思惑をひと匙

藍沢真啓/庚あき

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多幸の番契約*

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 ぬめった先端がぐっと蕾に押し当てられると、解けていた中心は喜びの蜜を垂らし、くちゃりと允の亀頭を受け入れる。結城が気を失っている間に時間をかけて処女の狭隘を解し、それからローションをたっぷりと纏わせた允の剛直を内部を傷つけないよう慎重に侵入させていたおかげもあり、肉洞はすっかり允の陽茎の形を憶え、収斂しながら捉えて離さない。

「あぁ……、結城のナカ、凄く気持ちいい。ぎゅって僕のを抱き締めててね、精子を搾りだそうとしてるんだよ。わかる?」
「あっ……ぃやぁ……っ」

 ず、と腰を引き、すぐにパンと互いの肌を打つ音を立てて結合する。何度も吐き出すのを我慢しているせいで、陰袋の中の玉は精がパンパンに溜まって膨れ、結城の肌に当たる度に射精感が高まる。
 気を逸らそうと、腰を打ち付けながら汗ばむ結城の白い背中へと、赤い花びらを散らしていった。
 結城を番にしたいと決めてから、彼の中に子種を植え付ける欲望はもちろんあったが、こうして所有の印を全身余すところなく着けたいと思っていた。
 オメガとして生まれ変わった結城は、番になってフェロモンが他人に触れないとしても、色香を漂わせ周囲を魅了するだろう。
 女も男もきっと結城に魅了される。その為にも誰の目にも触れてもいいように、所有の証を沢山付けておこう。誰にも結城は渡さないとひとつひとつ決意を示す赤を散らす。

 胸と頭をべったりとシーツに押し付け、か弱く喘ぐ結城のうなじが、汗で濡れた髪の隙間から垣間見え、清涼感のある匂いが噛んでしまえと允を惑わす。

 まだだめだ、と自分を戒める。二十年近く待ったのだ。この允を受け入れる柔らかく温かな褥をもっと感じていたい。
 互いのフェロモンが交じり合う中、結城の細腰を挟むように掴み、ねっとりと絡み付いてくる隘路を堪能する。ローションと花茎から滲出した蜜液がくちゅくちゅと卑猥な音色をリズミカルに鳴り、擦られる感覚に允はうっとりと腰を揺らし続けた。

 一方結城も幾重にも重なる快感に呼吸が追いつかず、短く声を漏らすだけで思考がぼんやりとする。しかし過呼吸で意識が落ちかける度に允の楔が最奥を刺激し、体は硬直して何度も達しているにも拘らず、淫茎はくたりと萎びたままで、トロトロと透明な蜜を滴らせるだけだった。

「イッって、る。み、つる、イッってる、からぁ……っ!」
「うん、もっとイッっておかしくなってよ、結城。オメガのヒートに頭も心も体も身を任せちゃってもいいよ。ちゃんと、僕が結城を捕まえておくからね」
「ふ、ぁあ、イクぅ……っ、また、イッ……あああぁぁぁ!」
「……ぅくっ」

 体は植え付けられる快感に総身をビクビクと痙攣させ、絶頂を繰り返している。それなのに射精はなく、ずっと登り詰めたまま「イクぅ」と啼き声を上げていた。

「結城。空イキ上手くなったね。もっともっと気持ちよくするから、沢山感じていいよ」
「んっ……あ、ぁ……も、つらい……ぃっ、あぁっ」

 小さな極みに襲われる度、結城の肉洞は允の楔をきゅううとしがみつき、それでまた底なしの快感に喘ぐ。甘く、幸せな地獄の責め苦だ。
 オメガというのは、発情ヒートの度にこんなにも快楽に溺れてしまうのか。
 あの時ヒートで頬を紅潮させながらも苦しげに耐えていた香月も、自分を排除しようとしていたオメガも、みんなみんな、こうしてアルファの腕の中で情欲に溺れているのだろうか。

 いいや、そうじゃない。こんなに辛苦に苛まれているけど、ずっと近づけなかった領域に允が居て、剥き出しの肌がぴったりと合わさって気持ちがいい。ベータだったらここまで傍にいる事もなければ、性的な行為にすら及ばなかっただろう。
 きっと、無意識に望んでいたのだ。だから、允がもたらした蜂蜜に反応し、こうしてオメガとして允を受け入れているのだと思う。

 腕は自立できない程震え、頭をぐったりと枕に押し付け、腰を高く上げた状態でまたも訪れた愉悦にビクビクと腰を震わせる。腰骨だけでなく背骨も溶けてしまいそうになっているのに、允の杭を逃がさないように肉輪がぎゅっと引き締まる。
 允の性器が愛おしい。体はクタクタなのに、本能が允をもっと欲している。
 繋がったままドロドロに溶け合って、結城なのか允なのかわからなくなる位に混じり合ってしまいたい。

 深く、もっと深く、遺伝子レベルで允に捕食されてしまいたい。

「みつる……か、んで。おれを……みつるの、つがいに……して」

 枕に埋めた顔をもぞりと横に向け、息も絶え絶えに訴える。
 自分がベータだったという意識は薄く残っている。それでも允によって作り替えられた体が、心が、允の番になりたいと叫んでいる。

