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本編
18 散歩
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私は王太子殿下と二人並んで森の中を歩いていた。今は護衛の騎士もおらず、完全に二人きりだ。
意外にも騎士団長は散歩してくると言った私たちを笑顔で見送ってくれた。あまり遠くに行き過ぎないようにとは言っていたが、私や殿下の行動を制限するような真似はしなかった。
(この国の王太子なのに・・・こんなに無防備で大丈夫なの?)
私はそう思いながら横を歩いている殿下を見た。
私からしたら別に何ともない光景だが、彼にとってはそうではないようで物珍しそうにキョロキョロと森の中を見回している。ここを歩くのは初めてなのか、彼は時々何かに目を奪われたかのように一点をじっと見つめたり驚いたように目を丸くしたりと表情をクルクルと変えた。
「殿下、先ほど何度か討伐に参加したことあるっておっしゃってませんでしたか?」
「何年も前の話だ。いちいち景色まで覚えちゃいないさ」
「そうですか」
時折そんな会話をしながら、私たちは森の中を歩いて行く。
森の中を歩く殿下の横顔は、どこかイキイキしていた。もしかしたら彼はこの場所を心地良いと感じているのかもしれない。王宮で見る殿下はいつも気を張り詰めたような顔をしていたから。彼は私には優しい人だったが、侍女や貴族たちからは冷たい人だと恐れられている。もちろん、そんなものはただの噂に過ぎないということを私はよく知っている。
(・・・だけど、殿下の気持ちもちょっと分かるかも)
私だって元いた村が恋しい。王宮はたしかに必要なものは何でも揃えてくれるし、美味しいご飯だって食べられる。だけど私のような平民からしたら王宮での暮らしはハッキリ言って窮屈だった。何度も心が折れそうになったし、早くあそこから抜け出したいとも思った。
そう考えると、失礼かもしれないが殿下と私は少し似ているような気がしてくる。
「・・・殿下は、お好きですか?」
「え・・・?」
私の言葉に殿下がこちらを振り向いた。
「この場所がお好きですか?」
私の問いに彼は一瞬驚いたように目を見開いた。そんなことを尋ねられるとは思わなかったのだろう。先ほどから目をパチクリさせている。
「・・・好きか嫌いかで言えば、そうだな・・・好きだ」
「私もです」
私は殿下の返答にクスリと笑った。
どうやら本当に私と似たような考えを持っていたらしい。仲間が出来たようで何だか嬉しくなる。
殿下は視線を上に向けたまま呟いた。
「この場所は・・・何故だか心地良く感じる。ここにいると、王太子という重責から抜け出せたようなそんな気分になる」
「殿下・・・」
王太子殿下の言っていることは私にもよく理解出来た。
(そういえば、村にいた頃は近くの森でよく遊んだっけ・・・ちょうどこんな感じだったな・・・)
それと同時に、どこか懐かしさを感じた。
「ふふふ、どうやら殿下と私は同じことを思っているようです」
「君もか?」
「はい」
私の返事に殿下は「そうか」とどこか嬉しそうな顔をした。
「それにしても、殿下がそんなことを思っていただなんて少し驚きました」
私はクスクスと笑いながら彼に対してそう言った。
そんな私を見て殿下がハッとなって頬を少し染めた。
「・・・こんなこと、今まで誰にも言ったことなかったのにな」
殿下は額を片手で押さえて恥ずかしそうに俯いた。
「うふふ、誰にも言ったりしませんから私の前では本音で喋っていいんですよ」
「・・・」
殿下は私に言葉を返すことはなかったが、手の間から少しだけ見えたその顔は嬉しそうだった。
(前も思ったけど・・・本当に可愛い人・・・)
微笑ましそうに彼を見つめる私に、殿下は照れたように視線を逸らして言った。
