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運命の番
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「憂璃、俺の匂いが分かるのか!?」
「え、あ、はい」
「楓蜜の香りではなく?」
「うっすらとですけど、ニオイツバキの優しい香りですよね?」
「っ」
大股で近づいた椿に驚きながらも、なぜ今頃そんな質問を、と首を傾げる。
「おい、憂璃に話してなかったのか。お前が『フェロモン異常症』だと」
「……うるさい! さっさと行け!」
車内からぶっきらぼうな久志の言葉に、椿は荒々しい怒鳴り声で反応する。これだけの過剰な反応をするのを察するに、久志が言った内容が事実なのだろう。
だが久志の言葉に疑問しかない。なぜなら、憂璃の鼻は椿と出会った時から、ちゃんと椿の優しくて甘い香りを感じるのだから。
呆然としている憂璃に、また今度話を聞かせてくれてもいいしライン送ってもいいからね、と残して杏は久志とともに春の街へと行ってしまった。
「椿さん。本当に病気なんですか?」
「……壱岐、すぐに凛に連絡をしろ。玲司の店にすぐに来いと。憂璃、その質問に答えたいが、外では誰が聞いてるかわからない。だから少し我慢してくれるか?」
いつになく真剣な眼差しで話す椿に、憂璃はコクコクと頷いた。
ちゃんと子供である憂璃の問いに返事をしてくれようとする椿。そんな彼がそう言うのなら従うしかない。
「じゃあ、玲司さんのお店でご飯ですね。久しぶりなので楽しみです」
「ああ、そうだな。……すまない、すぐに答えれなくて」
「いいんです。だって、ちゃんと教えてくれるんですよね?」
「当然だ。憂璃には話しておきたかった」
それならいいんです、と憂璃はにっこりと笑って返す。
「カシラ、ついでに玲司さんにも貸切の連絡しておきました。あそこなら下手な店で話すよりもセキュリティがしっかりしてますし」
「ああ、ありがとう壱岐。今、頼もうと思っていた」
長年一緒にいたからか、壱岐はこうして椿が言葉にせずとも意図を汲んでくれる。自然と感謝の言葉が出るのは当然だった。
そして、そんな絆の強いふたりを、憂璃は羨望の眼差しで見ていた。いつか自分も椿に信頼に足る人間になりたい。もし、椿が自分を誰かに売るつもりがなくなったのなら、壱岐のように少しでも椿の傍にいて恩を返したいから。
(きっと、椿さんは僕を誰かに渡すことはないと思う。だって、僕が薬を打たれて朦朧としている時に、椿さんが『憂璃、愛してる』って言ってくれたのを、心が、体が覚えているから)
ちゃんと椿に自分の本心を告げようと、憂璃は椿の隣に座り意気込んだのだった。
久しぶりに訪れた『La maison』は、少し薔薇の盛りは過ぎてしまったものの、遅咲きのオールドローズが、レンガ敷のアプローチに設置された支柱に蔦が絡み、真っ白でコロンとした花を鈴なりに咲いている。ハーブもだんだんと盛りを見せ、風がそよぐ度に爽やかな香りで出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、皆さん。凛がお待ちかねですよ」
カロンと扉が開かれ姿を現したのは、『La maison』のオーナーシェフである玲司。椿は「急に悪かったな」と言って、苦笑してみせた。
「いいんですよ。店は元々趣味で出してるだけなんですから」
「お前、これだけの店を出しておいて趣味とか言うなよ。たまに雑誌の取材依頼とか来てるんだろう?」
「ええ、ですが、桔梗君がいますしね。そういったのは全部お断りしているんです」
番ができると、アルファは他のアルファに見せたくないという独占欲があるというから、そういった意味なのだろうか、と憂璃が思案していると「憂璃君もお久しぶりですね」と考えを遮るように玲司が声をかけてきた。
「今日はお店を閉めているので、お好きなメニューでお作りしますよ。どうせ椿のことだから、あまり外食にも出ていないんでしょ?」
ちらりと親友を流し目で見て、玲司が整った顔に笑みを刷いて尋ねてくる。
今回、憂璃は様子見を含めて一週間ほど入院をしたのちは、マンションからほとんど外に出ることなく、外出できたとしてもセキュリティを強化した学校か、椿か壱岐が付き添うことが条件での買い物か位しかできなかった。
