冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

第6話「名刺と疑い」

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「嘘……だろ……?」
 半信半疑だったとはいえ、じいちゃんや、カミラさんを信じると言った言葉は、決して嘘ではなかった。その気持ちにも、偽りはない。
 だが、目の前で起きた出来事には、驚きという感情しか湧いてこなかった。
「……南様!」
 背後から、俺を追い掛けて来ていたカミラさんが合流する。
 門扉越しに来客と目が合う。怪奇図書に書かれていた通り、俺がとても驚いた顔をしているのは想像に難くない。
 怪奇図書には、鷹見警部の見た目については詳しく書かれていなかったが、この状況だ。多分、彼女がそうなんだろう。

「鷹見……警部…………」

 つい、その名を口に出してしまう。未だに何処か混乱する頭が、解答を求めようと、一番簡単な方法に出る。
「…………うん? 今、きみ……」
「……お帰りください」
「カミラさん?」
 俺と、鷹見警部の間に割って入るように、カミラさんが前に出た。
「すまない。君、今わたしの名前を呼ばなかったか?」
 俺の前に、壁のように立つ彼女を無視して、鷹見警部が、門扉越しにこちらを覗いてくる。その反応を見て確信する。
 隠されていた怪奇図書の内容、あそこに書かれていたのは、俺の顔を怪訝そうに見つめる彼女――――鷹見警部の事だ。

「あの……」
「……今すぐ、お帰りください」
 鷹見警部に声を掛けようとしたのを、カミラさんが遮る。
「カミラさん、ちょっと待ってください。いきなりどうしたんですか?」
 彼女の、有無を言わせない返答に動揺する。まだ、カミラさんとは会って3日しか経ってないが、俺への接し方から、初対面の相手にこんな冷ややかな態度するような人には、到底思えなかったからだ。
「……どうもしていません」
「そんな事……」
 言葉が続かない。俺の方を一瞥もせずに、そう答える彼女を見て、よく分からなくなる。
「私も、南様も、貴女とお話しする事は御座いません。なので、さっさとお帰りください」
 同じことを繰り返し話すカミラさんは、何かを焦っているようにも見えた。
 手に持ったままの怪奇図書を握り締める。彼女は、これを見て驚いていた。と言うことは、カミラさんは、この本が隠されていた事を知っていたのだ。どうして、隠す必要があるのか?
「…………はぁ」
 いつの間にか、そんな俺たちのやり取りを黙って見ていた鷹見警部が、溜め息をつきながら、門扉の隙間から、ある物を見せてくる。
「わたしはねぇ。の話を聞きたいだけなんですよ」
 その手には、長方形の何かが握られていた。近付いて見ると、直ぐに何か分かった。だ。シンプルな見た目に、住所と電話番号、そして名前…………が……。
「えっ?」
 見覚えのある最近知った名前。その名刺には、と書かれていた。
「あんたらのその態度、わたしがどういう職種の人間か、知ってる上での対応ですよね?」
 名刺と入れ代わりに、今度は胸元から取り出した、警察手帳を見せてくる。
「今朝ねぇ。人が死体になって発見されました」
 鷹見警部の目が、突然鋭くなる。門扉越しでも、見られただけで萎縮しそうな眼光に、言葉が出て来ない。
「実は、それと似たような事件が以前にもあったんですよ」
 カミラさんを真正面に見ながら、鷹見警部は話を続ける。
「でね、その事件の被害者も、今朝の被害者も、この名刺を持ってたんですよ。これ、おかしいと思いませんか?」
 凛とした声の、語気が強くなる。
「わたしはねぇ、この真道北斎って人に話を聞きたいだけなんですよ。えーっと……」
 鷹見警部は、何かを思い出すような仕草をしながら、こちら見る。
「カミラさんと、南様……でしたっけ?」
 短いやり取りしかしていないのに、いつの間にか名前をハッキリと覚えられていた事に驚く。首を傾げながら、考えるような素振りで続けてくる。
「いや、その名前も偽名の可能性がある。お二方どちらかが、真道北斎かも知れない」
 大袈裟な態度で、名刺を取り出すその姿は、どう見ても、そう思ってはなさそうだ。
「先ほども言いましたが、わたしは話を聞きたいだけ。ここで話を聞かせてくれないなら、取り調べという形で、署まで来てもらってもいいんですよ? 勿論、任意ですがねぇ」
 鷹見警部はそこまで言って、今しがたの鋭い眼光から、嘘のような笑顔に、表情が変わる。その張り付いたような笑顔に、恐怖を覚えた。
「で、どうしますか? 特に、その少年……」
 ずっとカミラさんを見ていた瞳が、こちらをチラリと見る。
「いいんですか? あなたとしても、本意ではないんでしょう?」
 鷹見警部は、再びカミラさんに目線を戻して、そう問いかける。どういう意味だ? その理由を考える俺を隠すように、カミラさんが前に出た。
 さっきから、こちらを見ようともしない彼女が、何を考えてるか、俺には分からない。

