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41 事件

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――『そう不安にならないでください。今回は絶対にあなたを死なせたりしませんから』


ギルバートが一度公爵邸へ戻った後、ついさっき言われた言葉が脳裏をよぎった。
彼が口にした、あの一言がいつまでも頭から離れなかった。


(私らしくない……)


先ほどからずっとギルバートのことで頭がいっぱいで何にも手が付かない。
エルフレッドに恋をしていたときでもここまででは無かった。


ボーッとしていた私にリリアーナが声をかけた。


「ふふふ、ヘンリー公爵閣下は本当にお優しいのですね」
「そうね……紳士的な方だから放っておけないんでしょう」
「あら、私には別の意味があると思いますけれど」


彼女はそう言いながらクスクスと笑った。


「……別の意味?」
「閣下は王妃陛下を好いておられるのではないかと……私の目にはそのように見えます」
「え……」


ギルバートが私に好意を寄せているだなんて。
違うと言い張りたかったが、彼の過去の行動からしてありえないことでは無かった。


(そういえば、どうしてギルバートはこんなにも私に親切にしてくれるのかしら……クロエのことが好きなはずでは……)


過去二度の人生において、ギルバートはたしかにクロエを想っていたはずだ。
地位も美貌も全てを持ち合わせているというのに愛する人を手に入れられない、一途でありながらも悲しい人。
私はずっと彼のことをそういう風に決めつけていた。


しかし、それはあくまでも社交界で広まった噂に過ぎず、彼の口からクロエが好きだと直接聞いたことは一度も無かった。


(もしかして、私の知らない何かがあるのかしら……)


そういえば今世ではギルバートとクロエが親しくしているところを見ない。
彼はあの舞踏会の日から私の味方になってくれているから。
王妃側に付くということは、側妃の敵になったも同然だ。


頭の良い彼がそんなこと理解していないはずが無い。
だからこそ、余計に戸惑うだけだった。


(さっきのハグも……夜中に心配してわざわざ来てくれたことだって……)


何の感情も抱いていない人間にするとは思えない行動だ。
もしかすると、彼は私のことを――


(…………今世では幸せになれるのかしら)


幸せになりたかった。
過去二度の人生においてはエルフレッドと共に幸せな夫婦生活を送ることを夢見ていたが、今となっては彼に対する期待などとうに消え失せてしまった。


(だけど、ギルバート……彼となら……)


――今度こそは、きっと。


答えを出しかけたそのとき、部屋の扉が突然勢い良く開けられた。


――「陛下、大変です!!!」


部屋へ入って来たのは一人の侍女だった。
酷く慌てた様子で、顔が真っ青だ。


「どうかしたの!?」
「そ、それが……」


彼女は今にも泣き出しそうな顔で声を絞り出した。


「側妃様が毒を盛られ命の危機に陥っていると……!」
「……!」


嘘だ、そんな。
次の言葉を聞きたくなかった。


「そして、その犯人の最有力候補として王妃陛下が挙げられているそうで……」
「あ……そ……そんな……」


――あぁ、やっぱりこうなってしまうのか。
悪役である私が幸せになることなど出来るわけがなかったのだ。


絶望で目の前が真っ暗になった。


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