50 / 61
腐女子とバノフィーパイ⑦
しおりを挟む
従業員が小さく固まってる中でも、涼さんはなんていうか、いつもどおりだった。
「健一さん、フィッシュパイ食べますか?」
「うん」
「はい、あーん」
「あー……んっ、これ、鰯じゃないんだな」
「もしかして、パイの表面から鰯の頭が出てるのを、何かで見ました?」
「うん、SNSで。あれは衝撃的だった」
以前、誰かから回ってきたソレは、一瞬加工画像なのか悩んだほどだ。でも実際調べてみたら、一部の地域ではあのような形状で作ってるとあって、世界は広いなと感じたものである。
「実はフィッシュパイって、白身魚のようなタンパクな魚と、マッシュポテトとホワイトソースを合わせたものなんですよね。あれは見た目にインパクトがあって、みんなそれのみをフィッシュパイって呼ぶようになったんですけど、実は違うんですよ」
「へー」
「「そうなんですかー」」
脂の乗った鮭とオレンジの脂を吸ったマッシュポテトと、ホワイトソースとチーズという、旨味たっぷりなパイを咀嚼していると、前から驚いたような声が重なって聞こえた。言わずもがな周防さんと枳殻さんのふたりである。
あ、俺が涼さんに給餌されてるのは、もういつものことなので、自然とやってしまってた。守秘義務あるって言ってたし、そうそうこのふたりが言いふらしたりもしないだろうと、開き直ることにしたのだ。
「はい、涼さんも俺のヨークシャープティングにローストビーフを乗せたのを……あーん」
「あーん」
「俺、ヨークシャープティングって小説で読んで知識としては知ってたんだけど、ずっとパンみたいな食感だと思ってたんだ。でも、どっちかというと、もっちりとしたシュークリームのシューぽいよな」
「そうですね。ちょっと固めで脂感の強いシューですね。ただ、これにカスタードを合わせる気分にはなれませんけども。あ、でも、ラードじゃなくてバターにすればワンチャンあるかも」
「でもそれだと普通にシュー生地を揚げ焼きするようなもんじゃないのか?」
「うーん、アメリカのポップオーバーみたいなのなら、アレンジがききそうですけど」
「そうなんだよな。パンにしては軽いし、多分これだけ脂感があると女性もあんまり好きじゃないかもなぁ。涼さんの新しいレシピの参考になればって思ったんだけど……」
ふと、しょんぼりする俺の体を、涼さんの長い腕がぎゅっと巻き付き抱きしめてくる。
「あー、もう、本当健一さんが健気すぎて、今すぐ押し倒したいです」
「そ、それはアウトだから! ここ、涼さんの従兄弟さんもいるんだろ!?」
「いいんですよ。あのバカのことなんて」
「えぇ……」
蛇蝎のごとく毒を吐く涼さんというのは、なかなかに珍しい。実のお姉さんである文さんにだって、ここまで悪態つくことなんてしないから。
うーん、さっきの博貴さんに話が聞ければいいんだけど、この様子じゃ涼さんが俺を離す気もなさそうだ。
しかし「白井戸」って、文さんの嫁ぎ先の名前と一緒だったよな……もしかして、文さんの旦那さんの関係者かな。涼さんに聞いても教えてくれなさそうだけど。
俺たちはひたすら総評しながら、イギリス料理を平らげていく。
あんまり日本人の口に合わない的な話を聞くけど、俺は割と好きかもしれない。地元が味付け濃いのとか、油っぽいものが多いせいかもしれないな。
「涼さん、今度鱈を使ったフィッシュパイ食べてみたい」
「ふふ、いいですよ。その時には、このバノフィーパイも作ってみましょうね。どっちも地味に時間かかるので」
「え? このパイそんなに手間がかかってるのか?」
涼さんの前に置かれたパイは、こってり生クリームを塗られている以外には、普通のパイにしか見えない。
「これ、中に入ってるコンデンスミルクを、ひたすら焦がさないように煮詰めるんですよね。それ以外はそんなに大したことないんですけど」
「へぇ。それじゃあ、コレ結構甘い?」
「……食べてみます?」
そう言って、フォークで削った欠片を差し出してくるので、俺は疑いもせずにパクリと口に入れた……んだけど。
「っ! な、に、これ、あっっっっま!!」
なんていうか、日本で食べるケーキを凝縮させて、更に砂糖とはちみつぶっかけて、固めたような。甘味って暴力にもなるんだな、と驚愕する。
