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打ち合わせはビーフシチューとオムライスで
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「あの……トータカ先生? こちらの方は……」
「事前に連絡せずすみません。彼は同居人の」
「木戸涼と申します。突然来てしまい、もうしわけありません。実は、先日トータカ先生が倒れまして……」
「えっ!? だ、大丈夫なんですか!?」
昼間の静かな喫茶店に、担当さんの雄叫びが響き渡る。二月の第二土曜日の正午間近。窓の外は先週の寒さが嘘のように空気がぬるみ、明るい色に色づいているように感じる。
「ご心配おかけしてすみません。自己管理ができてなかった自分のせいなので、お気にせずに」
そう、担当さんに頭を下げる。担当さん。俺の小説の。で、隣でニコニコ微笑んで、当たり前のように同席している涼さん。
彼は担当さんに「大丈夫ですが、心配なので付き添いで来ました」と有無を言わさない圧力で、担当さんを黙らせた。
なんていうか、涼さんって物腰柔らかで気づかなかったんだけど、人を従わせる高圧的な雰囲気をたまに出してる気がする。俺には決して見せる事はないものの。本当に謎な人だ。
「本当に、先生大丈夫なんです? まだ最終締め切りまで時間がありますので、今は体調を整える事に専念したほうが……」
「そうしたいのはやまやまなんですけどね。本業の方が年度末に近づいてるので忙しくて」
俺が申し訳なさげに話すと、担当さんにも心当たりがあるのか「あー、ですよねー」と、遠い目をして無我の境地になっていた。一体彼になにが……
一応、俺の働く会社は他が羨む位にホワイトで、基本定時退社が推奨される。それは、時間内に仕事を終わらせ、ゆっくり休んで翌日も頑張るようにという社長の意向によるものだ。
おかげで、営業といえどもそれが適応される。それでも、相手の会社ありきな部署だから、残業になってしまう事が多々あったりするけども。
たまに兼業でやってるラノベ作家たちから、よく営業やりつつ更新できるね~、と言われるが、忙しいのと暇の波があるからこそできる所業なんだよ。
暇な時に一気に書き溜めたり、新しい話を考えたりする。逆に繁忙期は下手すると帰宅時間が真夜中になったり、会社に泊まったりとかあるのだ。
だから、前に涼さんに言った嘘はあながち間違ってないのである。まあ、あの時は忙しい時期じゃなくて毎日定時終業だったけども。
「それはそうと、そろそろお昼ですよね。せっかくですから、食事をしながら打ち合わせしましょうか」
「あ、それなら木戸さんの分は俺が負担します」
「だったら、健一さんの分もオレが出しますよ」
「いえ、経費が出てますので、おふたりともご馳走させてください」
担当さんはそう言って、俺たちにメニューを渡す。
パラリと開くと、定番のサンドウィッチにトースト、パスタにオムライスやカレー。ホットケーキとかもある。が。
「「ん?」」
俺と涼さんの疑問の声が重なる。
ビーフシチューにキッシュ、ドリアにグラタン。喫茶店にしてはかなり珍しいメニュー。
「あ、あぁ。ここ、昼間は喫茶店なんですけど、夕方からビストロになるんです。そっちの方のメニューの一部が昼間も提供してるって聞いたことありますよ」
「へぇ」
確かに、レトロ感漂う喫茶店にしては、場所柄もあると思うけど男性客よりも女性客が多い。みな同じような容器が乗ったトレイを前にマスク越しで歓談している。
ちなみに、俺たちも全員マスクしたまま会話を続けている。
「ランチメニューが豊富だと、どれを食べようか迷いますよね」
「だったら、オレとシェアしませんか? 健一さん」
「「へ?」」
今度は俺と担当さんの声が重なった。
「い、いや、自分の分は自分で食べたらいいじゃないか」
「ダメです。健一さんのことだから、サンドウィッチかトーストで済ませる気ですよね。お医者さんからも、もっと血を増やすように言われてるでしょ」
「でも、だからといってシェアは……」
「えっと、オレはビーフシチューのランチセットで、健一さんのはオムライスのセットでお願いします」
「俺の話、聞いてっ」
俺たちのやり取りを、担当さんは微笑ましいと顔に浮かべニコニコしている。お願いっ、笑ってないで助けてください!
「いやぁ、良かったです。トータカ先生って、自己管理苦手そうだったんで心配してたんですよね。まあ、多少強引とは感じますけど、しっかりした方が傍に居ていただければ、こちらも安心できます」
これからもお願いします、と担当さんが涼さんに頭を下げている。担当さんとはみっつ(しかもこっちが年上)しか年の差がないのに、まるで出来の悪い弟を任せるようなセリフが聞こえ、テーブルに突っ伏したくなった。
涼さんも「お任せください。絶対幸せにしますので」と恋人の両親に挨拶するようなセリフを言わないで!
