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9 決別①
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その日の夜。
「王妃様、国王陛下が今日の夕食を共にしたいとおっしゃっております」
「……陛下が?」
エルフレッドが私を食事に誘ってきたのだ。
こんなことは結婚してから一度も無い。
一体どういう風の吹き回しだろう。
国王である彼は多忙の身。
クロエと恋に落ちる前も時間が合わなくて夕食は別々で摂ることが多かった。
エルフレッドはそのことについていつも申し訳なさそうな顔をしていたが、それが嘘だと私は知っていた。
忙しいというのはただ単に一人で食事をするための言い訳に過ぎないのだ。
そうでなければ今、毎日のようにクロエと二人で夕食を摂るはずがないから。
(クロエにせがまれでもしたかしら……)
だとしたら三人で食事をすることになるのか。
彼らには悪いが、再び地獄に足を踏み入れる気は無い。
「側妃様も一緒なんでしょう?」
「あ、いえ、それが……陛下は王妃様とお二人でとおっしゃっておりました」
「……何ですって?」
(私と二人きりで食事を?)
侍女の話によると、今日はクロエとの約束を断って私と食事をしたいと言い出したらしい。
彼の考えが全く分からない。
体調を崩したあの日から、何だかいつもと違う。
私を心配するフリをするのも、二人きりでの晩餐会に誘うのも全く彼らしくないことだった。
「王妃様……やはり、お断りいたしますか……?」
「……行くわ。ちょうど陛下に言いたいこともあったしね」
私は重い体を動かして晩餐会へ向かう準備をした。
***
「陛下、遅れて申し訳ありません」
「来たか、リーシャ」
会場に着くと、既にエルフレッドが席に着いていた。
(こんなに早く来るなんて珍しいわね)
彼に早く会いたくて決められた時間よりもずっと前に集合場所に来ていたあの頃が懐かしい。
それがずっとずっと昔のことのように感じるのは、彼への気持ちが変化したからだろうか。
こうやって二人きりで過ごしていても、以前のような恋焦がれるような気持ちは全く感じられない。
そのことに安心した。
「体調の方はもう大丈夫か?」
「はい、だいぶ良くなっております」
「そうか、それは良かった」
それを聞いたエルフレッドは口元に笑みを浮かべた。
(そのことを確認するために私をここに呼んだのかしら?)
以前と違う彼を前にして、何だか居心地が悪い。
今すぐにでもここから立ち去りたかった。
「陛下、まだ全快していないため、他にご用件が無いのであれば私は自室で食事を摂らせていただきたいのですが」
「あ、いや……」
そう言うと、彼は慌てて付け加えた。
「その……たまには二人で話したいと思って……最近クロエとばかり時間を過ごしていたからな」
「そうですか……」
彼への気持ちを捨てた今になってこのようなことが起こるとは思っていなかった。
その気遣いを前世でもしてくれていれば、私はあそこまで壊れることは無かったかもしれない。
こうして彼と向き合うと、昔の記憶が走馬灯のように頭の中に流れた。
『エルフレッド、今日はどんな一日だった?』
どんな些細なことでもいいから大好きな彼と話したくて、毎日のようにそんなことを尋ねていた。
いつものように無表情な彼の口元に時々笑みが浮かぶのがとても嬉しくて毎日毎日めげずにそんなことをしていた。
(……だけど、今はそうする必要も無い)
私は既に彼への想いを捨てた。
エルフレッドは私にとって書類上の夫婦であり、他人なのだ。
こうして彼と一緒にいると、そんな気持ちが余計に強くなっていった。
「陛下、次からは是非側妃様とお二人で食事をなさってください」
「クロエと二人で……か?」
「はい、その方がお二人にとっても、私にとっても良いかと思います」
「リーシャ、君は……」
物腰柔らかな言い方ではあったが、それはつまり二度と私を夕食に誘うなという意味だった。
王である彼がそれを理解していないはずが無い。
(それを言うためにわざわざここへ来たのよ)
何故だか傷付いた顔をするエルフレッド。
今さらそのような顔をされたところで私が絆されることは絶対に無い。
――私はかつて、二度も貴方に心を壊されているのだから。
そんなやり取りをしながらも、私はいつもより早いスピードで食事を進めていった。
言いたいことを言ったため、すぐにでもこの場を去りたかったからだ。
そんな私とは対照的に、向かいに座るエルフレッドの手は止まっていた。
食事が喉を通らないのだろうか。
目はどこか虚ろで、挙動が変だった。
「――リーシャ」
「何でしょうか?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、彼がじっとこちらを見つめていた。
「何か、望むことは無いか?」
「望むこと……?」
「欲しい物でもいい、君には本当に感謝しているからな。今の私があるのは間違いなく君のおかげだ」
「……」
呆れて言葉が出なかった。
この人は本当に今さら何を言っているのだろう。
ただ気にしたことが無かったというだけで、私が貴方を陰で支えてきたのは十年以上前からだ。
よそよそしい態度を取った今になって私を惜しんでいるのか。
彼の心はクロエにあるから、愛から来るものではないだろう。
仕事において必要不可欠な道具である私を手放したくないという意思が丸見えだ。
今すぐにでも席を立って部屋を出て行きたい気持ちを抑えるので精一杯だった。
(望むこと……ね)
――出来ることなら、私に二度と関わらないでいただきたいです。
当然そんなこと言えるわけがなく、私はただ無表情で首を横に振った。
「王妃様、国王陛下が今日の夕食を共にしたいとおっしゃっております」
「……陛下が?」
エルフレッドが私を食事に誘ってきたのだ。
こんなことは結婚してから一度も無い。
一体どういう風の吹き回しだろう。
国王である彼は多忙の身。
クロエと恋に落ちる前も時間が合わなくて夕食は別々で摂ることが多かった。
エルフレッドはそのことについていつも申し訳なさそうな顔をしていたが、それが嘘だと私は知っていた。
忙しいというのはただ単に一人で食事をするための言い訳に過ぎないのだ。
そうでなければ今、毎日のようにクロエと二人で夕食を摂るはずがないから。
(クロエにせがまれでもしたかしら……)
だとしたら三人で食事をすることになるのか。
彼らには悪いが、再び地獄に足を踏み入れる気は無い。
「側妃様も一緒なんでしょう?」
「あ、いえ、それが……陛下は王妃様とお二人でとおっしゃっておりました」
「……何ですって?」
(私と二人きりで食事を?)
