1 / 16
あんなクズの本性を最初に見分けれなかったとか
しおりを挟む
「……え?」
週末の賑わう繁華街で、槻宮柚希は、今日は残業で会えないと言われた相手の姿を雑踏の中で見つけ、思わず声を零す。
二十八歳にしては多少童顔で、体躯も大食いな筈なのに筋肉のつきにくい体質なのか、全体的に華奢だ。男性臭くないせいか、勤めている外資系会社の女性社員から慕われたりするのだから、コンプレックスはあるものの、職場関係を考えると一様に悪いとも言えない。
人波の中で見つけたのは、柚希の二年前から付き合っていた男と、その男に腕を絡ませ親密な雰囲気を纏う青年の姿だったのだから。
「まさか……浮気?」
柚希は駅へと向けていた足をクルリと返し、今見た微かな光景を確かめようと跡をつける事にした。
信じたかったから。最初は男からのアプローチだったけど、二年も付き合えばそれなりに好意が築きつつあったから。
それは結局、自分を傷つける結果になるとは思わずに──
+
「……は、はは」
柚希の唇から力のない笑いが零れ落ちる。
「お前の会社はラブホテルにあるのかよ」
男は柚希に残業と嘘をついていた。派遣社員で残業とは大変だなと同情していたのに、柚希とは違う男と一緒に入っていったのは、繁華街の近くにあるラブホテルのひとつ。
ベージュの壁に蔦が絡まり、他のラブホに比べて植物が多い。目隠しの意味もあるかもしれないが、ライトアップされた緑は、傷つき疲弊した柚希の心を潤すように揺れている。そこが柚希の恋人の男と別の男が入った場所だったとしても。
「おかしいとは思ってたんだよな。幾ら派遣社員でも頻繁に残業が突然入るとかないって」
柚希と男が出会ったのは、柚希の働く外資系会社へと男が突発的に営業で飛び込んできたのが最初だ。
当時、第一営業部のチーフをしていた柚希は、部下が外回りで出払っていた為、一人で対応をする事になったのだが、男は柚希を一目見て同じ穴の狢だと気づいたらしい。
『槻宮チーフ、あなたゲイですよね?』
すっと耳元で囁かれ、掠めるようなキスをされた柚希は、突然の事に唖然としたものの、その後何度か退社の帰りにアプローチを受け、気がついたら男と付き合うようになっていた。
ちなみに男の会社とは方向性が違うので、契約はしていない。お門違いな会社に営業をしてきた男に大丈夫かと訝るも、他社の経営方針に口を挟めずじまいだったけど。
男は自分に合う会社を探す為に色々な会社へと、派遣で転々としていたそうだ。まだ派遣社員という事は、彼の理想の会社は見つかってないのだろう。
二十八歳の柚希には、五つ年下の男の言葉は自由に見えて、羨ましい反面、彼が自分との関係を将来まで見据えているのか不安でもあった。
「まあ、そんな不安も今日で終わりだけど」
柚希は通勤鞄に入れておいたスマホを取り出し、SNSアプリを開く。今朝までやり取りされていた甘い会話の下に、
『人に浮気するなとか束縛しておいて、自分は別の男とお楽しみとか、ふざけるなよ、バーカバーカ!』
まるで子供の悪口のようだが、一気に心が冷め切ってしまって真面目にやり取りするのも億劫だった柚希は、その一言だけを送り、すぐさま男のアカウントをブロックした。
携帯番号もメールアドレスも会社のものしか教えてなかったのは僥倖だろう。下手にプライベートの方を教えてたら、機種変とかしないといけなかったから面倒だった。
多分、無意識の中で男を信用しきれなかったから、予防線を張っていたのかもしれない。
「ほんと、オレ馬鹿だったな。あんなクズの本性を最初に見分けれなかったとか」
SNS画面に浮かぶ男の姿が歪む。ポトポトと画面に水滴が落ち、頬が濡れている感覚がして、ソロリと指を伸ばすと自分が涙していると気づいてしまう。
何故自分は泣いているのだろう。人は──同性同士は尚更、想いが移ろい易いって知っていたのに。だから、安易に人を好きにならないって決めていた柚希の心の中にスルリと入り込んできた男に、最初は警戒しつつも絆された部分もあった。
それを恋と呼ぶべきか分からなかったけども、柚希は男に対して他とは違う感情を持つようになっていた。
だけど、それは今日、この場で脆くも崩れ去ってしまったのだ。
「……うっ……く、っ」
大の男が浮気されて、別離を選んだ位で泣くなんて情けない。
そう思ってはいても、涙は次々と溢れては頬を伝い、嗚咽が無意識に溢れ出す。
傷心の柚希に呼応するかのように空も涙を零し、柚希の着ていたスーツの肩を色濃くしていく。
今日が金曜日で良かった。二日間は泣いても誰にも咎められずに済むから。
既にみっともない状態ではあるものの、これから盛大に泣いてしまおうと自宅へ帰る為に駅へと向かおうとしたら。
「槻宮君、だよね?」
繁華街、しかもラブホテル街では不似合いな甘く、バリトンの艶のある声に振り返れば。
「嵯峨専務……どうして、ここに」
長身の体躯をオーダーメイドのスリーピースで包み、濡れて乱れた黒髪を長く節のある指でかき上げながら現れたのは、柚希の会社に一年前に着任した嵯峨零一専務だった。
週末の賑わう繁華街で、槻宮柚希は、今日は残業で会えないと言われた相手の姿を雑踏の中で見つけ、思わず声を零す。
