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悪役令嬢に転生したら、攻略対象を説教するハメになった
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「真実に愛する方ができれば、いつでも婚約破棄には応じますので」
わたくし──ルシア・イベリスが眼前に立っている少年に告げれば、彼は「婚約している身で何を言っているんだ?」と柳眉を不機嫌そうに潜めてわたくしを見ている。
彼は知らないのだ。あと数年もすれば、わたくしの存在などなかった事にして、ヒロインと結ばれるというのを……。
わたくしがこの世界が、前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気づいたのは、王子ジュリアンと初対面での事。元々小さな既視感は感じていたものの、家族や兄のルシアンと過ごす毎日が楽しくて、些細な事だと思考を放棄してしまったのがいけなかった。
以前から打診はあったが、侯爵という立場の為か家族の思いを強く拒否できなかった父上は、渋々ながらわたくしと王子ジュリアンとの婚約を受けたそうだ。
何度も「不甲斐ない父で申し訳ない」としょんぼりして告げる父上の心が優しくて、これも上流階級の宿命と諦めて、初めて王子と対面した時に、突然わたくしの小さな頭の中に膨大な情報が流れ込んできて、幾ら歳よりも冷静な子供だと言われていたわたくしでも処理が追いつかず、その場で倒れてしまった。
付き添ってくれた兄のルシアンはオロオロしながらもわたくしを自宅へと連れ帰り、わたくしが目を醒ますまで付き添ってくれたのだ。本当に優しくて、こんな素敵な人をわたくしの人生に巻き込む訳にはいかず、早速わたくしは行動にでる事にしたのだった。
それが上記の台詞である。
ゲームタイトルは忘れてしまったが、普通悪役令嬢の兄って、攻略対象に含まれてるんじゃないのか、と思わなかったでもない。しかし、あのヒロイン──カリーン嬢にくれてやる位なら、まだ攻略対象キャラだったリュカ・チューベローズに上げ渡した方が兄も幸せになれると思ったのだ。
何故、そう思ったか、って?
だって、リュカ様の兄を見詰める眼差しとか、さりげなく腰に触れたりする姿とか、腐ってなかったわたくしでも一目瞭然でしたもの。まあ、わたくしも恋をしていたから気づいたというのもありますが。
わたくしが前世から恋慕っていたのは、同じく攻略対象だったディアンサス様だったから。
だから、ジュリアン王子がヒロインとくっついてくれれば万々歳。故に先手を打った訳なのだが……。
「お前と婚約を解消して、俺は愛おしいカリーンと結婚する!」
学園の卒業パーティの華やかな空気を切り裂き、お馬鹿な王子が高らかに告げてくる。何故かわたくしは、王子の近衛兵に肩を押しつぶすように押さえつけられ強制的に跪かされている。
例え王家の命令とはいえ、侯爵家の令嬢によくもまあ、こんな態度を取れるものだと呆れながらも「はぁ……。お好きにどうぞ」と、言葉を漏らす。あら、いけない。思わずため息が出てしまったわ。
何のために先手を打ったのかわかりませんわ。
……というか、わたくしが言った事を忘れているのかしら? だとしたら、とんでもない鳩頭か、健忘症なのかしら。
不遜なわたくしの態度に、ジュリアン王子はお猿のように顔を真っ赤にして、わたくしを地下牢に投げ入れろとか言うけども、王家の婚約破棄は個の判断だけで簡単に決めれる訳ではないって、令嬢のわたくしでも理解できているのに。
やはり恋愛脳のお馬鹿だったのかしら。
まあ、王も王妃もわたくしを大層可愛がってくださっているので、これでお別れというのは寂しいけども、向こうからの一方的な婚約破棄。当然、戴けるものはしっかり戴きますから。