侍女の話によると、今日はクロエとの約束を断って私と食事をしたいと言い出したらしい。
彼の考えが全く分からない。
体調を崩したあの日から、何だかいつもと違う。
私を心配するフリをするのも、二人きりでの晩餐会に誘うのも全く彼らしくないことだった。
「王妃様……やはり、お断りいたしますか……?」
「……行くわ。ちょうど陛下に言いたいこともあったしね」
私は重い体を動かして晩餐会へ向かう準備をした。
***
「陛下、遅れて申し訳ありません」
「来たか、リーシャ」
会場に着くと、既にエルフレッドが席に着いていた。
(こんなに早く来るなんて珍しいわね)
彼に早く会いたくて決められた時間よりもずっと前に集合場所に来ていたあの頃が懐かしい。
それがずっとずっと昔のことのように感じるのは、彼への気持ちが変化したからだろうか。
こうやって二人きりで過ごしていても、以前のような恋焦がれるような気持ちは全く感じられない。
そのことに安心した。
「体調の方はもう大丈夫か?」
「はい、だいぶ良くなっております」
「そうか、それは良かった」
それを聞いたエルフレッドは口元に笑みを浮かべた。
(そのことを確認するために私をここに呼んだのかしら?)
以前と違う彼を前にして、何だか居心地が悪い。
今すぐにでもここから立ち去りたかった。
「陛下、まだ全快していないため、他にご用件が無いのであれば私は自室で食事を摂らせていただきたいのですが」
「あ、いや……」
そう言うと、彼は慌てて付け加えた。
「その……たまには二人で話したいと思って……最近クロエとばかり時間を過ごしていたからな」
「そうですか……」
彼への気持ちを捨てた今になってこのようなことが起こるとは思っていなかった。
その気遣いを前世でもしてくれていれば、私はあそこまで壊れることは無かったかもしれない。
こうして彼と向き合うと、昔の記憶が走馬灯のように頭の中に流れた。
『エルフレッド、今日はどんな一日だった?』
どんな些細なことでもいいから大好きな彼と話したくて、毎日のようにそんなことを尋ねていた。
いつものように無表情な彼の口元に時々笑みが浮かぶのがとても嬉しくて毎日毎日めげずにそんなことをしていた。
(……だけど、今はそうする必要も無い)
私は既に彼への想いを捨てた。
エルフレッドは私にとって書類上の夫婦であり、他人なのだ。
こうして彼と一緒にいると、そんな気持ちが余計に強くなっていった。
「陛下、次からは是非側妃様とお二人で食事をなさってください」
「クロエと二人で……か?」
「はい、その方がお二人にとっても、私にとっても良いかと思います」
「リーシャ、君は……」
物腰柔らかな言い方ではあったが、それはつまり二度と私を夕食に誘うなという意味だった。
王である彼がそれを理解していないはずが無い。
(それを言うためにわざわざここへ来たのよ)
何故だか傷付いた顔をするエルフレッド。
今さらそのような顔をされたところで私が絆されることは絶対に無い。
――私はかつて、二度も貴方に心を壊されているのだから。
そんなやり取りをしながらも、私はいつもより早いスピードで食事を進めていった。
言いたいことを言ったため、すぐにでもこの場を去りたかったからだ。
そんな私とは対照的に、向かいに座るエルフレッドの手は止まっていた。
食事が喉を通らないのだろうか。
目はどこか虚ろで、挙動が変だった。
「――リーシャ」
「何でしょうか?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、彼がじっとこちらを見つめていた。
「何か、望むことは無いか?」
「望むこと……?」
「欲しい物でもいい、君には本当に感謝しているからな。今の私があるのは間違いなく君のおかげだ」
「……」
呆れて言葉が出なかった。
この人は本当に今さら何を言っているのだろう。
ただ気にしたことが無かったというだけで、私が貴方を陰で支えてきたのは十年以上前からだ。
よそよそしい態度を取った今になって私を惜しんでいるのか。
彼の心はクロエにあるから、愛から来るものではないだろう。
仕事において必要不可欠な道具である私を手放したくないという意思が丸見えだ。
今すぐにでも席を立って部屋を出て行きたい気持ちを抑えるので精一杯だった。
(望むこと……ね)
――出来ることなら、私に二度と関わらないでいただきたいです。
当然そんなこと言えるわけがなく、私はただ無表情で首を横に振った。
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