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冷たい男

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それからというもの、私はカイルとヒロインのレイチェルをくっ付けるために動いた。


(ふんっ!ヒロインの行動は全部知ってるもんね!)


この小説は、ストーリーが衝撃的すぎたため私は細かいところまでよく覚えている。
話の流れ、ヒロインとヒーローのラブシーンが起きる場所などなど。
もちろんカイルとレイチェルがどこで出会うのかも知っている。


(カイルとレイチェルが出会う場所に行かないとね!)


小説の中でカイルとレイチェルが出会うのは学園内の庭だ。
風で飛ばされたヒロインのハンカチが庭の木に引っ掛かってしまった……というところから二人の出会いは始まる。


困り果てるヒロイン。
そのハンカチは、今は亡き彼女の母親が幼い頃にプレゼントしてくれた大事なものだった。


「どうしよう……」


ヒロインは泣きそうになった。
そこで颯爽と現れるのがレオンハルトの恋敵となる公爵令息カイル・フォースだった。
カイルは曲がりなりにも騎士であり、困っている女の子を放っておくことが出来なかった。


ヒロインから事情を聞いたカイルが木に登り、枝に引っ掛かったハンカチを取り戻してくれるのだ。


(……ほんとにアイツと同一人物なわけ?)


ヒロインにだけは優しいのか、それとも私にだけ厳しいのか。
どちらにせよムカつくヤツであることに変わりはない。


それからヒロインはお礼としてカイルをお茶に誘うのだ。
そこでヒロインと関わりを持ったカイルは真っ直ぐな彼女に惹かれ始める。
というのがカイルがヒロインを好きになる過程である。


(王子と公爵令息に奪い合いって……とんでもないわね)


本音を言えば羨ましい。
学園に通う全女子の憧れだろう。
片方がカイル・フォースというのが少し微妙だが。


(とにかく!もうすぐ二人が出会うはずだから早く行かないと!)


私は駆け足で学園の庭へと向かった。



***



「あ、いた!」


庭へ行くと、困った様子のヒロインが木の前で立ちすくんでいた。
そして彼女の目の前にある木の枝には白いハンカチが引っ掛かっている。


(このシーン!やっぱりあった!)


本当に小説の中の世界に転生したんだなぁと改めて実感した。
そしてもうすぐカイルが来るはずだ。


(カイルはまだかな?)


物陰に身を潜めた私は、首を動かしてカイルを探した。
少しして、シンとしていた庭に足音がした。


「――おい、どうかしたのか?」


(来た来た来た来た!)


小説通り、カイルがヒロインの前に現れたのだ。
カイルを視界に入れたヒロインは今にも泣きそうな顔で事情を説明した。


「あ……ハンカチが……」
「……」


ヒロインの視線を追ったカイルが木の上に視線をやった。


「……俺が取ってやるから少し待ってろ」
「え、いいんですか……?」


それからカイルは慣れたように木に登り、簡単にヒロインのハンカチを取り戻してみせた。


「ほら」
「ありがとうございます!」


感激するヒロイン。
その頬は赤く染まっている。


(ここからなのよね!)


そう、カイルがヒロインを好きになるのはこの後のお茶会である。
私はその場に留まって二人の様子を観察した。


「あ、あの……」
「何だ?」


ヒロインがカイルに遠慮がちに声を掛けた。


「よかったらこの後……一緒にお茶でもしませんか?」
「何?」
「ハンカチのお礼がしたいんです!」


ヒロインは頬を赤く染めたまま満面の笑みで言った。


(よく言った、ヒロイン!)


この提案をカイルが受け入れ、二人は王都にあるカフェテリアでお茶をするのだ。
そこでカイルはヒロインに惹かれ始める。
小説の中ではヒロインはレオンハルトを好きになるが、レオンハルトとの関係が上手くいっていない今カイルを好きになるという可能性は十分にありえる。


(いや、むしろそうなってほしい!)


私はそう願いながら二人の様子を見守っていた。
しかし、カイルが放った一言に私は思考が停止した。


「――結構だ」
「え……?」


カイルは冷たい声でそれだけ言った。
これにはヒロインでさえも呆気に取られていた。


(え……何で!?)