今後のあれこれを考えていたら、スルリとわたくしと王子の間に立ちふさがったのは、かのリュカ・チューベローズ様だった。
漆黒の髪は夜を思わせ、毅然とした紫の瞳はストイック。髪と瞳に映える銀のフロックコートは星空を思わせ、わたくしは一瞬で、彼が兄と対になるように誂えたのだと気付く。
ジュリアン王子が目にも痛い太陽だと称されているが、リュカ様は冬の夜と言われ、わたくしが慕うディアンサス様が暮れゆく夕刻。そして兄は長閑な春の昼を思わせる。
わたくしのドレスが淡い黄色だったからか、兄は新緑を思わせる目に優しい緑に、ポイントでわたくしと同じ淡い黄色を合わせてあったので、琥珀の髪とペリドットの瞳の兄が着ると、ほんわかとした空気を漂わせ彼の性格を如実にしていた。
多分、誰も気づいてないけども、リュカ様の胸元を飾るチーフは、兄の瞳と同じ淡い緑で、もういつになったら想いを告げるのか、わたくしですらもモヤモヤしてしまうのに、当の兄は鈍感すぎて全く気付く様子もない。
お願いですから、わたくしの精神衛生上を鑑みて、早くどうにかなってもらいたものです。
他人の色事にかかずらってる場合ではないのだが、リュカ様の機転により解放されたわたくしは、リュカ様にアイコンタクトを一瞬だけ投げると、そのまま兄の元へと向かう。
鈍い兄は周囲の目には全く気づいている様子はないが、彼は次期侯爵になる為か、無駄にモテている。それはもう、令嬢達の目が野獣の様になる位。
しかし、それを追い払い、囲っているのがリュカ様だと気づいている。
だからこそ、じれったい展開にモヤモヤしてしまうのだが……。
兄の姿を見つけ駆け寄ったものの、わたくしは「おや?」と小さな変化に気付く。
壁に凭れてワインを嗜む姿は、いつもの兄のソレと同じなのだが、どこか様子が違う。
まさか……、兄も転生者なのか?
一瞬、疑問が浮かんだが、ルシアン兄様と数言話していく内に疑問は確信へと変わっていく。
兄はわたくしにそれを尋ねたいのか、口をパクパクさせる様子は可愛いけども、周囲の目がある以上、リュカ様が黙っていないだろう。
「ルシアン」
ほら、来た。
普段は無表情を貫き通す男が、兄の前だけ蕩け切った笑みを見せてくる。
その彼の姿に、お馬鹿で勘違いする令嬢達は、リュカ様がわたくしに懸想してるとか、方向違いな妄想を抱いているのを、馬鹿か、と嘆息するに留める。
リュカ様が来たのなら、兄を安心して任せられるだろう。
彼なら、砲丸並に猛アタックするだろう令嬢達を一刀両断できるだろうし。
「ご心配は不要です、ルシア嬢。ちゃんと(ルシアンを愛している)私が(天然で可愛い)ルシアンを(馬鹿な女どもから)守りますので」
「あら。うふふ。それではお兄様、リュカ様と(心も体も)仲良くしてくださいね(どうなっても知りませんが)」
一部、心の会話をリュカ様としたわたくしは、令嬢の礼を持って会場を辞した。
途中、警備に回っていたディアンサス様と出会い、友人の妹から一歩……二歩も三歩も関係が進展したのは、兄とリュカ様のおかげかもしれない。
と、思っていた時期がわたくしにもございました。
「……」
「た……ただいま、ルシア」
ゲームの攻略対象がそれぞれの時間を過ごしたパーティから二日後。よろよろしながらリュカ様に支えられるようにして帰宅した兄の様子に言葉が出てこない。
もうなんというか、ダダ漏れすぎだ。兄から無駄に色気が壊れた蛇口のように漏れている。これぞフェロモンの塊と言っても過言ではない。
それだけではない。本人達は隠しているつもりだろうが、兄のシャツの首元やうなじあたりにくっきりとキスマークがついている。しかも、たった今つけました感のある、色のはっきりしたものが。
もしかしなくても、リュカ様って絶倫? むっつりスケベ?