特に久志が学園の教師だったことから、生徒には事件については秘匿にされたものの、再度教師の身上調査がなされたという。学園にとってはかなり大変だったと推測される。
憂璃自身には耳に入らないよう配慮をされていたおかげで、普段と変わりなく生活を送ることができたが……
憂璃は玲司の言葉に苦笑するだけで、実際は大変ではなかったので返答については笑ってごまかすことにした。
玲司に案内され店内を歩いていたが、いつも笑顔で対応してくれる桔梗の姿がない。玲司が番である桔梗を傍から離しているのを不思議に思っていると。
「あぁ、桔梗君は今日は一日おやすみさせています。昨日、随分疲れさせてしまったので」
憂璃の疑問をさらりと口にする玲司。
「おい、子供に卑猥なことを言うな」
「子供って、憂璃君高校三年生ですよね。必要じゃありませんか、性教育」
つまりはそういう意味で疲れたのか、と憂璃は顔を真っ赤にさせ、今にも頭から湯気が出そうなほどに恥ずかしさでいっぱいとなる。
「おーい、そこで下ネタ会議やってないで、早くこっちに来てくれないかな」
先に到着して待っていた凛が会話をぶった斬り、手招いて来るよう促してくれた。憂璃にとっては救いの神だと、ささっと逃げるようにして凛の元へと駆けていく。
アルファの男たちは苦笑いをし、ぞろぞろと後に続いたのだった。
玲司に内容をお任せで、四人はソファ席に腰を落ち着け、凛の言葉を待つ。
「それで、壱岐さんからは簡単に話を聞きましたけど、憂璃君が玉之浦さんのフェロモンに気づいた、って?」
「そうらしい。憂璃、俺の匂いがわかると言ったが、本当か?」
「はい、ニオイツバキの香りが微かに」
「んー、前に検査でかろうじて抽出した玉之浦さんのフェロモンと同じ……だね」
「ニオイツバキは、確かにカシラのフェロモンです。アルファと診断される前からその香りでしたから」
凛も壱岐も椿もどうしてそんなに真面目な顔で自分に問いかけるのだろう、と疑問に思う。
なぜなら、憂璃は椿と出会った当初から楓蜜の香りですらも隠しきれない仄かでありながら優しい香りをずっと嗅ぎ取っていたからだ。
椿と凛はふたり顔を見合わせ、壱岐は思案するように顎に指を添えて憂璃を見ている。
自分は何か言ってはまずいことを言ってしまったのだろうかと肩を竦めていると。
「憂璃さん、カシラから過去に頭を怪我した話を聞きましたか?」
唐突に壱岐が憂璃へと質問をし、憂璃も「はい」と返事をする。
「退院してすぐに、椿さんから今回の事件の起因となった話を聞きました。その時に頭を強く殴られて入院したとも」
「ええ、そうです。カシラは昏睡状態にはならなかったですが、頭を強打した上に違法薬物を投与されてましてね。それが原因で、カシラは体からフェロモンが出ない……つまり『後天性フェロモン異常症』と医師から診断されました」
「だから、憂璃君が玉之浦さんの感じるはずのないフェロモンを嗅ぎ取ったと知って、みんな驚いているんだよね。ねぇ、玲司兄さん、玉之浦さんのフェロモンの匂い知ってる?」
ふ、と顔を上げて椿の後ろへと声を掛ける。
「ええ、知ってますよ。椿とは事件の前から付き合いがありますから」
「じゃあ知ってるよね。どんな匂い?」
「そうですね。梅花にヒヤシンスを足したような甘く爽やかな香り……でしたね」
凛の隣に座る憂璃も、椿の後ろに立つ玲司に目を向ける。トレイに四人分のサラダを乗せて、静かに微笑んでいた。
「僕も椿が事件が原因でフェロモンがでなくなったのを知ってましたからね。後天性だというし、何かのきっかけで元に戻るとは思っていたのですが……」
そう言いながら、それぞれの前にサラダの入った小さなガラスボウルを置いていく。
「憂璃君は感じ取ったのでしょう? それでいいんじゃありませんか」
「確かにそうなんだけど。でも、逆に憂璃君以外は玉之浦さんの匂いを感じないんだよね」
凛はぶつぶつ言いながら、フォークを手に取りサラダに突き刺す。
「その何が変なんですか? 端的に憂璃君が椿の運命だから気づいたってだけの話ですよね」
「ばっ!」
いきなり椿が席を立ち、玲司さんの口を塞いだのだ。一体、自分が椿の匂いを感じたというのがここまでの大騒ぎになっているのだろう。