「私は外の世界というものをあまり知らないんだ・・・」
「・・・!」
殿下の言葉に妙に納得した自分がいる。
(そりゃあそうだよね・・・王太子という立場である以上私みたいに気軽に王宮の外へは出られないか・・・)
だから彼はこれまで何回か魔物の討伐に参加していたのだろうか。王宮の外へ出るために。そういうことなら納得だ。
(私はいつも殿下にしてもらってばかりで、何も返せてない・・・)
このときの私は、殿下に外の世界を見せてあげたいと思い始めていた。どうにかして彼の願いを叶えてあげたい。強くそう思った。
(・・・)
悩みに悩んだ末に、私は口を開いた。
「殿下、私がここに来る前に住んでいた村の話をしましょうか」
「・・・!」
予想通りだ。殿下は私の話に興味を示した。
私はそのことに心の中でガッツポーズをしながらも言葉を続けた。
「そこはですね、王都みたいに人で賑わってるわけではなかったのですが自然がとても綺麗で・・・」
「・・・」
殿下はただただ私の話をじっと聞いていた。
どうやらこの話をしたのは正解だったようだ。王太子殿下は私のする”外の世界”の話を興味深そうに聞いていた。そんな殿下の姿に口元が緩みながらも、私は彼にたくさんのことを話した。もう話すことが無くなってしまうくらいに。
―どれくらいの時間が経ったのだろうか。
私たちは森にあった切り株に腰を下ろして長い間話し込んでいた。
(あっ、もうこんな時間・・・!)
かなりの時間が経ってしまっていることに気付いた私が、一旦話すのをやめて殿下に戻ることを提案しようとしたそのとき、彼が私の考えを読んだかのように口を開いた。
「―ありがとう、ソフィア嬢」
「・・・!」
それを聞いた私は殿下に笑いかけた。
「そろそろ戻りましょう、殿下」
「・・・あぁ、そうだな」
彼もまた、私と同じように微かな笑みを浮かべながら頷いた。
そうして私と王太子殿下は来た道を戻った。
涼しい風が私たちの間を吹き抜ける。
王太子殿下と二人で森の中を歩いたこのときだけは聖女ではなく、平民の女ソフィアとしていられたようなそんな気がした。
意外にも騎士団長は散歩してくると言った私たちを笑顔で見送ってくれた。あまり遠くに行き過ぎないようにとは言っていたが、私や殿下の行動を制限するような真似はしなかった。
(この国の王太子なのに・・・こんなに無防備で大丈夫なの?)
私はそう思いながら横を歩いている殿下を見た。
私からしたら別に何ともない光景だが、彼にとってはそうではないようで物珍しそうにキョロキョロと森の中を見回している。ここを歩くのは初めてなのか、彼は時々何かに目を奪われたかのように一点をじっと見つめたり驚いたように目を丸くしたりと表情をクルクルと変えた。
「殿下、先ほど何度か討伐に参加したことあるっておっしゃってませんでしたか?」
「何年も前の話だ。いちいち景色まで覚えちゃいないさ」
「そうですか」
時折そんな会話をしながら、私たちは森の中を歩いて行く。
森の中を歩く殿下の横顔は、どこかイキイキしていた。もしかしたら彼はこの場所を心地良いと感じているのかもしれない。王宮で見る殿下はいつも気を張り詰めたような顔をしていたから。彼は私には優しい人だったが、侍女や貴族たちからは冷たい人だと恐れられている。もちろん、そんなものはただの噂に過ぎないということを私はよく知っている。
(・・・だけど、殿下の気持ちもちょっと分かるかも)
私だって元いた村が恋しい。王宮はたしかに必要なものは何でも揃えてくれるし、美味しいご飯だって食べられる。だけど私のような平民からしたら王宮での暮らしはハッキリ言って窮屈だった。何度も心が折れそうになったし、早くあそこから抜け出したいとも思った。
そう考えると、失礼かもしれないが殿下と私は少し似ているような気がしてくる。
「・・・殿下は、お好きですか?」
「え・・・?」
私の言葉に殿下がこちらを振り向いた。
