【本編完結】年下料理男子と社畜ラノベ作家の恋ごはん

藍沢真啓/庚あき

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番外編:ちらし寿司と甘いキス③

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 無茶をしすぎて気を失った健一さんを抱き上げ、汗や体液を流し、ついでに自分の体も清める。手早くシーツを交換して、ソファに横たえた愛しい人をベッドに寝かせると、首元まで布団を掛けた。

 今日も無理をさせてしまったな、と反省する。でも、あんなに蕩けた健一さんを冷静に抱けるはずもなく、ぐったりした彼を綺麗にしたりするのも慣れたものだ。

「健一さん、そろそろ姉さんが戻ってくる頃なので、下にいますね」
「ん……うーん……」

 そっと声をかけて静かに部屋を出て行くと、階段を降りきった時に、玄関が開く音が耳に届く。

「あら? もしかして丁度いいタイミングだった?」

 姉が出かける前と違う服装をしたオレに気づいたのか、姉はニヤリと笑いながらも「これ、頼まれてたもの」とビニール袋を俺に向けてきた。

「後は錦糸卵焼いて、海老と絹さや茹でて、ご飯と具を混ぜるだけですよ」
「それ、殆どできてないじゃない。どんだけ色ボケしてるのかしら」
「では、このままお引取りいただいて結構ですよ」

 手で犬を追い払うような仕草をすれば、失礼ねっ、と柳眉を逆立てキャンキャンと吠えてくる。

「大声出さないでくれますか。健一さんが起きるじゃないですか」
「……誰のおかげで、彼と同棲生活ができるようになったのかしらね」

 ふんっ、と鼻息荒く憤慨する姉に、苦笑するしかできなかった。


 溶いた卵に水と酒と塩と片栗粉を少々。綺麗に混ぜて一度漉し器でこし、中火で一度布巾で冷ましたフライパンにお玉で注ぎ入れる。じゅわっ、と音を立てて火が通る卵液を均等に広げ、端っこが乾いてめくれてきたら、ひっくり返して数秒。
 これを数回繰り返しながら、隣で塩と酒を入れた湯に海老を投入。本当は先に塩だけ入れて絹さやを茹でればいいんだけど、どうにも青臭さが湯に溶けてる感じがして、オレは別々に茹でる。
 後は冷蔵庫にとびこを買ったのがあるから、それも飾りに使えばいいだろう。

 さて、次はご飯の方。冷めた具を入れて素早く混ぜる。煮汁は入れない方が酢飯が傷まないし、彩りも損なわない。

 これでちらし寿司の殆どが完成。

 次に、お正月で残ったお餅を冷凍庫から出す。表面がひびが入っちゃってるから、あられにでもしようかと思ったけど、せっかくお雛様だというから、これも有効活用。
 サイコロの目状に切り、水と砂糖をガラスボウルに入れて、ふんわりラップをかけてレンジでチン。様子を見ながら数回レンジを回すと、餅が砂糖水と混ざってトロリとしてくる。

 バットに片栗粉をまぶしてボウルの中身を移す。その上から片栗粉を追加。
 等分して放置してる間に、市販のあずきを一口大にしたものと、姉に買ってきてもらったイチゴを洗って水気を取っておく。もちろんヘタは処理。
 餡でイチゴを包んで、小分けにした甘い餅を広げた物の中に綺麗にくるめばイチゴ大福の完成。これは晩ご飯のデザートにする予定。

「あら、美味しそう。これも一緒に持たせてくれるわよね?」
「それなら、庭の山椒の木から木の芽を二、三枚持ってきて。それなら入れておく」

 キッチンから顔を覗かせた姉は、目ざとく大福を見つけたので、これ幸いとばかりに用事を押し付ける。
 庭で立派に葉を茂らせる山椒は、祖父の代からあるもので、取り壊しの際に今の場所──リビングに続く庭へと移植したものだ。
 今の時期なら葉を、春になれば花を、初夏には実を楽しめる。前に家の山椒の実とちりめんじゃこで作った、ちりめん山椒を混ぜた焼きおにぎりを、健一さんの夜食に出したこともある。
 基本少食な健一さんが、珍しく沢山食べてくれたのもあり、今年も作ろうと決めていたのだ。

