【本編完結】年下料理男子と社畜ラノベ作家の恋ごはん

藍沢真啓/庚あき

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悩みはキムチ入り豚汁で吹き飛ばせるか?③

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 焼き杉の外壁はモダンに、前庭の楡の木や無造作に見せかけて、計算しつくしたハーブの緑が映える。
 個人的に新築で今の家を建てる時に、外壁は黒だと決めて大工さんにお願いしたんだけど、姉に言わせると「忍者屋敷みたい」と鼻で笑われた。オレの家なんだから放っておいてくれ。

 しかしそんな外観だけども、中は無垢材をふんだんに使用した、心が落ち着くような内装にしてある。それはいつか迎えるだろう健一さんが心穏やかに過ごせるよう、いつまでも居たいと思えるような、そんな場所にしたかったからだ。

 まあ、実際は当の健一さんが住むようになったのは、二年経った約一週間前からなんだけども。

「涼君、ごちそうさま。お会計お願いしますね」
「あ、ご利用ありがとうございました」

 カウンターを挟んで向かいから聞こえた声に、俺はぼんやりしていた意識をそちらに向ける。総白髪の髪を綺麗にまとめ、若草色のカシミアセーターと紺色のロングフレアースカートが似合う老婦人は、祖父母がこの土地に住んでた頃からの友人との事だ。確か、某大手通販会社の会長夫人だったか。
 二年前から開店している『KIDO』の当初からの常連客でもあった。

「本当、この店で過ごせるのが唯一の救いだわ」
「今はどこもかしこも、不要不急の遠出は忌避されてますからね」
「そうよね。でも、病気は怖いもの。だから、ここが閉店しなくて、本当に良かったわ」

 クスクス笑いながらハンドバッグから財布を出し会計する婦人に、ありがたい事です、と笑みで応える。
 本当は、健一さんからアプローチがあった時に、本気で店を閉める気満々だった。

「文ちゃんにもよろしくお伝えして?」
「はい、姉も会いたがってたので、近々ご連絡するように伝えておきますね」
「ふふ、楽しみにしているわ」

 老婦人が去っていくと、店内はオレ以外に誰もおらず、ガランとしている。
 まあ、そもそも大々的に店を再開したのも喧伝していないし、店自体が税金対策によるものだから、大義名分さえあればいいというか。
 第一、店を閉める気満々だったのを、健一さんに内緒にしてまで再開させたのは、健一さんに良い食材で作ったものを食べてもらおうとしたのを誤魔化すために、スーパーで買ったものをこっちで消費しようと思ったからだ。
 自分で首を絞めてる行為かもしれないけど、食材を捨てるのは気分的に嫌いなのだ。
 その分料金も安くしたし、客層も近隣の住人という見知った相手をするだけなので、気を張らなくてもいいというメリットもあった。

 オレは小さく吐息を落とし、カウンターから食器を下げようと手を伸ばした所で、タブリエのポケットに入れてあったスマートフォンが振動して着信を告げる。
 基本的にこっちの端末は着信もメールも無音無振動にしてある。ただひとりを除いて。

「健一さん?」

 両手が塞がっているため、すぐに確認したいがそれもできなくて、首を傾げるしかない。
 普段、こんな時間に連絡してこない彼がオレに連絡をしてくるなんて……一体なにがあったのだろうか。
 とりあえず食器を洗剤を薄めたぬるま湯に浸す。いつもならすぐに洗って乾燥にかけるけども、今はそれよりも健一さんの方が大事だ。

 ざっくりとタオルで水気を拭いて、ポケットに手を突っ込んで端末を取り出すと、ポップアップに「早退した。これから帰る」と短い文章が綴られていた。
 今朝は何ともなかったのに、どこか体調を悪くしたのだろうか。
 いてもたってもいられず、窓のロールカーテンを全て下ろし、店側のドアに掛けてあるプレートを『Close』に返して、タブリエの紐をほどきながら自宅へと戻った。
 白シャツと黒のパンツという、店用の制服の上からロングカーデを羽織る。今日は二月にしてはかなり温かいから、これで十分だろう。

「多分、電車に乗る前に送ってきてるだろうから、今家を出れば到着前に駅に着けるよな」

 脳内で逆算しながら、財布と家の鍵と端末をカーデのポケットに突っ込み、セキュリティのスイッチを入れてから家を飛び出した。

 オレの家から駅まで徒歩十五分。早足で行けば十分も掛からない。自然と早くなる足を動かして、今日、家を出るまでの健一さんの様子を反芻していた。
 昨夜は遅くまで確定申告するための準備でバタバタしていたようだが、それでも一緒に寝た時も、朝起きてから朝食を取っていた時も、特に変わりなかったように感じた。
 お昼のお弁当も健一さんの好物でまとめたし、どれもちゃんと火を通したのをきちんと冷まして詰めたし、保冷剤もしっかり入れておいたからそれも問題ない。
 と、なると、必然的に会社で何かあったという結論に至るのだが……

