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父との対話
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「お父様!」
お茶会が終わった後、リデルは一人そそくさと公爵邸へ戻ろうとするオズワルドの後を追いかけて声をかけた。
「……何だ?」
リデルの声にオズワルドが振り返る。
「お父様!どうしてお父様は――」
「――これからは俺がいる場所にシルフィーラを呼ばないでくれ」
「……………え?」
驚いてオズワルドを見るが、彼は不機嫌そうな顔をしていた。
リデルの行動に不満があるといったような表情だ。
(どうして?お父様はお義母様のことを愛しているから一緒にいられたらすっごく喜ぶと思ったのに……)
リデルはオズワルドがそのような顔をする意味が分からなかった。
「どうしてですか?」
「……俺には、彼女に会う資格が無いから」
「え……?」
ボソリとそんなことを口にしたオズワルドは酷く悲しそうだった。
(……お父様ってこんな顔するんだ)
リデルにとっては冷たい印象しか無かった父だが、オズワルドはシルフィーラのことになるといつもと違う姿を見せるのだ。
「……そんなこと無いです。私はお父様のことをよく分かっていますから」
「……お前が俺の何を知ってるって?」
リデルはそこでオズワルドの上着を小さな手でギュッと掴んだ。
「……」
意外にも、オズワルドはそれに不快感を示さなかった。
ただ、じっとリデルの行動を見守っているだけだ。
「少なくとも、お父様がシルフィーラお義母様を深く愛しているということはよく知っています」
「……」
リデルのその言葉に、オズワルドが一瞬動揺したように見えた。
いつもは冷たいその瞳が珍しく揺れており、口元も微かに震えている。
「私は、お父様とお義母様に仲良くしてほしいんです」
「……」
「お父様だって、シルフィーラお義母様に会いたくないからそんなことを言ったわけではないのでしょう?」
「……」
オズワルドは何も言わなかったが、まさにそれが肯定を意味していた。
リデルを見下ろしていたオズワルドは、ゆっくりと俯いた。
「……」
そしてしばらくの間黙り込んだかと思うと、突然顔を上げた。
「俺は……俺は、どうすればいい……?」
「お父様……」
珍しく弱気なオズワルドの姿にリデルは内心クスリと笑った。
「私と一緒にお義母様と仲直りする方法を考えましょう、お父様」
「……」
オズワルドは無言で頷いた。
それからリデルとオズワルドは場所を変え、向かい合って座った。
「俺はもう一度、シルフィーラとやり直せるだろうか」
「それはお父様のこれからの行動次第ですよ」
「俺の行動次第か……それもそうだな」
そこでオズワルドはじっくりと考え込むような素振りを見せた。
おそらく今彼の頭にあるのはシルフィーラのことだけだろう。
(……本当にお義母様のこと好きなんだなぁ)
二人の仲が改善されるのは嬉しいことなはずなのに、敵が増えたような気がして何だか複雑な気持ちになった。
「こうなったのは俺が弱かったせいだ。本当ならシルフィーラと離婚して彼女を解放してあげるのが一番正しい選択だったのだろうが……俺はどうしても彼女を手放すことが出来なかった。かといって自身が犯した罪の意識からシルフィーラと向き合うこともまともに出来ないままだった」
「お父様……離婚だなんて……!」
オズワルドは額を手で押さえた。
彼はシルフィーラが自分のことを嫌っていると誤解しているのである。
そしてシルフィーラもまた、オズワルドが自分に愛想を尽かしたと誤解していた。
(もう……本当にもどかしいんだから……!)
