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お花見弁当とプロポーズ⑥
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沈黙が俺たちを取り囲む。遠くから波が岩を梳る音が聞こえるものの、小さな音は俺たちの張り詰めた空気をほぐす緩衝材にはなりえなかった。
ゲイであることを長年隠して生きていた俺には、涼さんの言葉はまさに青天の霹靂で、噛み砕いて飲み込むまでに時間がかかったのは事実だ。しかし、俺が気軽に返事できないのは、涼さんのことを考えていたからでもある。
涼さんはなんでもないように言っていたけど、K出版というのは高度成長期に立ち上げた出版会社で、現在も飛ぶ鳥を落とす勢いのある会社だ。そこの創設者が涼さんのお祖父さんなのだろう。現社長の博貴さんは文さんと結婚したことでその地位に立ったけども、元は傍流家系らしい。つまりは涼さんが俺と出会わなければあの椅子に座っていたのが、涼さんだったかもしれない。さっきもそんな事を匂わせる話をしていたし。
本人は全く気にしてる様子はないけども、俺にはその言葉が胸に深く突き刺さった。
これまでの人生、誰かを傷つけたりしないよう、ひっそりと生きてきた。
それなのに涼さんと出会って、想いを通じたことで舞い上がり、涼さんの未来を捻じ曲げてしまった事実に気づくのが遅れてしまった。
俺は涼さんの本来進むべき道を変えてしまった存在だ。涼さんのご両親にも、祖父母の方たちにも顔向けできない。
「……ごめん」
「……それは、オレのプロポーズが嫌だって意味?」
少し強ばった問いに、俺は是も否も答えられない。
是と言えば、涼さんの未来を変えたという事実を抱えて生きていかなくてはならず、否と言えば、この温もりから離れて死ぬまで孤独に耐えながら過ごしていく。
罪悪感に苛まれたままでは、いつかお互いに傷つく結果が見えている。かといって、人の体温に慣らされた体では、いつ訪れるとは分からない死が来るまでの間、独り耐えながら生きていける筈もない。
「オレがこんな事言ったの、迷惑でしたか?」
そんなわけない、と首を振る。涼さんが俺を伴侶にと選んでくれて、ものすごく嬉しかった!
ずっとずっと人と交われず、いつも輪の外から眺めていた幸せが、やっと自分の元に舞い込んでくるって。本当に明るい未来が見えた気がしたんだ。
だけど、明るい光には深い影ができるのも事実。
俺が涼さんに飛び込めば、彼は木戸家では異端扱いされるのでは、と不安になる。
男の涼さんが男の俺をどういった形であれ、結婚という縁を結ぶのだ。古い考えを持つ人から見れば、それは忌避するべき光景に映るだろう。
グルグルといろんな感情が渦巻いていく。
俺のほうが大人なのだから、涼さんの未来について考慮しなくていけなかった。それなのに、頭になかったのは、涼さんの傍がとても心地良かったから。こんな俺が傍にいる資格はない。
「ごめん……。涼さんの言葉は嬉しいけど……本当にごめん」
こんな将来性のない俺より、素敵な女性と幸せになって欲しいから、と胸が引き裂かれる思いで涼さんの胸をそっと押す。だが、その両手は涼さんに強く痛いほどに握り締められた。
「涼さん……?」
「また、余計な事考えてるんでしょ? 健一さん、忘れてませんか?」
涼さんへと顔を向けると、いつもの穏やかな双眸とは違い、ぎらついた強い眼差しで俺を見ている。
「前にも言いましたよね。オレから離れるつもりなら、首輪と鎖をつけて監禁してでも傍に置くって」
涼さんは口癖のように、そんな事を言っていた。あれは確か、初めて結ばれた日の朝だったか。俺も涼さんが離れていくのが嫌で、彼に依存していた気がする。あまりにもスケールが凄すぎて困惑していたのも事実だけど。
「あの話、嘘や冗談で言ったわけではありませんからね。ここまできたのでぶっちゃけると、健一さんにはオレ以外の人間と関わってもらいたくないんです。この間出かけた時だって、前の会社の人と会ったじゃないですか」
「うん……」
そう、腐女子を公言している事務の女の子。元同期同僚と最近付き合いだしたと言っていた。
「あの時ですら、健一さんは相手に特別な感情を抱いてないって分かっていたのに、何度もイライラしたし、近づくなって怒鳴りたくなったほどですから」
おおう。予想よりも独占欲が半端なかった。
「他にもあげたらキリがないので終わらせますけど、健一さんにはオレの傍でオレの作ったご飯を食べて、オレにお世話されながらニコニコしてもらいたいだけなんです」
