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偽公女の断罪

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シルフィーラ誘拐事件の翌日の昼。
ライアスとリベリス嬢は罪人として公爵家の地下にある牢屋に閉じ込められたそうだ。


そしてリデルはというと、一人食堂で昼食を食べていた。
彼女は朝からずっと一人ぼっちである。


(今日、お義母様は来ないんだよなぁ……)


公爵邸に来てから毎日のようにシルフィーラと食事を共にしていたリデルは、今頃彼女を独り占めしているであろうオズワルドを恨めしく思った。


(お義母様がいないと寂しいなぁ……)


リデルがつまらなさそうにしていたそのとき、突然食堂の扉が開いた。


「リデル!」
「お、お義母様……!?」


てっきり昼食には来ないと思っていたリデルは、嬉々として食堂に入って来たシルフィーラを見て目を瞬かせた。


「ふぅ、お腹空いたわね」
「お義母様、今日は来ないんじゃ……」
「ああ、リデルとどうしても一緒に食事をしたかったから来ちゃった」
「……」
「朝から何も食べていないからお腹空いてたのよ」


シルフィーラはそう言いながら席に着き、いつものように美しい所作で食事を始めた。


「……」


リデルはそんなシルフィーラをしばらく見ていたが、ふと彼女の胸元に美しく光り輝く何かが付けられていることに気が付いた。


「お義母様……その胸元のは……」
「ああ、これ?旦那様がプレゼントしてくださったのよ。とっても素敵でしょう?」
「……!」


それがピンクダイヤモンドのネックレスだということに気付くのに、そう時間は掛からなかった。
シルフィーラは頬を染めながら、オズワルドが贈ったネックレスに大事そうに手を触れた。


(お父様……渡せたんだ……)


照れたようなシルフィーラの表情からして、作戦がようやく成功したのだということを感じ取ったリデルは心の中でガッツポーズをした。


「お義母様、お父様は今どちらへいらっしゃるんですか?」
「さぁ、私も詳しくは聞いていないの。だけど、けじめをつけるとか何とか言ってたわね」


(けじめ……?)









***





ライアスが事件を起こしたその翌日、オズワルドは執務室に自身の養女となった二人の娘を呼んだ。


「お父様、失礼します!」
「お父様、急に呼び出すだなんてどうかしたんですか!」


父親から呼び出されるのは初めてのことだったので、何も知らない二人はとてもワクワクした。
父からの寵愛を得るのは彼女たちの悲願だったから。


マリナとクララは幼い頃からそれぞれの母親に、何が何でも次の公爵家の当主になるようにと事あるごとに言われていた。
当主になれれば公女である今とは比べ物にならないほどの強大な権力を手に入れることが出来るのだと。


二人はそのためなら何だってやってのけた。
――それが例え、どれほど悪いことだったとしても。


執務室で二人を待っていたのは父であるオズワルドだけではなかった。


「………………お母様?」
「どうしてここにいるの?」


オズワルドの執務室にあるソファに腰掛けていたのはマリナとクララの母親であるビビアンとラリー、そしてライアスの母であるセレナだった。
三人は顔を真っ青にして俯いていた。


「――座れ」


オズワルドはマリナとクララが部屋に入るなり冷たい声でそれだけ言った。
彼の冷たい口調に二人は一瞬ビクリとなったものの、すぐにそれぞれの母親の隣に座った。
二人は胸を躍らせながら父親の言葉を待っていた。


