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バレンタイン・キス①
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小さい頃のバレンタインは母親からだったり、学校の女子からだったり、貰う側の立場だった。
自分がゲイだと自覚してからは、そういった物が苦痛になって、気が付けば全てを断るようになったんだっけ。
そして、緑川と付き合ってた頃も関係が微妙な時期で、結局そういった甘いイベントはやらずに終わったんだよな。
「健一さん。朝ですよ」
「んぅ」
隣から甘さを含んだ声が耳に入ってくる。ぬるま湯のような心地良い声に、俺は温もりを求めて近くにある何かに顔を寄せる。
んー、いい匂いがする。
「ほら、健一さん起きないと。朝からベタベタくっついてくると、オレ、我慢できませんよ?」
「がま、ん?」
何を我慢するのだろう。こんなに気持ち良くて、こんなにいい匂いがするんだ。我慢できなくても仕方ないよな。
「しなく、ても、いぃ」
夢うつつに呟けば、うっと息を飲む気配を感じた。
どうしてためらうのだろう。だって──
「りょ……さん、だし」
スベスベとした感触に頬を寄せて、俺はうっとりと、先日思いが通じ合った涼さんの匂いと体温に甘える。
「健一、さん」
ギュウっと抱きしめられ、それから顔の至るところにチュッ、チュッとキスの雨が降ってくる。擽ったくて、でもこんなに甘い時間が自分に訪れた幸せに、俺はそっと腕を伸ばして涼さんの背中に触れた。
広くて、しっかり筋肉のついた男の背中。
ちゃんと仕事をしている人の背中。
あたたかくて、おいしいご飯を作る人の背中。
俺、こんなちゃんとした人に「好き」って言われたんだなぁ。
もう死んでもいいくらい。
「ダメ、ですよ。健一さんはオレと一緒に死ぬんですから」
ふふ、それは凄く嬉しいな。俺も涼さんとずっと一緒にいたいから。
「本当に? ホントですか?」
うん。こんなに人を好きになったの初めてだ。だから、涼さんが死ぬまで一緒って言ってくれたの、まるで夢みたい。
「夢、じゃないですよ。だから、早く起きて、オレと指輪を買いに行きましょう?」
「……え?」
パチリと耳慣れない言葉に夢心地だった意識が現実に切り替わる。え? 指輪?
「それで帰ってきたら、おいしいご飯作るので、食べてから今度はオレが健一さんをたっぷり堪能しますね」
すぐ近くに涼さんの綺麗な顔が笑みを象って俺を見ている。キラキラと眩しいほどの目に、獰猛な欲を孕んだ色が見え隠れしているのに気づく。
ま、まさか……
「まあ、その前に朝食にしましょう? まだ薬飲まないといけないんですよね」
「う、うん。もう大丈夫なんだけど、一応」
「処方されたものは自己判断でやめちゃダメですからね。ちゃんとお薬用の白湯も用意してますよ」
完璧な笑顔をたたえたまま、涼さんはスルリとベッドから降りてしまう。広い背中が見え、思わず手を伸ばしてしまうものの、それはただ空気を掴んだだけだった。
俺は小さく息をこぼし追いかけるようにベッドから出る。すでにキッチンで準備をしている涼さんを一瞥して、いつもの座椅子に腰を下ろした。
あれから数日。
俺と涼さんは恋人になった。
夢かと何度も自分の頬を抓る俺に、現実だと涼さんが赤くなったその場所にキスを繰り返す。
夜も、前はベッドの端と端で寝ていたのが、思い通じてからは、毎夜涼さんの腕の中で幸せな時を過ごす。
ご飯も以前にも増して栄養面も味も俺好みのおいしいものばかり。
涼さんのお店は、前に俺に言ってたように、本当に閉めるつもりだったそうだ。
しかし、あのあたりに住むセレブの奥様方からの熱い要望により、俺が出勤している間だけ時間短縮でやることになったとのこと。
それについては涼さんにすごく謝られた。
気持ち的にはお店を畳んで俺の世話だけをしたいと本音を漏らしながらも、近所のご婦人だけでなくその旦那さん達にもお世話になっているため、強く出られないのが心情のようだ。