呆れながらも兄を寝室で休ませるよう侍女達に申し付けた私は、リュカ様に説教をしようと、彼にお茶を勧めた。彼も思うところがあったのか、突然の申し出にも拘らず、承諾してくれたのはありがたい。
まあ、恋人の家族の申し出を無碍に断るつもりもなかったようだが。
「リュカ様。あれはヤリすぎです。兄を殺すつもりですか」
春の薔薇に囲まれた庭園に設えたテーブルに置かれたカップを持ち上げながら、まずはチクリと針を刺す。
すでに侍女達は下がらせてあるので、ここには他人の耳はないのもあって、言いたいことをはっきりと口にする。
「幾ら兄を囲ったと言っても、家に二日も返さないのはやりすぎです。離れがたいのも分かりますけど、兄も兄で家の仕事があるのです。それなのに、あんな状態になるまで抱き潰したあげく、自分の主張をするかの如く首やうなじにキスマークまで。この国では同性同士の恋愛自体忌避されているのにも拘らず、あんなにくっきりはっきりマーキングされた兄が誰かに責められやしないか心配になりませんの?」
言い切らせていただきました。もう怒涛の如くですが、黙秘するよりかは言葉にした方が精神衛生上いいから。
前世でさらっとBLな本を読んだことがあるから、そこからの知識を集約するに、リュカ様が「攻め」で兄が「受け」だというのが、先程の兄の様子を見て気づいた訳ですが。
それでもあれはない。あれではいつか兄は腹上死してしまう可能性がある。
「本当に愛しているのでしたら、兄の体調をちゃんと鑑みてくださいませ」
いや、本懐遂げたら箍が外れたとか分かりますけどね。同性同士の恋愛が秘匿扱いなこの国では、お互いが気遣わければ貴族とはいえども処罰から逃げれない。
(そういえば、あのゲームってスピンオフで乙女ゲームではなくBLゲームで出てたけど。どんな話だったかしら……)
「申し訳ない、ルシア嬢」
ぼんやりと明後日の方に思考を傾けていたら、自棄に硬い声が正面から聞こえ、わたくしはそちらへと意識を向ける。
「反省したのでしたら……」
「ルシアンが私の腕の中で蕩けるように甘える姿を見ていたら、たまらなくなってしまいました。何故彼はあんなにも可愛らしいのか。学園時代も幾度となく秋波を受けていたのに全く気づかず、それなのに私に向ける笑顔といったら。ところかまわず犯したくなってしまいそうになりましたが、せめて卒業までは我慢としていたが故に、とうとう爆発してしまいました」
「……」
リュカ様ってこんな壊れたキャラだったかしら?
いえ、ルシアン兄様をとんでもなく愛してるのは理解しましたけど、それを実の妹にバカ正直にお話になります?
しかも、その時の事を思い出しているのか、うっとりとしたお顔で。傍から見たら、わたくしに愛を囁いているように見えるかもしれませんが、その実ただの兄様とのノロケとか、もうわたくしリュカ様を置いて帰ってもよろしいでしょうか。
「リュカ様、おやめになっていただけます? 兄の爛れた性活事情など知りたくありませんわ」
「ああ、すまない。ルシア嬢。だが、本当にルシアンは……」
「ストーップ! わたくしは聞きたくないと申しましたわ。リュカ様、くれぐれも兄様を壊さないでくださいませ。わたくしが言いたいのはそれだけですわ」
まだも淫れ話を続けようとするリュカ様の前に手を突き出し、毅然とこちらの要望を伝えると、彼は紫の瞳をパチパチと瞬かせていた。
美形は何をしても絵になるとか、もうムカつくのを通り越して呆れてしまいます。
「あと、この国は同性同士の恋愛に否定的なのはご存知でしょう? もう少し慎ましやかに交際されてはいかがですか?」
「それってつまりは、この国の変革をすれば、どのようにしても構わないと取っても?」
先程までの色ボケ具合はどこへ。すう、と目を眇めてわたくしを見詰める眼差しは、流石次期宰相と言えるお姿。
確かに、同性婚を国が認めれば、現在の一人の女性を奪う為に戦いをするといった、生臭い展開は多少なりとも避ける事ができるでしょうね。
それにしても、とわたくしは思う。