しかし次にオズワルドが放った言葉に、マリナとクララは一気に地獄に叩き落とされることとなる。


「――今日を以て、お前たち二人の養子縁組を解消する」
「「えっ!?」」


二人は大声を上げて驚いた。


「お、お父様、それは一体どういうことですか……!」
「私たちが何をしたというのですか!あんまりです!」


マリナとクララは涙ながらに訴えた。
しかし、オズワルドは同情するどころか厳しい口調で二人を問い質した。


「……俺がお前たちのしていることを何も知らないと思っているのか?」


それを聞いたマリナとクララは血の気が引いた。
二人には十分すぎるほど心当たりがあったからだ。


「ま、待ってくださいお父様……私たちはライアスに脅迫されただけです……」
「そ、そうです!ライアスが横暴なことはお父様も知っているでしょう?」


これは紛れも無い事実だった。
マリナとクララは今回の一件を引き起こしたライアスの共犯だったが、彼女たちは彼に脅されて手伝っただけだった。


「ああ、知っている」
「なら……!」
「そして、お前たちが犯した罪についても知っている」
「「……!」」


そう、二人は罪を犯していた。


何故、マリナとクララが長年犬猿の仲だったライアスにわざわざ協力したのか。
それは二人が過去に犯した罪に関する証拠を彼に握られていたからである。
ライアスはそれを使って彼女たちを脅したのだ。


「マリナ、お前はヴァンフリード殿下に近付く令嬢たちを卑劣な手を使って蹴落としていたそうだな」
「……」


マリナが俯いた。


「クララ、お前は自身の美貌を利用して人の婚約者を奪っていたそうだな」
「……」


クララもオズワルドの鋭い瞳から目を逸らした。
二人のその反応は、それが事実であることを認めているようなものだった。
しかし二人はそれでもまだ諦めなかった。


「お、お父様……」
「養子縁組の解消だなんてあんまりです……」


オズワルドは狼狽える二人に侮蔑のこもった視線を向けた。


「「ッ……!」」


蔑みを含んだその視線に、二人がビクリとなった。
次にオズワルドは、彼女たちの母親に目を向けた。


「ビビアン嬢、ラリー嬢」
「「は、はい、公爵様!」」
「二人がこうなったのはお前たちの責任でもある。何より、お前たちは娘の悪行を全て知っていたそうだな。よって、お前たち二人にもすぐに別邸を出て行ってもらう。もちろんセレナ嬢もだ」
「「「そ、そんな……公爵様……」」」


セレナを含めた三人はガックリと項垂れた。
しかし、この状況の中で一人だけその光景を不思議そうに眺めている人物がいた。


「……?」


それはビビアンの娘であるマリナだった。
ビビアンに対して冷たいオズワルドを見て、マリナの中である疑問が浮かび上がった。


「お母様……どうして……?お母様はお父様と恋人同士だったんじゃ無かったの……?」
「マ、マリナッ!」


何気なく放ったマリナの言葉に、ビビアンは酷く慌てた様子で娘の名前を叫んだ。


「恋人同士だと……?」


オズワルドが眉をひそめてビビアンを見た。
彼女は最初よりもずっと顔が青くなっている。


「お母様とお父様は元々恋人同士で、それをシルフィーラが身分を笠に着てお父様を奪ったって……」
「マリナ、やめなさい!」


ビビアンはマリナを咎めるように彼女を怒鳴り付けたが、時既に遅し。
ビビアンの虚言は全てオズワルドに知られることになってしまったのである。


「ハッ……」
「こ、公爵様……こ、これは違うんです……」
「俺とお前の母親が恋人同士だったことは一度も無い」
「え……そんな……」
「俺の恋人はシルフィーラだ」
「じょ、冗談ですよね……お父様……」
「冗談ではない。俺はシルフィーラと三年の交際を経て結婚したんだからな」
「ウ、ウソ……」


マリナは絶句の表情を浮かべながら自身の母親を見た。
しかし、ビビアンはそんなマリナから気まずそうに顔を背けるだけ。
その反応を見て、彼女はオズワルドの言ったことが事実であることを悟った。


「そんな……!」


マリナはショックのあまり、地面に膝を着いた。
彼女はずっと父と母が恋人同士だと信じ続けてきた。
彼らこそが物語のヒーローとヒロインで、シルフィーラは悪役で。
だからこそ母と一緒にシルフィーラを虐げてきた。
しかし、それは全て母の嘘だったのだ。


