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15 大火事
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それから数日後。
夜、就寝の準備をしていた私の元に突然の知らせがやってきた。
「奥様、大変です!」
「どうしたの!?」
いつもは冷静な侍女が大慌てで部屋へ入ってきたのだ。
額に冷や汗を流し、ハァハァと息を切らしている。
(一体何があったというの……?)
何だか嫌な予感がする。
もしかすると、良くないことが起きているのかもしれない。
「旦那様の住む別邸が火事になっているそうです!」
「何ですって……!?」
(ディアン様とドロシー様の住むあの家が火事……!?)
一体何故そのようなことになっているのか。
「少し出掛けてくるわ!」
「お、奥様!?」
私は後先考えずに転移魔法を発動して別邸へと向かった。
そして、転移した先で見たものは――
「何これ……」
――業火に包まれるディアン様とドロシー様の住んでいる邸宅だった。
火は既に別邸から隣家にまで燃え移っており、人々の泣き叫ぶような声があちこちから聞こえてくる。
(どうしてこんなことに……ひとまず、火を消さないと……!)
瞬時に水魔法を発動させた私は、目の前で燃え盛る炎の消火に当たった。
水魔法はあまり得意では無いが、そんなことを言っている場合ではない。
人の命が懸かっているのだ。
(こんなに大きな火を消火するのは初めてね……私だけの力で大丈夫かしら……)
必死で消火を試みるも、規模が大きすぎてなかなか火は消えない。
このままでは被害者はもっと増えてしまう。
心に焦りが生じていた、そのときだった――
「!?」
突然空中に巨大な水の玉が現れたかと思うと、炎を包み込み、あの大きな火事を一瞬にして鎮火させてみせた。
火が消えたことにより、全焼して真っ黒になった邸宅のみがその場に残された。
その光景を呆然と見つめていた私は、あることを悟った。
(こんなことが出来るのは一人しかいない……)
確信に近い疑念を抱きながらも、ゆっくりと後ろを振り返ると――
「アルフ様!」
水魔法を発動させた直後のアルフ様が立っていた。
「シア、大丈夫か?」
やはり火を消したのはアルフ様だった。
彼は昔から水魔法の天才だったのだ。
「私は平気です。それより怪我人の手当てをしないと……」
「既に近くの神殿に連絡を入れてある。直に神官たちが到着するはずだ」
「アルフ様……何から何までありがとうございます……」
昔からアルフ様には助けてもらってばかりだ。
面目ないというように視線を下げると、彼は優しく私の頭を撫でた。
「昔からお前は一人で突っ走るところがあるからな。火事の知らせを聞いて絶対にここへ来ると思ったんだ」
「ハハ……そうだったんですね……」
長い付き合いだからか、彼は私のことを何でも知っているようだ。
笑い合ったその瞬間、突然少し遠くの方から絶望したような大声が聞こえた。
「――どうしてこんなことに!!!!!」
「……!」
声の主はディアン様だった。
彼は地面に膝を着いて泣き崩れている。
(まずい、姿を消さないと……!)
透明化魔法を発動しようとしたそのとき、アルフ様が咄嗟に私を着ていたローブの中に隠した。
「!」
「シア、ここでじっとしてろ」
元々身長差があったせいか、私の姿は外から完全に見えなくなっているようだ。
彼の胸に頬が当たり、ドキドキしてしまう。
「公爵様、落ち着いてください!ドロシー様とルヴァン様は外出していて邸の中にはおりません」
「あ、ああ……だが……思い出の家が……母上の肖像画もあの中に……」
「……」
(怪我人が大勢出ているというのに、肖像画の方を気にするだなんて……)
彼が発した言葉に憤りを感じていると、聞き覚えのある柔らかい声が耳に入った。
「ディアン様、残念ですわ……」
「ドロシー……」
遅れてドロシー様も現場に到着したようだ。
アルフ様がじっとドロシー様を見つめた。
そんな彼に釣られるようにして、私もそっと顔を出して彼女を見た。
相変わらず絶望しているディアン様と、そんな彼を慰めるドロシー様の姿が目に入る。
「亡き母君と過ごした思い出の場所ですのに……こんなことになってしまって……」
「うう……私の宝物だったのだ……」
「お気持ち御察しいたしますわ」
「ドロシー……!」
彼はドロシー様の胸で子供のように泣き続けた。
(まぁ、そりゃあ辛いわよね……)
そんな二人をじっと見つめていた私は、あることに気が付いた。
――ディアン様を抱き締めて彼の背中を優しく撫でるドロシー様の赤い唇が一瞬だけ弧を描いたのだ。
(今、笑った……)
全焼した家と、絶望して泣き崩れる恋人を目の前に、ドロシー様は笑みを浮かべたのである。
アルフ様もそんな彼女に気付いたようで、ピクリと眉を動かした。
そしてこの日から、私はドロシーという女の真の恐ろしさを知ることとなる。
夜、就寝の準備をしていた私の元に突然の知らせがやってきた。
「奥様、大変です!」
「どうしたの!?」
いつもは冷静な侍女が大慌てで部屋へ入ってきたのだ。
額に冷や汗を流し、ハァハァと息を切らしている。
(一体何があったというの……?)