 そんなことをつらつらと考えながら、収納棚からお重を取り出し、一の重にはちらし寿司を敷き詰め、桜でんぶと錦糸卵を敷き、茹でた海老と絹さやを飾りってとびこで色を添える。
 二の重は常備菜を何種類か。半月ほど日本を離れるって話だから、ほうれん草の胡麻和えとかぼちゃの煮物、鶏チャーシューには塩とゴマ油で和えた白髪ネギを乗せて、定番のきんぴらごぼう。
 三の重にはイチゴ大福と、義兄が何度かリクエストしてくれた黒豆の蒸しパンでも入れておこう。

「涼、これでいい?」
「うん、十分」

 最後に、姉が採ってきてくれた木の芽をザッと水洗いして、キッチンペーパーで水気を取り、それからパンと音を立てて叩く。重ねた手を開くと、ふわりといい匂いが昇ってくる。
 それをちらし寿司に飾り、オールクリア。

「わぁ、おかずも入れてくれたのね。あ、黒豆蒸しパンもある」
「あの人好きって言ってたから。昨日作ったのを寝かせてたのがあったし」
「ふうーん」

 妙に含みを持たせた笑いを見せる姉に、「何? 気持ち悪い」と眉を寄せて問う。

「涼って、うちの旦那に頭が上がらないわよねぇ。何か弱みでも握られてるのかしら?」

 オレは内心でギクリとしたものの、下手に顔に出さずに「別に」と端的に答える。
 姉はぎっしり詰まった三段のお重を「それじゃあねー」と軽快なステップで持ち帰るのを見送り、ようやく邪魔者が帰ったかと安堵の吐息を落としていた。


 準備を終え、寝室へ向かう。陽が落ち薄暗い部屋の中で、健一さんは静かに眠っていた。
 オレはベッドの端に腰を下ろして、すやすや眠る彼の頬にそっと触れる。微かに目元が赤く腫れぼったいのは、さっき沢山泣かせてしまったせいだろう。

「健一さん? ごはんできましたよ」
「う、ぅぅん」

 キュッと眉を寄せて邪魔するなと言わんばかりに、首を振って抵抗する。子供のような姿を見せる健一さんが可愛くて愛おしい。

「起きないと、ちらし寿司食べられませんよ。デザートにはイチゴ大福作ったんです。好きですよね、イチゴ」

 そろりと赤みを残す目元を指の腹で撫で、ゆっくりと唇を落とす。
 健一さんはわずかな刺激に意識が浮上したのか、ゆるりと目を開く。どこかぼんやりとした目で周囲を見て、それからオレへと視点を合わせると、安堵しきったような弛緩した笑みを浮かべる。
 いつからこんな風にオレへと信頼しきった顔を見せるようになったのだろうか。

「おは……よ、りょーさん」
「もう夜ですけどね。おはようございます、健一さん」

 寝起きで舌足らずで掠れた声を出す健一さんに、オレは揶揄を含んだ言葉で返す。
 彼の寝起きの声はアノ時の声に似ていて、下半身に刺激が強い。
 もうヘロヘロな彼に無体を強いるのは酷なので、オレは煩悩を振り払い、健一さんを横抱きにしてリビングへと向かう。
 今日はダイニングの椅子に座るより、床暖房を効かせて座らせた方が楽だろう。

 ローテーブルにちらし寿司──姉に渡したものより、マグロの漬けやサーモンを散らした見た目もボリュームのある物と、少量ずつ小皿に乗せた常備菜と根菜のミルク味噌スープを置く。

「わぁ、豪華ちらし寿司! あ、でも、和食にミルクスープ?」
「それ、味噌が入ってるんです。生姜も効かせてますので、体があったまりますよ」

 ふたりで並んで座って会話を挟みながらの楽しい夕食を終え、デザートにイチゴ大福を。
 健一さんはオレから手作りだと聞いて、キョトンとしたあと、ふんわりと微笑んで「ありがとう、嬉しい」と肩に頭を凭せ掛ける。
 無自覚に甘えてくる恋人に、オレは可愛がるように唇を重ねる。甘くて幸せなキスは、再びオレの欲情に火を灯した。
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