そんなに希われてるのなら、続けたらいいと提案したのは俺だ。
あんなに美味しいご飯を俺だけが独り占めするのは、常々もったいないと思ってたから。
涼さん自身はしっぶい顔をしながらも、俺が承諾したのだからと、平日のみオープンする事を決めたのだった。
そして今日はバレンタインデー。
何事もなければ、俺が恋人と過ごす初めてのイベントで、それから自らの意思で涼さんに抱かれる日……
緑川の時はあれよあれよという間に処女を喪い、そこからなし崩しという名の惰性で、ただ抱かれていた。そこに自分の意思があったかと言われたら断言できない。
当時は自分がゲイであるのを緑川に見抜かれ、秘密を共有するように彼とは付き合ってきた。先に体に快感をきざまれたのもあり、心が全然追いついていなかった。
だからこそ、緑川はそんな俺の機微に気づいて、俺から離れていったのかもしれない。
本人はあっけらかんとした性格だから、当時のあれこれについては蟠りもないだろうが、俺は彼に罪悪感を抱いている。
丁度今日は日曜日なのもある。
国からの要請でお酒を出す飲食店の一部では昼すぎから開店しているところもあるという。緑川の店『エバーグリーン』もそうで、三時位からオープンするとSNSでも呟いていた。
メールでは早い時間は暇だから遊びに来て、とも連絡が送られてきた。
「涼さん」
俺自身がまだ緑川の事を引きずっている。
せっかく俺を大好きだと言ってくれる涼さんと、本当の意味で結ばれたいから。
俺も過去の思いは全て終わりにして、涼さんと新しい人生を一緒に歩きたいから。
「はい?」
両手にワンプレートにした朝食を持って、涼さんが首を傾げながらも嬉しそうな顔をする。
元恋人の店に一緒に行きたいなんて、もしかしたら嫌われるだろうか。
それでも言わなくてはと、口を開く。
「あの……お願いがあるんだ。俺の……昔の恋人の店に同行して欲しい……んだけど」
瞬間、涼さんの笑顔が凍りついたように固まったのを見逃さなかった。
自分がゲイだと自覚してからは、そういった物が苦痛になって、気が付けば全てを断るようになったんだっけ。
そして、緑川と付き合ってた頃も関係が微妙な時期で、結局そういった甘いイベントはやらずに終わったんだよな。
「健一さん。朝ですよ」
「んぅ」
隣から甘さを含んだ声が耳に入ってくる。ぬるま湯のような心地良い声に、俺は温もりを求めて近くにある何かに顔を寄せる。
んー、いい匂いがする。
「ほら、健一さん起きないと。朝からベタベタくっついてくると、オレ、我慢できませんよ?」
「がま、ん?」
何を我慢するのだろう。こんなに気持ち良くて、こんなにいい匂いがするんだ。我慢できなくても仕方ないよな。
「しなく、ても、いぃ」
夢うつつに呟けば、うっと息を飲む気配を感じた。
どうしてためらうのだろう。だって──
「りょ……さん、だし」
スベスベとした感触に頬を寄せて、俺はうっとりと、先日思いが通じ合った涼さんの匂いと体温に甘える。
「健一、さん」
ギュウっと抱きしめられ、それから顔の至るところにチュッ、チュッとキスの雨が降ってくる。擽ったくて、でもこんなに甘い時間が自分に訪れた幸せに、俺はそっと腕を伸ばして涼さんの背中に触れた。
広くて、しっかり筋肉のついた男の背中。
ちゃんと仕事をしている人の背中。
あたたかくて、おいしいご飯を作る人の背中。
俺、こんなちゃんとした人に「好き」って言われたんだなぁ。
もう死んでもいいくらい。
「ダメ、ですよ。健一さんはオレと一緒に死ぬんですから」
ふふ、それは凄く嬉しいな。俺も涼さんとずっと一緒にいたいから。
「本当に? ホントですか?」
うん。こんなに人を好きになったの初めてだ。だから、涼さんが死ぬまで一緒って言ってくれたの、まるで夢みたい。
「夢、じゃないですよ。だから、早く起きて、オレと指輪を買いに行きましょう?」
「……え?」
パチリと耳慣れない言葉に夢心地だった意識が現実に切り替わる。え? 指輪?
