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ベルクォーツ公爵家の秘密

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あの後、リデルはオズワルドの侍従であるカイゼルに連れられて医務室へとやって来た。
頬を打たれたリデルを心配したシルフィーラも共に。


「リデル、本当に大丈夫なの?」
「はい、お義母様。私は平気です」
「もう、二度とあんなことしちゃダメよ!」


珍しく怒ったような様子のシルフィーラに、リデルはえへへと笑った。
シルフィーラが自分を心配してそんなことを言っているのだということを知っていたからだ。


「まさかビビアン様たちが公爵邸へいらっしゃっていたとは……言葉足らずな旦那様に代わって私の方から謝らせてください。申し訳ありません、奥様、リデルお嬢様」
「カイゼル、頭を上げて。私は平気だから」
「私も大丈夫です」


オズワルドの侍従であるカイゼルは、リデルとシルフィーラに対して深く頭を下げた。
そんなカイゼルに対して二人は優しい言葉をかける。


(結構痛かったなぁ……)


未だにズキズキと痛む頬を貼られたガーゼの上からそっと押さえた。
まだ幼い子供に対して手を挙げるとは、ビビアンはもしかしたら娘であるマリナ以上に性悪かもしれない。


「お大事になさってください、お嬢様」
「あ、はい」


頬の治療を終えた後、リデルはついさっきオズワルドが言っていたことを思い出した。


(名分って何……?)


どちらにせよ、そこにリデルの知らない公爵家の何かが隠されていることに違いは無い。
オズワルドは暴れていた愛人たちをその一言で見事に黙らせてみせたのだから。
それがシルフィーラを守ることに繋がるかもしれないと考えたリデルは思いきって聞いてみることにした。


「あ、あの……」
「リデル、どうしたの?」
「さっきお父様が言っていた名分ってどういう意味ですか……?」
「「……」」


リデルの言葉を聞いたシルフィーラとカイゼルが固まった。


「リデル、それは貴方が知ることでは――」
「私、気になってたことがあるんです」
「……?」
「マリナ様たちって、正直お父様にそんなに似てないですよね?」
「「……!」」


リデルのその言葉に二人がハッと息を呑んだ。
二人してかなり動揺しているように見える。


「マリナ様とクララ様は母親似だったとしてもライアス様は……彼はお父様にも、母であるセレナ様にも似ていません」


実のところ、リデルは公爵邸で初めて腹違いの兄弟たちを見たときからそのことが引っ掛かっていた。
兄弟たちは三人ともベルクォーツ公爵家の象徴を持ってはいるが、オズワルドには似ていない。
そこからとんでもない想像をしたりもしたが、そんなこと口に出して言えるわけがなかった。


「リデル、それは――」
「――奥様」


焦ったように何かを言いかけたシルフィーラの言葉をカイゼルが遮った。


「カイゼル……!」
「どうやら、聡明なリデルお嬢様は勘付いておられるようです。このまま隠しておくのは不可能でしょう」
「だからって……」
「リデルお嬢様は正式にベルクォーツ公爵家の一員となったお方です。このことを明らかにしたところで旦那様も何か言ってくることは無いでしょう」
「カイゼル……」


シルフィーラは黙り込んだ。


「リデルお嬢様」
「はい……」
「今から話すことは他言無用でお願いします。もし外部に漏れてしまったらマリナ様たちの命が危うくなる可能性がありますから」
「え、い、命が……!?」


そんなにも大きな問題なのかと、リデルは何か知ってはいけないことを聞いてしまったような気がして緊張感を覚えた。
そしてこの後、案の定カイゼルが放った言葉にリデルは衝撃を受けた。


「――リデル様の言う通りです。マリナ様、ライアス様、クララ様は旦那様の子供ではございません」
「…………………………!」


心のどこかで疑いを抱いてはいたが、いざ直接そのことを聞くと、驚きを隠しきれなかった。


「そ、それは一体……」
「これは紛れも無い事実なのです、お嬢様」


横にいたシルフィーラを見るも、彼女はリデルと目が合うなり気まずそうに顔を逸らした。
シルフィーラのその反応でカイゼルの言ったことが紛れもない事実なのだということを悟った。


(やっぱりあの三人はお父様の子供じゃなかったんだ……!でもお父様はそれを知っているんだよね……?それならどうして自分の子供でもないあの子たちを受け入れたりしたの?)


