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不快感

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その後、私は教室に戻って授業に参加した。
授業に遅れて来た私はもちろん好奇の目に晒されることとなったが、そんなの気にもならない。


(まぁ私はハワンズ家の令嬢だし、表立って悪く言う人間はいないでしょ)


こういうときにこそ権力というものは役に立つ。
このときばかりはハワンズ家の令嬢だったことに感謝しないとだ。


それからしばらくして、授業が終わった。
私は教科書とノートを片付けながらじっと考え事をしていた。


(……学園が終わったらまたカイルのところへ行こう)


いつの間にか彼と会うことが楽しみになっていた。
自由時間を削ってでも彼に会いたいと思っている自分がいるのだ。
それは何故なのか、少しずつ自覚し始めてはいるがまだ気持ちを伝えるのは無理そうである。


だから今必死でその思いに蓋をしている。
カイルのことを考えて顔が赤くなっていたそのとき、一人の令嬢が私に声をかけた。


「あの……ハワンズ公爵令嬢」
「はい、何でしょう?」


同じクラスの侯爵令嬢だ。
関わったことはそれほどない。


「その……公爵令嬢に会いたいと言っている方が教室に来ていらっしゃいます」
「私に……ですか?それは一体誰でしょう?」
「――モーク伯爵令息です」
「……!」


その名前を耳にした途端、私の心の中に黒いモヤモヤが広がっていくのを感じた。


(モーク伯爵令息……!)


正直顔も見たくないと思っている私の恋人である。
何故あんな人と付き合っていたのか、過去の愚かな自分を呪いたい。


(会いたくないけれど……)


あの事件が起きるまで私はモーク伯爵令息にベタ惚れだった。
だから突然態度を変えるのは危険だろう。
彼はハワンズ家の乗っ取りを狙っており、危険思想の持ち主だ。


(私が全てを知っていることがバレたら、口封じとして殺されるかも……)


そうしたらハワンズ家は本当に乗っ取られてしまうかもしれない。
お父様とお母様は私ほど騙されやすい方ではないと信じているが……。


「――ハワンズ嬢?」
「あ……」


顔を上げると、令嬢が私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。


「すみません……少し考え事をしておりました。すぐに会いに行きますわ」
「まぁ、そうでしたのね」


私は椅子から立ち上がり、廊下で待っているというモーク伯爵令息に会いに行った。


「――エルシア!」
「……」


廊下にいた彼は私を見てこちらに駆け寄って来た。


(……気持ち悪い)


そんなモーク伯爵令息を見ても以前のような胸のトキメキは感じず、今私が彼に抱いているのは強い嫌悪感だけだ。


「エルシア、今日遅れて来たんだって?君が寝坊するだなんて珍しいね」
「……面白い本を見つけてしまいまして、夜遅くまで読んでおりましたの」
「そうか、君は本当に面白いな」


モーク伯爵令息はクスクス笑った。
しかしその目が笑っていないことに、彼を観察していた私は気が付いた。


(何を考えているの……?)


この人はこれほど感情の読めない人だったのか。


「リオン様こそ、怪我は大丈夫なのですか?」
「ああ、本当のことを言うとまだ痛いけど……」


モーク伯爵令息はそこで私の顎を手でクイッと持ち上げた。


「――エルシアの顔を見たら元気になったかな」
「……」


周りからキャーと歓声が上がる。


(……触らないでよ)


しかし私からしたら不快感を感じてしまうほどだった。
それでも私は普段通りに彼と接した。


「ふふふ、リオン様ったら」
「本当だよ、エルシア」


(どの口が言ってるのよ)


彼の企みは全て知っている。
今さらこんなことをしたところで無駄だ。


「それでは、君の顔も見たことだしそろそろ失礼するよ。することがあるんだ」
「……そうですか、分かりました」


私はモーク伯爵令息を見送った。
心の中で彼の後ろ姿に呪いをかけながら。


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