運命って、都市伝説的な『運命の番』を指しているのだろうか。
「玲司兄さん、デリカシーなさすぎ。桔梗さんに愛想尽かされても知らないからね」
呆れたように凛は言い、ごっそりとサラダの野菜をフォークで掬うと、大口を開けて押し込んだ。玲司と比べると同じ整った顔でも儚げ美人なオメガの凛は、結構行動は大雑把なのを、これまでの付き合いで知っていたので憂璃は気にしないものの、他の人が見たらびっくりするだろうなと内心で溜息を漏らす。
「大丈夫ですよ、凛。桔梗君は本人が思っている以上に僕を思ってくれてますから」
「それ、兄さんの妄想ではなく?」
「勿論。もし、桔梗君が僕から離れる自体が出てくる前に囲いを頑丈にするから問題ありません」
と、爽やかな笑顔で話す内容は物騒すぎて、憂璃だけでなく他の三人も引きつった顔で玲司を見ていた。
運命の番は、天文学的な割合でしか出会えないと、ロマンチックなできごとの代表としてマンガやドラマの題材に使われてたりする。
まさかこんなに身近にいただなんて、と憂璃は尊敬の眼差しを玲司に向けていると、憂璃、と低く不機嫌な声が正面から投げかけられる。言わずもがな椿が眉をギュッと寄せて渋い顔をしていた。
「お前、その前の話をちゃんと聞いてたか。玲司はこう言っただろうが『憂璃君が椿の運命だから』って」
「あ」
言われてみればそうだった、と憂璃はパチリと目を瞬かせる。
(つまりは、僕と椿さんが運命の番?)
その言葉がじわじわと体の中に染み込み、循環し終える頃にはぶわわわっ、と顔が熱く、赤くなっているだろう。
嬉しい。出会ってから好きになった人と運命の番だったなんて。
頬を両手で挟んで身悶えそうになっている憂璃を、椿はおもむろに腰を上げて憂璃へと近づくと軽々と抱き上げてしまう。
「えっ、つ、椿さん!?」
「壱岐、食事はあとから詰めて持ってきてくれ。あと、玲司と凛。すまないが俺たちはこれで失礼する」
「簡単に摘めるものを用意しておきます。他についてはメールで」
「来週くらいに予約取っておくから、ふたりで診察に来ること。いいね」
「僕も時々差し入れに行きますからね。桔梗君とのドライブがてらですけど」
おのおのから色んな言葉をかけられて混乱しながら、憂璃は椿によってマンションへと帰ることになったのだった。
「え、あ、はい」
「楓蜜の香りではなく?」
「うっすらとですけど、ニオイツバキの優しい香りですよね?」
「っ」
大股で近づいた椿に驚きながらも、なぜ今頃そんな質問を、と首を傾げる。
「おい、憂璃に話してなかったのか。お前が『フェロモン異常症』だと」
「……うるさい! さっさと行け!」
車内からぶっきらぼうな久志の言葉に、椿は荒々しい怒鳴り声で反応する。これだけの過剰な反応をするのを察するに、久志が言った内容が事実なのだろう。
だが久志の言葉に疑問しかない。なぜなら、憂璃の鼻は椿と出会った時から、ちゃんと椿の優しくて甘い香りを感じるのだから。
呆然としている憂璃に、また今度話を聞かせてくれてもいいしライン送ってもいいからね、と残して杏は久志とともに春の街へと行ってしまった。
「椿さん。本当に病気なんですか?」
「……壱岐、すぐに凛に連絡をしろ。玲司の店にすぐに来いと。憂璃、その質問に答えたいが、外では誰が聞いてるかわからない。だから少し我慢してくれるか?」
いつになく真剣な眼差しで話す椿に、憂璃はコクコクと頷いた。
ちゃんと子供である憂璃の問いに返事をしてくれようとする椿。そんな彼がそう言うのなら従うしかない。
「じゃあ、玲司さんのお店でご飯ですね。久しぶりなので楽しみです」
「ああ、そうだな。……すまない、すぐに答えれなくて」
「いいんです。だって、ちゃんと教えてくれるんですよね?」
「当然だ。憂璃には話しておきたかった」
それならいいんです、と憂璃はにっこりと笑って返す。
「カシラ、ついでに玲司さんにも貸切の連絡しておきました。あそこなら下手な店で話すよりもセキュリティがしっかりしてますし」
「ああ、ありがとう壱岐。今、頼もうと思っていた」
長年一緒にいたからか、壱岐はこうして椿が言葉にせずとも意図を汲んでくれる。自然と感謝の言葉が出るのは当然だった。