もう、何なんだ、このカオス!
結局、お店のひとに取り皿を用意してもらい、俺と涼さんは互いのランチを半分こずつシェアした。
何日も煮込まれたデミグラスソースはコクが奥深く、肉も舌で潰すとホロリと繊維が崩れ、抵抗なく飲み込めてしまう。オムライスもケチャップソースがご飯や具材に絡んで、水分を飛ばしてるせいかベタついた感じがしない。トロトロ卵が主流になった昨今、薄焼き卵で包まれてるというのも個人的ポイントが高い。
実は、あんまりトロトロ半熟オムレツが好きではないのだ。ブロイラー独特の臭みを感じてしまうのが苦手で、前に涼さんがふわとろオムライスを作ってくれた時、おいしいのに半分も食べれなかった事があった。
普段は完食していた俺が残したからか、涼さんがひどく心配してくれて、結果話す事になったのだが。
『それなら、薄焼き卵のオムライスに次からしますね』と、不快になることもなく、そう言ってくれたのだ。
確かに雇用契約していたから、雇用主の好みに合わせるのは契約的には間違ってない。
でも、料理人としては自分が作った物が否定されたのだ。あんまり気持ちが良くないだろう。それでも次に出してくれた薄焼き卵のオムライスには、どこにも彼の不満が混じっていない、優しくて懐かしい味だった。
「では、プロットが完成したら、一度データ送ってください」
担当さんはにこやかに言って椅子から立ち上がる。
俺も一緒に腰を上げるのだけど。
「っ、たぁ」
「健一さん?」
「いや、大丈夫。座りっぱなしで腰がこわばってるだけだから」
ズクンと腰が痛みを訴え、思わず腰に手を添えてしまう。
「デスクワークばかりだと、腰痛める事もあるので、気をつけてくださいね」
「はい……ありがとうございます」
思わず担当さんの言葉に頷いたが、デスクワークによる腰痛とは違う気がする。なんていうか、重だるいというのが正解かもしれない。
寝相でも悪いのかと、涼さんに聞いても否定されるし。
それに、最近やたらと寝つきがいい。
ベッドに横になって一分もしない内に意識が途切れる。
健康的になってる証拠だとは思うけども、どこか腑に落ちないと別の自分が囁いてるような気がして、俺は首を傾げるしかなかった。
「事前に連絡せずすみません。彼は同居人の」
「木戸涼と申します。突然来てしまい、もうしわけありません。実は、先日トータカ先生が倒れまして……」
「えっ!? だ、大丈夫なんですか!?」
昼間の静かな喫茶店に、担当さんの雄叫びが響き渡る。二月の第二土曜日の正午間近。窓の外は先週の寒さが嘘のように空気がぬるみ、明るい色に色づいているように感じる。
「ご心配おかけしてすみません。自己管理ができてなかった自分のせいなので、お気にせずに」
そう、担当さんに頭を下げる。担当さん。俺の小説の。で、隣でニコニコ微笑んで、当たり前のように同席している涼さん。
彼は担当さんに「大丈夫ですが、心配なので付き添いで来ました」と有無を言わさない圧力で、担当さんを黙らせた。
なんていうか、涼さんって物腰柔らかで気づかなかったんだけど、人を従わせる高圧的な雰囲気をたまに出してる気がする。俺には決して見せる事はないものの。本当に謎な人だ。
「本当に、先生大丈夫なんです? まだ最終締め切りまで時間がありますので、今は体調を整える事に専念したほうが……」
「そうしたいのはやまやまなんですけどね。本業の方が年度末に近づいてるので忙しくて」
俺が申し訳なさげに話すと、担当さんにも心当たりがあるのか「あー、ですよねー」と、遠い目をして無我の境地になっていた。一体彼になにが……
一応、俺の働く会社は他が羨む位にホワイトで、基本定時退社が推奨される。それは、時間内に仕事を終わらせ、ゆっくり休んで翌日も頑張るようにという社長の意向によるものだ。
おかげで、営業といえどもそれが適応される。それでも、相手の会社ありきな部署だから、残業になってしまう事が多々あったりするけども。
たまに兼業でやってるラノベ作家たちから、よく営業やりつつ更新できるね~、と言われるが、忙しいのと暇の波があるからこそできる所業なんだよ。
暇な時に一気に書き溜めたり、新しい話を考えたりする。逆に繁忙期は下手すると帰宅時間が真夜中になったり、会社に泊まったりとかあるのだ。
だから、前に涼さんに言った嘘はあながち間違ってないのである。まあ、あの時は忙しい時期じゃなくて毎日定時終業だったけども。
「それはそうと、そろそろお昼ですよね。せっかくですから、食事をしながら打ち合わせしましょうか」
「あ、それなら木戸さんの分は俺が負担します」