うん、それ完全に居心地いい監禁だな。
予想の斜め上にヤンデル涼さんを半眼で見ながら、なんて人を好きになったのか、なんて人に好かれたのか、と頭を抱えたくなっていた。
「なので、健一さんが過去の傷に怯えてることも、ノーマルだったオレが他に目を向けるんじゃないかって心配しなくてもいいんですよ。健一さんは、オレがこれまでの人生の中で唯一、ずっと傍に居て欲しいと思った人なんですから」
「え?」
もともと何でもできる涼さんは、次期K出版社の社長として期待されていたらしい。故に多くの人が涼さんに寄ってきた。涼さんいわく「死肉に群がる蛆虫か蠅のようでした」と、こともなげに言い放った。
自身も過信していた部分があって、結構早いうちから異性関係……しかも取っ替え引っ替えを繰り返していたそうで。
それもただ肉欲を満たすだけの行為で、感情なんて一切動かされなかったそうだ。……結構酷い。
大学に入ってから、涼さんが株で儲けるようになってからは、更に周囲が加速したらしい。まあ、大手企業の御曹司、見た目よく、自身で金を生み出しているとなれば、是が非でも娘の嫁にしたい親や、贅沢をしたい女性たちから標的になっても仕方があるまい。
そんな無味無臭な人生の中、俺に出会って一変したとのこと。
俺自身は覚えてないけど、ただ酔っ払いの介抱しただけなのに、ここまでの執着をするようになったのか謎すぎる。
涼さんに問えば「これはオレの思い出なので内緒です」と語尾にハートマークつけてウインクで返された。さまになってるだけに解せぬ。
「それから、健一さんが懸念しているうちの両親についてですが、その点も心配不要です」
「え、どうして……」
普通、涼さんや文さんくらいの子供を持つ親って、同性愛とかに偏見あるってイメージなんだが……
「それ以前に、不思議に思いませんでした? どうして博貴が文と結婚してまで社長をやってるかを」
「言われてみれば……」
普通は、涼さんの父親が経営していてもおかしくない。でも、現実は博貴さんがその椅子に座っていて、文さんが秘書で……一体どういうことだ?
「うちの両親、もともと政略結婚で、文とオレを出産した後に離婚をしているんです。で、オレの父親は現在アメリカにいるんですが、数年前に再婚しましてね……当時秘書をしていた男性と」
「へ?」
「つまりは、オレたちの義母っていうのが、男なんです。とても控えめな良い人ですよ」
「え? へ?」
なんてことだ。こんな身近にとんでもない爆弾が隠されていた。
「だから心配しなくても、母はともかく、父が反対することはありません。ちなみに祖父母も健一さんの性格だけでなく、作品の大ファンです」
にっこりと微笑んでる涼さんが次々と落としていく告白という爆弾に、俺はムンクの叫びのようになったのは言うまでもない。
ゲイであることを長年隠して生きていた俺には、涼さんの言葉はまさに青天の霹靂で、噛み砕いて飲み込むまでに時間がかかったのは事実だ。しかし、俺が気軽に返事できないのは、涼さんのことを考えていたからでもある。
涼さんはなんでもないように言っていたけど、K出版というのは高度成長期に立ち上げた出版会社で、現在も飛ぶ鳥を落とす勢いのある会社だ。そこの創設者が涼さんのお祖父さんなのだろう。現社長の博貴さんは文さんと結婚したことでその地位に立ったけども、元は傍流家系らしい。つまりは涼さんが俺と出会わなければあの椅子に座っていたのが、涼さんだったかもしれない。さっきもそんな事を匂わせる話をしていたし。
本人は全く気にしてる様子はないけども、俺にはその言葉が胸に深く突き刺さった。
これまでの人生、誰かを傷つけたりしないよう、ひっそりと生きてきた。
それなのに涼さんと出会って、想いを通じたことで舞い上がり、涼さんの未来を捻じ曲げてしまった事実に気づくのが遅れてしまった。
俺は涼さんの本来進むべき道を変えてしまった存在だ。涼さんのご両親にも、祖父母の方たちにも顔向けできない。
「……ごめん」
「……それは、オレのプロポーズが嫌だって意味?」
少し強ばった問いに、俺は是も否も答えられない。
是と言えば、涼さんの未来を変えたという事実を抱えて生きていかなくてはならず、否と言えば、この温もりから離れて死ぬまで孤独に耐えながら過ごしていく。
罪悪感に苛まれたままでは、いつかお互いに傷つく結果が見えている。かといって、人の体温に慣らされた体では、いつ訪れるとは分からない死が来るまでの間、独り耐えながら生きていける筈もない。
「オレがこんな事言ったの、迷惑でしたか?」
そんなわけない、と首を振る。涼さんが俺を伴侶にと選んでくれて、ものすごく嬉しかった!
