【本編完結】年下料理男子と社畜ラノベ作家の恋ごはん

藍沢真啓/庚あき

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勘違いポトフ⑤

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 何故か涼さんに抱き締められて、やたらと糖度の高い甘いセリフを囁かれ、大混乱中の俺です!

 なんだか、語尾にハートマークついてそうな気もする。見えないけど、涼さんの声からやたらと嬉しそうな表情が見え隠れしてるし。
 もしかして、涼さんって男もイケル人?
 でも、結構好きなラノベキャラって、おっぱいポヨンポヨンなタイプばっかりだったような。ボクっ子も女装男子も聞いたことないよなぁ……

「ねぇ……健一さん。言ってくれないの?」
「ひゃんっ!」

 や、やめて……耳でボソボソ囁くの。もう俺の耳のライフポイントはゼロになりそう……

「もしかして、耳、弱い? かーわいい」

 クスクス笑うのも禁止いぃぃぃ!
 可愛くない! 三十路手前の男捕まえて可愛いはないからぁ!

 うぅ、離れたい。それなのに、がっしり腕で囲われちゃって、非力な俺ニゲラレナイ。

「うー……ひゃっ!?」

 うー、うー、唸っていると、耳に温かく濡れた感触が襲う。

「言ってくれないと、可愛いお耳を食べちゃいますよ?」

 そう、涼さんが囁いた次の瞬間、カプリと耳全体が何か温かいものに覆われる。え? これ、まさか……涼さんの……口の中?

 カプカプ甘噛みされて、ペロペロ耳殻を舐められ、チュウチュウ耳朶を吸われ。
 それだけすら頭の中は大混乱真っ只中なのに、大きな涼さんの掌が背中を上から下へと撫でてきて、それは腰のあたりで艶かしく蠢く。
 サワサワ、カプカプ、ピチャピチャ。えっちな音の大洪水。
 俺、性欲薄いほうだけど、こんな直裁的な事されたら……

「ん……はぁ……んっ」
「耳、感じるんですね?」

 俺の耳を食んだまま喋らないで! 背中ゾワゾワするし、腰のあたりがソワソワしちゃうから!
 こ、これは言わなければエンドレスで俺、死亡。

「ぃう、いうから……ぁ、も、やめてぇ」

 プルプルしながら息も絶えだえに訴えれば、仕方ないですね、と残念そうに涼さんの口が離れていった。正直、ヒットポイントゼロになるかと思った。
 頑張った俺!

「ほら、聞かせて?」

 残念! 頑張るのはこれからでした! ……泣きたい。

「あの……あの……」
「……うん」
「俺、俺は……涼さんが……」
「オレが……?」
「……すき、です」
「オレも、健一さんが好きです」

 玉砕上等で開き直って言えば、すぐに返ってきたのは否定ではなく、嬉しそうで甘い涼さんの言葉。思わず胸に押し付けた顔を上げれば、すぐ近くに蕩けそうに微笑む美男子。

「は……い?」
「だから、オレも健一さんが好きですよ。ちゃんと恋愛的な意味で」
「へ?」
「信じられませんか?」
「だって……涼さん、ノンケじゃ……」
「ノンケ? それって、異性愛者の事言ってます?」

 コクコクと頷く俺に、涼さんは「まあ、確かにこれまでは女性としか付き合ってませんでしたね」と淡々と答えてくる。
 そうだよ。だって、白井戸さんと仲良く腕組んでたし。

「涼さんと白井戸さんって恋人ですよね」

 白井戸さんの言う「大事な人」が涼さんを指すのなら、友人に向けてのセリフじゃないもんな。つまりはそういう意味なのだろう。

「は? 誰と誰が?」
「涼さんと、白井戸さんですが」
「オレと文が? 恋人?」

 キョトンと俺の声に耳を傾けてた涼さんだったが、次第に渋面へと歪んでいき、深々と「どうしてそんな誤解を」とめり込みそうな溜息をひとつ零していた。

「あれは、オレの実の姉です。嫁に行ったので、苗字は違いますけど」

 姉? 白井戸さんが?

「だって、前にすごく仲良さそうに腕組んで……」
「あー、あれは文が荷物持ちたくないアピールで……って、もしかして、どこかでソレ見ました?」
「うん……前にスーパーで」

 コクリと頷くと、涼さんは「あちゃあ」と額に手を当てて天を仰いでいる。

「それ、オレにしばらく忙しいから、来なくてもいいって連絡してきた前ですよね。……なるほど、やっと理由が見えてきました」
「……え?」
「健一さんのここ最近の体調不良の話です。まさかオレのせいで入院までさせるなんて、本当にごめんなさい」

 天井に向いてた顔が俺へと向けられ、消沈した表情で謝ってきた。
 別に涼さんが悪い訳じゃない。俺が勝手に誤解して、勝手に病んで、周囲に迷惑をかけたんだ。自分が弱いから、人との距離が下手で甘える基準が分からなかったから。

「もっと早くオレの気持ちを伝えていれば良かった。オレ、健一さんがずっと好きです。頑張り屋だけど不器用で、人の好意に戸惑ってる野良猫のような健一さんが、大好きですよ」

 涼さんはそう言って、俺の額にそっとキスを落としてくる。
 じっくりと地面に水が染み込むように、涼さんの言葉が俺の中に浸透していく。
 言葉の意味が全身に行き渡る頃、冷めたはずの体が再び沸騰するように熱くなる。

「あ、お、俺、おれもっ、涼さんがっ、」

 ──グウウゥゥ……

「「……」」

 ここ一番大事な場面で、空気を読まない俺の腹が鳴る。俺の馬鹿ぁ!
 だって、さっきからずっといい匂いしてるから。しかもお昼なのに何も食べてないから。

「あぁ、もうお昼ですもんね。今、一緒に食べようとポトフ仕込んでるんです。そろそろできるので、食べましょうね?」
「……はい」

 クスクス笑う涼さんに顔を見せられない。本気で穴があったら入りたい心境だ。


 大きなスープ皿にゴロゴロと切られたじゃがいも、人参、玉ねぎにキャベツ。真っ赤なミニトマトと緑のブロッコリー、それからプリプリのソーセージ。
 シンプルなのに、野菜やソーセージからの旨味がコンソメと溶け合って、味に深みを与えている。

「お昼なので軽くブルスケッタにしてみました。さっぱりしてるので食べやすいですよ」

 と、涼さんが皿を差し出す。薄切りのバゲットに完熟トマトの赤とバジルの緑、フレッシュチーズの白が目にも楽しい。
 小麦の味とトマトの酸味とチーズの甘さがオリーブオイルで纏まってて、シンプルなポトフによく合う。

 しばらくお互い無言で食べるのに集中していた。
 途中、ポトフを沢山作ったから、明日はカレーにしますって涼さんが言ってたけども。

 そうか、明日も一緒に涼さんとご飯が食べられるのか。
 明日は涼さんに渡すチョコレートを買いに行くし、絶対良い一日になりそう。

「健一さん」

 ふと、最後のじゃがいものひと欠けを口に入れた時に、涼さんが俺の名を呼ぶ。

「ふぁい?」
「今年のバレンタインって日曜日ですよね」
「うん」

 モゴモゴと口を動かす俺に、涼さんは妙に色気ある笑みを浮かべて爆弾を落とした。

「その日、オレとめいっぱい愛し合いましょうね?」
「ふごっ!」
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