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自分も嵯峨専務が恋愛対象です

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 ちゃぷん、と肩の間際で揺れる水面をぼんやり眺め、体の芯まで温もりが染みていく心地良さに、思わず「はぁ」と吐息が漏れる。
 それは疲れを吐き出すものではなく、他人が見れば赤面する程の悩ましい吐息だった。
 知らぬは本人ばかりである。

「悪いことしちゃったな……」

 ポツリと言葉を零し、柚希は目だけを嵯峨がいるであろう部屋へと向ける。部屋に続く側の壁一面が曇り硝子で覆われ、薄ぼんやりとではあるも嵯峨が部屋の中に立っているのを認める。
 あまり長湯をしていては、嵯峨の方が風邪をひいてしまう。嵯峨は柚希の体調を心配してお風呂をすぐさま勧めてくれたが、部下が上司を病気にさせては問題が大きすぎる。
 早々に温まって嵯峨と交代しなくては。
 柚希は湯船へ肩まで浸かり、先程起こった出来事を反芻していた。

 ──あの時、柚希に可愛いって言ったのは、俺の本心だよ。柚希が可愛くて、あの場所ですぐに貪り付きたい位だった。

 嵯峨に突然キスをされ、蕩けるような気持ち良さに沈みかけたところで、自分がゲイである事や、今まで付き合ってきた男性がいるにも拘らずまだ処女だった事等が脳裏を駆け巡り、夢見心地だった意識が現実へと引き戻されてしまったのだ。

 幾ら女性的相貌であっても同性である自分を、麗しい容姿を持ち優秀な頭脳を会社で発揮している嵯峨が発情してくれた事は、とても嬉しい。

 だけど、会社で聞いた噂を鑑みるに、嵯峨は本命はいなかったらしいが、それなりに女性経験は豊富だと聞いたことがある。もしかしたら知らないだけで、男性とも経験があるかもしれないけど、それでも嵯峨はノーマルだとゲイの直感で柚希は信じていた。
 だから、単純にプライベートの上司と部下として柚希を慰めてくれたのだと思っていたのに。

 ──柚希は? 今はシングルなんだよね? 俺は柚希の恋愛対象にならない?

 冗談や軽口で言ったのではないと、嵯峨の真剣な眼差しが語っていた。
 あまりにも普段とは違う強い目に、柚希は咄嗟な言い訳もできずに、嵯峨の視線を受けていたのだ。

 オレは……。

 あの時、くしゃみが出なかったら、嵯峨に誘導されるように快諾の言葉を告げていたかもしれない。
 「自分も嵯峨専務が恋愛対象です」と言ってたら、あのまま嵯峨に抱かれていたのかもしれない。

「……くしゃみが出て良かった、かも?」

 羞恥やら困惑やらが柚希を苛み、真っ赤になった顔を隠すように湯を掬った掌を顔に押し付けた。

 今は磨りガラス越しとはいえ、嵯峨と場所を隔てている安心感がある。だが、ここから出たら? 雨宿り筈だった二人の関係が、たった一時間程で一気に距離を縮めてしまったのだ。この先なにも起こらないと確信できない。

 柚希は逃げてしまったが、あの時確かに自分の体は嵯峨のキスで欲情していた。
 指先だけを数回挿入しただけの場所は、嵯峨を求めて疼くのを感じていた。

 尖った胸の先を、あのねっとりと口腔を舐め回した舌で、同じようにむしゃぶられたい。髪を撫でた長く男性らしい指で未通の内部を掻き回されたい。それ以上に嵯峨のまだ見ぬ剛直で貫かれたら、自分はきっと処女とは思えぬ程に淫れてしまうのではないか。

「……っ」

 スーツ越しでも分かった、しっかりとした嵯峨の体躯に包まれ、その下で快感に喘ぐ自分のあられもない姿が脳裏をよぎり、柚希は恥ずかしさに死にそうになりながら、一度頭を冷やそうと、浴槽から勢いよくあがった。


 温めに設定したシャワーの雨は、柚希の肌をサラサラと滑っていく。体温より低い湯水は、沸騰しそうだった血を鎮めてくれる気がした。
 雨に濡れてうねっていた少し明るめの髪を備え付けのシャンプーとコンディショナーで洗い、泡立ちの良いボディソープで体を洗いながら、はた、と気づく。

(さっきあんな事あったけど、これ以上の進展はない……よね? だってオレ、専務に返事すらしてないし、あの人が強引に事に及ぶタイプには見えないし……)

 座面の一部がえぐれたバスチェアに座って体を泡だらけにしていた柚希は、そろりと自身の下半身へと視線を移す。
 湯船からあがった時は、妄想したせいで緩く勃っていたソコも、今は力なく萎びている。柚希の視線は、更に奥の普段は排泄の為にしか使用していない場所を凝視していた。

(洗浄した方がいいのかな。でも、しちゃったら、専務に催促してるみたいだし、かといって、しないとお互い汚れて後始末が大変だし……)

 やるべきか。やらざるべきか。
 頭を抱えて懊悩する柚希の背後で、カチャリと物音がして、柚希は髪の水分を飛ばす程勢いよく振り返る。

「え……」
「お待たせ、柚希。準備手伝ってあげるね」

 引き締まった筋肉に包まれた上半身を惜しげもなく晒し、腰にタオルを巻いただけでの格好で現れた嵯峨は、語尾にハートマークをつけてそうな弾む声で、柚希を絶望に叩き落としたのだった。
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