14 / 16
ちょっと仕事関係の電話来たから、少し席を外すね
しおりを挟む
あれだけの豪雨が嘘のように、土曜日の朝は雲ひとつない快晴で、心なしか柚希の頬を撫でる風も幾分秋の気配を孕んでいるかのようだ。
激しいと言わざるを得ない嵯峨との交接の後、熟睡したおかげか、多少足元はよろめく事があるものの、体調はすっかり回復していた。
それから失恋した筈の心も、嵯峨の重い位の愛で壊し、上書きされてしまっていた。
(まるで台風のような人だよな、零一さんって)
柚希はホテルを出た後、嵯峨に連れて来られたオープンカフェの一角で、周囲の視線を集めながらも優雅にフォークとナイフを使い食事をする嵯峨を、ぼんやりと眺めていた。
「……ん? 柚希、食べないの?」
視線に気付いたのだろうか。嵯峨は動かしていた手を止めて、柚希へと顔を向ける。
さらりと注文してくれた、ふんわりと焼かれたパンケーキに濃厚なアボガドとカリカリのベーコンが乗せられ、チーズソースがこってりだからか、周囲を彩る色とりどりの瑞々しいサラダが目を楽しませてくれる。しかし、柚希は嵯峨に見蕩れていたせいで、皿の食事は崩される事なく、テーブルに乗ったままだった。
「なんだか胸がいっぱいで」
「え?」
「昨日の夜に失意のどん底にいたのに、今はこうして零一さんと食事してるのが信じられなくて。もしかしたら、これは夢で、本当のオレはあの後泣きながら自宅に帰って、ベッドで寝てるんじゃないかなって」
指に触れるテーブルクロスの感触も、鼻先に届くコーヒーの香ばしい香りも、現実として柚希は感じているのに、心はふわふわと夢現にいる気がした。
「柚希」
カチャリ、とカトラリーと皿の擦れる音が聞こえ、俯いていた顔を上げると、柚希の頬に嵯峨のしなやかな指が添えられ、ゆっくりと稜線を撫でていく。
爽やかな時間帯。周囲の視線をまともに受けるオープンカフェにいるのに、官能的な夜の匂いをまとませる嵯峨の仕草に、周りから小さな悲鳴があがるものの、柚希の頭には嵯峨の視線を受け止めるだけで一杯だった。
「零一さん?」
「あんまり可愛い事言ってると、ここでちゅーしちゃうけど」
いいの? と笑みを浮かべる嵯峨の瞳は獰猛な動物のように煌き、彼ならば本当に実践してしまうと、柚希は慌てて「ダメですっ」と拒否の言葉を発していた。
本当に行動するつもりはなかったのか、本気に取ってしまった柚希を見て、嵯峨は一瞬瞠目するも、すぐにくつくつ肩を震わせ笑ってしまった。
「じゃあ、後で二人きりになったら、沢山しようね」
そう宣言した嵯峨は、柚希の頬を撫でていた手を離し、真っ赤になった柚希に笑みを深くする。
まだ一緒に居られる事を暗に示すのが嬉しくて、赤面しつつも「はい……」と柚希は応えていた。
甘いとも言える雰囲気の中、テーブルに置かれていた嵯峨のスマートフォンが存在を知らせるように震えているのに気づく。
「ごめん、柚希。ちょっと仕事関係の電話来たから、少し席を外すね。柚希はゆっくり食べてて?」
嵯峨はスマートフォンの画面を見て小さな舌打ちをしたが、手に取り椅子から立ち上がると、柚希に断りを入れてテーブルから離れていく。
距離が開いていく嵯峨の背中に寂しさを憶えながら、柚希は手付かずだった食事をしようとカトラリーを取る。
少し冷めてしまったけども、普段は金額を見て躊躇するであろうカフェの食事はとても美味しい。ふんだんにバターを使ったパンケーキも、トロッとしたアボガドとカリッとしたベーコンも、食事として十分に美味で、口直しのサラダもレモンが効いてさっぱりとしている。
だけど、味気ないと感じるのは、嵯峨が不在だからだろうか。
たった一晩とはいえ、濃厚な時間を過ごした嵯峨がいない事に、柚希はそんな女々しい自分を頭を振って追い払うと、黙々と食事を再開させたのだが。
「おい、柚希」
荒々しい足音と共に、柚希の腕を掴んだのは、昨夜柚希以外の男性とホテルへと消えた元恋人だった男。今まで見た事のない粗野で不遜な顔をした男は、ぐっ、と柚希の腕を引っ張って立たせようとする。
「な、んで」
「来いよ。ここでビッチだと喧伝されたくなかったからな」
ビッチではない、と反論したかったが、ここで騒ぎになっては同席していた嵯峨にも迷惑がかかる。柚希は渋々ながら立ち上がり、何とかカフェの店員に連れが戻ってくるので、と言付けした後、半ば引きずられるようにしてカフェを後にしたのだった。
激しいと言わざるを得ない嵯峨との交接の後、熟睡したおかげか、多少足元はよろめく事があるものの、体調はすっかり回復していた。
それから失恋した筈の心も、嵯峨の重い位の愛で壊し、上書きされてしまっていた。
(まるで台風のような人だよな、零一さんって)
柚希はホテルを出た後、嵯峨に連れて来られたオープンカフェの一角で、周囲の視線を集めながらも優雅にフォークとナイフを使い食事をする嵯峨を、ぼんやりと眺めていた。
「……ん? 柚希、食べないの?」
視線に気付いたのだろうか。嵯峨は動かしていた手を止めて、柚希へと顔を向ける。