リデルの中で様々な疑問が浮かび上がってくる。


「で、ですが……あの髪と瞳の色は間違いなく……」
「はい、彼らは正真正銘ベルクォーツ公爵家の血を引いています」
「……と、いうと?」
「正確に言えば、マリナ様、ライアス様、クララ様の三人は旦那様の子供ではなく旦那様の兄の子供――つまり甥と姪にあたります」
「甥と……姪……」


怒涛の展開にリデルの頭が追い付かない。
オズワルドに兄がいるということ自体、リデルは初めて知った。
そんなことは講師たちも教えてくれなかったからだ。


(兄がいるならどうしてお父様はベルクォーツ公爵家の当主になれたの……?普通長子が家を継ぐものなんじゃ……?)


「知らなくて当然です。旦那様の兄君は今や貴族籍から名を抹消された方なのですから」
「え!?」


(貴族籍から名前を消されるだなんて、叔父さんは余程大きな罪を犯したのかな……?)


そこでカイゼルが言いにくそうに視線を逸らした。


「話すと長くなりますが……」
「――カイゼル」


今度はシルフィーラがカイゼルの言葉を遮った。
彼女はしばらくの間じっと黙り込んでいたが、何かを決意したかのような目をしていた。


「お、奥様……」
「ここから先は私が話すわ。それに関しては私の方が詳しいはずだから」
「で、ですが……」
「私は大丈夫だから、心配しないで」


シルフィーラの優しい笑みにカイゼルは渋りながらも身を引いた。


「そうね、まずは私の昔話から聞いてもらおうかしら」


シルフィーラはそう言ってニッコリと笑った。
そして、ポツリポツリと自身の過去について語り始めた。


オズワルドとシルフィーラは二十三年前に王家主催の舞踏会で出会った。
当時美姫と呼ばれていたシルフィーラにオズワルドが一目惚れし、そしてそれはシルフィーラも同じだった。
二人が恋人同士になるまでそう時間は掛からなかった。


公爵家の次男だったオズワルドと同じく公爵家の令嬢だったシルフィーラ。
家格も十分に釣り合い、誰から見てもお似合いの二人だった。
オズワルドは次男だったこともあってシルフィーラの生家に婿入りという形で結婚する予定だった。


そんなある日、国を揺るがすほどの大事件が起きたのだ。


それが国王の側妃の不貞だった。
しかもその相手はベルクォーツ公爵家の嫡男であり、オズワルドの実の兄のオースウェル・ベルクォーツだった。


――オースウェル・ベルクォーツ


ベルクォーツ公爵家の長男にして、嫡男でもある。
美しい容姿に加え、公爵家の嫡男という高い身分。
彼は社交界でもかなりの人気を誇っていたという。


しかしそんなオースウェルには一つ欠点があった。
それが無類の女好きだったということだ。
実際に彼は女という生き物でさえあれば身分関係無く手を出すような人間だった。
オースウェルと関係を持った貴族令嬢は数多くおり、彼自身もそれを直そうとしなかったという。


そしてそんな彼は己の欲望のままついに国王の側妃にまで手を出してしまったのだ。
王の妃と不貞を働いたのだから周りは当然オースウェルが死刑になるだろうと思っていた。


しかし、オズワルドの母親であるベルクォーツ公爵夫人エリザベータが必死に助命嘆願をしたおかげで何とか処刑は免れた。
だがそれでもオースウェルはもう貴族ではいられなくなり、貴族籍から除名され平民となった。


