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7 三度目の生

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その日の夜、私は本当に体調を崩してしまった。
目の前で嫌なものを見てしまったせいだろうか。


(こんなことになるなら行かなければ良かった……)


次からは出来るだけ断らなければならない。
クロエ様は悲しむかもしれないが、醜い感情が暴走してしまうよりかはマシだ。


ベッドの上でじっと考えていると、侍女が遠慮がちに声をかけてきた。


「王妃様、陛下がいらっしゃっています」
「陛下が……?」


どうして彼が私の部屋に。


またクロエ様とのことで話をしに来たのか。
それともお茶会での無礼を咎めに?


ここまで足を運んでくれた陛下には申し訳ないが、今日は帰ってもらおう。


今、彼に会えるような状況では無かった。
一度くらいは断ったところで機嫌を損ねたりはしないだろう。


「体調が優れないからと断ってちょうだい」
「は、はい、王妃様……」


何故か侍女が悲しそうな顔をしたが、気にしなかった。
彼女もきっと他の侍女たちと同じように私を夫から愛されない憐れな王妃だと思っているのだろう。
同情なんてされたくない。


「陛下はもう帰られたかしら?」
「はい、王妃様」
「そう……」


彼がいなくなったことに安堵したせいか、急激に眠気が襲ってくる。


「王妃様……」


何だか酷く疲れたような気がする。
今はとにかく休みたい。


(良い夢を見れたら良いな……)


そう願いながら、そっと瞼を閉じて深い眠りに就いた。








***




次に目を開けたときには、暗闇の中にいた。


(ここはどこ……?)


辺りを見渡してみるも、真っ暗で何も見えない。
茫然と立ち尽くしている私の目の前に、突然映像が流れた。


――そこに映っていたのは……


「これは……私?どうして……」


ベッドの上で一人涙を流している私の姿だった。
シーツをギュッと手で握りしめ、そこに顔をうずめながら嗚咽を上げている。


『王妃様ったら、今日も泣いてるわ』
『陛下のお渡りが無くなってもう何年も経つものね』
『側妃様が第二子を懐妊したっていうのに王妃様は……』


それから少しして場面は移り変わり、今度はクロエ様と激しい言い争いをしているところだった。


『不愉快なのよ!!!どうして貴方ばっかり……!!!』
『ひ、酷いです王妃様……!これはエルフレッド様から貰った大切なドレスなのに……』


怒り狂った私が、クロエ様の華やかなドレスに紅茶をぶちまけた。


『何てことをするんだ、リーシャ!』
『へ、陛下……!』


それからすぐに駆け付けたのはエルフレッドだった。
彼は顔を手で覆って泣いているクロエ様を優しく抱き締めた。


(何これ……私こんなことしてない……)


そして、再び場面は変わる。


『お腹の子の性別が男の子だとついこの間分かって……エルフレッド様がとても喜んでくださったんです』
『まぁ、それは良かったですね』


今度は先ほどとは打って変わって私とクロエ様が楽しそうに話をしている。
今現在とは違って、彼女の膨らんだお腹が印象的だった。


彼女が身籠っているのは、おそらくエルフレッドの初めての子。
王妃の私ではなく、側妃であるクロエが先に彼の子を――


そのとき、雷に打たれたように全てを思い出した。


――私は今、三度目の人生を生きている。


一度目はエルフレッドの愛を独占したクロエに嫌がらせを繰り返して投獄。
全員から軽蔑の眼差しを向けられ、地下牢の中で惨めに死んでいった。


二度目は前世のようにはなりたくないと思い、出来るだけクロエと親しくなろうと努力した。
そうしたら彼が私を見てくれるかもしれないという僅かな希望を抱いて。


しかし、結局はクロエのお腹の子を狙う暗殺者に襲われてそのまま死んだ。
その場にいたエルフレッドはクロエのみを守り、私を見殺しにした。
身籠ったクロエを守ろうと必死になる彼の姿に胸を痛めながら、剣で貫かれてその生涯を終えた。


そして今がちょうど三度目の人生だった。
目が覚めたときにはエルフレッドとクロエが恋に落ちる少し前に時間が戻っているのだ。


夫から全く愛されない日々。
突如現れた女にその座を奪われ、惨めな暮らしをしなければならなかった。


王宮にも社交界にも私の味方はいない。
いっそ死んだ方がマシだと思えるような、そんな日々だった。


しかし、このまま自分が死んだところであの二人は悪役のいなくなった幸せな日々を送るだけだ。
拳をギュッと握りしめた私は、あることを決意した。


(……今世は絶対に死なないわ)


今世の目標はエルフレッドに愛されることではなく、生き残ること。
これまでの人生では嫌がらせをしても、親しくなろうと努力しても、結局待っているのは死だった。


ならば、今度は絶対に生き残りたい。
そのためにはまず、過去を清算する必要がある。


(二度の人生を歩んできたおかげかしら。何の未練も無くこの先を過ごせそうだわ)


前世の記憶を取り戻してすぐに私は、エルフレッドへの愛、そして残っていた彼に対する僅かな希望を完全に捨て去った。











***





外から聞こえる鳥のさえずりで目が覚めた。
いつもと同じ朝だ。


身体はまだ重たかったが、昨日ほどではない。


「王妃様、お身体はいかがですか?」
「もう平気よ。心配かけて悪かったわね」
「回復したなら何よりです」


部屋に入ってきた侍女は丁寧に頭を下げ、ある物を私に渡した。


「王妃様、こちら陛下からです」
「陛下から……?」


侍女から手渡されたのは花だった。
記念日以外で彼に花をもらうのは初めてだ。


(どうして急に花なんて……)


体調を崩したから心配しているのだろうか。
そういえば昨日も様子が変だった。


もしかして、クロエ様との間に何かあったのか。
そうは思うものの、どれだけ考えても理由が思いつかない。


今さらこんなことをされたところで全く嬉しくない。


(そういえば……彼の前で体調が悪いなんて口にしたことはこれまで無かったわね……)


私がいつもと違うことを言ったからか。
少し前の自分なら喜んで花を部屋に飾っていただろうが、今は違う。


「処分しておいてちょうだい」
「お、王妃様……?」


私は侍女に冷たくそれだけを命じた。





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