さらりと注文してくれた、ふんわりと焼かれたパンケーキに濃厚なアボガドとカリカリのベーコンが乗せられ、チーズソースがこってりだからか、周囲を彩る色とりどりの瑞々しいサラダが目を楽しませてくれる。しかし、柚希は嵯峨に見蕩れていたせいで、皿の食事は崩される事なく、テーブルに乗ったままだった。
「なんだか胸がいっぱいで」
「え?」
「昨日の夜に失意のどん底にいたのに、今はこうして零一さんと食事してるのが信じられなくて。もしかしたら、これは夢で、本当のオレはあの後泣きながら自宅に帰って、ベッドで寝てるんじゃないかなって」
指に触れるテーブルクロスの感触も、鼻先に届くコーヒーの香ばしい香りも、現実として柚希は感じているのに、心はふわふわと夢現にいる気がした。
「柚希」
カチャリ、とカトラリーと皿の擦れる音が聞こえ、俯いていた顔を上げると、柚希の頬に嵯峨のしなやかな指が添えられ、ゆっくりと稜線を撫でていく。
爽やかな時間帯。周囲の視線をまともに受けるオープンカフェにいるのに、官能的な夜の匂いをまとませる嵯峨の仕草に、周りから小さな悲鳴があがるものの、柚希の頭には嵯峨の視線を受け止めるだけで一杯だった。
「零一さん?」
「あんまり可愛い事言ってると、ここでちゅーしちゃうけど」
いいの? と笑みを浮かべる嵯峨の瞳は獰猛な動物のように煌き、彼ならば本当に実践してしまうと、柚希は慌てて「ダメですっ」と拒否の言葉を発していた。
本当に行動するつもりはなかったのか、本気に取ってしまった柚希を見て、嵯峨は一瞬瞠目するも、すぐにくつくつ肩を震わせ笑ってしまった。
「じゃあ、後で二人きりになったら、沢山しようね」
そう宣言した嵯峨は、柚希の頬を撫でていた手を離し、真っ赤になった柚希に笑みを深くする。
まだ一緒に居られる事を暗に示すのが嬉しくて、赤面しつつも「はい……」と柚希は応えていた。
甘いとも言える雰囲気の中、テーブルに置かれていた嵯峨のスマートフォンが存在を知らせるように震えているのに気づく。
「ごめん、柚希。ちょっと仕事関係の電話来たから、少し席を外すね。柚希はゆっくり食べてて?」
嵯峨はスマートフォンの画面を見て小さな舌打ちをしたが、手に取り椅子から立ち上がると、柚希に断りを入れてテーブルから離れていく。
距離が開いていく嵯峨の背中に寂しさを憶えながら、柚希は手付かずだった食事をしようとカトラリーを取る。
少し冷めてしまったけども、普段は金額を見て躊躇するであろうカフェの食事はとても美味しい。ふんだんにバターを使ったパンケーキも、トロッとしたアボガドとカリッとしたベーコンも、食事として十分に美味で、口直しのサラダもレモンが効いてさっぱりとしている。
だけど、味気ないと感じるのは、嵯峨が不在だからだろうか。
たった一晩とはいえ、濃厚な時間を過ごした嵯峨がいない事に、柚希はそんな女々しい自分を頭を振って追い払うと、黙々と食事を再開させたのだが。
「おい、柚希」
荒々しい足音と共に、柚希の腕を掴んだのは、昨夜柚希以外の男性とホテルへと消えた元恋人だった男。今まで見た事のない粗野で不遜な顔をした男は、ぐっ、と柚希の腕を引っ張って立たせようとする。
「な、んで」
「来いよ。ここでビッチだと喧伝されたくなかったからな」
ビッチではない、と反論したかったが、ここで騒ぎになっては同席していた嵯峨にも迷惑がかかる。柚希は渋々ながら立ち上がり、何とかカフェの店員に連れが戻ってくるので、と言付けした後、半ば引きずられるようにしてカフェを後にしたのだった。
24
お気に入りに追加
1,459
あなたにおすすめの小説
いつの間にか後輩に外堀を埋められていました
雪
BL
2×××年。同性婚が認められて10年が経った現在。
後輩からいきなりプロポーズをされて....?
あれ、俺たち付き合ってなかったよね?
わんこ(を装った狼)イケメン×お人よし無自覚美人
続編更新中!
結婚して五年後のお話です。
妊娠、出産、育児。たくさん悩んでぶつかって、成長していく様子を見届けていただけたらと思います!
支配者に囚われる
藍沢真啓/庚あき
BL
大学で講師を勤める総は、長年飲んでいた強い抑制剤をやめ、初めて訪れたヒートを解消する為に、ヒートオメガ専用のデリヘルを利用する。
そこのキャストである龍蘭に次第に惹かれた総は、一年後のヒートの時、今回限りで契約を終了しようと彼に告げたが──
※オメガバースシリーズですが、こちらだけでも楽しめると思い
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
ずっと夢を
菜坂
BL
母に兄との関係を伝えようとした次の日兄が亡くなってしまった。
そんな失意の中兄の部屋を整理しているとある小説を見つける。
その小説を手に取り、少しだけ読んでみたが最後まで読む気にはならずそのまま本を閉じた。
その次の日、学校へ行く途中事故に遭い意識を失った。
という前世をふと思い出した。
あれ?もしかしてここあの小説の中じゃね?
でもそんなことより転校生が気に入らない。俺にだけ当たりが強すぎない?!
確かに俺はヤリ◯ンって言われてるけどそれ、ただの噂だからね⁉︎
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる