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本編

8 これからのこと

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王女殿下と別れて私は早足で自室へと戻った。


幸いにも、彼女と遭遇した後は誰かに会うことはなかった。


私はそのまま自室にあるベッドにドサリと座り込んだ。


「はぁ・・・」


王女殿下と話したのは久しぶりだった。彼女は王宮ではいつも私を無視するから。しかし舞踏会など人の目があるところではさすがに無視は出来ないのか、挨拶程度ならしたことがあった。


私はそのときの王女殿下を思い浮かべた。




『ごきげんよう、聖女様』



そう言ってニッコリと微笑む王女殿下。王女殿下と同年代の貴族令息たちはそんな彼女の美しい笑みに皆頬を赤らめていた。そして令嬢たちは王女殿下は何て優しい人なのだろうと彼女に感心した。


彼女の舞踏会での姿は「王女という高貴な身分であるのにもかかわらず平民の聖女にも優しく接する美しいお姫様」だった。貴族たちは皆王女殿下のことをそう思っているだろうし、私も平民だった頃はよく彼女の話を耳にしたものだ。


誰にでも分け隔てなく接する美貌の王女様、王国一の美女、国王陛下が唯一愛した女性の娘。


どれも彼女を褒め称えるものだった。


しかし、今の私にはそれがどうも腑に落ちない。


(・・・・・・じゃあ、いつも私が王宮で見ている彼女は?ついさっき私が見たあれは?)


社交の場にいるアンジェリカ王女殿下はまさに社交界の華だった。周りにはいつも人だかりが出来ていてその中心で花が綻ぶような笑みを見せている。美しい容姿と王女という高貴な身分を持ち合わせていながら、自国の最高権力者の寵愛を一身に受けているのだ。貴族令息は誰でも一度は王女殿下に恋をし、令嬢は皆が彼女とお近づきになりたいと思っている。


(私は出来るだけ関わりたくないけれどね・・・)


もし先ほど見たアレがアンジェリカ王女殿下の本性なのであれば、私はあまり関わりたくないと思った。私の苦手とするタイプだ。


私はそのまま倒れるようにしてベッドに横になった。


(はぁ・・・これからどうしようかな?)


アレックスとの婚約を解消したことで、この先の結婚式など彼と参加する予定であった行事が全て無くなってしまった。そのため、私には今特にすることがない。これから自分が何をすればいいのか、また自分の将来のビジョンが思い浮かばなかった。


アレックスのことを考えると自然と気持ちが沈んでしまう。それは分かっているが、どうしても考えずにはいられなかった。


私は枕に顔を埋めて唇をグッと噛みしめた。


(アレックスに内緒でウエディングドレスも見に行ってたのに・・・)


何日も悩み続けてようやく決めたウエディングドレス。私は元々あまりファッションに興味が無かったが、愛する人の隣に立つのだからと気合いを入れてドレス選びをしていた。いくつものドレスを試着して、ようやく決めた一着だった。しかし、それも全て無駄になってしまったのだと思うと何だか悲しくなった。


私がアレックスと結ばれることは永遠にない。彼が選んだのは私ではなくアンジェリカ王女殿下だから。私では彼女の足元にも及ばないだろう。あの二人のことを考えるたびに複雑な気持ちになるが、いつまでもこんなことは言ってられない。


(私も、過去は忘れないといけないよね・・・)


そこで私は彼らのことを考えるのをやめた。


アレックスと結婚する未来はもう無くなってしまったのだから、これからは先のことを考えなければならない。


―これから私は、何をするべきか。


(とりあえず、このまま王宮に居続けるのだけは御免よ・・・)


それについて頭の中で少しだけ考えた私は真っ先にそう思った。


王宮にいる貴族たちは平民である私を良く思っていない人間が多い。それに何より王宮には私が今最も関わりたくない相手であるアレックスと王女殿下もいるのだ。正直、彼らが幸せそうにしているところなど見たくもない。


(王太子殿下は優しくしてくれるけれど・・・)


私の立場を考えると王太子殿下とあまり仲良くするべきではないだろう。平民の私と仲良くすれば殿下の評判を落とすことになりかねないし、貴族令嬢から変に嫉妬されても困る。出来るだけ面倒事は避けたいものだ。


フィリクス王太子殿下には長い間ずっと婚約者がいない。だから少しでも親しくすればすぐに噂になってしまいそうだ。殿下の妻の座を狙う貴族令嬢は数えきれないほどいるだろう。次期国王である殿下の心を射止めることが出来れば、未来の王妃になることが出来るのだから。


私は、そう思いながらもひとまず王宮から出る方法を考えた。


そして、あることを思いついた。


(・・・聖女としての功績を残せば、爵位がもらえるかな)


私が聖女として頑張れば、もしかしたら国王陛下から爵位をもらうことが出来るかもしれない。過去にも戦争で武功を立てて平民が貴族になったという例はいくつか存在する。


それに国のことを考えれば、国王陛下は聖女の力が使える私を手放したくはないはずだ。私はこの国で唯一光魔法が使える聖女なのだから。


―聖女としての功績を残し、国王陛下から爵位をもらう。


そうすればこの息が詰まるような王宮から出ることが出来るかもしれない。いや、それだけじゃない。爵位をもらうことが出来れば私は平民ではなく、貴族になる。そうすれば誰も私に文句など言えないし、今までのように平民だからと馬鹿にすることも出来ないだろう。


「・・・」


ついさっきまではいつまでここにいなければいけないんだろうと憂鬱な気持ちになっていたが、ようやく希望の光が見えたような気がした。


(よーし!頑張るわよ!絶対にここから抜け出してやるんだから!)


私は自室で一人、両手をギュッと握ってそう意気込んだ。


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