【本編完結】年下料理男子と社畜ラノベ作家の恋ごはん

藍沢真啓/庚あき

文字の大きさ
上 下
2 / 61

イケメンのだし巻き卵は優しい

しおりを挟む
 あまりにも社会人としては欠けてる行動をネット上でやらかしてから一週間後。会社員至福の週末。作家にとっては創作に没頭できる二日間。
 しかし今日はそれとは別の案件で緊張している。

「はじめまして、木戸涼きどりょうです」

 テーブル越しににこやかに微笑む爽やか青年のイケメンスマイルに、背景に積んだゴミの山が霞んでしまったのは、眩しさに目を眇めたせいだろうか。

「あ、はじめまして。トータカこと高任健一です。ホント、突然ネット上であんなことを頼んで申し訳なく……」
「いいえ。オレも好きなトータカ先生にお会いできて嬉しいので」
「ありがとうございます……」

 キラキラ輝くryoこと木戸の眩しい微笑に、思わず俯いてしまったのは言うまでもない。


 あれから。
 ネットでむちゃぶりを発揮した俺の行動はフォロワーをざわつかせただけでなく、リツイートの繰り返しとなり、最終的にまとめサイトにまで載ってしまうほどの祭りとなった。
 突発的に言ってしまった一言が全世界に広がったために矛を収める訳にもいかず、DMで木戸と個人情報のやり取りをすること数回。どうやらryoの自宅の場所が徒歩五分圏内であることが判明。彼の店もその自宅を改装してあるとのことだった。
 事実は小説より奇なり。偶然が重なりすぎて逆に俺が引いた。だが食の欲求はとどまるところを知らず、こうして場を設けた次第である。

「実際、トータカ先生が申し出てくれて助かってます。店を閉める決意はしたものの、その後が不透明でしたので」

 全身LEDか! と内心で突っ込む俺はかろうじて頭を持ち上げ、できればPNではなく名前で呼んで欲しいと告げた。リアルでPN言われるのはコミケだけで十分です!

「それでも、わざわざ木戸さんに出向いていただくなんて……」

 そう、本当は俺が木戸さんの自宅兼店を訪ねる予定だったのだ。それをこっちで会う約束となったのは、木戸の強い希望によるものだった。

「お気にせず。もし仕事として引き受けるのなら、こちらのキッチンの確認もしたかったので」
「……お目汚しで恐縮です」

 にこやかに笑みを向けられて、こんなことならもっと部屋の掃除に精を出すべきだったと後悔するばかり。いや、現実問題、そんな時間を割く余裕はなかったがな!

「早速ですが、流石にいきなり契約というのもお互い不安でしょうから、こちらを食べていただいて判断してからでいいですか?」

 部屋の主である俺が完璧に萎縮していると、ノートパソコンをよけて広くなったテーブルに、木戸さんがトートバッグの中から取り出したタッパーをコトリと置く。

「塩にぎりと卵焼きです。お口に合ったら前向きに検討いただければと」

 慣れた手つきでパカリと開かれたタッパーの中には、俵型の白いおにぎりと黄色の卵焼き。端っこにアルミのカップに入った白菜の浅漬けが控えめに佇んでいる。
 あとそれから、とまたトートバッグに手を突っ込み、緑茶と玄米茶のペットボトルを出して「どちらがお好きですか?」と木戸が尋ねてくる。思わず「緑茶」と答えたら、白いビニール包装された細長い物と一緒にボトルを差し出された。

「そちらお手ふきです。おにぎりって手づかみで食べたくなりませんか?」

 気遣いできるイケメンに「じゃあ、いただきます」とお手ふきで拭いて、白く輝く白米の塊へと手を伸ばした。

 ほろり。
 ひと口白米をかじると、口の中で米が一気に解ける。固くもなくやわらかすぎでもなく、程よい硬さの粒は、噛むと適度な歯ごたえがあり、米独特の甘味が広がる。塩加減も実に好みで、炊きたてを握ってくれたのか持つ指先がじんわりと温かい。

