愛人の子を寵愛する旦那様へ、多分その子貴方の子どもじゃありません。

ましゅぺちーの

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10 愛人の不満

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(失礼します……)


私は姿を消したまま、愛人宅へと足を踏み入れた。
中は想像以上に古く、一歩一歩進むたびに床が軋んだ。


(本当にここに公爵閣下とその愛人親子が住んでるのかしら……?)


とてもじゃないが信じられない。
ひとまずディアン様を探さなければ。


道中数人の使用人と遭遇したが、透明になっているため誰も気に留めない。
相変わらず便利な能力だ。


(ディアン様はどこにいるんだろう?)


そう思って角を曲がったそのとき、部屋の中から聞こえてくる怒声に足を止めた。


「ちょっと!!!いつまで待たせる気よ!!!」
「!」


近くにある部屋に誰かいるようだ。
私はすぐに声の聞こえた方に走った。


再び転移魔法を使って部屋の中に入ると、一人の女性が物凄い剣幕で侍女を怒鳴り付けていた。


「いい加減にしてよ!あなたもディアン様に何か言ってちょうだい!」
「そ、それは出来ません……お願いです、どうか怒りを鎮めてください――ドロシー様」


(ドロシーですって?)


私は目の前で声を荒らげているその女性をじっと見つめた。
鮮やかな赤い髪を腰まで伸ばし、胸元を出した黒いドレスを身に纏っている彼女からは男性が好みそうな妖艶な雰囲気が醸し出されていた。


(たしかに綺麗だわ……)


女の私から見てもそう思ってしまうほどだ。
しかし、そんな美しい見た目をしている彼女は今相当に怒り狂っている。


「何で私がこんなボロい家に住まないといけないのよ!!!八年も我慢してるのよ!?」
「ド、ドロシー様……落ち着いてください」
「こんな家に八年も住んで正気でいられる人がどこにいるのよ!!!」


どうやらドロシー様はこのボロ家で暮らすのを不満に感じているようで、それを侍女に八つ当たりしているらしい。


「これは一体何の騒ぎだ!!!」
「あっディアン様!」


騒ぎを聞きつけたディアン様が部屋にやって来た。
彼女はすぐにしわくちゃにしていた顔を元に戻すと、彼の胸に抱き着いた。


「ドロシー!お前、彼女に何かしたのか!!!」
「ち、違います公爵様……!」


ドロシー様は疑われている哀れな侍女のことなど気にも留めず、ディアン様に泣きついた。


「ディアン様、私新しい家が欲しいの!」
「新しい家だって?」
「私、公爵邸に住みたいわ!貴方と息子のルヴァンと三人で」
「公爵邸だと?あんな場所絶対にありえない!!!」


公爵邸という言葉を聞いた彼が、先ほどのドロシー様のように声を荒らげた。


「ここは亡き母上との思い出が詰まった大切な場所だ!私は公爵邸には良い思い出が無い、それは君もよく知っているではないか」
「……」


(なるほど、先代公爵の嫌がらせってわけね)


何故こんな家を買ったのだろうかと疑問に思っていたが、先代の公爵が用意したものであれば納得だ。
公爵ならもっと良い家をいくらでも用意できるだろうに、彼の父親はディアン様やその母親をかなり冷遇していたようだ。


「ディアン様は私よりも、正妻の方が大切なのですか?」
「何だって!?そんなことあるわけないだろう!」


ディアン様が慌てて首を横に振った。


「私にとって家族は亡き母と君たち二人だけなんだ!義母と腹違いの兄弟なんて心の底から憎んでいるし、私たちを放置した父も嫌いだ!本邸にいるアイツだってただのお飾りの妻さ!ドロシー、どうか分かってくれ」
「ディアン様……」


相思相愛の恋人のように二人はじっと見つめ合った。


(何かムカつく)


ドロシー様はしばらく黙り込んでいたが、諦めたようにゆっくりと頷いた。


「ハハ……そう、ですか……分かりましたわ……ディアン様……」
「良かった、やはり心優しい君なら分かってくれると思っていたよ!」


(あからさまに嫌そうな顔しているけれど)


何をどう解釈したらそのような考えになるのか。
ドロシー様はディアン様の気持ちを全くと言っていいほど理解していない。


「では私は仕事に戻る」
「はい、ディアン様……」


ディアン様が部屋から出て行き足音が聞こえなくなった後、ドロシー様は怒り任せに近くにあった花瓶を床に投げつけた。


「キャー!!!」
「何なのよ!!!何で公爵家の唯一の後継者の母親である私がこんな扱いを受けないといけないの!!!」


怯える侍女と、手当たり次第に物を投げつける愛人。


「……」


(……次はディアン様の執務室へ行ってみようかしら)


侍女は気の毒に思ったが、ひとまず見なかったことにして部屋を出た。


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