リデルは素直になれない二人を見てずっとモヤモヤしていた。
「お父様、本当にお義母様とやり直したいんですか!?」
「当然だ、もしやり直せるならの話だがな……」
(お義母様の話を聞いた限りでは、あの一件はお父様だけのせいではなかった)
シルフィーラ自身もそのことはよく分かっている。
つまり、オズワルドから歩み寄ればきっとシルフィーラは受け入れるだろうとリデルは考えた。
「お父様、まずは公爵邸に帰って来る頻度を増やしましょう!」
「ここへ来る頻度を……か?」
「はい!今までお義母様に合わせる顔が無いからってなかなか公爵邸へは帰って来なかったでしょう?そんな風にしていれば外に愛人がいるのでは……とお義母様に誤解されるかもしれません」
「なッ!愛人だと!?俺は昔からシルフィーラ一筋だ!シルフィーラ以外の女は抱きたいとも思わない!」
愛人という言葉に余程気分を害したのか、オズワルドは慌てて否定した。
リデルはシルフィーラに対する愛の重い父親に若干引きながらも、話し続けた。
「そう思っているのならお義母様の前でしっかりとそれを証明してください。現にヴォルシュタイン王国の人間は皆お父様がたくさんの愛人を囲っていると思っているのですよ。お父様、まさかご自身の噂について知らなかったのですか?」
「いや……知らなかったわけではないが……」
「それでは知っていながらも放っておいたと?」
リデルの厳しい視線にオズワルドが目を逸らした。
「……一度広まってしまった噂を完全に消すというのはなかなかに難しいことだ。それにシルフィーラならきっと分かってくれていると思っていた」
「このバカチンが!!!」
「なッ……何……!?」
突然声を荒らげたリデルをオズワルドは驚いた顔で見つめた。
「そんな噂が広まったことでお義母様が裏で何を言われるか分からないんですか!?多くの愛人を囲う夫にすら相手にされないお飾りの妻だと嘲笑されているのですよ!?」
「な……何だと……!?」
オズワルドは衝撃を受けたらしく、石のように固まった。
シルフィーラを傷付けているというのが彼にとって最も辛いことなのだろう。
「とにかく、まずは愛人を囲っているという噂を全否定してお義母様の名誉を守ってください!お義母様と仲良くなるのはそれからです」
「むう……わ、分かった……」
激しくまくしたてるリデルの様に、オズワルドはただコクコクと首を縦に振った。
お茶会が終わった後、リデルは一人そそくさと公爵邸へ戻ろうとするオズワルドの後を追いかけて声をかけた。
「……何だ?」
リデルの声にオズワルドが振り返る。
「お父様!どうしてお父様は――」
「――これからは俺がいる場所にシルフィーラを呼ばないでくれ」
「……………え?」
驚いてオズワルドを見るが、彼は不機嫌そうな顔をしていた。
リデルの行動に不満があるといったような表情だ。
(どうして?お父様はお義母様のことを愛しているから一緒にいられたらすっごく喜ぶと思ったのに……)
リデルはオズワルドがそのような顔をする意味が分からなかった。
「どうしてですか?」
「……俺には、彼女に会う資格が無いから」
「え……?」
ボソリとそんなことを口にしたオズワルドは酷く悲しそうだった。
(……お父様ってこんな顔するんだ)
リデルにとっては冷たい印象しか無かった父だが、オズワルドはシルフィーラのことになるといつもと違う姿を見せるのだ。
「……そんなこと無いです。私はお父様のことをよく分かっていますから」
「……お前が俺の何を知ってるって?」
リデルはそこでオズワルドの上着を小さな手でギュッと掴んだ。
「……」
意外にも、オズワルドはそれに不快感を示さなかった。
ただ、じっとリデルの行動を見守っているだけだ。
「少なくとも、お父様がシルフィーラお義母様を深く愛しているということはよく知っています」
「……」
リデルのその言葉に、オズワルドが一瞬動揺したように見えた。
いつもは冷たいその瞳が珍しく揺れており、口元も微かに震えている。
「私は、お父様とお義母様に仲良くしてほしいんです」
「……」
「お父様だって、シルフィーラお義母様に会いたくないからそんなことを言ったわけではないのでしょう?」
