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12 叶わぬ恋

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午後、庭園を散歩していた日のことだった。
私の記憶によく残るある人物と出会った。


「――王妃様、お久しぶりです」
「貴方は……」


突然声を掛けられて振り返ると、眉目秀麗な男が立っていた。


黒い髪に、陛下とそっくりな青い瞳。
その瞳は代々王族のみに受け継がれるものだ。


――ギルバート・ヘンリー公爵。


先王の妹と先代ヘンリー公爵との間に生まれた第一子。
エルフレッドの従兄弟にあたる人で、年も近い。


関わったことはそれほど無いが、彼のことはよく知っている。


(忘れられるはずが無いわ……だってこの人は……)


――過去二度の人生において、側妃クロエに想いを寄せていた人物だったから。


ヘンリー公爵は見目麗しい上に公爵という高い地位を持っていながらも未婚だった。
当然、彼を狙う貴族令嬢は多くいるが、どんな美女にも全く靡かないのだ。


何故、彼がそこまで独身を貫いているのか。
それにはとある理由があった。


二度目の人生で、ご婦人たちの噂話をたまたま耳にして知ったことだった。


『公爵様は本当に美しい方ね……!どうして結婚なさらないのかしら?』
『あら、貴方あの噂をご存知ないの?』
『噂?』
『公爵様には長く恋い慕う相手がいるけれど、その方は既に愛し合う方のいる身。そのお方を忘れられなくて今でも未婚を貫いていらっしゃるという話よ』
『それ本当?』
『公爵様と親しくしている方がご本人から直接聞いた話だそうよ』
『まぁ、何て素敵なのかしら!公爵様は一途なのね!』


そう、ヘンリー公爵の恋い慕う相手とはまさにクロエのことだ。
私も彼とクロエが仲睦まじい様子で話しているところを何度か目撃したことがある。


(公爵自身も噂を否定していなかったし……この話は社交界ではかなり有名だったわ)


王の寵愛を得ているクロエは彼だけにとどまらず、王家の血を引く天下の公爵閣下までも魅了しているのだ。
どれだけ努力したところで夫の愛すら得られない私とは正反対である。


「王妃様、ここでお会いするとは奇遇ですね。散歩をしに来たのですか?」
「ええ……ずっと部屋にいると息が詰まるから」
「それもそうですね」


ギルバートはクスリと笑った。
彼は女性なら身分年齢関係無く、誰に対しても紳士的な方だった。
だからこそ、彼との結婚を夢見る令嬢が多いのだ。


「貴方はどうしてここに?」
「私も王妃様と似たようなものです」
「そう」


私に近付いた本心を探るために目の奥をじっと見つめてみるも、真意は不明のままだ。


(相変わらず何を考えているのか全く分からない人ね……)


クロエに惚れている人だからこそ、警戒しなければならない。
愛する彼女のために私を貶めようとしてくる可能性が無いとは言えないからだ。


「少し歩きませんか?」
「何か話でもあるのかしら?」
「そういうわけではありませんが……ただ少し、王妃様とお話出来たらと思いまして」
「……」


(彼がどのような人なのか、知っておくのも良いかもしれないわね)


そう考えた私は、彼の誘いを受けた。


「二人きりでないのなら良いわ、行きましょう」
「ありがとうございます、陛下」


ギルバートは嬉しそうにクスリと笑った。
その笑みが本心なのか作り物なのか、それはこの場にいる誰にも分からなかった。






***






ギルバートと散歩をしてからしばらくして、ある光景が視界に入った。


(あら……)


私の視線の先にあったのは、側妃クロエとエルフレッドが親しげにお茶をしている場面だった。
クロエがエルフレッドの口にケーキを運んでいる。
あの場だけ、とても甘い空気が流れていた。


(周りの目なんて全く気にしないのね)


そんな二人を見たところで嫉妬の気持ちなど沸き上がってこない。
むしろ呆れているだけだ。


「…………すみません、私が散歩に誘ったばっかりに」
「気にしないで、あんなのはいつものことだから」


夫と側妃の仲睦まじい場面は過去二度の人生でたくさん見てきている。
今さらあの程度で動揺したりはしない。


「王妃様はとても寛大な方なのですね」
「あら、それは貴方もだと思うけれど?」
「……」


私がそう言っても、彼は表情を変えなかった。
言葉を返すことも無く、ただ黙っているだけ。


(愛する人が他の男と楽しそうに笑い合っている姿を見て、辛いでしょうね……)


彼の気持ちは痛いほどに理解出来る。
かつて私も、彼と同じだったのだから。


(意外と悲しい人なのね……)


切なげなギルバートに、かける言葉が見つからなかった。






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