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16 夫の訪問

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この火事で別邸にいた使用人を含む五人が亡くなり、二十人以上の負傷者が出た。
もしアルフ様が来なかったら被害はより甚大なものになっていただろう。
罪のない人が亡くなったのだと、そう考えるととても恐ろしかった。


大火事から数日が経っても私は未だにあの日見た光景が頭から離れずにいた。
燃え盛る邸宅と人々の断末魔、そして――


(あのときに見たドロシー様の不敵な笑み……)


それが何とも気にかかる。
今回の事件に彼女が関与しているような気がしてならなかった。


(そういえば、ドロシー様はあの家を出たがっていたわね)


信じたくはないが、もしそれが理由でこの火事を仕組んだとしたら……。
アルフ様の言う通り、ドロシー様は本当にとんでもない人間かもしれない。


(今回の火事について詳しく調べる必要がありそうだわ……)


そう思い、席を立ったそのとき、外からけたたましくこちらへ近付いてくる足音が聞こえた。


(……何かしら?)


嫌な予感がして部屋の中でじっとしていると、突然勢いよく扉が開けられた。


「おい!!!」
「……」


姿を現わしたのはディアン様だった。
彼は怒りを露わにした顔でこちらを見ていた。


「お前、よくもやってくれたな!!!」
「旦那様、どうしてこちらに……」


(家が燃えて無くなったからここへ来たのかしら?公爵家が所有する別邸は他にもあったはずだけど……)


わざわざ辛い記憶の残るここへ訪れるとは、何か私に用があるのだろう。


「――あの火事、お前の仕業だろう!!!」
「………え?」


(この人は一体何を言っているの……?)


ディアン様の発言の意味が分からず、聞き返した。


「……何故そう思うのですか?」
「こんなことをする人間はお前以外にはいない!!!おおよそドロシーを妬んで今回のことを計画したのだろう。そこまでして自分の娘を後継者にしたかったか、この醜女が!!!」
「……」


ディアン様はそう言うが、おそらくこの放火事件の犯人はドロシー様だ。
まだ証拠こそつかめていないものの、彼女には動機もあった。


(ろくに調べもしないで糾弾するだなんて……)


ディアン様はドロシー様をそれほどまでに盲信しているのだろう。
だからといって私を犯人だと決めつけるのは無理があるが。


「旦那様、今回の火事の犯人は私ではありません」
「ふん、調べればすぐに分かることだ。既に公爵家の騎士に調査をさせている」
「それで私の疑いが晴れるのであれば、好きなだけお調べください」
「そうだな、すぐにお前の罪が明らかになるだろう」


ディアン様は絶対に私の罪を暴いてやると言うかのように口角を上げた。
私はそんな彼を力強い瞳で見つめ返した。


(平気だわ、調べたところで証拠なんて出てくるはずが無いもの)


むしろドロシー様がやったという証拠が出てくるだろう。
そして貴方は愛する女性の本当の姿を知って深く絶望するのだ。


そう高を括っていた私だったが、この後事態は最悪の方向へと進んでしまうこととなる。



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