何故乙女ゲームの世界なのに、異常に男性比率が無駄に高いのだ、と。
しかも、あのゲームはハーレムエンドがあったりした。重複婚は出来ないにも拘らず。
今考えれば、本当はBLゲームが本命で、乙女ゲームは伏線をばらまく為の布石だったのではないかと。
(まあ、どちらにせよ乙女ゲームから逸脱してしまったし、ヘロヘロになってはいたものの、ルシアン兄様も幸せそうだったし)
少し冷めてしまった紅茶をひとくち飲み込みながら、兄の今後の幸せを願う。
優しくて、ちょっと次期当主という割には頼りないけど、沢山の人に知れず愛されていた兄様。彼が壊れかけてて心配だけど、リュカ様と一緒に幸せになるのならば、わたくしは努力は惜しみませんわ。
「ところで、リュカ様。ものは相談ですが──」
わたくしは兄の幸せを願いつつ、リュカ様に悪巧みの口火を切ったのだった。
わたくし──ルシア・イベリスが眼前に立っている少年に告げれば、彼は「婚約している身で何を言っているんだ?」と柳眉を不機嫌そうに潜めてわたくしを見ている。
彼は知らないのだ。あと数年もすれば、わたくしの存在などなかった事にして、ヒロインと結ばれるというのを……。
わたくしがこの世界が、前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気づいたのは、王子ジュリアンと初対面での事。元々小さな既視感は感じていたものの、家族や兄のルシアンと過ごす毎日が楽しくて、些細な事だと思考を放棄してしまったのがいけなかった。
以前から打診はあったが、侯爵という立場の為か家族の思いを強く拒否できなかった父上は、渋々ながらわたくしと王子ジュリアンとの婚約を受けたそうだ。
何度も「不甲斐ない父で申し訳ない」としょんぼりして告げる父上の心が優しくて、これも上流階級の宿命と諦めて、初めて王子と対面した時に、突然わたくしの小さな頭の中に膨大な情報が流れ込んできて、幾ら歳よりも冷静な子供だと言われていたわたくしでも処理が追いつかず、その場で倒れてしまった。
付き添ってくれた兄のルシアンはオロオロしながらもわたくしを自宅へと連れ帰り、わたくしが目を醒ますまで付き添ってくれたのだ。本当に優しくて、こんな素敵な人をわたくしの人生に巻き込む訳にはいかず、早速わたくしは行動にでる事にしたのだった。
それが上記の台詞である。
ゲームタイトルは忘れてしまったが、普通悪役令嬢の兄って、攻略対象に含まれてるんじゃないのか、と思わなかったでもない。しかし、あのヒロイン──カリーン嬢にくれてやる位なら、まだ攻略対象キャラだったリュカ・チューベローズに上げ渡した方が兄も幸せになれると思ったのだ。
何故、そう思ったか、って?
だって、リュカ様の兄を見詰める眼差しとか、さりげなく腰に触れたりする姿とか、腐ってなかったわたくしでも一目瞭然でしたもの。まあ、わたくしも恋をしていたから気づいたというのもありますが。
わたくしが前世から恋慕っていたのは、同じく攻略対象だったディアンサス様だったから。
だから、ジュリアン王子がヒロインとくっついてくれれば万々歳。故に先手を打った訳なのだが……。
「お前と婚約を解消して、俺は愛おしいカリーンと結婚する!」
学園の卒業パーティの華やかな空気を切り裂き、お馬鹿な王子が高らかに告げてくる。何故かわたくしは、王子の近衛兵に肩を押しつぶすように押さえつけられ強制的に跪かされている。
例え王家の命令とはいえ、侯爵家の令嬢によくもまあ、こんな態度を取れるものだと呆れながらも「はぁ……。お好きにどうぞ」と、言葉を漏らす。あら、いけない。思わずため息が出てしまったわ。
何のために先手を打ったのかわかりませんわ。
……というか、わたくしが言った事を忘れているのかしら? だとしたら、とんでもない鳩頭か、健忘症なのかしら。
不遜なわたくしの態度に、ジュリアン王子はお猿のように顔を真っ赤にして、わたくしを地下牢に投げ入れろとか言うけども、王家の婚約破棄は個の判断だけで簡単に決めれる訳ではないって、令嬢のわたくしでも理解できているのに。
