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29 一度目の人生① ギルバート視点
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――自分の人生はいつだって変わり映えのしないものだった。
誰かを本気で愛したことも無ければ、信頼し合える仲間がいるわけでも無い。
不幸では無かったが、幸せだったわけでも無い。
私は王族の次に身分が高いヘンリー公爵と王国唯一の姫との間で生を受けた。
両親の仲は良く、愛情を注がれて育ったが、私の心が満たされることは無かった。
周囲から秀才だともてはやされていたのもあり、何をやってもつまらなく感じた。
自分の人生は一生このままなんだと、ずっとそう思っていた。
そんな日常の中で、いつもと違うと感じたのはある女と出会ってからだった。
「ギルバート様……初めまして……私、クロエって言います」
派手に着飾り、甘ったるい猫撫で声を出す女。
媚びるように自身を見つめるその女は、間違いなく私が最も嫌悪するタイプの人間だった。
(汚らわしい手で私に触れるな……)
そうは思うものの、何故だかその手を振り払うことは出来なかった。
おぞましい、吐き気がする。
そんな気持ちでいっぱいになるのに、行動に移すことは出来ない。
不思議だった、こんなのは初めてだ。
彼女といると自然と口角が上がり、周囲が驚くくらい優しい顔になるらしい。
もちろん、自分ではそんな風にしているつもりは無いが。
気付けば私がクロエに思いを寄せているという噂が社交界で広まっていた。
不愉快極まりなかったし否定したかったが、口を開こうとするたびにいつも何らかの邪魔が入った。
理由は当然分からない。
しばらくしてあの女はエルフレッドと恋仲になり、側妃として王宮へ上がることとなった。
それを聞いたとき、私が気になったのはクロエではなく王妃リーシャだった。
エルフレッドの許嫁で、幼い頃からずっと彼を支えてきた女性。
エルフレッドと従兄弟同士だった私はもちろん彼女とも面識がある。
いつもエルフレッドの傍で静かに微笑んでいた、高潔な女性。
それがリーシャのイメージだった。
エルフレッドがクロエを好きになるのは想定外だった。
私がリーシャに好感を抱いていたのは事実だし、悪い方向には行かないようにと、そう願っていた。
しかし、神はどこまでも彼女に残酷だった。
「聞いたか?陛下が側妃にかまけて王妃を蔑ろにしているらしい」
「それは本当なのか?」
「ああ、側妃を迎えてから一度も王妃の部屋へは訪れていないようだな。王宮で働いている知り合いから聞いた話だから事実だ」
「……」
――何をやっているんだ、あの馬鹿は。
王が側妃を迎えること自体は別に珍しいことでは無い。
しかし、正妃の部屋に一度も行かないというのは大問題だ。
娘が蔑ろにされて、彼女の実家である公爵家だって黙っていないだろう。
私がエルフレッドに直接言いに行こうかとも思ったが、こんなときに限ってまた足が動かなかった。
誰かがリーシャを残酷な運命に導こうとしているかのように感じられた。
(……今は辛いだろうが、いくらでも助けを求めることが出来る)
このときの私は本気でそう考えていた。
――それが間違っていたと気付いたのは、彼女が亡くなった後だった。
誰かを本気で愛したことも無ければ、信頼し合える仲間がいるわけでも無い。
不幸では無かったが、幸せだったわけでも無い。
私は王族の次に身分が高いヘンリー公爵と王国唯一の姫との間で生を受けた。
両親の仲は良く、愛情を注がれて育ったが、私の心が満たされることは無かった。
周囲から秀才だともてはやされていたのもあり、何をやってもつまらなく感じた。
自分の人生は一生このままなんだと、ずっとそう思っていた。
そんな日常の中で、いつもと違うと感じたのはある女と出会ってからだった。
「ギルバート様……初めまして……私、クロエって言います」
派手に着飾り、甘ったるい猫撫で声を出す女。
媚びるように自身を見つめるその女は、間違いなく私が最も嫌悪するタイプの人間だった。
(汚らわしい手で私に触れるな……)
そうは思うものの、何故だかその手を振り払うことは出来なかった。
おぞましい、吐き気がする。
そんな気持ちでいっぱいになるのに、行動に移すことは出来ない。
不思議だった、こんなのは初めてだ。
彼女といると自然と口角が上がり、周囲が驚くくらい優しい顔になるらしい。
もちろん、自分ではそんな風にしているつもりは無いが。
気付けば私がクロエに思いを寄せているという噂が社交界で広まっていた。
不愉快極まりなかったし否定したかったが、口を開こうとするたびにいつも何らかの邪魔が入った。
理由は当然分からない。
しばらくしてあの女はエルフレッドと恋仲になり、側妃として王宮へ上がることとなった。
それを聞いたとき、私が気になったのはクロエではなく王妃リーシャだった。
エルフレッドの許嫁で、幼い頃からずっと彼を支えてきた女性。
エルフレッドと従兄弟同士だった私はもちろん彼女とも面識がある。
いつもエルフレッドの傍で静かに微笑んでいた、高潔な女性。
それがリーシャのイメージだった。
エルフレッドがクロエを好きになるのは想定外だった。
私がリーシャに好感を抱いていたのは事実だし、悪い方向には行かないようにと、そう願っていた。
しかし、神はどこまでも彼女に残酷だった。
「聞いたか?陛下が側妃にかまけて王妃を蔑ろにしているらしい」
「それは本当なのか?」
「ああ、側妃を迎えてから一度も王妃の部屋へは訪れていないようだな。王宮で働いている知り合いから聞いた話だから事実だ」
「……」
――何をやっているんだ、あの馬鹿は。
王が側妃を迎えること自体は別に珍しいことでは無い。
しかし、正妃の部屋に一度も行かないというのは大問題だ。
娘が蔑ろにされて、彼女の実家である公爵家だって黙っていないだろう。
私がエルフレッドに直接言いに行こうかとも思ったが、こんなときに限ってまた足が動かなかった。
誰かがリーシャを残酷な運命に導こうとしているかのように感じられた。
(……今は辛いだろうが、いくらでも助けを求めることが出来る)
このときの私は本気でそう考えていた。
――それが間違っていたと気付いたのは、彼女が亡くなった後だった。
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