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腐女子とバノフィーパイ⑧

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 博貴さんは驚愕な発言をしておきながらも、涼しい顔をして枳殻さんにバノフィーパイとコーヒーを頼んだあと、さっきまで周防さんと枳殻さんが座っていたソファへ優雅に腰を下ろす。

「文が言ってたけど、隣の彼は涼ちゃんの恋人なんだろう? 僕にも紹介してほしいなぁ」
「嫌です。お断りします。断固拒否します。……というか、文と一緒に海外出張に行ってたんじゃ? どうしてこんな場所でコスプレなんてしているんです。もう三十路なんですから、若い格好なんて流行りませんよ」
「ひとこと言えば十倍にして返すね、涼ちゃんは。出張は先月の話。今日のこの格好は、君が予約をしてるって知ったから、嫌がらせ……だよ」
「本当、たち悪いですよね。K出版の社長がこんな所でコスプレなんてしているんですから」

 部屋の隅でカタカタ震えてる周防さんと枳殻さん。うん、ふたりの心境が俺にも理解できる。なんなんだ、このふたり。冷風というかツンドラ気候が部屋の中渦巻いて寒い!
 ……って、今、なんと?

「りょ、涼さん?」
「どうかしましたか? 健一さん」
「い、いま、博貴さんが、K出版の社長って……」
「ええ、言いましたよ? この愚義兄が、K出版のトップとか、世も末ですよね。ですが、健一さんを見つけて本を出してくれたことに関しては、爪の先位には感謝しています」
「う? え? は?」
「ふふ。ちょっとおまぬけな健一さんも可愛いですね。食べるものも食べたことですし、邪魔も入って不快なだけなので、そろそろ帰りましょうか」
「い、っや! ちょっと、待てっ!」

 腰を浮かせた涼さんにしがみつき、必死の形相で見上げる。絶対に聞き捨てならないこと言った! 誰がどこの社長さんだって!?

「涼さん、説明ぷりーず!」
「えー。そこの胡散臭い人間の話よりも、オレの話をしたほうが健一さんにとっても、有益じゃありません?」

 確かに! 涼さんの言ってることは一理あるけども! それよりも、博貴さんが俺の本出してくれた会社の社長とか!
 これで、今途中の話がポシャったら、泣くに泣けないんだけども!

「涼さん」
「はい?」
「俺の書く話、好きだよね?」
「もちろん。健一さんという人物全てを含めて大好きですよ」
「……なんか微妙に問題をずらそうとする意図を感じるけど、ありがとう」

 褒められて悪い気はしないので、素直に礼を言っておく。

「んじゃ、俺が今新しい話を考えてるのは、涼さんも担当さんとの打ち合わせに同行してたから、俺が頑張ってるのも近くで見てるから知ってるはず」
「そうですね。だから、大量にBL買ったんですもんね。しかも元同僚さんセレクトの」
「やめて……それ、今関係ない」
「なんかコントが始まったぞ、そこのふたり」
「「いやぁ、楽しんでるの貴方だけですから……」」

 外野からの声に、俺は涼さんにしがみついたまま、キッと三人を睨む。

「おお……、いっちょまえに威嚇してる仔猫みたいだねぇ」

 と、肩をすくめて笑う博貴さん。この人、見た目若いから侮られるタイプだけに、きっとやり方はえげつない気がする。だって、涼さんの親戚だっていうし。

「えっと、白井戸社長……とお呼びすれば?」

 そろりと涼さんから抵抗が抜けたので、俺は佇まいを直して博貴さんと向かい合う。ふわふわした態度で対峙したら、俺が確実に負けると元営業の勘がいっているのだ。
 博貴さんは優雅に足を組み、ゆったりと両手を腹の前で組み合わせると「お好きに」と言って微笑む。涼さんは否定するかもしれないけど、こういう居丈高な微笑がすごく似てる気がする。

「では、白井戸社長。涼さんとは従兄弟で、文さんの旦那さんというのは、本当なんですか?」
「うん。涼ちゃんと文の父親と僕の母が兄妹でね。昔から幼馴染としての付き合いがあったんだよね。まあ、多少血は近いけど、文とは初恋からの恋愛結婚で、今は僕の秘書を務めながら主婦もしてくれてる」
「さようでございますか。それで、本題になるのですが、白井戸社長は本当にK出版の……」
「そうだね。ちゃんと分かる物があったほうがいいかもしれないね……周防」
「はい」

 部屋の隅に控えていた周防さんが、白い制服の内ポケットから名刺入れを取り出し、恭しく俺に両手で差し出してくる。
 そこには『K出版 代表取締役社長 白井戸博貴』と上質な活版印字が目にも眩しいグムンドコットン紙の上に並ぶ。指なじみの良い肌触りは、偽装で作るにはあまりにも金が掛かっている。

「あ、ちなみに。周防と枳殻は、秘書補佐をしてくれてるんだ」
「周防和希かずきと申します」
「枳殻しょうと申します」

 ふたりは丁寧な挨拶と共に、これまた上質紙の名刺を渡してくれた。活版印字は出版会社故のこだわりなのだろうか。

「そういえば、文さんはご一緒じゃないんですね」
「そうなんだよ。文は今日病院に行っててね」
「え!?」
「文、病気なんですか?」

 驚く俺の横で、涼さんが胡乱げな目で博貴さんを見ている。
 俺も文さんとは奇妙な縁で知り合い、何度か顔も合わせているんだけど、彼女の文字に病気というのが似合わない。というか、病気自体が逃げ出しそうに活発な印象しかない。
 博貴さんは、奥さんが病院に言ってるという割には、あんまり悲愴な感じがない。どちらかといえば、ちょっと嬉しそう?
 元気な文さんが病院。でも夫の博貴さんはそんなに心配そうに見えない。……ということは。

「もしかして……おめでた、ですか?」
「ご明瞭。文から君が優秀な営業マンだと聞いてたけど、彼女の欲目じゃないのは理解できたよ」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
「謙遜しないところもいいね。君の会社の上層部は実に節穴だと分かるよ。副業が禁止なのは同じ経営者として理解できるものの、十言わなくても察することのできる機転の効く有能な営業のクビを切ったんだからね」

 褒められてるのか。貶されているのか。愛社精神ではないけど、今の自分を作ってくれた元会社を悪しざまに言われて、あまり良い気分ではない。

「お言葉ですが。規則を破っていたのは自分です。上司は何度か引き止めてくれましたが、俺が自ら身を引いたんです。あまりにもお言葉が過ぎませんか?」
「……」
「あ……失礼しました」

 ヤバイ。冷静にと思っていたけど、無自覚に頭に血が昇っていたようだ。
 もし、これでプロットまで作った企画がなくなったら……うぅ、胃が痛い。

 博貴さんだけでなく、涼さんも、周防さんも枳殻さんもキョトンと俺を見ている。
 だが、弾けるような博貴さんの笑い声が止まっていた時を動かしたのだ。

「あははっ! 本当に、君の元会社は惜しい人物を手放してしまったみたいだ! 僕なら、君のように忖度のできる人間というのは、貴重な財産で離したくないというのに。本当に勿体無い!」
「はい?」

 大爆笑されながら賞賛されてる俺は、ポカンと口を開いたまま博貴さんを見ていたのだけど、次に彼の口から放たれた言葉に顎が抜けそうに驚いてしまった。

「ねえ、君。僕の秘書にならない?」
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