普通、バナナってねっちょり甘いって感じるんだけど、他が死ぬほど甘いせいでバナナの酸味が際立ってる。
あー、唾液が溢れてきて、舌の付け根がめっちゃ痛い。
「ね、すっごく甘いでしょ。健一さん、紅茶にお砂糖入れてないので、そのまま飲んでみてください」
「ん、これはキツイ」
涼さんが寄越してくれたカップを受け取り、適温になった紅茶を飲み込む。渋みが甘さを洗い流してくれて、ようやく一息つけることができた。
横目に隣を見れば、涼しい顔で涼さんが甘味の暴力を食べている。しかも味わってるとかおかしい。
「んー、前にイギリスで食べたものよりかは、甘味が抑えられてますね」
「これで抑えてるの!?」
「アレを平然と食べてるとか、勇者かよ」
「勇者というより魔王じゃないのか」
感想を述べる涼さんに、俺は舌が壊れると心配する俺、それから訳のわからないことを言ってる周防さんと枳殻さん。彼らは完全に仕事を放棄してるのでは。口調も素になってるし。
結局、彼らにも紅茶を分けてあげて、俺の注文したこちらも頭が痺れる位甘いスティッキートッフィープティングを食べ、口直しに涼さんとハムのマフィンを半分こで胃の中に収め、不思議な昼食が終わったのだった。
「おや、あのパイを完食とか。相変わらず涼ちゃんは人前ではええかっこしいだね」
ココンとノックが聞こえ、枳殻さんが対応に扉を開けると、そこにいたのは涼さんとは従兄弟関係の博貴さん。
「なにしに来たんです」
「なにしに……って、挨拶だよ、挨拶。可愛い義弟君にね」
「義弟!?」
え、さっきは従兄弟って言ってたよな。義弟? それってつまり。
「あぁ、もしかして彼は知らなかったのかな。僕が文の旦那だってことを」
なるほど! 謎は解けた!
「健一さん、フィッシュパイ食べますか?」
「うん」
「はい、あーん」
「あー……んっ、これ、鰯じゃないんだな」
「もしかして、パイの表面から鰯の頭が出てるのを、何かで見ました?」
「うん、SNSで。あれは衝撃的だった」
以前、誰かから回ってきたソレは、一瞬加工画像なのか悩んだほどだ。でも実際調べてみたら、一部の地域ではあのような形状で作ってるとあって、世界は広いなと感じたものである。
「実はフィッシュパイって、白身魚のようなタンパクな魚と、マッシュポテトとホワイトソースを合わせたものなんですよね。あれは見た目にインパクトがあって、みんなそれのみをフィッシュパイって呼ぶようになったんですけど、実は違うんですよ」
「へー」
「「そうなんですかー」」
脂の乗った鮭とオレンジの脂を吸ったマッシュポテトと、ホワイトソースとチーズという、旨味たっぷりなパイを咀嚼していると、前から驚いたような声が重なって聞こえた。言わずもがな周防さんと枳殻さんのふたりである。
あ、俺が涼さんに給餌されてるのは、もういつものことなので、自然とやってしまってた。守秘義務あるって言ってたし、そうそうこのふたりが言いふらしたりもしないだろうと、開き直ることにしたのだ。
「はい、涼さんも俺のヨークシャープティングにローストビーフを乗せたのを……あーん」
「あーん」
「俺、ヨークシャープティングって小説で読んで知識としては知ってたんだけど、ずっとパンみたいな食感だと思ってたんだ。でも、どっちかというと、もっちりとしたシュークリームのシューぽいよな」
「そうですね。ちょっと固めで脂感の強いシューですね。ただ、これにカスタードを合わせる気分にはなれませんけども。あ、でも、ラードじゃなくてバターにすればワンチャンあるかも」
「でもそれだと普通にシュー生地を揚げ焼きするようなもんじゃないのか?」
「うーん、アメリカのポップオーバーみたいなのなら、アレンジがききそうですけど」
「そうなんだよな。パンにしては軽いし、多分これだけ脂感があると女性もあんまり好きじゃないかもなぁ。涼さんの新しいレシピの参考になればって思ったんだけど……」
ふと、しょんぼりする俺の体を、涼さんの長い腕がぎゅっと巻き付き抱きしめてくる。
「あー、もう、本当健一さんが健気すぎて、今すぐ押し倒したいです」
「そ、それはアウトだから! ここ、涼さんの従兄弟さんもいるんだろ!?」
「いいんですよ。あのバカのことなんて」
「えぇ……」
蛇蝎のごとく毒を吐く涼さんというのは、なかなかに珍しい。実のお姉さんである文さんにだって、ここまで悪態つくことなんてしないから。
