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フォース公爵家へ
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「エルシア、そんなに急いでどうしたんだい?」
「お父様、止めないで!今急いでるの!」
「エルシア!廊下を走るだなんてみっともないですわよ!」
「お母様、今だけは見逃して~!」
私は厨房を出てからすぐに学校へ行く支度を済ませ、公爵邸の廊下を走っていた。
その途中で両親とすれ違ったが、あいにく彼らと話をしている時間は無かった。
(ごめんね!全てが終わったら必ず全部話すから!)
今はカイルが最優先だ。
私がこんなことをしている間にも、彼はきっと深い悲しみに暮れているはずだから。
私は公爵邸を出て馬車に乗り込んだ。
「エルシアお嬢様!?随分お早いですね……」
「急いでるの!いつもより早めにお願い!」
「は、はぁ……」
御者はわけが分からないという顔をしながらも、切羽詰まった私の表情を見てすぐに馬車を動かしてくれた。
(お願い!早く着いて!)
私がこんなにも急いで学園へ向かっているのにはある理由があった。
昨日の一件は既に何人もの生徒が目撃している。
つまり、今日の朝にはもう噂が広まってしまっているだろう。
(事情を知っている私やカイルの親友のレオンハルトなら彼がそんなことする人じゃないって分かってるけど……)
何も知らない生徒たちはきっとカイルを軽蔑するはずだ。
なんて心の醜い、暴力的な人間なんだろうと。
(そんなの絶対にダメよ!)
カイルは全て私のためにやってくれたのだ。
それなのに、彼が悪く言われるのだけは耐えられなかった。
「カイル……待っててね……絶対私が、貴方を助けてあげるから」
しばらくして、馬車が学園へと到着した。
御者の手を借りて素早く馬車から降りた私は、すぐにカイルを探した。
(カイルはどこにいるのかしら?)
学園内には既に生徒たちが登校し始めていた。
カイルはいつも私より早く学園に来ているからもういるはずだが、どれだけ探しても彼の姿はどこにも見当たらなかった。
私たちの教室、ヒロインと初めて出会った庭園、昨日事件があった体育館まで。
隅々まで捜しまわったが、どこにもいない。
(どこにいるの……?普段はもう来てるはずでしょう?)
なかなか見つけることが出来なくて困り果てた私は、ある人物を訪ねた。
「エマ先生!」
「……あら、エルシアさん?」
私がその後ろ姿に声を掛けると、彼女はくるりと振り返った。
そう、私が訪ねた人物とは私とカイルのクラスの担任の先生である。
他にもレオンハルトやシャルロッテの所属するAクラスの担任であるエマ先生は温厚な性格をしており、物分かりの良い人だ。
そのため、色々な人間から信頼されている。
(先生なら、分かってくれるかもしれない!)
私はそんな一抹の希望を抱いて彼女に声を掛けたのだ。
「エルシアさん、今日は珍しく早いですね」
「あ、はい……今日は早起きしたんです……」
「まぁ、それは良いことです」
私の言葉に、先生はクスリと笑った。
(早起きどころか本当は一睡もしていないのだけれど……)
そんなことを馬鹿正直に言えば、変な心配をされて保健室に連れて行かれることが目に見えていた。
だから私は、エマ先生には申し訳ないが適当に誤魔化すことにしたのだ。
「ところで先生、カイルを見ていませんか?」
「カイルさんを……ですか?」
カイルの名前を出した途端、エマ先生の顔が曇った。
当然だろう、カイルが昨日しでかしたことは担任教師である彼女の耳にも入っているはずだから。
「エマ先生、カイルは何の理由もなくあんなことをするような人ではありません」
「……エルシアさん」
「信じられないかもしれませんが、彼は……」
「――実は、私も心のどこかでそう思っていました」
「……え?」
エマ先生の発した言葉に驚いて、私は思わず聞き返してしまった。
「カイルさんはとても成績優秀で、弱い者いじめなどをする子ではない。それは私も知っていました」
「先生……」
「ですが、学園長を始めとした方たちが今回の一件を理由にカイルさんを退学させようとしているようで……」
「そんな……じゃあまさか……カイルはもう……」
最悪の事態を想定して全身が冷たくなるのを感じたそのとき、エマ先生はハッキリと私に告げた。
「――いえ、それは違います」
「……?」
「エルシアさん、カイルさんはまだ退学にはなっていません」
「じゃあ、カイルは……」
「ええ、ただ自宅での謹慎を言い渡されただけです」
「良かった……」
それを聞いた私はふぅと安堵の息を吐いた。
「あの後、レオンハルト殿下が学園長の元を訪ねたのです」
「殿下がですか?」
「はい、カイルさんの処分を少し待ってほしいと直々に申し出たのです」
「レオンハルト……」
やはりここぞばかりにレオンハルトは頼りになる。
彼に相談して本当に良かった。
「ですから、カイルさんが処罰されるのはもう少し後になるはずです」
「本当に、本当に良かった……」
安堵感からか、一気に体の力が抜けていきそうになるのを私は必死で堪えた。
そして、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「では、フォース公爵邸に行けばカイルに会えるんですね?」
「はい」
「ありがとうございます、エマ先生!」
私はすぐに先生の元から立ち去り、公爵邸へと向かおうとした。
そんな私に、エマ先生が声を掛けた。
「――エルシアさん」
「……はい?」
突然呼び止められて振り返ると、エマ先生が真剣な眼差しで私をじっと見つめていた。
そして、先生は私を鼓舞するかのように言った。
「――カイルさんを助けてあげられるのは、今貴方だけです。どうか、彼を支えてあげてね」
「……!」
私は先生のその言葉に、大きく頷いて踵を返した。
「お父様、止めないで!今急いでるの!」
「エルシア!廊下を走るだなんてみっともないですわよ!」
「お母様、今だけは見逃して~!」
私は厨房を出てからすぐに学校へ行く支度を済ませ、公爵邸の廊下を走っていた。
その途中で両親とすれ違ったが、あいにく彼らと話をしている時間は無かった。
(ごめんね!全てが終わったら必ず全部話すから!)