「……うま」

 無自覚に言葉がポロリと零れていた。口の中で解けた米粒のように。

「卵焼きもどうぞ。藍知あいちの出身とプロフにあったので、だし巻きにしてみましたけど」
「あ、だし巻き好きです」

 木戸さんがペットボトルの蓋を開けて言うのを横目に、俺はおにぎり片手に卵焼きを指でつまみ上げる。パクッとひと切れの半分ほどを口中に収め咀嚼する。ジュワッジュワッと噛む度にだしの芳醇な香りとみりんの甘味が溢れてくる。薄口醤油が入ってるのかほんのり感じる塩気が卵の甘味を増してて、おにぎりの米と混ざり合って飲み込むのが惜しい位だ。

 目を閉じれば、長年帰ってない実家のリビングが浮かび上がる。
 雑然としながらも整頓されたリビングダイニング。家族が集まると母親お手製の料理のいい匂い。
 毎日朝晩、お昼はお弁当と、母のごはんで育った俺は、当時は当たり前だと思ってた「普通の食事」というのが、離れて独り暮らしするようになって贅沢なものだと知らされた。
 質素なおにぎりと卵焼きが、俺の胸の内で小さく震えていた「望郷」をこみ上げさせ、自然と涙が零れていた。

「おい……し、です」

 嗚咽混じりに木戸さんに告げる。
 初対面でいい年した独身男が、泣きながらおにぎりと卵焼きを食ってる姿なんて、滑稽にしか映らないだろう。

「泣くほど気に入っていただけて良かったです」

 木戸さんはボロボロ泣きながら食べてる俺をからかうこともせず、そっと俺の頬を流れる涙を親指で拭いペロリと舌で舐めとる。

「……え?」
「あっ、すみません。つい」

 サラリとやられて一瞬呆気に取られてしまったが、男が男の涙掬って舐めるか、普通。

「健一さんの涙流してる顔が可愛かったので」

 そう微笑んで平然とのたまうイケメンに、俺の手から転がった卵焼きが膝の上に落ちてだしの染みを作っていた。というか、初対面で『健一さん』って……
 どうしたらいいのか困惑したまま、俺はひたすらに白米を噛み締めいていた。


 結局、おいしいおにぎりと卵焼きとイケメンに絆され、俺と木戸さんの雇用契約は締結された。
 しかも木戸さんの叔父さんが弁護士をやっているそうで、きちんとした書面で提出された契約書は、文句の付け所がないほど完璧で。

 週五日。平日のみで、夕方の五時から九時まで。時給二千円。当然材料費諸々はこちらが負担。それとは別に土日用の惣菜を作ってもらった時は別途支給という俺が提示して作成してもらった契約内容に、俺も木戸さんも反対することなく判を押した。
 正直安すぎでは、と訝しんだものの、自宅は持ち家で家賃とか不要のため、これで十分と言われてしまった。

 ……都心から多少離れてるとはいえ、都内に持ち家あるって、結構良いとこの子どもなのでは。

 格差に少しだけへこみつつも、木戸さんが俺よりよっつ下の二十五歳だと知り、世の中って世知辛いと心の中で泣いたのは内緒だ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

指導係は捕食者でした

でみず
BL
新入社員の氷鷹(ひだか)は、強面で寡黙な先輩・獅堂(しどう)のもとで研修を受けることになり、毎日緊張しながら業務をこなしていた。厳しい指導に怯えながらも、彼の的確なアドバイスに助けられ、少しずつ成長を実感していく。しかしある日、退社後に突然食事に誘われ、予想もしなかった告白を受ける。動揺しながらも彼との時間を重ねるうちに、氷鷹は獅堂の不器用な優しさに触れ、次第に恐怖とは異なる感情を抱くようになる。やがて二人の関係は、秘密のキスと触れ合いを交わすものへと変化していく。冷徹な猛獣のような男に捕らえられ、臆病な草食動物のように縮こまっていた氷鷹は、やがてその腕の中で溶かされるのだった――。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...