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1 公爵家の母娘
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「奥様、おはようございます」
「ええ、おはよう」
王国屈指の名門グクルス公爵家の本邸。
もう何度この朝を迎えたか分からない。
窓から差し込む朝日と公爵邸の使用人の声で目を覚ました私はベッドから起き上がった。
(もう朝になったのね……)
グクルス公爵家の本妻である私が一番最初にすることはいつも決まっている。
「リアはどうしているかしら?もう起きているの?」
「はい、最近は私たちが起こす前に既に支度を済ませていて……お嬢様には驚かされてばかりです」
「まぁ、さすがうちの娘ね」
それは世界で一番大切な愛娘について尋ねること。
リアとは夫であるグクルス公爵との間に生まれた一人娘だ。
今年で六歳になる。
(早くリアに会いたいな……)
最近は娘が可愛くて仕方が無い。
もちろん、生まれたときからずっと天使のように愛らしかったが。
「――お母様!」
「リア!」
そんなことを考えていると、ちょうど朝の準備を済ませたリアが部屋に入って来た。
「お母様、おはようございます」
「ええ、おはよう」
今日もいつものように娘を抱き締める。
「今日は朝一人で起きたんですって?偉いわね」
「えへへ」
私は愛らしく笑うリアの頭を優しく撫でた。
(父親がいない分、私がたくさん愛を注がないと……)
――この家庭には父親がいない。
いや、正確に言えばいるはいる。
夫であるグクルス公爵ディアンは当然のように愛人宅で暮らし、一切家には帰って来ないのだ。
ディアンの愛人は元々この公爵邸のメイドだった人物で、彼の寵愛を独り占めしていると言える。
聞けばあちらに子どもまでいるらしい。
それも何とリアより年上の八歳である。
私と夫が結婚したのは七年前なので、愛人とはそれより前の関係だったということになる。
ただ平民出身のメイドを公爵家の本妻にすることは不可能なので、私が彼の戸籍上の妻になったというわけだ。
義務で子作りだけはするが、そこに愛は一切無い。
そして子供が一人生まれると用済みとばかりに夫は私たち母娘を本邸に放置した。
娘であるリアは父親とはたったの一度も会ったことが無い。
赤ちゃんの頃に一度顔を見ただけで、それっきりである。
そうなった理由は夫が頑なに会おうとしないからだ。
「お母様」
「ん?どうかしたの?」
「お父様はいつ帰ってくるの?」
「……」
時折娘からこのような質問を投げかけられるときがある。
そのたびに私の胸はズキズキと痛んだ。
「良い子にして待っていればいつかは帰って来る」なんて優しい嘘は私にはつけなかった。
「そうね……お母さんだけじゃ寂しい?」
「ううん!お母さん大好きだよ!」
「私もリアが大好きよ」
私はそのままもう一度娘を抱き締めた。
(ごめんね……リア……)
父親はきっと、この先もずっと永遠に会いに来ることは無い。
それだけではなく、帰って来たところで貴方に酷い言葉を投げかけるかもしれない。
だからこそ、私は嘘をつけなかったのだ。
「ええ、おはよう」
王国屈指の名門グクルス公爵家の本邸。
もう何度この朝を迎えたか分からない。
窓から差し込む朝日と公爵邸の使用人の声で目を覚ました私はベッドから起き上がった。
(もう朝になったのね……)
グクルス公爵家の本妻である私が一番最初にすることはいつも決まっている。
「リアはどうしているかしら?もう起きているの?」
「はい、最近は私たちが起こす前に既に支度を済ませていて……お嬢様には驚かされてばかりです」
「まぁ、さすがうちの娘ね」
それは世界で一番大切な愛娘について尋ねること。
リアとは夫であるグクルス公爵との間に生まれた一人娘だ。
今年で六歳になる。
(早くリアに会いたいな……)
最近は娘が可愛くて仕方が無い。
もちろん、生まれたときからずっと天使のように愛らしかったが。
「――お母様!」
「リア!」
そんなことを考えていると、ちょうど朝の準備を済ませたリアが部屋に入って来た。
「お母様、おはようございます」
「ええ、おはよう」
今日もいつものように娘を抱き締める。
「今日は朝一人で起きたんですって?偉いわね」
「えへへ」
私は愛らしく笑うリアの頭を優しく撫でた。
(父親がいない分、私がたくさん愛を注がないと……)
――この家庭には父親がいない。
いや、正確に言えばいるはいる。
夫であるグクルス公爵ディアンは当然のように愛人宅で暮らし、一切家には帰って来ないのだ。
ディアンの愛人は元々この公爵邸のメイドだった人物で、彼の寵愛を独り占めしていると言える。
聞けばあちらに子どもまでいるらしい。
それも何とリアより年上の八歳である。
私と夫が結婚したのは七年前なので、愛人とはそれより前の関係だったということになる。
ただ平民出身のメイドを公爵家の本妻にすることは不可能なので、私が彼の戸籍上の妻になったというわけだ。
義務で子作りだけはするが、そこに愛は一切無い。
そして子供が一人生まれると用済みとばかりに夫は私たち母娘を本邸に放置した。
娘であるリアは父親とはたったの一度も会ったことが無い。
赤ちゃんの頃に一度顔を見ただけで、それっきりである。
そうなった理由は夫が頑なに会おうとしないからだ。
「お母様」
「ん?どうかしたの?」
「お父様はいつ帰ってくるの?」
「……」
時折娘からこのような質問を投げかけられるときがある。
そのたびに私の胸はズキズキと痛んだ。
「良い子にして待っていればいつかは帰って来る」なんて優しい嘘は私にはつけなかった。
「そうね……お母さんだけじゃ寂しい?」
「ううん!お母さん大好きだよ!」
「私もリアが大好きよ」
私はそのままもう一度娘を抱き締めた。
(ごめんね……リア……)
父親はきっと、この先もずっと永遠に会いに来ることは無い。
それだけではなく、帰って来たところで貴方に酷い言葉を投げかけるかもしれない。
だからこそ、私は嘘をつけなかったのだ。
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