思惑をひと匙

藍沢真啓/庚あき

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清艷の芳香*

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 耳元でギシギシと何かが軋む音色の合間に、熱い吐息が短く吐き出される音が聞こえ、結城は泥のように沈んだ意識がふわりと浮かぶ。

「あ、目が醒めた? ずっと意識が戻らないから心配してたんだよ」
「……みつる?」

 今まで感じた事のない場所から聞こえた幼馴染の声に、結城はドクンと鼓動を震わせる。どうしてこんなにも近くに允がいるのだろう、と朦朧とした意識の中で疑問が浮かぶものの、不意に訪れた下半身の衝撃に声が霧散する。

「っ、……かはっ」

 ズン、と重い衝撃が結城の身の内で弾ける。一体自分の体に何が起こっているのだ。

「み、允……、おれ……なにが」
「結城はね、僕のフェロモンで発情ヒートを起こしたんだよ。憶えてないの?」

 允のフェロモン? と結城は允の下で首を傾げる。
 どうしてベータである自分がアルファの允のフェロモンに反応するのか不思議だったからだ。
 ベータがフェロモンに反応するのは過剰ではないにしてもオメガだけだ。アルファのフェロモンはオメガのみにだけ分かる。それは彼らの繋がりにはベータが挟む余地がないものだから。

「でも、俺ベータ……」
「いや。結城はオメガだよ。たった一人の僕だけのオメガ。君は運命の番になるべく、僕の為にオメガになったんだ」

 うっとりと陶然と微笑む允の言葉が理解できない。

「だから……ほら」
「ふ、ぁあっ!」

 允が腰を揺らめかす。すると、くちゃ、と粘度のある水音が聞こえ、結城の体内で何かが這う感触に、思わず声が溢れ出た。

「ふふ。結城の声可愛い。甘くてえっちで、もっと一杯出して僕の耳を満たしてよ」

 ちゅ、ちゅ、と額や頬に口づけを落としながら、色気のある允が囁く。

「ま、待てっ、允。状況がいまいち理解……んあっ」
「もう。どうして発情ヒート中だっていうのに、そんなに冷静にしゃべれるのかな」
「……ヒート?」

 ヒートとはオメガが定期的または運命の番と接触し、アルファを寄せる為にフェロモンを発揮する状態。またはアルファが己を誇示して、番ったオメガを自身のものであると周囲に知らしめる為のもの。そこにベータが介入する術はない。
 オメガはアルファからの精を注がれる為に、アルファはオメガを番う為に、剥き出しの性欲に染まる為の状態。それがヒートだ。

「俺は……ベータ……」
「違うよ、結城。君はもう僕だけのオメガになったんだ。だから、ずっと僕のフェロモンを感じてただろう?」
「……フェロモン」
「そう。……これ」

 允はそろりと結城の頬を撫で、笑みを深める。見慣れた光景。しかし、彼から溢れるドロリと甘く慣れた香りが、結城の脳内に流し込まれる。

「あ……、ぁ……」

 憶えている。忘れる筈がない。今朝だって允が持たせてくれたミルクティだけでなく、食事や色んな物から常に結城を守るように香っていた匂い。これが允のフェロモン?

「結城はもう気づいてるでしょ? 高校時代から毎日のように飲んでいた蜂蜜と同じ香りだって。あれはね、僕の遺伝子を抽出したものを混ぜ込んだ特製の蜂蜜なんだ」
「ど……して」
「多分、詳しく説明しても今の結城じゃ理解できないから端的にね。僕が結城をずっと欲しかったから、ベータの結城をオメガにしたんだ」

 ベータの自分をオメガに?
 彼は何を言っているのだろうか。
 しかし、この溜まり続ける熱は、あの日見た香月と同じ状態に酷似している。だとしたら、允は本当に自分をオメガに変えてしまったのだろうか。

「あのね、結城は僕の運命なんだ。だから、結城がヒートになったらうなじを噛んで、結城のココに僕の子種を注ごうって、出会った時に決めたんだよ」

 にこにこと笑って説明する姿が、出会った頃の姿と重なる。

(既にあの時から、こんなドロドロした想いを抱いていたのか……)