「すき……みつる。おれをずっと、みつるのそばに、いさせて」
「絶対に、結城を離すなんて気持ちはないよ。結城は永遠に僕の番として死ぬ時も一緒なんだから」

 允は結城の耳へと唇を寄せて囁く。「ほんと?」とポロポロ涙を流しながら尋ねてくる結城の涙をちゅっ、ちゅっ、と唇で吸い「本当」と、沢山の口づけを結城の顔へと落とした。

「愛してるから、僕の番になって結城」
「うん……允。俺の番、あいしてる」

 束の間の穏やかな時間はこの言葉を合図に終わり、再び嵐のような交合が二人を溶かす。
 荒々しく呼吸を吐き、性急に腰を突き上げる允に、結城は震え身悶える。それでも体は允の楔を愛おしげに締めつけ、彼の吐精を助けるようにナカを蠢かせる。
 淫靡な結城の胎内に答え、允は腰を振りたくり、種を着実に允の胎内に植え付けるつもりか、茎瘤が奥へと突き込んだ途端、栓をするように脈動して膨らんだ。

「はぁ。結城、イキそうだから、うなじ、噛む、ね!」
「う、んっ、うん、みつる!」

 允は逸る指で汗で貼り付く髪を掻き分け、剥き出しになったうなじをベロリと舌でひと舐めし、そして牙を剥いて歯を立てる。

「あ、あっ、あ、あ、あぁ!」

 薄い皮膚をブツリと突き破り、肉の繊維がブチブチと切れる音を口の中に感じながら、深く噛み付く。甘くて結城の爽やかな血の匂いがふわりと広がり、ようやくこの瞬間を現実に迎える事ができて、多幸感から一筋の涙が頬を伝った。
 そして積年の願いの成就の仕上げとして、結城の中へと白濁を勢いよく迸らせたのだった。



「結城は、ベータからオメガにした僕を恨んだりしてないの?」

 暴風のような交わりの後、允はぐったりと身を寄せる結城に腕枕をして、そう尋ねてくる。発情したのは昼頃だった筈だが、寝室に設置してある嵌め殺しの小窓から見える空は真っ黒で、かなりの時間が過ぎてるのに気づいた。ちらりとベッドヘッドに置いてある時計は真夜中を指していた。

 恨み──か、と結城は自問自答する。

 三兎の子供として生まれた以上、ベータとして生き、ベータとして結婚をし、ベータとして子を成し、ベータとして老いていく。
 平凡だが決められたレールを歩いていくものだと思っていたのに、現実は允によってオメガに変質し、番契約まで結んでしまった。
 お腹がたぷたぷと重いのは允の精がたっぷりと注がれたのもある。アルファの射精はベータの射精に比べると長く、そして量も多い。避妊薬を飲まない限りはこのまま允の子供を孕むだろう。いや、うなじを噛まれながら中に出されたから、既に着床していてもおかしくない。
 ベータとして教育を受けた結城が、今後はオメガとして生きていく事に対しての不安はある。だが、恨んではいない。なぜなら──

「俺をオメガにする程允を追い詰めた罪悪感はあるけど、允を恨むなんて気持ちは全くない。ずっと誰にも言わなかったけど、俺、中学入学の件で周囲に諭されて允と引き離されたんだけど、あの時電話口で允が泣いてたのを聞いた時、允よりもうちの両親や秋槻の旦那様達、紘様への憎しみの方が勝っていた。だけど子供だったから大人の説得に負けてしまったのは俺だ」
「そんな事ないよ、結城。自分で自立できない子供だったんだ。大人に従わなくてはいけないのは当然だよ。結城が悪い訳じゃない」

 結城の額にキスを落とし、宥めるように微笑む允に、結城は首を振って否定する。

「違う。そうじゃないんだ」
「結城?」
「あの時は正直、允の想いが俺には重く辛かった。多分、うちの両親もそれにうっすらと気づいてたからこそ、秋槻のご当主の話に乗ったんじゃないかな。それに允が中学から離れるのを反対するのは明らかだったし。俺も事実を言うのは正直キツかった。でも、離れている間の三年間、遅いと自分を叱責したけど、まるで半身を裂かれるように辛かった。おかげで、允の傍に居たいって欲望が強くなったけど」

 そう。あの三年間がなければ、きっと執着する允に嫌気がさして早々に逃げ出していただろう。允の事だ。逃げる自分を追いかけて捕まえて、最悪監禁するに至るに違いない。

 「だからこれで良かったんだ」と、結城はふっくらと允の精液で膨らんだお腹をゆるりと摩りながら微笑む。
 決してベータでは届かないと切望していた允の腕の中という場所に包まれ、結城は至幸で目を閉じる。そして、同じ気持ちで允も結城を包み微笑んだ。

 互いが惹かれあうフェロモンが二人の巣に充満する。
 二頭の番の獣が、これから生まれるであろう新しい命を守るような美しい光景だった。
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