「この場所がお好きですか?」
私の問いに彼は一瞬驚いたように目を見開いた。そんなことを尋ねられるとは思わなかったのだろう。先ほどから目をパチクリさせている。
「・・・好きか嫌いかで言えば、そうだな・・・好きだ」
「私もです」
私は殿下の返答にクスリと笑った。
どうやら本当に私と似たような考えを持っていたらしい。仲間が出来たようで何だか嬉しくなる。
殿下は視線を上に向けたまま呟いた。
「この場所は・・・何故だか心地良く感じる。ここにいると、王太子という重責から抜け出せたようなそんな気分になる」
「殿下・・・」
王太子殿下の言っていることは私にもよく理解出来た。
(そういえば、村にいた頃は近くの森でよく遊んだっけ・・・ちょうどこんな感じだったな・・・)
それと同時に、どこか懐かしさを感じた。
「ふふふ、どうやら殿下と私は同じことを思っているようです」
「君もか?」
「はい」
私の返事に殿下は「そうか」とどこか嬉しそうな顔をした。
「それにしても、殿下がそんなことを思っていただなんて少し驚きました」
私はクスクスと笑いながら彼に対してそう言った。
そんな私を見て殿下がハッとなって頬を少し染めた。
「・・・こんなこと、今まで誰にも言ったことなかったのにな」
殿下は額を片手で押さえて恥ずかしそうに俯いた。
「うふふ、誰にも言ったりしませんから私の前では本音で喋っていいんですよ」
「・・・」
殿下は私に言葉を返すことはなかったが、手の間から少しだけ見えたその顔は嬉しそうだった。
(前も思ったけど・・・本当に可愛い人・・・)
微笑ましそうに彼を見つめる私に、殿下は照れたように視線を逸らして言った。
「私は外の世界というものをあまり知らないんだ・・・」
「・・・!」
殿下の言葉に妙に納得した自分がいる。
(そりゃあそうだよね・・・王太子という立場である以上私みたいに気軽に王宮の外へは出られないか・・・)
だから彼はこれまで何回か魔物の討伐に参加していたのだろうか。王宮の外へ出るために。そういうことなら納得だ。
(私はいつも殿下にしてもらってばかりで、何も返せてない・・・)
このときの私は、殿下に外の世界を見せてあげたいと思い始めていた。どうにかして彼の願いを叶えてあげたい。強くそう思った。
(・・・)
悩みに悩んだ末に、私は口を開いた。
「殿下、私がここに来る前に住んでいた村の話をしましょうか」
「・・・!」
予想通りだ。殿下は私の話に興味を示した。
私はそのことに心の中でガッツポーズをしながらも言葉を続けた。
「そこはですね、王都みたいに人で賑わってるわけではなかったのですが自然がとても綺麗で・・・」
「・・・」
殿下はただただ私の話をじっと聞いていた。
どうやらこの話をしたのは正解だったようだ。王太子殿下は私のする”外の世界”の話を興味深そうに聞いていた。そんな殿下の姿に口元が緩みながらも、私は彼にたくさんのことを話した。もう話すことが無くなってしまうくらいに。
―どれくらいの時間が経ったのだろうか。
私たちは森にあった切り株に腰を下ろして長い間話し込んでいた。
(あっ、もうこんな時間・・・!)
かなりの時間が経ってしまっていることに気付いた私が、一旦話すのをやめて殿下に戻ることを提案しようとしたそのとき、彼が私の考えを読んだかのように口を開いた。
「―ありがとう、ソフィア嬢」
「・・・!」
それを聞いた私は殿下に笑いかけた。
「そろそろ戻りましょう、殿下」
「・・・あぁ、そうだな」
彼もまた、私と同じように微かな笑みを浮かべながら頷いた。
そうして私と王太子殿下は来た道を戻った。
涼しい風が私たちの間を吹き抜ける。
王太子殿下と二人で森の中を歩いたこのときだけは聖女ではなく、平民の女ソフィアとしていられたようなそんな気がした。
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