次に焦ったように口を挟んだのはクララだった。


「ま、待ってくださいお父様!私たち三人が勘当されたら公爵家はどうなるんですか!唯一残ったあの女の母親は平民である上に罪人なんですよ!?」
「……罪人、か」


オズワルドはクララのその発言に対して、嘲笑うような笑みを見せた。


「この際ハッキリさせておこう。お前たち二人は俺の子供じゃない」
「「………………………え?」」


マリナとクララは二人して固まった。


「お、お父様……じょ、冗談を……」
「そ、そうですよ……言って良いことと悪いことがあります……」


しかしオズワルドはもう一度二人にハッキリと告げた。


「俺はお前たちの父親ではない」
「そ、そんな……!」
「そ、それならこの髪と瞳の色はどう説明するんですか!これは間違いなくベルクォーツ公爵家の……」
「ああ、そうだな。お前たちは間違いなくベルクォーツ公爵家の血を引いている」
「なら……!」
「おい、お前らの口から説明してやれ」


オズワルドはビビアンとラリー、そしてセレナの方を見た。
最初は真実を話すことを渋っていた三人だったが、オズワルドの厳しい視線に耐えられなくなったのか重い口を開いた。


「あ、あのね……貴方はね……公爵様の子供ではないのよ……」
「ウソ!?」


ラリーの放った言葉にクララが信じられないと言ったような顔をした。


「貴方の父親はね……公爵様の兄君であるオースウェル様なのよ……二十年以上前に罪を犯して公爵家を追放された……」
「そ、そんな……!」


クララの顔は真っ青になった。
彼女は罪人の子供であるリデルのことを三人の中でも一番忌み嫌っていたからだ。


「これで分かったか?」
「……」


二人は何も言えなくなった。


「――お前たちは明日にでも公爵邸を出て行ってもらう。もちろん母親もだ」


それだけ言って執務室から出て行こうとしたオズワルドを引き止めたのはマリナだった。


「……ま、待ってください!」
「……まだ何かあるのか?」


自身の上着を掴んだマリナを、オズワルドは不快そうに見つめた。


「た、たしかに悪いことはしてきましたが……ヴァンフリード殿下は私に惚れているんです!殿下の婚約者になるのは間違いなく私です!そんな私を手放すのはお父様にとっても惜しいことではありませんか?」
「……つまり、王子妃になる可能性のあるお前を追い出さない方が俺のためになると?」
「はい!私が王子妃になれば、お父様は今まで以上に権力を握ることが出来ます!」
「……そうか」
「はい、そうです!」


オズワルドはキラキラとした眼差しで自分を見つめるマリナに無言で近付いた。
そして、浮かれている彼女に現実を突き付けるかのように冷えきった瞳で見下ろした。


「――俺は、王家との縁なんてどうだって良い。欲しいとも思わない」
「え……?」
「俺はお前の言う権力なんか必要無いって言ってるんだ」
「ど、どうしてですか……」
「俺にとって大事なのはシルフィーラと――一人娘のリデルだけだからな」
「……ッ!」


それを聞いたマリナは悔しそうに唇を噛んだ。
父の愛、それは彼女が長年欲していたものだったからだ。


「ああ、それとヴァンフリード殿下の元へは行かない方が身のためだ」
「……え?」
「ヴァンフリード殿下の母君はお前の父親と不貞を働いて処刑された側室だ」
「……!」
「殿下は母親が犯した罪のせいで苦労して生きてきたそうだ。仇の娘であるお前が行ったらその場で処刑されるかもしれないぞ?」
「……」


マリナはその言葉でようやく、あの日の晩餐会でオズワルドがいつもと違う様子を見せた理由を悟った。
彼は彼女に関心を抱いていたわけではなかったのだ。


「……」


彼女の唯一の希望が消えた瞬間だった。


「分かったなら早く部屋に戻って荷物を纏めておけ」


声も出ないマリナたちを取り残してオズワルドは執務室を出て行った。


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