「でも、繁忙期とは聞いてたけど、何か取引先とのトラブルに巻き込まれたのかな」

 それなら納得できるけど、早退する理由にしては違和感がある。
 健一さんは仕事を真面目に取り組む人だ。ちょっとオーバーワーク気味な所すらある。その彼が仕事を理由もなく切り上げるとは、到底考えられないのだ。

 何度も色々考えを巡らせるものの、想像の域を出ないので、ただただ首を傾げるばかりだ。

 ひたすら足を動かし、健一さんとよく行くコンビニを通り過ぎると、最寄りの駅が見えてくる。スマートフォンに目を落とすと、そろそろ健一さんが乗ってるであろう電車が到着する時間。世界中を蔓延している病気のせいで人の殆どいない歩道を、気がついたら駆けていた。

 がらんとした改札口にたどり着くと、走って乱れた息を整えている内に、遠くから電車が入ってくる旨のアナウンスが聞こえてくる。
 オレは柱のひとつにもたれ、健一さんがいつ出てきてもいいように、改札口を注視していると、まばらな降車客から愛しい人の姿を見つける。

「け……」

 呼びかけようと思って開いた口は、健一さんの姿を目にした途端、淡く閉じていた。
 落ちた肩、俯きぼんやりとした目、口は一文字に結び、見るからに顔色も悪い。あれは泣きたいのを必死で耐えているのだと察する。
 すぐにでも駆け寄って抱きしめたい気持ちになった。だが、オレの足は動かなかった。健一さんの周りを取り巻く空気が鬼気迫るものを感じたのもあったから。

 俯きがちの健一さんが改札を出て、それからふと顔を上げると、オレに気づいたのかハッと目が覚めたような顔になる。年上なのに少しあどけなさのある可愛い姿。

「りょう……さん」

 たどたどしく薄く開いた唇がオレの名を呼ぶ。

「お帰りなさい、健一さん」

 オレは笑みを作って健一さんに歩み寄る。そしてそっと彼の背中に手を添えて「お疲れ様」と囁いた。

「涼さん……」
「早退だっていうから、体調が悪くなったのかと思って、心配して来て正解でした。すごく顔色悪いですよ?」

 顔を覗き込むと、健一さんはくしゃりと今にも泣きそうな白い顔を歪める。それでも唇を引き結んで耐えているのは、自分が年上というプライドなのか、この場が公共の場だという意識の強さからだろうか。
 もし、ここがオレの家ならば、すぐに着ているスーツを剥いでグズグズになるまで蕩かせてあげたい。
 嫌なことも悲しい事も全て思考すらできないまでにナカを犯して、夢を見ない程疲れさせてあげたい。
 そしてオレが作ったご飯を食べさせて、また泥のように眠るまで健一さんを犯して……二度と悲しい思いをさせないように監禁してしまいたい。
 ドロドロした感情を押し殺し、強ばった顔でオレを見る健一さんの頬に手を当てて、静かに微笑む。
 健一さんになにがあったかまだ分からない。
 それでも、どんな事があったとしても、彼を守りたい気持ちだけは本物だ。

 愛してる。
 健一さんは覚えてないと思うけど、オレは二年前から、この優しくて殻に閉じこもった恋人ひとりだけを愛している。

「りょおさ……」

 オレの強い思いが伝わったのだろうか。
 健一さんはボロボロと、でも静かに滂沱する。
 大粒の涙がコロコロと頬を伝い、オレの手だけでなく、彼の着ていたコートまでも濡らしていく。
 ああ……。綺麗だな。飴玉みたいな涙を唇で吸ったら、きっと甘いだろうな。
 でも、オレ以外の要因で泣くのは気分が良くない。やっぱりオレの腕の中で嬉しそうにしながら泣いてる姿を見るほうがいい。

「おうちに帰りましょう? 温かい飲み物を淹れますね」

 カーデの袖口でそっと涙を吸い取ると、健一さんは嗚咽を堪えながらもコクリと頷く。

 沢山話を聞いて、それから一緒にご飯を食べよう。
 夜は冷えるから、体の芯からポカポカ温まるような、そんな晩ご飯を作ろう。
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