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腐女子とバノフィーパイ③
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目と口をパカリと開いた俺の姿は、他者が見たら間抜けと呼ぶに相応しいに違いない。
「え、と。ヒサシブリ?」
カタコトで話しちゃうのは許して欲しい。だって、まさかこんな所で元会社の人間と出会うなんて、誰が想像できただろうか。しかも今日は平日。
「お久しぶりです、高任さん。ホント偶然ですね」
「う、うん。ところで、今日って平日じゃ……」
仕事は? と無言で追求すると、彼女はあっさりと「有給ですー」と悪びれもなく告げた。
「実は、今日推しが出てる舞台のDVDの発売日なんですよー。予約してたので、仕事帰りに寄っても良かったんですけどね。でも、我慢できなくて有給いただいて一日推しを堪能しようかと」
「へ、へぇ……」
ごめん。君の言ってる意味、俺には分からん。
仕事は休んじゃダメだろう、仕事は。
若干顔を引きつらせてる俺の横で、涼さんが「どちらさまですか?」とコソリと問いかけてくる。「元会社の事務の子」と説明すると、涼さんはなぜかしょっぱい顔をしていた。
彼が言いたいことが何となく分かる。自ら辞表を出したものの、疑いを持たれたっていうのが退職理由だからなぁ。……実際は疑いじゃなくて事実だったんだけど。
まあ、辞めた俺には、元会社の人間が己の欲のために有給使おうが関係ない。どっちみち有給は働く者に与えられた特権だしな。
「……ところで高任さん? 今日はどうしてこのフロアに?」
辞めたばかりでまだ会社員だった頃の名残がのこっていたのか、ぼんやりと社会人としてのあり方とかを思い馳せてた時に、彼女から訝るような質問が飛んでくる。
確かに男ふたりが女性向けのフロアにいたら、色々疑問しかないだろうな。しかもかたやヲタクカルチャーに無縁だと思われてた俺と、かたやリアル二次元なイケメンの涼さんだから。君が疑問を持つのはおかしくないぞ。
んー、これは半分本当のこと言って、彼女に協力を仰ぐか。そっち系にも詳しいって前に言ってたし。
ちらりと涼さんを見れば、彼も同じ想像に至ったのか、そっと目を伏せて頷いてくれた。
「あの……実は、就職活動の合間に小説でも書いてみようかな、とか思ってさ。で、自分がどんなジャンルが合うか分からないから、色々買って読んでみようってなって」
「あー、つまりその本を買いに。ここなら色々ジャンルが揃ってますからね。納得です」
良かった。意外とこの子が単純な子で。
「それで、ここに上がってきたはいいけど、俺も彼もBLとか全くな状態で来ちゃったもんだから、戸惑ってしまって。そこで悪いんだけど、これから言うワードで探してもらってもいいかな?」
「それは構いませんけど。どんな内容ですか?」
「K出版社以外で、エロメインじゃない爽やかな内容、胸キュンもので、できれば飯テロものがあるといいかな」
つらつらと新作の構想を連想するワードを彼女に伝えると、まるで鳩が豆鉄砲くらったかのような顔で、目をパチパチさせている。
初心者と言ってたのに、詳しく内容伝えすぎたか?
内心ハラハラしていると、彼女は大きな目を天井へと向け「うーん」としばらくうなった後、パンと手を叩き。
「それならご協力できそうです! まずはこっちですね」
ガッ、と手首を掴まれた俺は、彼女に引きずられるようにして、棚の森へと連れ込まれたのだった。
「えっと、ご予算ってありますか?」
「いや、特には。退職金も入ったばかりだし」
さらりと言った言葉だったが、彼女にはイヤミに聞こえたのだろうか。あ、と小さな声を出し、「ごめんなさい」と呟きに似た謝罪が耳に届いた。
「気にしなくてもいい。会社を辞めたのは俺の意思だ。誰のせいでもない」
「でも……」
「近々会社も副業解禁になるようなことを言ってたし、俺の場合は疑われたタイミングが悪かっただけのこと。まだ三十だし、多少冒険しても後悔しないからな」
「それで小説とか、多少どころか大冒険だと思いますよ?」
「ははっ、そうだな」
手が止まって沈痛な顔をしていた彼女も、俺が肩をすくめておどけて見せれば、クスリと笑みを漏らす。
「あのですね、高任さん」
「ん?」
見た目はおっとりした雰囲気を持つ彼女が、凄い早さで棚から本を見つけてはカゴに入れていく中、ポツっと落とした声に反応する。
「高任さんと同期の彼……分かります?」
俺と同期で身近な人間はひとりしかいない。現在は俺の取引先を継いで四苦八苦してるであろう同期同僚の彼が思い浮かぶ。
「あー、あいつか。彼がどうか?」
「実は……彼とお付き合いすることになったんです」
頭が上手く言葉を吸収できず、ぼうっとしてしまった俺は、カゴを落としそうになったものの、背後から涼さんがハグするようにカゴを受け取る。
カゴの中、結構本が入ってて凄い重量だから、こんなん足に落ちたら骨折間違いなしだ。
「大丈夫ですか、健一さん」
「あ、うん。ありがと、涼さん」
「結構な量になってきましたね。オレが持ちますよ」
涼さんは爽やかに微笑み、俺からカゴを奪い、彼女が持っていたコミックを受け取りカゴに入れる。顔は笑っているけど目が笑っていない。というか、不機嫌を隠そうともしていない。ヤンデル俺の恋人は、俺の手を取り、尚且つ自分よりも長く時間を過ごした元会社の人間が気に入らない様子だ。
「あいつとね……向こうからアプローチしてきたんだろう?」
「え? 知ってたんですか?」
「うん。何度か愚痴に付き合わされたから」
俺は涼さんの背中をそっと叩き、彼女と会話を続ける。彼女は本を選ぶのと話に夢中になっているし、俺が涼さんをなだめてるのを見てるのは、監視カメラと通りがかった他人だ。
ここで下手に刺激して夜が大変なことになる位なら、多少恥ずかしくとも涼さんに寄り添ったほうが精神的に楽だ。
彼女の懸念は自分が二次元ヲタクだという部分だったそうだ。同期同僚に関しては、嫌いでもなく好きでもなかったものの、告白されて以来意識しだしたらしい。
それで結局付き合う決意をしたのだから、彼女自身も少なからず同期同僚に好意があったに違いない。
ま、今度色々話聞いてからかおう。
時折のろけ話を聞きつつ気がついたらカゴは溢れそうになっていて、これは結構な負担になると目を白黒させながら、これから自宅に帰るという彼女に礼を言い俺たちはレジへと向かった。
あの量を考えると、五桁なのは想像できたものの、想像以上の金額にげんなりする。しかも、量が量だけに発送の手続きをしようと思ったら、店内発送はやっていないとのことで更に落胆してしまった。
結局、近くにコンビニがあったので、そちらから送ってもらうことにした。
追記すれば、こっちも結構な金額で、ふたり揃って気疲れしたのは言うまでもない。
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special thanks:アニメイト名古屋店様
突然、不躾な質問に対応いただき、ありがとうございました!!
「え、と。ヒサシブリ?」
カタコトで話しちゃうのは許して欲しい。だって、まさかこんな所で元会社の人間と出会うなんて、誰が想像できただろうか。しかも今日は平日。
「お久しぶりです、高任さん。ホント偶然ですね」
「う、うん。ところで、今日って平日じゃ……」
仕事は? と無言で追求すると、彼女はあっさりと「有給ですー」と悪びれもなく告げた。
「実は、今日推しが出てる舞台のDVDの発売日なんですよー。予約してたので、仕事帰りに寄っても良かったんですけどね。でも、我慢できなくて有給いただいて一日推しを堪能しようかと」
「へ、へぇ……」
ごめん。君の言ってる意味、俺には分からん。
仕事は休んじゃダメだろう、仕事は。
若干顔を引きつらせてる俺の横で、涼さんが「どちらさまですか?」とコソリと問いかけてくる。「元会社の事務の子」と説明すると、涼さんはなぜかしょっぱい顔をしていた。
彼が言いたいことが何となく分かる。自ら辞表を出したものの、疑いを持たれたっていうのが退職理由だからなぁ。……実際は疑いじゃなくて事実だったんだけど。
まあ、辞めた俺には、元会社の人間が己の欲のために有給使おうが関係ない。どっちみち有給は働く者に与えられた特権だしな。
「……ところで高任さん? 今日はどうしてこのフロアに?」
辞めたばかりでまだ会社員だった頃の名残がのこっていたのか、ぼんやりと社会人としてのあり方とかを思い馳せてた時に、彼女から訝るような質問が飛んでくる。
確かに男ふたりが女性向けのフロアにいたら、色々疑問しかないだろうな。しかもかたやヲタクカルチャーに無縁だと思われてた俺と、かたやリアル二次元なイケメンの涼さんだから。君が疑問を持つのはおかしくないぞ。
んー、これは半分本当のこと言って、彼女に協力を仰ぐか。そっち系にも詳しいって前に言ってたし。
ちらりと涼さんを見れば、彼も同じ想像に至ったのか、そっと目を伏せて頷いてくれた。
「あの……実は、就職活動の合間に小説でも書いてみようかな、とか思ってさ。で、自分がどんなジャンルが合うか分からないから、色々買って読んでみようってなって」
「あー、つまりその本を買いに。ここなら色々ジャンルが揃ってますからね。納得です」
良かった。意外とこの子が単純な子で。
「それで、ここに上がってきたはいいけど、俺も彼もBLとか全くな状態で来ちゃったもんだから、戸惑ってしまって。そこで悪いんだけど、これから言うワードで探してもらってもいいかな?」
「それは構いませんけど。どんな内容ですか?」
「K出版社以外で、エロメインじゃない爽やかな内容、胸キュンもので、できれば飯テロものがあるといいかな」
つらつらと新作の構想を連想するワードを彼女に伝えると、まるで鳩が豆鉄砲くらったかのような顔で、目をパチパチさせている。
初心者と言ってたのに、詳しく内容伝えすぎたか?