「それで帰ってきたら、おいしいご飯作るので、食べてから今度はオレが健一さんをたっぷり堪能しますね」
すぐ近くに涼さんの綺麗な顔が笑みを象って俺を見ている。キラキラと眩しいほどの目に、獰猛な欲を孕んだ色が見え隠れしているのに気づく。
ま、まさか……
「まあ、その前に朝食にしましょう? まだ薬飲まないといけないんですよね」
「う、うん。もう大丈夫なんだけど、一応」
「処方されたものは自己判断でやめちゃダメですからね。ちゃんとお薬用の白湯も用意してますよ」
完璧な笑顔をたたえたまま、涼さんはスルリとベッドから降りてしまう。広い背中が見え、思わず手を伸ばしてしまうものの、それはただ空気を掴んだだけだった。
俺は小さく息をこぼし追いかけるようにベッドから出る。すでにキッチンで準備をしている涼さんを一瞥して、いつもの座椅子に腰を下ろした。
あれから数日。
俺と涼さんは恋人になった。
夢かと何度も自分の頬を抓る俺に、現実だと涼さんが赤くなったその場所にキスを繰り返す。
夜も、前はベッドの端と端で寝ていたのが、思い通じてからは、毎夜涼さんの腕の中で幸せな時を過ごす。
ご飯も以前にも増して栄養面も味も俺好みのおいしいものばかり。
涼さんのお店は、前に俺に言ってたように、本当に閉めるつもりだったそうだ。
しかし、あのあたりに住むセレブの奥様方からの熱い要望により、俺が出勤している間だけ時間短縮でやることになったとのこと。
それについては涼さんにすごく謝られた。
気持ち的にはお店を畳んで俺の世話だけをしたいと本音を漏らしながらも、近所のご婦人だけでなくその旦那さん達にもお世話になっているため、強く出られないのが心情のようだ。
そんなに希われてるのなら、続けたらいいと提案したのは俺だ。
あんなに美味しいご飯を俺だけが独り占めするのは、常々もったいないと思ってたから。
涼さん自身はしっぶい顔をしながらも、俺が承諾したのだからと、平日のみオープンする事を決めたのだった。
そして今日はバレンタインデー。
何事もなければ、俺が恋人と過ごす初めてのイベントで、それから自らの意思で涼さんに抱かれる日……
緑川の時はあれよあれよという間に処女を喪い、そこからなし崩しという名の惰性で、ただ抱かれていた。そこに自分の意思があったかと言われたら断言できない。
当時は自分がゲイであるのを緑川に見抜かれ、秘密を共有するように彼とは付き合ってきた。先に体に快感をきざまれたのもあり、心が全然追いついていなかった。
だからこそ、緑川はそんな俺の機微に気づいて、俺から離れていったのかもしれない。
本人はあっけらかんとした性格だから、当時のあれこれについては蟠りもないだろうが、俺は彼に罪悪感を抱いている。
丁度今日は日曜日なのもある。
国からの要請でお酒を出す飲食店の一部では昼すぎから開店しているところもあるという。緑川の店『エバーグリーン』もそうで、三時位からオープンするとSNSでも呟いていた。
メールでは早い時間は暇だから遊びに来て、とも連絡が送られてきた。
「涼さん」
俺自身がまだ緑川の事を引きずっている。
せっかく俺を大好きだと言ってくれる涼さんと、本当の意味で結ばれたいから。
俺も過去の思いは全て終わりにして、涼さんと新しい人生を一緒に歩きたいから。
「はい?」
両手にワンプレートにした朝食を持って、涼さんが首を傾げながらも嬉しそうな顔をする。
元恋人の店に一緒に行きたいなんて、もしかしたら嫌われるだろうか。
それでも言わなくてはと、口を開く。
「あの……お願いがあるんだ。俺の……昔の恋人の店に同行して欲しい……んだけど」
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