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腐女子とバノフィーパイ②

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 なんか久々に来たら、ずいぶん変わってますね。

 大型家電量販店を左手に通りを歩いていると、涼さんがポツリとそんなことを言う。

「都市開発が進んでるらしいな。これから行くアニメ専門店も気づいたら移動してたし」

 うちの地元でも年に一度世界大会規模のコスプレ大会があったり、ヲタク関連の店揃えがこっちよりも豊富とかで、それなりに充実していたが。それ以上にこっちは店の規模が地元と大違いだ。

「あ、健一さん。こっちに本屋ありますよ?」

 と、涼さんが指をさした先には、うん、確かに本屋だ。本屋だけど……

「あー、そこは違う……かな」
「でもコミックって……」
「確かに俺が求めてる本もあるけど、なるべくなら涼さんは入らないほうがいいかな」
「?」

 首を傾げる涼さんに「あとワンブロックだから」と告げ、俺は足を動かした。
 あそこは魔窟だ。確かに涼さん色々ラノベ読んでるけども、彼のヲタク度では刺激が強い。
 まあ、たまにお宝を見つける事もあるが。

 次のブロックを左折して、ふと上を見上げると、アニメ専門店の看板がここだと示す。

「居酒屋多いですね」
「そこの焼き鳥屋、前に別支店を会社の忘年会で利用したけど、結構美味しかったぞ」
「いいですね。家だとどうしても匂いがついちゃうから、あんまりできないんです焼き鳥」
「普通、家で焼き鳥する人っていないけど」
「焼き鳥片手に熱燗を健一さんとしっぽり……アルコールで肌がいつもより赤く色づいた健一さんが潤んで濡れた目で見上げて、浴衣をするって肩から落として……」
「おーい、真昼間からエロ妄想はやめてくださいー」

 涼さんは、ハッと我に返り、口を掌で覆う。自分の妄想で耳まで赤くしてるけど、たまに大丈夫かな、といらん心配をしてしまう。
 ボソボソと「あーヤバイ場所考えずに健一さんを犯しそうになったでも照れてる健一さんがマジ可愛くて尊い家に帰ったらすぐにベッドに直行しようひたすらあんあん喘がせてオレがお風呂に入れて全身スキンケアするんだ」と、ノンブレスで呟いてるのが怖い。

 というか、俺帰ったら涼さんにパクリと食われちまうの? 買ってきた本を読む時間もなし? それ以前にお風呂くらいひとりで入らせてくださいお願いします。

 腐女子の聖地で、男ふたり、顔を赤くして居た堪れない空気を出している内に、目的地のアニメ専門店へと到着していた。

 ビル一棟がヲタクコンテンツの様々な商品で埋め尽くされているその場所は、やはりこのご時世のせいか予想よりも閑散としている。
 横目でガチャをしている若い女の子たちを流し見て、入口に設置してあるアルコール除菌ジェルを手に塗りつつ、店舗に足を踏み入れる。

「ペンライトとか何に使うんですか?」
「最近、二・五次元というのが流行っていてな、舞台やコンサートで推しの色を振って使うんだと」

 会社の同期同僚のヤツが片思いしてる事務の子が、そっち系とかも嗜んでると聞いたことがある。昼食を一緒に取ってたグループのひとりなので、前に熱く語ってたなと思い出してしまった。
 彼女は二次元コンテンツが大好物で、実家住まいなのも、給料の殆どをソレにつぎ込んでるからだと、同期同僚がげんなりした顔で語っていた。
 いいじゃないか。好きなものを好きと言えて。俺からすれば羨ましい限りだ。
 ……と、脳裏に彼女のことを思い出したのが悪かったのかもしれない。

「へえ、ところで健一さんは何色が好きですか?」
「え? んー、黒か青……かな」
「なるほど」
「……って、涼さんなんで青色のペンラ持ってるの?」
「そりゃ、オレの最推しが好きな色って言うので」
「最推し!?」

 涼さんは近くにあったカゴに青色のペンライトを放り込み、うきうきと「次はどこ行きます?」とにこやかに問う。後ろで女の子の黄色い悲鳴が聞こえるな。涼さん二次元的なイケメンだから、彼女たちが騒ぎたくなるのも分からんでもない。

「次は四階に行こう」
「でも、書籍は二階からありますけど?」
「俺の目的の本は四階にあるんだ……」

 ぶっちゃけ気が重い。腐男子ってワードがあるくらいだから、それなりに男性がBL本買うのもアリっちゃアリなんだろうけど、俺はゲイなだけであって腐男子じゃないから。
 まあ、ある程度は経費で落ちるから、編集さんの所の会社からも献本もらえるし、他社の本を中心に選ぶか……

 密室を避けようと、ふたり並んで階段で四階へ。さすが平日というべきか、人もまばらで閑散としていた。これならゆっくり人目も気にせず探せるかも。

「えっと、ここ女性向けの書籍を中心に置かれてるんだ。当然、BL本も女性向けだから、ここにあるってわけ」

 女性が衆道……今で言うBLボーイズラブと呼ばれるようになったのは近年の話だという。それまでは超有名雑誌から名前を取ったものや、ゲイの人のバイブルと言われていた花の名前のとかが主流だった。ああ、もっとも有名なのが、「やまなし、おちなし、いみなし」の略したもの。あれは俺にもいまいち意味が分からない。
 ちなみに超有名雑誌のほうは俺がセクシャルティを自覚した頃にはなくなっていたけど、現在は意思を汲んだ会社が出版しているという。

 閑話休題。
 四階フロアに入った途端、俺の目は死んだ魚のようになったことだろう。
 なんでこんなに肌色多いんだ!
 ねっちょり絡み合って、お前ら軟体動物か! どうなってんの、この体位! 無駄に花散ってんの何!? 眼鏡率の高さ半端ない!

 内心で七転八倒しながら大騒ぎしていた俺の横で、「ふーん、眼鏡かぁ」と呟いてる涼さん。この人なんで、男同士の組んず解れつな絵を見てもしれっとした顔してんの?

「健一さん。オレ、眼鏡似合うと思います?」
「っ!?」

 咄嗟に手で自分の鼻と口を塞いだ。ヤバイ……鼻血と吐血する所だった。
 涼さんに眼鏡……絶対似合うに決まってるだろう! ただでさえエロいのに、眼鏡なんかしたら、歩くエロになっちゃうじゃないか!
 そこにスーツとか着て、ネクタイくいっとかされたら、俺、出血多量で死ぬかもしれない……

 モヤモヤとエロシチュを浮かべてる俺も大概だな、と思いつつ、深呼吸を繰り返して落ち着こうとしていると。

「あれ? 高任さん?」

 と、聴き慣れた声が聞こえたのだ。
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