うーん、さっきの博貴さんに話が聞ければいいんだけど、この様子じゃ涼さんが俺を離す気もなさそうだ。
しかし「白井戸」って、文さんの嫁ぎ先の名前と一緒だったよな……もしかして、文さんの旦那さんの関係者かな。涼さんに聞いても教えてくれなさそうだけど。
俺たちはひたすら総評しながら、イギリス料理を平らげていく。
あんまり日本人の口に合わない的な話を聞くけど、俺は割と好きかもしれない。地元が味付け濃いのとか、油っぽいものが多いせいかもしれないな。
「涼さん、今度鱈を使ったフィッシュパイ食べてみたい」
「ふふ、いいですよ。その時には、このバノフィーパイも作ってみましょうね。どっちも地味に時間かかるので」
「え? このパイそんなに手間がかかってるのか?」
涼さんの前に置かれたパイは、こってり生クリームを塗られている以外には、普通のパイにしか見えない。
「これ、中に入ってるコンデンスミルクを、ひたすら焦がさないように煮詰めるんですよね。それ以外はそんなに大したことないんですけど」
「へぇ。それじゃあ、コレ結構甘い?」
「……食べてみます?」
そう言って、フォークで削った欠片を差し出してくるので、俺は疑いもせずにパクリと口に入れた……んだけど。
「っ! な、に、これ、あっっっっま!!」
なんていうか、日本で食べるケーキを凝縮させて、更に砂糖とはちみつぶっかけて、固めたような。甘味って暴力にもなるんだな、と驚愕する。
普通、バナナってねっちょり甘いって感じるんだけど、他が死ぬほど甘いせいでバナナの酸味が際立ってる。
あー、唾液が溢れてきて、舌の付け根がめっちゃ痛い。
「ね、すっごく甘いでしょ。健一さん、紅茶にお砂糖入れてないので、そのまま飲んでみてください」
「ん、これはキツイ」
涼さんが寄越してくれたカップを受け取り、適温になった紅茶を飲み込む。渋みが甘さを洗い流してくれて、ようやく一息つけることができた。
横目に隣を見れば、涼しい顔で涼さんが甘味の暴力を食べている。しかも味わってるとかおかしい。
「んー、前にイギリスで食べたものよりかは、甘味が抑えられてますね」
「これで抑えてるの!?」
「アレを平然と食べてるとか、勇者かよ」
「勇者というより魔王じゃないのか」
感想を述べる涼さんに、俺は舌が壊れると心配する俺、それから訳のわからないことを言ってる周防さんと枳殻さん。彼らは完全に仕事を放棄してるのでは。口調も素になってるし。
結局、彼らにも紅茶を分けてあげて、俺の注文したこちらも頭が痺れる位甘いスティッキートッフィープティングを食べ、口直しに涼さんとハムのマフィンを半分こで胃の中に収め、不思議な昼食が終わったのだった。
「おや、あのパイを完食とか。相変わらず涼ちゃんは人前ではええかっこしいだね」
ココンとノックが聞こえ、枳殻さんが対応に扉を開けると、そこにいたのは涼さんとは従兄弟関係の博貴さん。
「なにしに来たんです」
「なにしに……って、挨拶だよ、挨拶。可愛い義弟君にね」
「義弟!?」
え、さっきは従兄弟って言ってたよな。義弟? それってつまり。
「あぁ、もしかして彼は知らなかったのかな。僕が文の旦那だってことを」
なるほど! 謎は解けた!
13
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

指導係は捕食者でした
でみず
BL
新入社員の氷鷹(ひだか)は、強面で寡黙な先輩・獅堂(しどう)のもとで研修を受けることになり、毎日緊張しながら業務をこなしていた。厳しい指導に怯えながらも、彼の的確なアドバイスに助けられ、少しずつ成長を実感していく。しかしある日、退社後に突然食事に誘われ、予想もしなかった告白を受ける。動揺しながらも彼との時間を重ねるうちに、氷鷹は獅堂の不器用な優しさに触れ、次第に恐怖とは異なる感情を抱くようになる。やがて二人の関係は、秘密のキスと触れ合いを交わすものへと変化していく。冷徹な猛獣のような男に捕らえられ、臆病な草食動物のように縮こまっていた氷鷹は、やがてその腕の中で溶かされるのだった――。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる