上司と雨宿りしたら、蕩けるほど溺愛されました

藍沢真啓/庚あき

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ちょっと仕事関係の電話来たから、少し席を外すね

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 あれだけの豪雨が嘘のように、土曜日の朝は雲ひとつない快晴で、心なしか柚希の頬を撫でる風も幾分秋の気配を孕んでいるかのようだ。

 激しいと言わざるを得ない嵯峨との交接の後、熟睡したおかげか、多少足元はよろめく事があるものの、体調はすっかり回復していた。
 それから失恋した筈の心も、嵯峨の重い位の愛で壊し、上書きされてしまっていた。

(まるで台風のような人だよな、零一さんって)

 柚希はホテルを出た後、嵯峨に連れて来られたオープンカフェの一角で、周囲の視線を集めながらも優雅にフォークとナイフを使い食事をする嵯峨を、ぼんやりと眺めていた。

「……ん? 柚希、食べないの?」

 視線に気付いたのだろうか。嵯峨は動かしていた手を止めて、柚希へと顔を向ける。
 さらりと注文してくれた、ふんわりと焼かれたパンケーキに濃厚なアボガドとカリカリのベーコンが乗せられ、チーズソースがこってりだからか、周囲を彩る色とりどりの瑞々しいサラダが目を楽しませてくれる。しかし、柚希は嵯峨に見蕩れていたせいで、皿の食事は崩される事なく、テーブルに乗ったままだった。

「なんだか胸がいっぱいで」
「え?」
「昨日の夜に失意のどん底にいたのに、今はこうして零一さんと食事してるのが信じられなくて。もしかしたら、これは夢で、本当のオレはあの後泣きながら自宅に帰って、ベッドで寝てるんじゃないかなって」

 指に触れるテーブルクロスの感触も、鼻先に届くコーヒーの香ばしい香りも、現実として柚希は感じているのに、心はふわふわと夢現にいる気がした。

「柚希」

 カチャリ、とカトラリーと皿の擦れる音が聞こえ、俯いていた顔を上げると、柚希の頬に嵯峨のしなやかな指が添えられ、ゆっくりと稜線を撫でていく。
 爽やかな時間帯。周囲の視線をまともに受けるオープンカフェにいるのに、官能的な夜の匂いをまとませる嵯峨の仕草に、周りから小さな悲鳴があがるものの、柚希の頭には嵯峨の視線を受け止めるだけで一杯だった。

「零一さん?」
「あんまり可愛い事言ってると、ここでちゅーしちゃうけど」

 いいの? と笑みを浮かべる嵯峨の瞳は獰猛な動物のように煌き、彼ならば本当に実践してしまうと、柚希は慌てて「ダメですっ」と拒否の言葉を発していた。
 本当に行動するつもりはなかったのか、本気に取ってしまった柚希を見て、嵯峨は一瞬瞠目するも、すぐにくつくつ肩を震わせ笑ってしまった。

「じゃあ、後で二人きりになったら、沢山しようね」

 そう宣言した嵯峨は、柚希の頬を撫でていた手を離し、真っ赤になった柚希に笑みを深くする。
 まだ一緒に居られる事を暗に示すのが嬉しくて、赤面しつつも「はい……」と柚希は応えていた。


 甘いとも言える雰囲気の中、テーブルに置かれていた嵯峨のスマートフォンが存在を知らせるように震えているのに気づく。

「ごめん、柚希。ちょっと仕事関係の電話来たから、少し席を外すね。柚希はゆっくり食べてて?」

 嵯峨はスマートフォンの画面を見て小さな舌打ちをしたが、手に取り椅子から立ち上がると、柚希に断りを入れてテーブルから離れていく。
 距離が開いていく嵯峨の背中に寂しさを憶えながら、柚希は手付かずだった食事をしようとカトラリーを取る。

 少し冷めてしまったけども、普段は金額を見て躊躇するであろうカフェの食事はとても美味しい。ふんだんにバターを使ったパンケーキも、トロッとしたアボガドとカリッとしたベーコンも、食事として十分に美味で、口直しのサラダもレモンが効いてさっぱりとしている。
 だけど、味気ないと感じるのは、嵯峨が不在だからだろうか。
 たった一晩とはいえ、濃厚な時間を過ごした嵯峨がいない事に、柚希はそんな女々しい自分を頭を振って追い払うと、黙々と食事を再開させたのだが。

「おい、柚希」

 荒々しい足音と共に、柚希の腕を掴んだのは、昨夜柚希以外の男性とホテルへと消えた元恋人だった男。今まで見た事のない粗野で不遜な顔をした男は、ぐっ、と柚希の腕を引っ張って立たせようとする。

「な、んで」
「来いよ。ここでビッチだと喧伝されたくなかったからな」

 ビッチではない、と反論したかったが、ここで騒ぎになっては同席していた嵯峨にも迷惑がかかる。柚希は渋々ながら立ち上がり、何とかカフェの店員に連れが戻ってくるので、と言付けした後、半ば引きずられるようにしてカフェを後にしたのだった。
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