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実母

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自身の出生の秘密を知ったリデルは何とも言えない気持ちになった。
オズワルドが実母を愛していないことは薄々勘付いていたが、まさか自身がそんな風にして作られた子供だったとは思いもしなかったからだ。


「……」


話を聞いてから終始俯いているリデルにシルフィーラが優しく声をかけた。


「リデル、気にしないで。貴方には何の罪もないわ。前もそう言ったじゃない」
「そうだ、むしろ悪かったな。父親としての責任を果たせなくて」


オズワルドは申し訳なさそうな顔をしていた。
おそらく本心からリデルに対して罪悪感を抱いているのだろう。


「俺も最初はお前とあの母親を重ねて見ていたんだがな……こうやって一緒に過ごしてみて一つ分かったことがある」
「分かったこと……ですか?」
「ああ、お前とあの母親はちっとも似ていない」
「お父様……」
「俺はたしかにお前の母親を憎んでいたし、正直顔も見たくないと思っていた。お前に罪が無いことは知っていたが……本当にすまなかった、リデル。血が繋がっているからといって同じ人間なわけがないのにな」


オズワルドは頭の中で何かを思い浮かべているようだった。
彼の頭に浮かんでいるもの。
それはきっと実の母である先代公爵夫人エリザベータに違いない。
オズワルドとエリザベータは血が繋がっているだけで違う人間だった。


「そうよ、リデル。貴方は紛れもなく私たち夫婦の唯一の子供だわ」
「お義母様……」


リデルは父と義母の優しい言葉に心からの笑みを浮かべた。


(本当に優しい人たちだなぁ……)


正直に言うと、リデルは実母のことが好きではなかった。
娘である自分をほったらかしにするだけではなく、理不尽に怒鳴られたり頭ごなしに罵倒されることもあった。
リデルはそのことについて自分が生まれたせいで母が変わってしまったのではないかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
実母は、最初からそういう人だったのだ。


そして、リデルには実母に関してもう一つ知らなければならないことがあった。


「あの……そのあとのお母様のことなんですが……」
「「……」」


オズワルドとシルフィーラは再び言いにくそうな顔をした。
それはきっととてもじゃないが子供に聞かせる内容ではないという意味なのだろう。
しかし、リデルは自身の母親の全てを知りたかった。


「教えてください。お父様、お義母様」
「……あれはシルフィーラと二人で王宮の舞踏会に出向こうとしていたときのことだった」


リデルの並々ならぬ覚悟を感じたのか、オズワルドがゆっくりと話し始めた。



***



その日、オズワルドとシルフィーラは王家主催の舞踏会に行くための馬車へ乗ろうとしていた。
まだお互いを誤解しており、すれ違っていたときだ。
二人の間には会話らしい会話も無く、とてもじゃないが夫婦とは思えないほどだった。


「シルフィーラ」
「ありがとうございます、旦那様」


シルフィーラはオズワルドから差し出された手に自らの手を重ねた。
手が触れ合うのも久しぶりで、必死で隠してはいたが二人して胸が高鳴っていた。


しかし、そんな二人の甘い時間に割って入った人物がいた。


「――やっと見つけたわ、シルフィーラ」


憎しみのこもった女の声がシルフィーラとオズワルドの耳に入った。
二人が声のした方に目を向けると――


「お、お前は……!」
「リアラ……?」


リアラを目に入れた途端に顔が強張るオズワルドと、何故彼女がここにいるのかと驚くシルフィーラ。


「お前が何故ここに……!」


不快感を隠しきれないオズワルド。
しかし、そんなオズワルドに気付いていないのかリアラの視線はシルフィーラにのみ注がれていた。
まるで仇でも見るかのように。


そしてそんな彼女の右手には鋭く光る得物が握られていた。


「おい、やめろ!何する気だ!」
「リアラ、どうしてそんなものを……」


困惑するシルフィーラを守るようにしてオズワルドが彼女の前に出た。
しかし、それでもリアラは止まらなかった。
短剣を片手にシルフィーラへと向かっていく。


「シルフィーラ!アンタさえいなければ私がオズワルド様の妻なのよ!だから消えてちょうだい!」


底知れない狂気を宿した目で駆け出したリアラだったが、シルフィーラに到達する前に呆気なく騎士に取り押さえられてしまった。


「放しなさい!私はあの女を殺すのよ!」
「暴れるな!」


捕らえられてもなお暴れ続けるリアラにオズワルドは冷たい目を向けた。


「俺の妻はシルフィーラただ一人だ。たとえ天地がひっくり返ってもお前を愛することはない」
「どうしてよ!」


リアラは拘束されたまま悲痛な叫びを上げた。


「貴方の子供を産んだら私のことも見てくれると思ったのに!どうしてその女を傍に置くのよ!子供を産むことも出来ないその女を!」
「いい加減にしろ!」


シルフィーラを侮辱されたのが相当頭に来たようで、オズワルドはこれ以上無いくらい低い声を出した。


「こんなことをしでかしたお前を生かしておくわけにはいかない」


そしてこの後すぐ、ベルクォーツ公爵夫人殺害未遂という罪状でリアラは処刑されることとなる。



***



「……」


リデルは自身の母がしでかしたことを知って卒倒しそうになるのを必死で耐えていた。


「リデル……!」
「リデル……」


そんなリデルを二人は心配そうな顔で見つめた。


「お父様……お義母様……私、もう貴方がたに合わせる顔がありません……」


リデルはガックリと項垂れた。


「……」


オズワルドはもちろんリデルを恨んでなどいない。
子供とほとんど関わったことが無かったため、どう声を掛けていいのか分からなくなっていただけだ。
しかし、そこで口を開いたのはシルフィーラだった。


「――リデル、こっちに来なさい」
「……お義母様?」


リデルが顔を上げると、真剣な表情のシルフィーラが真っ直ぐに自身を見つめていた。
なかなか見ることの出来ない彼女のその姿に、リデルは吸い込まれるようにして近付いていった。
そして、シルフィーラの傍まで行くとリデルは突然抱き締められた。


「!」


リデルはシルフィーラの突然の行動に驚きながらも、彼女の腕の中でじっとしていた。


「そんなことを思ってはダメよ。貴方はベルクォーツ公爵家の、私たち夫婦の宝なんだから」
「お義母様……」


シルフィーラはリデルの耳元でそう囁いた。
その優しい声音と、シルフィーラの体から伝わってくる温もりにリデルの心は一瞬にして温かくなった。
こうしていると二人に対して申し訳ないと感じていた気持ちも、自然と消えていくようだった。


そのとき、横から腕が伸びてきてリデルとシルフィーラを同時に抱き締めた。


「お父様……」


オズワルドだった。
彼は自身の腕の中にいるリデルと目を合わせてハッキリと言った。


「そうだ、リデル。俺を恨むことはともかく、俺に対してお前が申し訳無いと思う必要はどこにもない」
「……」


リデルは優しい両親に涙が出そうになった。


「ありがとうございます、お父様、お義母様……!」


リデルが感極まって、二人の背中に手を回そうとしたそのときだった――


「――オズワルド!!!」
「「「!!!」」」


突如、リデルの部屋の扉が勢い良く開けられた。


(この声は、まさか……)


リデルは見たくないと思いながらも、声が聞こえた方にゆっくりと目をやった。
シルフィーラもリデルの視線の先に目を向け、オズワルドに至ってはその人物を見て警戒するかのように立ち上がった。


――「一体何の御用ですか、母上」


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