「……」
オズワルドは何も言わなかったが、まさにそれが肯定を意味していた。
リデルを見下ろしていたオズワルドは、ゆっくりと俯いた。
「……」
そしてしばらくの間黙り込んだかと思うと、突然顔を上げた。
「俺は……俺は、どうすればいい……?」
「お父様……」
珍しく弱気なオズワルドの姿にリデルは内心クスリと笑った。
「私と一緒にお義母様と仲直りする方法を考えましょう、お父様」
「……」
オズワルドは無言で頷いた。
それからリデルとオズワルドは場所を変え、向かい合って座った。
「俺はもう一度、シルフィーラとやり直せるだろうか」
「それはお父様のこれからの行動次第ですよ」
「俺の行動次第か……それもそうだな」
そこでオズワルドはじっくりと考え込むような素振りを見せた。
おそらく今彼の頭にあるのはシルフィーラのことだけだろう。
(……本当にお義母様のこと好きなんだなぁ)
二人の仲が改善されるのは嬉しいことなはずなのに、敵が増えたような気がして何だか複雑な気持ちになった。
「こうなったのは俺が弱かったせいだ。本当ならシルフィーラと離婚して彼女を解放してあげるのが一番正しい選択だったのだろうが……俺はどうしても彼女を手放すことが出来なかった。かといって自身が犯した罪の意識からシルフィーラと向き合うこともまともに出来ないままだった」
「お父様……離婚だなんて……!」
オズワルドは額を手で押さえた。
彼はシルフィーラが自分のことを嫌っていると誤解しているのである。
そしてシルフィーラもまた、オズワルドが自分に愛想を尽かしたと誤解していた。
(もう……本当にもどかしいんだから……!)
リデルは素直になれない二人を見てずっとモヤモヤしていた。
「お父様、本当にお義母様とやり直したいんですか!?」
「当然だ、もしやり直せるならの話だがな……」
(お義母様の話を聞いた限りでは、あの一件はお父様だけのせいではなかった)
シルフィーラ自身もそのことはよく分かっている。
つまり、オズワルドから歩み寄ればきっとシルフィーラは受け入れるだろうとリデルは考えた。
「お父様、まずは公爵邸に帰って来る頻度を増やしましょう!」
「ここへ来る頻度を……か?」
「はい!今までお義母様に合わせる顔が無いからってなかなか公爵邸へは帰って来なかったでしょう?そんな風にしていれば外に愛人がいるのでは……とお義母様に誤解されるかもしれません」
「なッ!愛人だと!?俺は昔からシルフィーラ一筋だ!シルフィーラ以外の女は抱きたいとも思わない!」
愛人という言葉に余程気分を害したのか、オズワルドは慌てて否定した。
リデルはシルフィーラに対する愛の重い父親に若干引きながらも、話し続けた。
「そう思っているのならお義母様の前でしっかりとそれを証明してください。現にヴォルシュタイン王国の人間は皆お父様がたくさんの愛人を囲っていると思っているのですよ。お父様、まさかご自身の噂について知らなかったのですか?」
「いや……知らなかったわけではないが……」
「それでは知っていながらも放っておいたと?」
リデルの厳しい視線にオズワルドが目を逸らした。
「……一度広まってしまった噂を完全に消すというのはなかなかに難しいことだ。それにシルフィーラならきっと分かってくれていると思っていた」
「このバカチンが!!!」
「なッ……何……!?」
突然声を荒らげたリデルをオズワルドは驚いた顔で見つめた。
「そんな噂が広まったことでお義母様が裏で何を言われるか分からないんですか!?多くの愛人を囲う夫にすら相手にされないお飾りの妻だと嘲笑されているのですよ!?」
「な……何だと……!?」
オズワルドは衝撃を受けたらしく、石のように固まった。
シルフィーラを傷付けているというのが彼にとって最も辛いことなのだろう。
「とにかく、まずは愛人を囲っているという噂を全否定してお義母様の名誉を守ってください!お義母様と仲良くなるのはそれからです」
「むう……わ、分かった……」
激しくまくしたてるリデルの様に、オズワルドはただコクコクと首を縦に振った。
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