「……貴女の発言は、とても腹立たしいですが、分かりました」

 少し、間を置いてカミラさんが答える。 

「……中にお入り下さい……」

 屋敷前で行われていたやり取りは、その一言で決着した。






「なるほどねぇ……。真道北斎さんは既に亡くなっていて、君はその孫だと?」
「はい」
 門扉前の応対後、俺たちは屋敷の中、と言うかほぼ玄関にいた。
 最初に、この屋敷を訪れた時に案内された、玄関から入って直ぐ左にある、来客を待たせる為のソファーに、俺と鷹見警部は座っていた。
 一応、来客対応用の部屋はあった筈だが、それでもわざわざここに案内したのは、カミラさんなりの最後の抵抗か、意思表示か……。
「……お待たせしました」
 紅茶を載せたワゴンを押して、この場を離れていたカミラさんが返ってくる。紅茶はよく知らないが、凄くいい匂いだ。
 鷹見警部は、そんなもてなしは全く気にしていないのか、ソファーから立ち上がり何処かに電話し始めた。
(鷹見警部の、背中を見るカミラさんの目がこえぇ!)
 親の敵を見るような瞳に、背筋が凍る。
「もしもし、チキンか? あぁ、そうだ。データベースで調べて欲しい名前がある。既に亡くなっている人物で、名前は真道北斎……」
 結局、俺が知っている話なんて大したものは一つなかった。そもそも、じいちゃんの事を知る為にここに来たのに、そのじいちゃんの話を聞かれても答えられる訳がない。
 電話の答えを待つ間も、鷹見警部は、俺やカミラさんを疑いの目で見ていた。そりゃ、そうだ。初対面の人間に、いきなり自分の名前を呟かれれば、こんな目にもなるだろう。その事を改めて聞いてこない所を見ると、何か考えがあるのは間違いない。
「そうか。分かった。ありがとう」
 通話を切った鷹見警部が、ソファーに戻って来た。
「確認が取れた。君の話は本当のようだね。真道北斎さんは、確かに亡くなっていた。疑って悪かった」
「いえ、分かって頂けたのなら良かったです」
 カミラさんが長机に、淹れたての紅茶が入ったティーカップを置いてくれる。
「それで、その北斎さんからこの屋敷を受け継いだのもつい最近で、全く交流もなかったから知っていることはないと?」
「はい。その名刺の存在すら、今日初めて知りました」
「なるほどねぇ……。おっ、これうめぇな」
 その言葉にカミラさんの背中が少し反応したように見えた。もしかして、喜んでる?
 紅茶を飲みながら、鷹見警部は続けた。
「この名刺を、被害者二人が持っていた理由は、あんたも知らないと?」
「……知りません。そんな名刺自体、私は知りません」
「…………」
 即答する彼女を見て、何も言葉が出てこない。
「この名刺に書かれている、電話番号は携帯の物だとして、住所はこの屋敷だ。なのに一緒に住んでいたあんたもこれの存在すら知らないと?」
「……そうです」
 これは鈍感な俺でも、嘘だと分かった。手に持ったままだった怪奇図書を、腰とソファーの間に入れながら考える。
 少なくともカミラさんは、隠されていた怪奇図書を知っていた。その真意は定かではないが、きっと名刺の事も、怪奇図書の事も、俺には知られたくない事なのだろう。
「色々聞きたいことはあるが、今日はこれぐらいでいいだろう。少なくとも、、嘘をついてないだろう事は分かった」
 立ち上がった鷹見警部は、そう言いながら俺を見る。
「他に何か話したい事はありますか?」
「…………」
 怪奇図書の話をするべきか? 怪奇図書の存在を、腰とソファーの間で感じながら考える。
「ないです」
 迷ったが、結局そう答えるしかなかった。こんな現実離れした話を刑事に、ましてや疑いの目を向けてくる相手に言う事は、俺には出来ない。
「そうですか。では、何かあればこちらに連絡を」
 鷹見警部が、胸元から取り出したケースから、名刺を渡して来る。それには名前、所属する署や、階級、電話番号などが書かれていた。
「では、ご協力ありがとうございました…………あぁ、それと」
 軽くお辞儀をした後、何かを思い出したようにカミラさんに近付いて一言。
「紅茶美味しかったです。ご馳走さまでした。次は、にならなければいいですねぇ?」
「…………はい」
 明確に、カミラさんに向けて釘を刺して、彼女は去っていった。
 鷹見警部の事も気になったが、それよりも気がかりだったのは……。
 目の前で帰って行く鷹見警部に、深々と頭を下げる女性――――カミラさんの事だ。
 俺はじいちゃんの事を知る前に、先に彼女を理解しないといけない。
 どうして、隠されていた怪奇図書を知っていたのか、名刺の事も、直接聞いて確かめる――――そう思っていたのだが……。

 何故か、俺はその夜、
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