今はカイルが最優先だ。
私がこんなことをしている間にも、彼はきっと深い悲しみに暮れているはずだから。
私は公爵邸を出て馬車に乗り込んだ。
「エルシアお嬢様!?随分お早いですね……」
「急いでるの!いつもより早めにお願い!」
「は、はぁ……」
御者はわけが分からないという顔をしながらも、切羽詰まった私の表情を見てすぐに馬車を動かしてくれた。
(お願い!早く着いて!)
私がこんなにも急いで学園へ向かっているのにはある理由があった。
昨日の一件は既に何人もの生徒が目撃している。
つまり、今日の朝にはもう噂が広まってしまっているだろう。
(事情を知っている私やカイルの親友のレオンハルトなら彼がそんなことする人じゃないって分かってるけど……)
何も知らない生徒たちはきっとカイルを軽蔑するはずだ。
なんて心の醜い、暴力的な人間なんだろうと。
(そんなの絶対にダメよ!)
カイルは全て私のためにやってくれたのだ。
それなのに、彼が悪く言われるのだけは耐えられなかった。
「カイル……待っててね……絶対私が、貴方を助けてあげるから」
しばらくして、馬車が学園へと到着した。
御者の手を借りて素早く馬車から降りた私は、すぐにカイルを探した。
(カイルはどこにいるのかしら?)
学園内には既に生徒たちが登校し始めていた。
カイルはいつも私より早く学園に来ているからもういるはずだが、どれだけ探しても彼の姿はどこにも見当たらなかった。
私たちの教室、ヒロインと初めて出会った庭園、昨日事件があった体育館まで。
隅々まで捜しまわったが、どこにもいない。
(どこにいるの……?普段はもう来てるはずでしょう?)
なかなか見つけることが出来なくて困り果てた私は、ある人物を訪ねた。
「エマ先生!」
「……あら、エルシアさん?」
私がその後ろ姿に声を掛けると、彼女はくるりと振り返った。
そう、私が訪ねた人物とは私とカイルのクラスの担任の先生である。
他にもレオンハルトやシャルロッテの所属するAクラスの担任であるエマ先生は温厚な性格をしており、物分かりの良い人だ。
そのため、色々な人間から信頼されている。
(先生なら、分かってくれるかもしれない!)
私はそんな一抹の希望を抱いて彼女に声を掛けたのだ。
「エルシアさん、今日は珍しく早いですね」
「あ、はい……今日は早起きしたんです……」
「まぁ、それは良いことです」
私の言葉に、先生はクスリと笑った。
(早起きどころか本当は一睡もしていないのだけれど……)
そんなことを馬鹿正直に言えば、変な心配をされて保健室に連れて行かれることが目に見えていた。
だから私は、エマ先生には申し訳ないが適当に誤魔化すことにしたのだ。
「ところで先生、カイルを見ていませんか?」
「カイルさんを……ですか?」
カイルの名前を出した途端、エマ先生の顔が曇った。
当然だろう、カイルが昨日しでかしたことは担任教師である彼女の耳にも入っているはずだから。
「エマ先生、カイルは何の理由もなくあんなことをするような人ではありません」
「……エルシアさん」
「信じられないかもしれませんが、彼は……」
「――実は、私も心のどこかでそう思っていました」
「……え?」
エマ先生の発した言葉に驚いて、私は思わず聞き返してしまった。
「カイルさんはとても成績優秀で、弱い者いじめなどをする子ではない。それは私も知っていました」
「先生……」
「ですが、学園長を始めとした方たちが今回の一件を理由にカイルさんを退学させようとしているようで……」
「そんな……じゃあまさか……カイルはもう……」
最悪の事態を想定して全身が冷たくなるのを感じたそのとき、エマ先生はハッキリと私に告げた。
「――いえ、それは違います」
「……?」
「エルシアさん、カイルさんはまだ退学にはなっていません」
「じゃあ、カイルは……」
「ええ、ただ自宅での謹慎を言い渡されただけです」
「良かった……」
それを聞いた私はふぅと安堵の息を吐いた。
「あの後、レオンハルト殿下が学園長の元を訪ねたのです」
「殿下がですか?」
「はい、カイルさんの処分を少し待ってほしいと直々に申し出たのです」
「レオンハルト……」
やはりここぞばかりにレオンハルトは頼りになる。
彼に相談して本当に良かった。
「ですから、カイルさんが処罰されるのはもう少し後になるはずです」
「本当に、本当に良かった……」
安堵感からか、一気に体の力が抜けていきそうになるのを私は必死で堪えた。
そして、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「では、フォース公爵邸に行けばカイルに会えるんですね?」
「はい」
「ありがとうございます、エマ先生!」
私はすぐに先生の元から立ち去り、公爵邸へと向かおうとした。
そんな私に、エマ先生が声を掛けた。
「――エルシアさん」
「……はい?」
突然呼び止められて振り返ると、エマ先生が真剣な眼差しで私をじっと見つめていた。
そして、先生は私を鼓舞するかのように言った。
「――カイルさんを助けてあげられるのは、今貴方だけです。どうか、彼を支えてあげてね」
「……!」
私は先生のその言葉に、大きく頷いて踵を返した。
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