内心ハラハラしていると、彼女は大きな目を天井へと向け「うーん」としばらくうなった後、パンと手を叩き。
「それならご協力できそうです! まずはこっちですね」
ガッ、と手首を掴まれた俺は、彼女に引きずられるようにして、棚の森へと連れ込まれたのだった。
「えっと、ご予算ってありますか?」
「いや、特には。退職金も入ったばかりだし」
さらりと言った言葉だったが、彼女にはイヤミに聞こえたのだろうか。あ、と小さな声を出し、「ごめんなさい」と呟きに似た謝罪が耳に届いた。
「気にしなくてもいい。会社を辞めたのは俺の意思だ。誰のせいでもない」
「でも……」
「近々会社も副業解禁になるようなことを言ってたし、俺の場合は疑われたタイミングが悪かっただけのこと。まだ三十だし、多少冒険しても後悔しないからな」
「それで小説とか、多少どころか大冒険だと思いますよ?」
「ははっ、そうだな」
手が止まって沈痛な顔をしていた彼女も、俺が肩をすくめておどけて見せれば、クスリと笑みを漏らす。
「あのですね、高任さん」
「ん?」
見た目はおっとりした雰囲気を持つ彼女が、凄い早さで棚から本を見つけてはカゴに入れていく中、ポツっと落とした声に反応する。
「高任さんと同期の彼……分かります?」
俺と同期で身近な人間はひとりしかいない。現在は俺の取引先を継いで四苦八苦してるであろう同期同僚の彼が思い浮かぶ。
「あー、あいつか。彼がどうか?」
「実は……彼とお付き合いすることになったんです」
頭が上手く言葉を吸収できず、ぼうっとしてしまった俺は、カゴを落としそうになったものの、背後から涼さんがハグするようにカゴを受け取る。
カゴの中、結構本が入ってて凄い重量だから、こんなん足に落ちたら骨折間違いなしだ。
「大丈夫ですか、健一さん」
「あ、うん。ありがと、涼さん」
「結構な量になってきましたね。オレが持ちますよ」
涼さんは爽やかに微笑み、俺からカゴを奪い、彼女が持っていたコミックを受け取りカゴに入れる。顔は笑っているけど目が笑っていない。というか、不機嫌を隠そうともしていない。ヤンデル俺の恋人は、俺の手を取り、尚且つ自分よりも長く時間を過ごした元会社の人間が気に入らない様子だ。
「あいつとね……向こうからアプローチしてきたんだろう?」
「え? 知ってたんですか?」
「うん。何度か愚痴に付き合わされたから」
俺は涼さんの背中をそっと叩き、彼女と会話を続ける。彼女は本を選ぶのと話に夢中になっているし、俺が涼さんをなだめてるのを見てるのは、監視カメラと通りがかった他人だ。
ここで下手に刺激して夜が大変なことになる位なら、多少恥ずかしくとも涼さんに寄り添ったほうが精神的に楽だ。
彼女の懸念は自分が二次元ヲタクだという部分だったそうだ。同期同僚に関しては、嫌いでもなく好きでもなかったものの、告白されて以来意識しだしたらしい。
それで結局付き合う決意をしたのだから、彼女自身も少なからず同期同僚に好意があったに違いない。
ま、今度色々話聞いてからかおう。
時折のろけ話を聞きつつ気がついたらカゴは溢れそうになっていて、これは結構な負担になると目を白黒させながら、これから自宅に帰るという彼女に礼を言い俺たちはレジへと向かった。
あの量を考えると、五桁なのは想像できたものの、想像以上の金額にげんなりする。しかも、量が量だけに発送の手続きをしようと思ったら、店内発送はやっていないとのことで更に落胆してしまった。
結局、近くにコンビニがあったので、そちらから送ってもらうことにした。
追記すれば、こっちも結構な金額で、ふたり揃って気疲れしたのは言うまでもない。
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突然、不躾な質問に対応いただき、ありがとうございました!!
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