もちろん小説の展開を知っている私もだ。
しかしカイルはそんなヒロインを置いてすぐにその場を立ち去ろうとする。


「ま、待ってください!」
「まだ何かあるのか?」
「どうしてもお礼をさせてほしいんです!私と一緒に……」


自身の上着の裾を掴もうとしたヒロインの手を、カイルは振り払った。


「――そんなことをしている暇があるのなら、礼儀作法の勉強でもしたらどうだ?」
「え……」


縋りつくようにカイルを引き留めたヒロインだったが、彼は冷たくあしらった。


「今日の王太子殿下と皇女殿下への態度、無礼にも程がある」
「……」


それを聞いたヒロインは俯いた。


(あ……あれか……)


たしかに彼女のあの態度は褒められたものではない。
どうやらカイルはそのことに憤っているようだ。


「見てて不快だった」
「……」


ヒロインはしばらく俯いていたが、突如逃げるようにしてその場を立ち去った。


(あー……)


彼女に非があったとはいえ、何だか少し可哀相だ。
カイルも女の子に対してあんなキツい言い方することないのに。


そんなことを思っていたそのとき、不機嫌そうな声がハッキリと聞こえてきた。


「――おい、いい加減出てこい。いつまで隠れてるつもりだ」
「!?」


私はヒヤリとした。


(ま、まさか私のこと気付かれてるの!?)


逃げられないと思った私は、諦めてカイルの前に姿を現わした。


「ア、アハハ……ど、どうも……」
「……」


私を見るなり、彼はあからさまに不機嫌な顔をした。


「お前は覗きが趣味なのか?」
「え、いや……そういうわけじゃないけど……」


ただヒロインと貴方の恋を応援しに来ただけです、だなんて言えるわけがなかった。
黙り込んだ私に、カイルが何かを思い付いたように尋ねた。


「そういえばお前、入学式のときさっきの女と一緒にいたな。知り合いなのか?」
「え……ううん!道に迷ってたみたいだったから会場まで案内してあげただけだよ」
「そうか……」


カイルはヒロインが去って行った方向を不快そうな顔で見つめる。


(気になるのかな?)


ヒロインのことが気に掛かっているのだろうか。
カイルの本心が知りたいと思った私は遠回しに尋ねた。


「ねぇ、カイル。さっきの子のことどう思う?」
「……?何故そんなことを聞く?」
「いや、何となくだよ……」


突然そんなことを聞いてきた私を不審な目で見つめながらも、カイルは答えた。


「気に食わないな」
「えっ、どこらへんが?」
「全てだ。レオンハルトとシャーロット皇女殿下に対する態度も、入学式の日にお前と――」
「私と?」


そこでカイルはハッとなって視線を逸らした。


「いや、何でもない……」
「何よ」


言いたいことがあるならハッキリと言ってほしいものだ。


(……カイルは今の時点ではヒロインのこと好きじゃなさそうね)


これは困った。
カイルとヒロインが結ばれてくれないと私の死亡フラグが消えないのだ。


「おい、お前さっきから何を考えている?」
「あ……」


死亡フラグをへし折るための方法を必死で考えていたらカイルに怪しまれた。
不快に思われただろうかと不安になったが、カイルの反応は予想外のものだった。
彼は切なげな顔で私にゆっくりと近付いた。


(え、な、何……!?)


一歩一歩私に近付いてくる彼の瞳は、いつもと違ってひどく優しかった。


「お前は……本当に……昔から……」
「……」


その瞬間、カイルが手を伸ばして私のサイドの髪にそっと触れた。


(!?)


私の顔をじっと凝視するカイル。
その瞳に吸い込まれたかのように動けなくなっていたそのとき――


「カイル!ここにいたのか!」


「「……!」」


突然声がして、私たちは慌てて距離を取った。


「あ、殿下……」
「レオンハルト……」


声の主は、レオンハルトだった。


「ん?エルシア嬢もいたのか」
「あ、はい殿下……」


レオンハルトは私を一瞥したあと、すぐにカイルに視線を戻した。


「カイル!悪いがすぐに来てほしいんだ!」
「……分かった」


それからすぐにカイルはレオンハルトと共にどこかへ行ってしまった。
私はというと、しばらくその場から動けなくなっていた。

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