・・・えっ!?」
王太子殿下はそれだけ言って第一騎士団の騎士たちの輪の中に入って行った。
(ま、まさか騎士たちと一緒に行くつもりなの!?)
守られるべきは私ではなく、どちらかというと彼の方だろう。
そう思ったものの、殿下は一度も私を振り返ることなくそのまま離れて行った。
私はそんな彼をポカンと見つめていた。口をあんぐりと開けている私に、騎士団長が笑いながら話しかけた。
「聖女様、殿下のことが心配ですか?」
「え・・・あ、はい・・・」
そりゃあ心配だ。彼は騎士のように戦いに慣れているわけではないだろうし。
「それなら大丈夫ですよ。殿下はそう簡単にやられる人ではありませんから」
「で、ですが・・・」
騎士団長は未だに不安げな顔をする私を安心させるかのように笑って言った。
「そのことはきっとこれからよくお分かりになられると思いますよ」
「そ、そうでしょうか・・・」
そして王太子殿下を含めた騎士たちは騎士団長と数人の護衛を残して魔物の森へと入って行った。
(本当に大丈夫なのかな・・・?)
第一騎士団と殿下は森に入ってすぐ見えなくなった。彼らが消えた方向を心配そうに見つめていた私に騎士団長が声をかけた。
「どうやら王太子殿下はよほど聖女様のことを気にかけていらっしゃるようですね」
「え・・・?」
驚いて騎士団長の方に目をやると、彼もまた殿下たちが消えた方向をじっと見つめていた。その顔は何故だか嬉しそうに見えた。
「本当なら、聖女様と同じ馬車に乗るのは勇者アレックス様だったのですよ」
「・・・・・・ええっ!?」
私は騎士団長の言葉に驚きを隠せなかった。
(う、嘘でしょう!?)
それと同時に私は戦慄した。本当は私とアレックスが同じ馬車に乗る予定だったなんて。そんなこと想像したくもなかったからだ。
狼狽える私を見て騎士団長は言葉を続けた。
「それを王太子殿下が直前で変更されたのです」
「そ、そうだったんですね・・・」
どうやら私はまた王太子殿下に助けられたようだ。彼がそんな細かいところにまで気を配っていてくれたのは驚きだったが。
「私は長い間王太子殿下を見ておりますが・・・殿下があれほど誰かを気にかけたのは初めてです」
騎士団長は口元に僅かな笑みを浮かべてそう言った。
「・・・」
もしかして殿下が私に好意を抱いていると誤解しているのだろうか。私は騎士団長のその誤解を解くために口を開いた。
「・・・殿下は優しい方です。今回私を気にかけてくださったのも特別な意味は無いかと・・・」
私のその言葉に騎士団長は目を丸くした。
「・・・ハハハ、これはなかなか大変そうですね」
「・・・?」
騎士団長は殿下に同情するかのような顔でそう言った。
私は騎士団長がそんな顔をする意味がよく分からなかったが、今は気にしないことにした。
「・・・今頃、殿下たちは戦っている頃でしょうか」
「そうですね」
私の問いに騎士団長は軽く頷いた。
「今回もかなりの負傷者が出るでしょうね・・・」
「まぁ、魔物は手強いですからね」
「・・・やっぱりそうですよね」
「もし怪我人が出たら、そのときは聖女様が治してさしあげてください」
「あ、はい・・・もちろんそのつもりではいますが・・・」
―私にちゃんと出来るだろうか。
もちろん私は聖女として光魔法が使えるし、怪我人の治療だって出来る。しかし歴代聖女たちに比べれば私はまだまだ未熟者だ。私の胸にはそんな不安が押し寄せた。
(さっき殿下にはあんな風に言ってみせたのに・・・)
いざ魔物の森へ入って行く彼らの姿を見ると、不安にならずにはいられなかった。
「殿下とうちの騎士たちを信じてください、聖女様」
「・・・はい」
私は騎士団長のその言葉に頷いた。
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