 まだ混乱の真っ只中にいたが、長年ベータでありながらも自分に思い寄せてくれていた事に、結城の体がキュンと疼いて、腹の奥から何かが溢れ出す。

「あ、今結城の中が締まったね。ヒートが治まるまでずっと繋がってるから、今回で孕むかもしれないなぁ」
「え?」
「もしかして気づいてない? 今、結城の中に僕のがはいってるの」
「ひ……やぁあああっ」

 允はそう言って、再び下半身を蠢かす。硬く圧迫する質量が結城の隘路をズルリと進んでくる。意識した途端、甘く痺れる快感が腰から広がり、結城は喉を反らして嬌声をあげていた。

「結城の中、凄くあったかくて気持ちいいよ。あまりにも結城の中がぎゅうぎゅう締め付けてくるから、僕、何度もイっちゃいそうで大変だったけど」
「ん……あぁっ」

 蕩けるような笑みを浮かべ、允が腰を進めてくる。狭い胎道を質量のある塊が肉壁を掻き分け奥へと突き上げる。内臓を押し上げる気持ち悪さの前に、粘膜を擦るゾロリとした快感が結城を襲う。
 気持ちがいい。感覚のない粘膜の壁を允の剛直で擦られるだけで、あられもない声が断続して出てくる程、体験した事のない悦楽が全身を駆け巡る。
 允の汗も唾液も甘く、結城は彼の濃くなったフェロモンに酔いしれながら、無意識に允の首へと腕を回し、首筋に鼻を寄せ甘くドロリとした匂いを深く吸い込み「允の匂い……好きだ」と満足げな吐息と共に呟いていた。

「僕も結城の匂いが好きだよ。爽やかで儚げで、結城の控えめな性格に良く似合ってる」
「ほん、と?」
「うん。僕が嘘を言った事がある?」
「……ない、な」

 だからもっと堪能させて、と仰向けに寝ていた結城の体を起こし、対面座位となった結城の首筋を允は甘く噛み、浮かんだ汗ごと舌で舐めまわす。下からゆるゆると突き上げられ、敏感になった肌を這い回る濡れた感触に、酩酊した結城は首を反らして快感に喘ぐ。

「あ、あっ、んぁ、っ、みつ、るっ、くる……しぃ、あんっ」

 ねっとりとしたキスを交わし、允の楔に貫かれたまま揺さぶられ、それでも絶頂までいけずに結城は喘ぎながら身を悶える。自身の茎は先端からトロトロと白蜜を垂れ流し、二人の腹を汚しているものの、決定的な射精ができずにもどかしい。

「辛いなら、結城の扱いた方がいい?」

 結城を揺さぶり允が問う。しかし、結城は首を緩やかに横に振り、允の首に強くしがみついた。

「も……と、なか、はげしく突いて……」

 奥まで侵入している允の楔の動きは緩慢で、焦れた思いばかりが募っていく。決定打にならない突き上げは酷く結城の熱を燻らせ、ああ、自分はもうベータではないのだと、この時にはっきりと自覚する。
 もう自分はオメガになってしまったのだ。いつ自分の体が変化したのか明確ではないが、結城は允の為だけのオメガになったのだと、迸る汗に混じって涙を一筋流していた。
 それはベータであった名残なのか、オメガになった事に対する歓喜の涙なのか、涙した本人ですら答えは見いだせなかった。それでも今は体を渦巻く熱をなんとかして欲しくて、息を乱しながら願いを口に乗せた。

「うん、いいよ。奥に一杯種付するから、ちゃんと孕んでね?」

 繋がりを解き、そっと結城を横たえさせころりとうつ伏せにしたかと思えば、細い腰を掴み薄い臀部を割り開く。今しがたまで允の剛直を受け入れていた蕾は赤くぽってりと腫れ、中心は允を求めるようにひくひくと戦慄き、愛蜜の涙を流す。
 すっかりオメガ化した性器に、允はコクリと唾を飲み、唇を笑みに歪めた。

 初めて結城に出会ってから二十年近く。ベータである結城をオメガにする為に允の遺伝子を混ぜた蜂蜜を飲ませるようになって八年程。長きに渡っての願いが今成就する時を迎えたのだ。

「愛してるよ、僕の運命の番結城。ずっと一緒だからね」

 切っ先を蕾に充てがうと、允は結城の腰を引き寄せ、一気に最奥へと剛直を突き刺した。
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