そして、そんな絆の強いふたりを、憂璃は羨望の眼差しで見ていた。いつか自分も椿に信頼に足る人間になりたい。もし、椿が自分を誰かに売るつもりがなくなったのなら、壱岐のように少しでも椿の傍にいて恩を返したいから。
(きっと、椿さんは僕を誰かに渡すことはないと思う。だって、僕が薬を打たれて朦朧としている時に、椿さんが『憂璃、愛してる』って言ってくれたのを、心が、体が覚えているから)
ちゃんと椿に自分の本心を告げようと、憂璃は椿の隣に座り意気込んだのだった。
久しぶりに訪れた『La maison』は、少し薔薇の盛りは過ぎてしまったものの、遅咲きのオールドローズが、レンガ敷のアプローチに設置された支柱に蔦が絡み、真っ白でコロンとした花を鈴なりに咲いている。ハーブもだんだんと盛りを見せ、風がそよぐ度に爽やかな香りで出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、皆さん。凛がお待ちかねですよ」
カロンと扉が開かれ姿を現したのは、『La maison』のオーナーシェフである玲司。椿は「急に悪かったな」と言って、苦笑してみせた。
「いいんですよ。店は元々趣味で出してるだけなんですから」
「お前、これだけの店を出しておいて趣味とか言うなよ。たまに雑誌の取材依頼とか来てるんだろう?」
「ええ、ですが、桔梗君がいますしね。そういったのは全部お断りしているんです」
番ができると、アルファは他のアルファに見せたくないという独占欲があるというから、そういった意味なのだろうか、と憂璃が思案していると「憂璃君もお久しぶりですね」と考えを遮るように玲司が声をかけてきた。
「今日はお店を閉めているので、お好きなメニューでお作りしますよ。どうせ椿のことだから、あまり外食にも出ていないんでしょ?」
ちらりと親友を流し目で見て、玲司が整った顔に笑みを刷いて尋ねてくる。
今回、憂璃は様子見を含めて一週間ほど入院をしたのちは、マンションからほとんど外に出ることなく、外出できたとしてもセキュリティを強化した学校か、椿か壱岐が付き添うことが条件での買い物か位しかできなかった。
特に久志が学園の教師だったことから、生徒には事件については秘匿にされたものの、再度教師の身上調査がなされたという。学園にとってはかなり大変だったと推測される。
憂璃自身には耳に入らないよう配慮をされていたおかげで、普段と変わりなく生活を送ることができたが……
憂璃は玲司の言葉に苦笑するだけで、実際は大変ではなかったので返答については笑ってごまかすことにした。
玲司に案内され店内を歩いていたが、いつも笑顔で対応してくれる桔梗の姿がない。玲司が番である桔梗を傍から離しているのを不思議に思っていると。
「あぁ、桔梗君は今日は一日おやすみさせています。昨日、随分疲れさせてしまったので」
憂璃の疑問をさらりと口にする玲司。
「おい、子供に卑猥なことを言うな」
「子供って、憂璃君高校三年生ですよね。必要じゃありませんか、性教育」
つまりはそういう意味で疲れたのか、と憂璃は顔を真っ赤にさせ、今にも頭から湯気が出そうなほどに恥ずかしさでいっぱいとなる。
「おーい、そこで下ネタ会議やってないで、早くこっちに来てくれないかな」
先に到着して待っていた凛が会話をぶった斬り、手招いて来るよう促してくれた。憂璃にとっては救いの神だと、ささっと逃げるようにして凛の元へと駆けていく。
アルファの男たちは苦笑いをし、ぞろぞろと後に続いたのだった。
玲司に内容をお任せで、四人はソファ席に腰を落ち着け、凛の言葉を待つ。
「それで、壱岐さんからは簡単に話を聞きましたけど、憂璃君が玉之浦さんのフェロモンに気づいた、って?」
「そうらしい。憂璃、俺の匂いがわかると言ったが、本当か?」
「はい、ニオイツバキの香りが微かに」
「んー、前に検査でかろうじて抽出した玉之浦さんのフェロモンと同じ……だね」
「ニオイツバキは、確かにカシラのフェロモンです。アルファと診断される前からその香りでしたから」
凛も壱岐も椿もどうしてそんなに真面目な顔で自分に問いかけるのだろう、と疑問に思う。
なぜなら、憂璃は椿と出会った当初から楓蜜の香りですらも隠しきれない仄かでありながら優しい香りをずっと嗅ぎ取っていたからだ。
椿と凛はふたり顔を見合わせ、壱岐は思案するように顎に指を添えて憂璃を見ている。
