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何か不安そうな顔をしているけど
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室内はまるで一人暮らしする男性の部屋のようだ。
シックな白と黒とグレイの幾何学模様の壁紙がベッド側にあり、他は焦げ茶の木目調の壁紙が貼られ、天井は白。壁一面に嵌め込んだ大型テレビがあるのに、プロジェクターまで装備とか。絨毯はベージュでその上に黒のローテーブルと同じ色のソファがあって、カーキ色のクッションがアクセントらしい。
どう見たって、ラブホテルとは思えない内装のワンルームが目の前で広がり、いかがわしさを感じさせない為か、柚希の口から安堵の吐息が漏れる。
柚希はラブホテルに入るのが初めてだった。
恋人ができるまでは片恋が続き、その出来た恋人との逢瀬も柚希の部屋か、カモフラージュの為のビジネスホテルかだったから。
(あ、そうだ。家知られちゃってるから、引越しの事も考えないと……)
携帯の事で安心していたが、それよりも余分な出費がでる状況となった柚希は、先程よりも深い溜息が零れる。
「柚希?」
眉根をひそめ苦悶する柚希を、嵯峨は怪訝そうに覗いてきて、は、と意識が戻る。
「大丈夫? 何か不安そうな顔をしているけど」
「ええ、ちょっと大きな出費が出そうなので、困ったなぁ、と」
「それはさっき泣いてた理由と関係ある?」
一瞬言葉に詰まったが、柚希はコクリと頷く。あんな泣き顔を見られたから、取り繕わなくてもいいかな、と思うようになっていた。
「そうか。話を聞く前に俺は風呂の湯を溜めてくるから、柚希はジャケットを掛けて座って待っててくれるかな」
「え、あ、オレがやります!」
「大丈夫、と言いたいけど、フロントから軽食が来るから、その前に備え付けのコーヒーを淹れてもらってもいいかな」
「分かりました。すぐに淹れますね」
浴室に入っていく上司に、柚希はぎこちない笑みを浮かべる。硝子の壁の浴室は、中にいる上司の姿をクリアに見せる。こういう所が自室ではないと言ってるようで、恥ずかしさから柚希の視線は浴室から離れ、テレビの横に設えてあるチェストへと向けられる。
備え付けのポットの横に封のされたペットボトルの水、それから籠に伏せられたカップがふたつとスティックタイプのドリンクパウダーと砂糖があるから、これを使えばいいのだろうか。
初ラブホテルの柚希は、何度か振り返り嵯峨に尋ねようかと思ったものの、本当に自分が思った事が正しいのか逡巡してしまい、一歩も動けないまま立ち尽くしてしまっていた。
恋人とは自宅かシティホテルでの逢瀬だったので、ルームサービスか自分で用意していたから、こういった場所でのシステムが分からず右往左往するばかりだ。
「柚希?」
背後からの声に、柚希の体はビクリと震える。
「あ、あの」
挙動不審な柚希の様子に、嵯峨は形の整った眉をひそめ、何か思案した後で「ああ」と声をあげる。
「もしかして、ラブホテル利用した事がない?」
ズバリと指摘され、見えない矢が柚希の心臓を貫く。もうじき三十になろう男が、ラブホテルの内部を知らないとか。穴があったら埋まって、そのまま閉じこもってしまいたい。
かあ、と顔を赤くし、うろたえる柚希の脇を通った嵯峨は、ポットの中にペットボトルの水を注いだ後スイッチを入れて振り返る。
「インスタントコーヒーの淹れ方は分かる?」
「……はい」
新人時代には、男女関係なく十時と三時には在席している先輩達のお茶を淹れる事になるので、柚希自身も経験がないわけではない。
「お湯が沸騰したらカチって音が鳴ると思うから、お願いしてもいいかな」
恥ずかしさはピークに達し、コクリと頷いてから、ポットへと近づいた。
そんな柚希の行動を、嵯峨は小さく微笑みを浮かべながら見守っていた。
途中、柚希が慣れない手つきでコーヒーを淹れると同時に、ホテルの従業員がふかふかのタオルと軽食を持ってきてくれた。野菜とハムのサンドウィッチとフライドポテトは二種のソースが添えられていた。
二人はソファに並んで座り、無言で大皿の上のサンドウィッチを消費していく。
かろうじて沈黙が辛くないのは、正面に据えられた大型テレビから流れる賑やかな声が微かに聞こえるおかげだ。内容までは把握できないが、バラエティ番組のようである。
黙々と咀嚼し、あらかた皿の上の物が失くなるタイミングで、嵯峨が口を開いた。
「そろそろ、柚希が泣いていた理由を訊いてもいいかな」
静かな問いかけに、柚希の鼓動はズクリと傷んだのを感じた。
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