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38 不穏

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「ん……」


朝になり、ベッドの上で目が覚めた。
ベッドで寝た記憶は無いからきっと彼が運んでくれたのだろう。
しかし、辺りを見渡してもギルバートの姿は無い。


「行ったのね……」


どうやら彼は夜が明ける前に去って行ったようだ。
無事に家に帰れただろうか、途中で捕まったりしていないか。
気になることは山ほどあるが、彼ならきっと大丈夫だろう。


(それにしても、昨日はだいぶ話し込んだわね……)


彼と過ごすのがとても楽しくて、時間を忘れてしまうほどだった。
こんなにも穏やかな日はいつぶりだろうか、とても気持ちが良い。


昨夜のことを思い出して一人でクスクス笑っていると、部屋の扉が開いた。


「――王妃陛下」
「あ……」


騎士が入って来たのを確認した私は、慌てて表情を戻した。


「――国王陛下より、今日を以て謹慎を解くとのことです」
「え……」
「それとこれは陛下から」


そう言って一通の手紙を渡すと、騎士はそそくさと部屋から出て行った。


(手紙……?エルフレッドから……)


封を開けて中を見てみると、真っ白な便箋に短く言葉が並べられていた。


『――強引なことをして悪かった』


それは、エルフレッドからの謝罪だった。


(やっと冷静になったようね……)


何はともあれ良かった。
これでいつも通りの日常を過ごせる。


「王妃陛下、本当に良かったです……!」
「もう、そんなに泣かないでちょうだい」


その後部屋に来たリリアーナが私を見て感動したように涙を流した。
彼女からしたら不安でたまらなかっただろう。


「それより、久しぶりに外に出たいの。着替えを手伝ってくれないかしら?」
「もちろんです、陛下」






***



「――あら、王妃様ではありませんか」
「……側妃様?」


三日ぶりに外へ出ると、運悪くクロエとばったり出くわした。
久々に見る彼女は私を見て楽しそうな笑みを浮かべていた。


(エルフレッドの次に会いたくない人だったのに……)


クロエは私の元へ駆け寄ると、冷えた手を両手でギュッと握った。


「心配していたんです、王妃様が軟禁されてしまったと聞いて……」
「……まぁ、ありがとうございます」


嘘偽りの無さそうな笑みだったが、どこか違和感を感じる。
前世ではごく普通の貴族令嬢だった。
――一体、何が彼女をここまで変えてしまったのだろうか。


(この笑顔……前世と全く同じで気味が悪いわ……)


二度の人生を経験した私なら、貴方のその笑みが嘘だってことが分かる。
間違いない、彼女は絶対に何か企んでいる。


警戒を強めていると、クロエが面白そうに笑った。


「私、陛下にお願いしたんです……王妃様を部屋から出すようにって」
「………………え?」


(クロエがエルフレッドに私を出すよう言ったですって?)


意味が分からない。
そのようなことをして彼女に何の得があるというのか。
むしろこのまま私が表に出てこない方がクロエとしては都合が良いのではないか。
何故、と多くの疑問が頭をよぎった。


「ずっと部屋に閉じこもってばかりでは疲れるでしょうから……」
「…………ええ、その通りですわね。お気遣いありがとうございます」


フフッと笑って礼を言うと、クロエは握る手に力を込めた。
そして、私の耳元に唇を近付けて囁くように言った。


「――出られて本当によかったですね、王妃様」
「……」


クロエはクスッと笑いながらそのまま横を通り過ぎて行った。


(何かしら……?)


その不気味な笑みに、何だか恐ろしくなった。
そしてこの数日後、衝撃的なニュースが王国中を駆け巡ることとなる――




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