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52 進む道

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側妃の毒殺未遂事件から一週間後。
部屋でくつろいでいた私の元に、ある一報が届いた。


「――陛下、側妃クロエの死刑が執行されたそうです」
「そう……」


それを聞いたとき、何だか晴れ晴れした気分になった。
もう死の恐怖に怯えながら生きていくことも無い。
三度目にして私はようやく勝ったのだ。


(これでやっと終わるんだわ……)


全ての元凶であったクロエは処刑され、実家の公爵家も取り潰しとなった。
異母妹のアイラは死ぬことこそ無いが、二度と外へは出られない身となる。
風の噂によると平民に降格した父は浮浪者となり、義母は体を売って生計を立てているという。
そのせいか、何だか今日は気分が良い。


(お母様はこのことを知ったらどう思うかしら……)


父は政略結婚で嫁いできた母を最初から蔑ろにし、子が出来た途端に放置した。
夫としても父親としても最低最悪な人だったと思う。


母はとても優しい人だったから父の悲惨な末路を聞いて胸を痛めるかもしれない。
でも私は違う。


(本当、周囲の言った通り冷たい女ね……)


じっと考え込んでいた私に、侍女が声をかけた。


「王妃様、陛下がいらっしゃっています」
「……陛下が?」


それだけ伝えて出て行くと、入れ替わるようにエルフレッドが部屋に入って来た。


「陛下」
「リーシャ」


こちらへ歩いてくるエルフレッドに席を勧め、お互いに向き合った状態で椅子に座った。
あの事件以降会っていなかったため、話すのは一週間ぶりだ。


「体は大丈夫か?」
「はい、何ともありません」
「そうか、それは良かった。あのときすぐに駆けつけてやれなくて悪かったな」
「……」


目の前にいるエルフレッドの顔色が悪いように感じられるのは気のせいではないはずだ。
ここ最近はクロエのことでかなり忙しかったみたいだから。


悪女とはいえ、彼にとってクロエは一時期心から愛した女だった。
彼も複雑なのだろう。


「執務が忙しかったのでしょう、お気になさらないでください」
「……ああ」


会話は続かず、部屋に沈黙が流れた。
エルフレッドに話したいことがあった私は、疲れ切った顔の彼を見つめた。


「陛下、お話があります」
「……何だ?」


お茶を飲んでいたエルフレッドが私を見た。
とても大事なことだから、しっかり自分で言わないといけない。


「――どうか、私と離縁してくださいませんか」
「何……?」


カップを持つ彼の手がピタリと止まった。
目を見開き、酷く動揺しているように見える。


「実家の公爵家が取り潰しになった今、私には何の後ろ盾もありません。子がいるわけでも無いので、離縁するのが一番正しいかと思います」
「そ、そんな……離縁だなんて……」
「子供が出来る可能性も低いと思いますので」
「リーシャ、そんな風に決めつけるのはまだ早いのではないか。この先……」
「――いいえ、陛下」


引き留めようとするエルフレッドの言葉を遮った。


「仮に運良く懐妊出来たとしても、以前と違って私は何の力も持っていません」
「……」
「今の私では生まれた子を権力争いから守ることも出来ないでしょう」
「リーシャ……」


エルフレッドが悲しそうな顔をした。
今の彼の気持ちが私に向いていることには気付いていた。
だからこそ、胸が痛かった。


「陛下、どうか正しい判断をしてください。国のことを考えるのであれば私と離婚して他の高位貴族の令嬢を王妃として迎えるべきです」
「離婚したとして、どうするつもりだ。実家が無い以上、帰る場所だって……」
「平民として何とか生きていきます」


それを聞いた彼が机を拳で叩いた。


「そんなのは駄目だ!スイート公爵とその夫人が市井にいるんだぞ。今君を放り出したら復讐されてしまうかもしれない……」
「陛下……」


(私を心配しているのね……)


そんなエルフレッドを見ていると、彼を想い続けてきた十年以上もの歳月が報われたような、そんな気がした。
しかし、ここで折れるわけにはいかなかった。


「陛下、国のためです。どうかお願いします」
「リーシャ……」


彼の気遣いは嬉しかったが、今はこれ以上ここにいたくないというのが本音だ。
エルフレッドは額を手で押さえた。


「……この話はひとまず終わりにしよう」
「……はい」
「すぐに決められることではない、君もしばらく考えてみてくれ」
「はい、陛下」


それだけ言うと彼は椅子から立ち上がって背を向けた。
去って行くエルフレッドの背中がとても弱々しく見えたが、私の気持ちは変わらない。



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