ずっとずっと人と交われず、いつも輪の外から眺めていた幸せが、やっと自分の元に舞い込んでくるって。本当に明るい未来が見えた気がしたんだ。
だけど、明るい光には深い影ができるのも事実。
俺が涼さんに飛び込めば、彼は木戸家では異端扱いされるのでは、と不安になる。
男の涼さんが男の俺をどういった形であれ、結婚という縁を結ぶのだ。古い考えを持つ人から見れば、それは忌避するべき光景に映るだろう。
グルグルといろんな感情が渦巻いていく。
俺のほうが大人なのだから、涼さんの未来について考慮しなくていけなかった。それなのに、頭になかったのは、涼さんの傍がとても心地良かったから。こんな俺が傍にいる資格はない。
「ごめん……。涼さんの言葉は嬉しいけど……本当にごめん」
こんな将来性のない俺より、素敵な女性と幸せになって欲しいから、と胸が引き裂かれる思いで涼さんの胸をそっと押す。だが、その両手は涼さんに強く痛いほどに握り締められた。
「涼さん……?」
「また、余計な事考えてるんでしょ? 健一さん、忘れてませんか?」
涼さんへと顔を向けると、いつもの穏やかな双眸とは違い、ぎらついた強い眼差しで俺を見ている。
「前にも言いましたよね。オレから離れるつもりなら、首輪と鎖をつけて監禁してでも傍に置くって」
涼さんは口癖のように、そんな事を言っていた。あれは確か、初めて結ばれた日の朝だったか。俺も涼さんが離れていくのが嫌で、彼に依存していた気がする。あまりにもスケールが凄すぎて困惑していたのも事実だけど。
「あの話、嘘や冗談で言ったわけではありませんからね。ここまできたのでぶっちゃけると、健一さんにはオレ以外の人間と関わってもらいたくないんです。この間出かけた時だって、前の会社の人と会ったじゃないですか」
「うん……」
そう、腐女子を公言している事務の女の子。元同期同僚と最近付き合いだしたと言っていた。
「あの時ですら、健一さんは相手に特別な感情を抱いてないって分かっていたのに、何度もイライラしたし、近づくなって怒鳴りたくなったほどですから」
おおう。予想よりも独占欲が半端なかった。
「他にもあげたらキリがないので終わらせますけど、健一さんにはオレの傍でオレの作ったご飯を食べて、オレにお世話されながらニコニコしてもらいたいだけなんです」
うん、それ完全に居心地いい監禁だな。
予想の斜め上にヤンデル涼さんを半眼で見ながら、なんて人を好きになったのか、なんて人に好かれたのか、と頭を抱えたくなっていた。
「なので、健一さんが過去の傷に怯えてることも、ノーマルだったオレが他に目を向けるんじゃないかって心配しなくてもいいんですよ。健一さんは、オレがこれまでの人生の中で唯一、ずっと傍に居て欲しいと思った人なんですから」
「え?」
もともと何でもできる涼さんは、次期K出版社の社長として期待されていたらしい。故に多くの人が涼さんに寄ってきた。涼さんいわく「死肉に群がる蛆虫か蠅のようでした」と、こともなげに言い放った。
自身も過信していた部分があって、結構早いうちから異性関係……しかも取っ替え引っ替えを繰り返していたそうで。
それもただ肉欲を満たすだけの行為で、感情なんて一切動かされなかったそうだ。……結構酷い。
大学に入ってから、涼さんが株で儲けるようになってからは、更に周囲が加速したらしい。まあ、大手企業の御曹司、見た目よく、自身で金を生み出しているとなれば、是が非でも娘の嫁にしたい親や、贅沢をしたい女性たちから標的になっても仕方があるまい。
そんな無味無臭な人生の中、俺に出会って一変したとのこと。
俺自身は覚えてないけど、ただ酔っ払いの介抱しただけなのに、ここまでの執着をするようになったのか謎すぎる。
涼さんに問えば「これはオレの思い出なので内緒です」と語尾にハートマークつけてウインクで返された。さまになってるだけに解せぬ。
「それから、健一さんが懸念しているうちの両親についてですが、その点も心配不要です」
「え、どうして……」
普通、涼さんや文さんくらいの子供を持つ親って、同性愛とかに偏見あるってイメージなんだが……
「それ以前に、不思議に思いませんでした? どうして博貴が文と結婚してまで社長をやってるかを」
「言われてみれば……」
普通は、涼さんの父親が経営していてもおかしくない。でも、現実は博貴さんがその椅子に座っていて、文さんが秘書で……一体どういうことだ?
「うちの両親、もともと政略結婚で、文とオレを出産した後に離婚をしているんです。で、オレの父親は現在アメリカにいるんですが、数年前に再婚しましてね……当時秘書をしていた男性と」
「へ?」
「つまりは、オレたちの義母っていうのが、男なんです。とても控えめな良い人ですよ」
「え? へ?」
なんてことだ。こんな身近にとんでもない爆弾が隠されていた。
「だから心配しなくても、母はともかく、父が反対することはありません。ちなみに祖父母も健一さんの性格だけでなく、作品の大ファンです」
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