「だったら、健一さんの分もオレが出しますよ」
「いえ、経費が出てますので、おふたりともご馳走させてください」
担当さんはそう言って、俺たちにメニューを渡す。
パラリと開くと、定番のサンドウィッチにトースト、パスタにオムライスやカレー。ホットケーキとかもある。が。
「「ん?」」
俺と涼さんの疑問の声が重なる。
ビーフシチューにキッシュ、ドリアにグラタン。喫茶店にしてはかなり珍しいメニュー。
「あ、あぁ。ここ、昼間は喫茶店なんですけど、夕方からビストロになるんです。そっちの方のメニューの一部が昼間も提供してるって聞いたことありますよ」
「へぇ」
確かに、レトロ感漂う喫茶店にしては、場所柄もあると思うけど男性客よりも女性客が多い。みな同じような容器が乗ったトレイを前にマスク越しで歓談している。
ちなみに、俺たちも全員マスクしたまま会話を続けている。
「ランチメニューが豊富だと、どれを食べようか迷いますよね」
「だったら、オレとシェアしませんか? 健一さん」
「「へ?」」
今度は俺と担当さんの声が重なった。
「い、いや、自分の分は自分で食べたらいいじゃないか」
「ダメです。健一さんのことだから、サンドウィッチかトーストで済ませる気ですよね。お医者さんからも、もっと血を増やすように言われてるでしょ」
「でも、だからといってシェアは……」
「えっと、オレはビーフシチューのランチセットで、健一さんのはオムライスのセットでお願いします」
「俺の話、聞いてっ」
俺たちのやり取りを、担当さんは微笑ましいと顔に浮かべニコニコしている。お願いっ、笑ってないで助けてください!
「いやぁ、良かったです。トータカ先生って、自己管理苦手そうだったんで心配してたんですよね。まあ、多少強引とは感じますけど、しっかりした方が傍に居ていただければ、こちらも安心できます」
これからもお願いします、と担当さんが涼さんに頭を下げている。担当さんとはみっつ(しかもこっちが年上)しか年の差がないのに、まるで出来の悪い弟を任せるようなセリフが聞こえ、テーブルに突っ伏したくなった。
涼さんも「お任せください。絶対幸せにしますので」と恋人の両親に挨拶するようなセリフを言わないで!
もう、何なんだ、このカオス!
結局、お店のひとに取り皿を用意してもらい、俺と涼さんは互いのランチを半分こずつシェアした。
何日も煮込まれたデミグラスソースはコクが奥深く、肉も舌で潰すとホロリと繊維が崩れ、抵抗なく飲み込めてしまう。オムライスもケチャップソースがご飯や具材に絡んで、水分を飛ばしてるせいかベタついた感じがしない。トロトロ卵が主流になった昨今、薄焼き卵で包まれてるというのも個人的ポイントが高い。
実は、あんまりトロトロ半熟オムレツが好きではないのだ。ブロイラー独特の臭みを感じてしまうのが苦手で、前に涼さんがふわとろオムライスを作ってくれた時、おいしいのに半分も食べれなかった事があった。
普段は完食していた俺が残したからか、涼さんがひどく心配してくれて、結果話す事になったのだが。
『それなら、薄焼き卵のオムライスに次からしますね』と、不快になることもなく、そう言ってくれたのだ。
確かに雇用契約していたから、雇用主の好みに合わせるのは契約的には間違ってない。
でも、料理人としては自分が作った物が否定されたのだ。あんまり気持ちが良くないだろう。それでも次に出してくれた薄焼き卵のオムライスには、どこにも彼の不満が混じっていない、優しくて懐かしい味だった。
「では、プロットが完成したら、一度データ送ってください」
担当さんはにこやかに言って椅子から立ち上がる。
俺も一緒に腰を上げるのだけど。
「っ、たぁ」
「健一さん?」
「いや、大丈夫。座りっぱなしで腰がこわばってるだけだから」
ズクンと腰が痛みを訴え、思わず腰に手を添えてしまう。
「デスクワークばかりだと、腰痛める事もあるので、気をつけてくださいね」
「はい……ありがとうございます」
思わず担当さんの言葉に頷いたが、デスクワークによる腰痛とは違う気がする。なんていうか、重だるいというのが正解かもしれない。
寝相でも悪いのかと、涼さんに聞いても否定されるし。
それに、最近やたらと寝つきがいい。
ベッドに横になって一分もしない内に意識が途切れる。
健康的になってる証拠だとは思うけども、どこか腑に落ちないと別の自分が囁いてるような気がして、俺は首を傾げるしかなかった。
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