やはり恋愛脳のお馬鹿だったのかしら。
まあ、王も王妃もわたくしを大層可愛がってくださっているので、これでお別れというのは寂しいけども、向こうからの一方的な婚約破棄。当然、戴けるものはしっかり戴きますから。
今後のあれこれを考えていたら、スルリとわたくしと王子の間に立ちふさがったのは、かのリュカ・チューベローズ様だった。
漆黒の髪は夜を思わせ、毅然とした紫の瞳はストイック。髪と瞳に映える銀のフロックコートは星空を思わせ、わたくしは一瞬で、彼が兄と対になるように誂えたのだと気付く。
ジュリアン王子が目にも痛い太陽だと称されているが、リュカ様は冬の夜と言われ、わたくしが慕うディアンサス様が暮れゆく夕刻。そして兄は長閑な春の昼を思わせる。
わたくしのドレスが淡い黄色だったからか、兄は新緑を思わせる目に優しい緑に、ポイントでわたくしと同じ淡い黄色を合わせてあったので、琥珀の髪とペリドットの瞳の兄が着ると、ほんわかとした空気を漂わせ彼の性格を如実にしていた。
多分、誰も気づいてないけども、リュカ様の胸元を飾るチーフは、兄の瞳と同じ淡い緑で、もういつになったら想いを告げるのか、わたくしですらもモヤモヤしてしまうのに、当の兄は鈍感すぎて全く気付く様子もない。
お願いですから、わたくしの精神衛生上を鑑みて、早くどうにかなってもらいたものです。
他人の色事にかかずらってる場合ではないのだが、リュカ様の機転により解放されたわたくしは、リュカ様にアイコンタクトを一瞬だけ投げると、そのまま兄の元へと向かう。
鈍い兄は周囲の目には全く気づいている様子はないが、彼は次期侯爵になる為か、無駄にモテている。それはもう、令嬢達の目が野獣の様になる位。
しかし、それを追い払い、囲っているのがリュカ様だと気づいている。
だからこそ、じれったい展開にモヤモヤしてしまうのだが……。
兄の姿を見つけ駆け寄ったものの、わたくしは「おや?」と小さな変化に気付く。
壁に凭れてワインを嗜む姿は、いつもの兄のソレと同じなのだが、どこか様子が違う。
まさか……、兄も転生者なのか?
一瞬、疑問が浮かんだが、ルシアン兄様と数言話していく内に疑問は確信へと変わっていく。
兄はわたくしにそれを尋ねたいのか、口をパクパクさせる様子は可愛いけども、周囲の目がある以上、リュカ様が黙っていないだろう。
「ルシアン」
ほら、来た。
普段は無表情を貫き通す男が、兄の前だけ蕩け切った笑みを見せてくる。
その彼の姿に、お馬鹿で勘違いする令嬢達は、リュカ様がわたくしに懸想してるとか、方向違いな妄想を抱いているのを、馬鹿か、と嘆息するに留める。
リュカ様が来たのなら、兄を安心して任せられるだろう。
彼なら、砲丸並に猛アタックするだろう令嬢達を一刀両断できるだろうし。
「ご心配は不要です、ルシア嬢。ちゃんと(ルシアンを愛している)私が(天然で可愛い)ルシアンを(馬鹿な女どもから)守りますので」
「あら。うふふ。それではお兄様、リュカ様と(心も体も)仲良くしてくださいね(どうなっても知りませんが)」
一部、心の会話をリュカ様としたわたくしは、令嬢の礼を持って会場を辞した。
途中、警備に回っていたディアンサス様と出会い、友人の妹から一歩……二歩も三歩も関係が進展したのは、兄とリュカ様のおかげかもしれない。
と、思っていた時期がわたくしにもございました。
「……」
「た……ただいま、ルシア」
ゲームの攻略対象がそれぞれの時間を過ごしたパーティから二日後。よろよろしながらリュカ様に支えられるようにして帰宅した兄の様子に言葉が出てこない。
もうなんというか、ダダ漏れすぎだ。兄から無駄に色気が壊れた蛇口のように漏れている。これぞフェロモンの塊と言っても過言ではない。
それだけではない。本人達は隠しているつもりだろうが、兄のシャツの首元やうなじあたりにくっきりとキスマークがついている。しかも、たった今つけました感のある、色のはっきりしたものが。
もしかしなくても、リュカ様って絶倫? むっつりスケベ?