何だか嫌な予感がする。
もしかすると、良くないことが起きているのかもしれない。
「旦那様の住む別邸が火事になっているそうです!」
「何ですって……!?」
(ディアン様とドロシー様の住むあの家が火事……!?)
一体何故そのようなことになっているのか。
「少し出掛けてくるわ!」
「お、奥様!?」
私は後先考えずに転移魔法を発動して別邸へと向かった。
そして、転移した先で見たものは――
「何これ……」
――業火に包まれるディアン様とドロシー様の住んでいる邸宅だった。
火は既に別邸から隣家にまで燃え移っており、人々の泣き叫ぶような声があちこちから聞こえてくる。
(どうしてこんなことに……ひとまず、火を消さないと……!)
瞬時に水魔法を発動させた私は、目の前で燃え盛る炎の消火に当たった。
水魔法はあまり得意では無いが、そんなことを言っている場合ではない。
人の命が懸かっているのだ。
(こんなに大きな火を消火するのは初めてね……私だけの力で大丈夫かしら……)
必死で消火を試みるも、規模が大きすぎてなかなか火は消えない。
このままでは被害者はもっと増えてしまう。
心に焦りが生じていた、そのときだった――
「!?」
突然空中に巨大な水の玉が現れたかと思うと、炎を包み込み、あの大きな火事を一瞬にして鎮火させてみせた。
火が消えたことにより、全焼して真っ黒になった邸宅のみがその場に残された。
その光景を呆然と見つめていた私は、あることを悟った。
(こんなことが出来るのは一人しかいない……)
確信に近い疑念を抱きながらも、ゆっくりと後ろを振り返ると――
「アルフ様!」
水魔法を発動させた直後のアルフ様が立っていた。
「シア、大丈夫か?」
やはり火を消したのはアルフ様だった。
彼は昔から水魔法の天才だったのだ。
「私は平気です。それより怪我人の手当てをしないと……」
「既に近くの神殿に連絡を入れてある。直に神官たちが到着するはずだ」
「アルフ様……何から何までありがとうございます……」
昔からアルフ様には助けてもらってばかりだ。
面目ないというように視線を下げると、彼は優しく私の頭を撫でた。
「昔からお前は一人で突っ走るところがあるからな。火事の知らせを聞いて絶対にここへ来ると思ったんだ」
「ハハ……そうだったんですね……」
長い付き合いだからか、彼は私のことを何でも知っているようだ。
笑い合ったその瞬間、突然少し遠くの方から絶望したような大声が聞こえた。
「――どうしてこんなことに!!!!!」
「……!」
声の主はディアン様だった。
彼は地面に膝を着いて泣き崩れている。
(まずい、姿を消さないと……!)
透明化魔法を発動しようとしたそのとき、アルフ様が咄嗟に私を着ていたローブの中に隠した。
「!」
「シア、ここでじっとしてろ」
元々身長差があったせいか、私の姿は外から完全に見えなくなっているようだ。
彼の胸に頬が当たり、ドキドキしてしまう。
「公爵様、落ち着いてください!ドロシー様とルヴァン様は外出していて邸の中にはおりません」
「あ、ああ……だが……思い出の家が……母上の肖像画もあの中に……」
「……」
(怪我人が大勢出ているというのに、肖像画の方を気にするだなんて……)
彼が発した言葉に憤りを感じていると、聞き覚えのある柔らかい声が耳に入った。
「ディアン様、残念ですわ……」
「ドロシー……」
遅れてドロシー様も現場に到着したようだ。
アルフ様がじっとドロシー様を見つめた。
そんな彼に釣られるようにして、私もそっと顔を出して彼女を見た。
相変わらず絶望しているディアン様と、そんな彼を慰めるドロシー様の姿が目に入る。
「亡き母君と過ごした思い出の場所ですのに……こんなことになってしまって……」
「うう……私の宝物だったのだ……」
「お気持ち御察しいたしますわ」
「ドロシー……!」
彼はドロシー様の胸で子供のように泣き続けた。
(まぁ、そりゃあ辛いわよね……)
そんな二人をじっと見つめていた私は、あることに気が付いた。
――ディアン様を抱き締めて彼の背中を優しく撫でるドロシー様の赤い唇が一瞬だけ弧を描いたのだ。
(今、笑った……)
全焼した家と、絶望して泣き崩れる恋人を目の前に、ドロシー様は笑みを浮かべたのである。
アルフ様もそんな彼女に気付いたようで、ピクリと眉を動かした。
そしてこの日から、私はドロシーという女の真の恐ろしさを知ることとなる。
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