そしてベルクォーツ公爵家は必然的にオズワルドが嫡男となり、その数年後に先代公爵が亡くなってオズワルドは公爵位を継いだ。


公爵位を継いですぐにオズワルドとシルフィーラは結婚した。
貴族では珍しい恋愛結婚によって結ばれた二人。
もちろん浮気なども無く、お互いがお互いだけを見つめ合って暮らしていた。
しかし、完璧な夫婦に見える二人には一つだけ問題があった。


それが、シルフィーラになかなか子供が出来ないことだった。
貴族の妻の最大の役目は跡継ぎを産むこと。
周囲からの圧力もあり、オズワルドは愛人を勧められることもあったという。
しかしそのたびにオズワルドは――


「俺は愛人は絶対に作らない!俺の女はシルフィーラだけだ!」


愛人を囲うことを断固として拒否していたという。


誰が見ても心の底から愛し合っていた二人だったが、ある日オズワルドとシルフィーラの仲を壊すこととなる決定的な事件が起きる。


オズワルドの不在のときに一人の女が公爵邸へとやって来たのだ。
しかもその女は黒い髪に青い瞳をしている小さな子供を連れていた。
そしてその子供をシルフィーラを始めとした多くの人間に見せつけるようにしてこう言い放ったという。


「この子はベルクォーツ公爵様の子供です!」


公爵邸は大騒ぎになった。
妻を一途に愛し続けていたベルクォーツ公爵に愛人がいた。
普段のオズワルドの様子からして到底信じられないことだったが、その女が連れて来た子供は間違いなくベルクォーツ公爵家の象徴を持って生まれた子だった。


シルフィーラはそれにショックを受けて自室に引きこもってしまった。


しばらくして、オズワルドが仕事から帰って来た。
オズワルドは自分がいない間に公爵邸で何があったのかを知り、すぐにシルフィーラに会いに行った。


「シルフィーラ!!!違うんだ、俺の話を聞いてくれ!!!」


しかしシルフィーラは頑なに部屋から出ようとはしなかった。
子供を産めないことで周囲から圧力をかけられていて元より心が疲弊していたこともあって、オズワルドに愛人がいると思い込んでしまったのだ。


それから一週間近くオズワルドは毎日シルフィーラの元へ通い続けた。
しかし、彼女が部屋の扉を開けることは無かった。


しばらくしてシルフィーラはオズワルドの侍従であったカイゼルから全てを聞くこととなった。
突如屋敷に現れた女はオズワルドの兄オースウェルと関係を持った女で子供は兄の子供で間違いない、オズワルドには愛人などいないということを。
それを知ったシルフィーラは自分の行動を酷く後悔した。
誤解が解けた後、すぐにオズワルドの元へ行こうとしたが彼は既に公爵邸にはいなかった。


オズワルドとシルフィーラの仲が疎遠になってしまったのはこの日からだった。


「あの一件は私のせいだわ……当時の私は子供を産めないことでお義母様からも責められていて……旦那様が愛人なんて作るはずがないのにね……少し考えてみれば分かることだわ……」
「お義母様……」
「それからすぐに旦那様はマリナ様を公爵家の養子として迎え、マリナ様の母君であるビビアン様には別邸を与えた。きっと意地っ張りな私に愛想尽きたんだわ」
「奥様……そんな……!」


(愛想が尽きた?ううん、そんなことあるはずがない。だってお父様がお義母様を見るときの目には間違いなく愛情がこもっているもの)


おそらくオズワルドは今もシルフィーラのことを想っているはずだ。
そしてシルフィーラのこの様子からして彼女もまた彼のことが未だに好きなのだろう。


オズワルドはともかく、リデルはシルフィーラのことが大好きだ。
彼女に母親の愛を教えてくれた人だったから。
シルフィーラには幸せになってほしい。


(どうにかして……二人の仲を取り持てないかな……)


このときのリデルはそんなことを考えるようになっていた。


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