呆れながらも兄を寝室で休ませるよう侍女達に申し付けた私は、リュカ様に説教をしようと、彼にお茶を勧めた。彼も思うところがあったのか、突然の申し出にも拘らず、承諾してくれたのはありがたい。
まあ、恋人の家族の申し出を無碍に断るつもりもなかったようだが。
「リュカ様。あれはヤリすぎです。兄を殺すつもりですか」
春の薔薇に囲まれた庭園に設えたテーブルに置かれたカップを持ち上げながら、まずはチクリと針を刺す。
すでに侍女達は下がらせてあるので、ここには他人の耳はないのもあって、言いたいことをはっきりと口にする。
「幾ら兄を囲ったと言っても、家に二日も返さないのはやりすぎです。離れがたいのも分かりますけど、兄も兄で家の仕事があるのです。それなのに、あんな状態になるまで抱き潰したあげく、自分の主張をするかの如く首やうなじにキスマークまで。この国では同性同士の恋愛自体忌避されているのにも拘らず、あんなにくっきりはっきりマーキングされた兄が誰かに責められやしないか心配になりませんの?」
言い切らせていただきました。もう怒涛の如くですが、黙秘するよりかは言葉にした方が精神衛生上いいから。
前世でさらっとBLな本を読んだことがあるから、そこからの知識を集約するに、リュカ様が「攻め」で兄が「受け」だというのが、先程の兄の様子を見て気づいた訳ですが。
それでもあれはない。あれではいつか兄は腹上死してしまう可能性がある。
「本当に愛しているのでしたら、兄の体調をちゃんと鑑みてくださいませ」
いや、本懐遂げたら箍が外れたとか分かりますけどね。同性同士の恋愛が秘匿扱いなこの国では、お互いが気遣わければ貴族とはいえども処罰から逃げれない。
(そういえば、あのゲームってスピンオフで乙女ゲームではなくBLゲームで出てたけど。どんな話だったかしら……)
「申し訳ない、ルシア嬢」
ぼんやりと明後日の方に思考を傾けていたら、自棄に硬い声が正面から聞こえ、わたくしはそちらへと意識を向ける。
「反省したのでしたら……」
「ルシアンが私の腕の中で蕩けるように甘える姿を見ていたら、たまらなくなってしまいました。何故彼はあんなにも可愛らしいのか。学園時代も幾度となく秋波を受けていたのに全く気づかず、それなのに私に向ける笑顔といったら。ところかまわず犯したくなってしまいそうになりましたが、せめて卒業までは我慢としていたが故に、とうとう爆発してしまいました」
「……」
リュカ様ってこんな壊れたキャラだったかしら?
いえ、ルシアン兄様をとんでもなく愛してるのは理解しましたけど、それを実の妹にバカ正直にお話になります?
しかも、その時の事を思い出しているのか、うっとりとしたお顔で。傍から見たら、わたくしに愛を囁いているように見えるかもしれませんが、その実ただの兄様とのノロケとか、もうわたくしリュカ様を置いて帰ってもよろしいでしょうか。
「リュカ様、おやめになっていただけます? 兄の爛れた性活事情など知りたくありませんわ」
「ああ、すまない。ルシア嬢。だが、本当にルシアンは……」
「ストーップ! わたくしは聞きたくないと申しましたわ。リュカ様、くれぐれも兄様を壊さないでくださいませ。わたくしが言いたいのはそれだけですわ」
まだも淫れ話を続けようとするリュカ様の前に手を突き出し、毅然とこちらの要望を伝えると、彼は紫の瞳をパチパチと瞬かせていた。
美形は何をしても絵になるとか、もうムカつくのを通り越して呆れてしまいます。
「あと、この国は同性同士の恋愛に否定的なのはご存知でしょう? もう少し慎ましやかに交際されてはいかがですか?」
「それってつまりは、この国の変革をすれば、どのようにしても構わないと取っても?」
先程までの色ボケ具合はどこへ。すう、と目を眇めてわたくしを見詰める眼差しは、流石次期宰相と言えるお姿。
確かに、同性婚を国が認めれば、現在の一人の女性を奪う為に戦いをするといった、生臭い展開は多少なりとも避ける事ができるでしょうね。
それにしても、とわたくしは思う。
何故乙女ゲームの世界なのに、異常に男性比率が無駄に高いのだ、と。
しかも、あのゲームはハーレムエンドがあったりした。重複婚は出来ないにも拘らず。
今考えれば、本当はBLゲームが本命で、乙女ゲームは伏線をばらまく為の布石だったのではないかと。
(まあ、どちらにせよ乙女ゲームから逸脱してしまったし、ヘロヘロになってはいたものの、ルシアン兄様も幸せそうだったし)
少し冷めてしまった紅茶をひとくち飲み込みながら、兄の今後の幸せを願う。
優しくて、ちょっと次期当主という割には頼りないけど、沢山の人に知れず愛されていた兄様。彼が壊れかけてて心配だけど、リュカ様と一緒に幸せになるのならば、わたくしは努力は惜しみませんわ。
「ところで、リュカ様。ものは相談ですが──」
わたくしは兄の幸せを願いつつ、リュカ様に悪巧みの口火を切ったのだった。
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