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お花見弁当とプロポーズ④

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「さっきサラッと言いましたけど、オレ、K出版創設者の孫に当たるんです」
「ま、孫!?」
「と、言っても、血筋だけの話であって、オレ自身は出版業界に携わってないですけどね」

 なるほど。かなり仰天な事実を耳にしたけども、それならば、博貴さんが社長なのも、彼の奥さんが文さんなのも納得できるといえばできる。

「でも、博貴さんが社長さんって事は、あの人が直系なのか?」
「いいえ。直系はオレと姉さんですね。博貴は婿養子なので」
「む、婿養子!?」

 あの不遜な社長が婿養子。想像できない。したくない。

「それじゃあ、普通なら涼さんが跡を継ぐんじゃあ……世襲制っていうんだっけ」

 結構大きなおうちって直系が……とか出てきて、骨肉の争いとかになるんだよな。それがどうして涼さんが継がず、カフェを副業でやってたりするのか。というか、そもそも涼さんの本業って何なのだろう。
 本人は出版関係じゃないって話してたけども。

「ま、そうですけどね。とりあえず前後しちゃったので、整理して言いますと」

 元々、涼さんは大学で経済学をやっていたそうだ。大学の名前聞いたら、誰もが知ってる某有名大学。
 涼さん自身も、大学を卒業したらそのままK出版に入社して、いずれは社長の椅子に座るのが自分の決められた道だと思っていたらしい。
 それがどうしてこうなったのかといえば。

「それはですね、あのパーティで健一さんと出会っちゃったので」
「それだけで!?」
「あなたにとっては記憶に残ってない位の出来事かもしれませんけど、オレにとっては人生も性嗜好も一転する出来事だったんですよね」
「それって、俺が涼さんの人生を狂わせちゃったって事なのか?」

 だとしたら、責任重大だ。過去の俺、一体涼さんに何をしたんだ!

「狂ってなんかいませんよ? だって、オレはずっと健一さんとこうなりたくて、努力したんですから」

 ぎゅうっと俺を抱きしめた涼さんの声は、どこにも後悔なんてなく、ただただひたすらに甘かった。

 涼さんの話を要約するとこうだ。

 あの日、涼さんの周囲にはK出版のお歴々が取り囲んでいたそうだ。さらには、前日から体調が悪かったそうで、パーティ自体も欠席にするつもりが、博貴さんと文さんに拉致されて連れていかれたとのこと。しかも涼さんのご家族公認で。……鬼畜ですか。
 社長さんが何をやってるんですか……と、爽やかな青空を死んだ目で馳せたのは言うまでもない。

 で、悪状況な所にむやみやたらと酒を勧められて、助けてくれるはずの身内も文さんも、元凶の博貴さんもおらず、どうにも断ることもできずに杯を重ねていったそうだ。
 ぶっちゃけ、ああいうのって悪習だよな、って思う。酒くらい自分の好きなように飲ませてくれと抗議したい。実際俺も経験あるから、当時の涼さんの苦しさがよぉく分かる!

「もとより肝臓は強い方だし、通常ならあれくらいの量ごときで正体をなくすヘマなんてしないんですけどね……」
「涼さん……一体どれだけ飲んだんだ?」
「えーと、記憶している限りでは、乾杯のシャンパンに赤と白ワインをグラスで数杯。ビールに、ブランデーのロックと……あ、あとは升酒も結構飲んだ記憶が」
「それは十分に飲みすぎ」

 まあ、元々お酒には強い涼さんではあるものの、体調を崩していたせいで、だんだんと気分が悪くなってきたと。限界ギリギリまで飲まされ、逃げるように誤魔化して会場を後にしたが、トイレの場所すら朦朧とした頭では理解できなかったようだ。そしてなぜか千鳥足で向かった先は、トイレではなく中庭。
 あ、あれか。お花を摘むって、トイレに行くの隠語だったらしいから、そういった意味ではあながち間違ってないかもしれない。……いや、落ち着け俺。

 自分にツッコむのを中断し、涼さんに話の続きを促す。

「うーん、あのですね。トイレじゃなく中庭に向かったオレなんですけど、精根尽きてぶっ倒れちゃったんですよね」
「あー、まぁ、そうなるだろうな……」
「で、たまたま偶然そこにいた健一さんが抱き起してくれたんですけど……」
「けど?」
「体調悪い。密室で空気が悪い所で大量の飲酒。しかも意識朦朧するレベルの。つまり……」
「みなまで言うな。これから弁当食うんだから」
「あ、はい」

 つまりはアレだ。よく漫画とかでモザイクとキラキラエフェクトとか花が散ってるやつ。
 この話が終わったら、涼さんが作ってくれた美味しいお弁当を食べるためにも、ここはあえてスルースキルを発動する。

「つまりですね、オレ、健一さんの一張羅を汚しちゃったんですよね」
「あー、言われて思い出した。あの時着てたスーツ、汚れがひどくて結局処分しちゃったんだよな。自分でやらかしたと思ったんだけど、アレ、涼さんのだったのか」
「……その節は大変ご迷惑を……」
「いい、いい。悪いのはそのお歴々の人たちだろうが。涼さんは悪くない」

 まあ、あの時のスーツ結構高くってだな、去年やっとローンの支払いが終わったばかりだったりするんだ。涼さんに言ったら、新しいスーツ買ってお返しするとかで、フルオーダーのやっばい値段のを返してきそうだから黙っておく。

「それはそれで、後日健一さんの体が綺麗に映えるようなスーツを作りに行きましょうね。……と、それはさておき、顔も着ていたスーツも汚したオレを、健一さんはびっくりしながらも介抱してくれて、しかも医師まで呼んでくれたおかげで、急性アルコール中毒にならずに済みましたよ」
「おー、それは良かった。といっても、俺全然覚えてないんだけども」
「そういう天然さんな所も大好きですよ」
「褒められてる気がしないのは何故だ」

 で、結局、その時に俺に一目ぼれしたそうだ。
 打算も美醜も関係なく手を差し伸べてくれた俺を、同じ性であっても手に入れたいと欲望滾らせた涼さんは、博貴さんに貸しを作って俺の身元を提供してもらったそうだ。おい、俺の個人情報。
 そこで俺が「トータカ」で、元から俺の作品のファンだった涼さんは、ますます俺に傾倒していった。話を聞く限りでは、ある意味ストーカー……げふんごふん、ちょっと執着心強めで。
 涼さんは俺の居場所を特定した時には、裏から手を回して文さんと博貴さんを結び付け、博貴さんを社長の椅子に座らせたという。涼さん自身は、K出版の系列ではあるものの、まったく違う畑で金を稼ぎ、祖父に頼んで今俺たちが住んでいる土地を譲ってもらったそうだ。
 あ、遺産相続ではないのか。なるほど、納得。

「で、結局、涼さんの本業って?」
「トレーダーってやつです。投資家って言えばわかりやすいかもですね」
「へぇ……って、え?」

 なんか意外な方向から衝撃が。
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