自分は何か言ってはまずいことを言ってしまったのだろうかと肩を竦めていると。
「憂璃さん、カシラから過去に頭を怪我した話を聞きましたか?」
唐突に壱岐が憂璃へと質問をし、憂璃も「はい」と返事をする。
「退院してすぐに、椿さんから今回の事件の起因となった話を聞きました。その時に頭を強く殴られて入院したとも」
「ええ、そうです。カシラは昏睡状態にはならなかったですが、頭を強打した上に違法薬物を投与されてましてね。それが原因で、カシラは体からフェロモンが出ない……つまり『後天性フェロモン異常症』と医師から診断されました」
「だから、憂璃君が玉之浦さんの感じるはずのないフェロモンを嗅ぎ取ったと知って、みんな驚いているんだよね。ねぇ、玲司兄さん、玉之浦さんのフェロモンの匂い知ってる?」
ふ、と顔を上げて椿の後ろへと声を掛ける。
「ええ、知ってますよ。椿とは事件の前から付き合いがありますから」
「じゃあ知ってるよね。どんな匂い?」
「そうですね。梅花にヒヤシンスを足したような甘く爽やかな香り……でしたね」
凛の隣に座る憂璃も、椿の後ろに立つ玲司に目を向ける。トレイに四人分のサラダを乗せて、静かに微笑んでいた。
「僕も椿が事件が原因でフェロモンがでなくなったのを知ってましたからね。後天性だというし、何かのきっかけで元に戻るとは思っていたのですが……」
そう言いながら、それぞれの前にサラダの入った小さなガラスボウルを置いていく。
「憂璃君は感じ取ったのでしょう? それでいいんじゃありませんか」
「確かにそうなんだけど。でも、逆に憂璃君以外は玉之浦さんの匂いを感じないんだよね」
凛はぶつぶつ言いながら、フォークを手に取りサラダに突き刺す。
「その何が変なんですか? 端的に憂璃君が椿の運命だから気づいたってだけの話ですよね」
「ばっ!」
いきなり椿が席を立ち、玲司さんの口を塞いだのだ。一体、自分が椿の匂いを感じたというのがここまでの大騒ぎになっているのだろう。
運命って、都市伝説的な『運命の番』を指しているのだろうか。
「玲司兄さん、デリカシーなさすぎ。桔梗さんに愛想尽かされても知らないからね」
呆れたように凛は言い、ごっそりとサラダの野菜をフォークで掬うと、大口を開けて押し込んだ。玲司と比べると同じ整った顔でも儚げ美人なオメガの凛は、結構行動は大雑把なのを、これまでの付き合いで知っていたので憂璃は気にしないものの、他の人が見たらびっくりするだろうなと内心で溜息を漏らす。
「大丈夫ですよ、凛。桔梗君は本人が思っている以上に僕を思ってくれてますから」
「それ、兄さんの妄想ではなく?」
「勿論。もし、桔梗君が僕から離れる自体が出てくる前に囲いを頑丈にするから問題ありません」
と、爽やかな笑顔で話す内容は物騒すぎて、憂璃だけでなく他の三人も引きつった顔で玲司を見ていた。
運命の番は、天文学的な割合でしか出会えないと、ロマンチックなできごとの代表としてマンガやドラマの題材に使われてたりする。
まさかこんなに身近にいただなんて、と憂璃は尊敬の眼差しを玲司に向けていると、憂璃、と低く不機嫌な声が正面から投げかけられる。言わずもがな椿が眉をギュッと寄せて渋い顔をしていた。
「お前、その前の話をちゃんと聞いてたか。玲司はこう言っただろうが『憂璃君が椿の運命だから』って」
「あ」
言われてみればそうだった、と憂璃はパチリと目を瞬かせる。
(つまりは、僕と椿さんが運命の番?)
その言葉がじわじわと体の中に染み込み、循環し終える頃にはぶわわわっ、と顔が熱く、赤くなっているだろう。
嬉しい。出会ってから好きになった人と運命の番だったなんて。
頬を両手で挟んで身悶えそうになっている憂璃を、椿はおもむろに腰を上げて憂璃へと近づくと軽々と抱き上げてしまう。
「えっ、つ、椿さん!?」
「壱岐、食事はあとから詰めて持ってきてくれ。あと、玲司と凛。すまないが俺たちはこれで失礼する」
「簡単に摘めるものを用意しておきます。他についてはメールで」
「来週くらいに予約取っておくから、ふたりで診察に来ること。いいね」
「僕も時々差し入れに行きますからね。桔梗君とのドライブがてらですけど」
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