二十八歳にしては多少童顔で、体躯も大食いな筈なのに筋肉のつきにくい体質なのか、全体的に華奢だ。男性臭くないせいか、勤めている外資系会社の女性社員から慕われたりするのだから、コンプレックスはあるものの、職場関係を考えると一様に悪いとも言えない。
人波の中で見つけたのは、柚希の二年前から付き合っていた男と、その男に腕を絡ませ親密な雰囲気を纏う青年の姿だったのだから。
「まさか……浮気?」
柚希は駅へと向けていた足をクルリと返し、今見た微かな光景を確かめようと跡をつける事にした。
信じたかったから。最初は男からのアプローチだったけど、二年も付き合えばそれなりに好意が築きつつあったから。
それは結局、自分を傷つける結果になるとは思わずに──
+
「……は、はは」
柚希の唇から力のない笑いが零れ落ちる。
「お前の会社はラブホテルにあるのかよ」
男は柚希に残業と嘘をついていた。派遣社員で残業とは大変だなと同情していたのに、柚希とは違う男と一緒に入っていったのは、繁華街の近くにあるラブホテルのひとつ。
ベージュの壁に蔦が絡まり、他のラブホに比べて植物が多い。目隠しの意味もあるかもしれないが、ライトアップされた緑は、傷つき疲弊した柚希の心を潤すように揺れている。そこが柚希の恋人の男と別の男が入った場所だったとしても。
「おかしいとは思ってたんだよな。幾ら派遣社員でも頻繁に残業が突然入るとかないって」
柚希と男が出会ったのは、柚希の働く外資系会社へと男が突発的に営業で飛び込んできたのが最初だ。
当時、第一営業部のチーフをしていた柚希は、部下が外回りで出払っていた為、一人で対応をする事になったのだが、男は柚希を一目見て同じ穴の狢だと気づいたらしい。
『槻宮チーフ、あなたゲイですよね?』
すっと耳元で囁かれ、掠めるようなキスをされた柚希は、突然の事に唖然としたものの、その後何度か退社の帰りにアプローチを受け、気がついたら男と付き合うようになっていた。
ちなみに男の会社とは方向性が違うので、契約はしていない。お門違いな会社に営業をしてきた男に大丈夫かと訝るも、他社の経営方針に口を挟めずじまいだったけど。
男は自分に合う会社を探す為に色々な会社へと、派遣で転々としていたそうだ。まだ派遣社員という事は、彼の理想の会社は見つかってないのだろう。
二十八歳の柚希には、五つ年下の男の言葉は自由に見えて、羨ましい反面、彼が自分との関係を将来まで見据えているのか不安でもあった。
「まあ、そんな不安も今日で終わりだけど」
柚希は通勤鞄に入れておいたスマホを取り出し、SNSアプリを開く。今朝までやり取りされていた甘い会話の下に、
『人に浮気するなとか束縛しておいて、自分は別の男とお楽しみとか、ふざけるなよ、バーカバーカ!』
まるで子供の悪口のようだが、一気に心が冷め切ってしまって真面目にやり取りするのも億劫だった柚希は、その一言だけを送り、すぐさま男のアカウントをブロックした。
携帯番号もメールアドレスも会社のものしか教えてなかったのは僥倖だろう。下手にプライベートの方を教えてたら、機種変とかしないといけなかったから面倒だった。
多分、無意識の中で男を信用しきれなかったから、予防線を張っていたのかもしれない。
「ほんと、オレ馬鹿だったな。あんなクズの本性を最初に見分けれなかったとか」
SNS画面に浮かぶ男の姿が歪む。ポトポトと画面に水滴が落ち、頬が濡れている感覚がして、ソロリと指を伸ばすと自分が涙していると気づいてしまう。
何故自分は泣いているのだろう。人は──同性同士は尚更、想いが移ろい易いって知っていたのに。だから、安易に人を好きにならないって決めていた柚希の心の中にスルリと入り込んできた男に、最初は警戒しつつも絆された部分もあった。
それを恋と呼ぶべきか分からなかったけども、柚希は男に対して他とは違う感情を持つようになっていた。
だけど、それは今日、この場で脆くも崩れ去ってしまったのだ。
「……うっ……く、っ」
大の男が浮気されて、別離を選んだ位で泣くなんて情けない。
そう思ってはいても、涙は次々と溢れては頬を伝い、嗚咽が無意識に溢れ出す。
傷心の柚希に呼応するかのように空も涙を零し、柚希の着ていたスーツの肩を色濃くしていく。
今日が金曜日で良かった。二日間は泣いても誰にも咎められずに済むから。
既にみっともない状態ではあるものの、これから盛大に泣いてしまおうと自宅へ帰る為に駅へと向かおうとしたら。
「槻宮君、だよね?」
繁華街、しかもラブホテル街では不似合いな甘く、バリトンの艶のある声に振り返れば。
「嵯峨専務……どうして、ここに」
長身の体躯をオーダーメイドのスリーピースで包み、濡れて乱れた黒髪を長く節のある指でかき上げながら現れたのは、柚希の会社に一年前に着任した嵯峨零一専務だった。
27
お気に入りに追加
1,462
あなたにおすすめの小説
βの僕、激強αのせいでΩにされた話
ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。
αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。
β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。
他の小説サイトにも登録してます。
隠れて物件探してるのがバレたらルームシェアしてる親友に押し倒されましたが
槿 資紀
BL
どこにでもいる平凡な大学生、ナオキは、完璧超人の親友、御澤とルームシェアをしている。
昔から御澤に片想いをし続けているナオキは、親友として御澤の人生に存在できるよう、恋心を押し隠し、努力を続けてきた。
しかし、大学に入ってからしばらくして、御澤に恋人らしき影が見え隠れするように。
御澤に恋人ができた時点で、御澤との共同生活はご破算だと覚悟したナオキは、隠れてひとり暮らし用の物件を探し始める。
しかし、ある日、御澤に呼び出されて早めに家に帰りつくと、何やらお怒りの様子で物件資料をダイニングテーブルに広げている御澤の姿があって――――――――――。
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
SNSを開設すれば即10万人フォロワー。
町を歩けばスカウトの嵐。
超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。
そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。
R18短編/転生したら親の顔より見てきた追放イベが目の前で始まった!(もっと親の顔を見ろ)
ナイトウ
BL
ゲス?なろう系主人公攻め、なろう好き転生冒険者受け
傾向: あほエロ、受けフェラ、イラマ、顔射
なろう系小説の世界にモブ冒険者として転生してしまったなろうオタクの受けが、どうにかざまぁ展開を回避しようとなろう主人公の攻めに言われるまま性奴隷になっちゃう話。
※なろう語を知らないと読むの大変かもしれません。
エリートアルファのできちゃった結婚
椎名サクラ
BL
アルファの菅原玄(すがわらげん)はアルファ校の先輩である桐生(きりゅう)の帰国の知らせを受けて、一緒に飲むことになった。最愛の末弟である碧(あおい)の個展が桐生の会社の関連で行われると知ったからだ。だが再会の席で酔いつぶれ間近の玄に桐生が告白してきた。初めて会った時から自分のものにしたかったと。拒否しようとするがそのままホテルの一室に連れ込まれ押し倒されてしまう。抗う玄に桐生は無理矢理に身体を繋げ、玄をビッチングするのだった。
アルファ×アルファ(のちにオメガ)の妊娠→結婚の話です。
「深窓オメガのお見合い結婚」で登場した長兄の話です。
一輝と碧もちょこちょこ登場します。
※エッチは予告なしで入ってきます。
※オメガバース設定ですが色々と作者都合で改ざんされております。
※受けが終始ツンツンする予定です。
※ムーンライトノベルズ様と同時掲載となっております。
不定期更新です、ご了承ください。
更新情報はTwitterで呟いています。
【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです
浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。
愛とかわいいエロが満載。
男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。
この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。
失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。
そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。
エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。
そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。
体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。
乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等)
一部かなり最後の方でリバありでふ。
ハッピーエンド保証。
「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。
天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。
「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
初めてを絶対に成功させたくて頑張ったら彼氏に何故かめっちゃ怒られたけど幸せって話
もものみ
BL
【関西弁のR-18の創作BLです】
R-18描写があります。
地雷の方はお気をつけて。
関西に住む大学生同士の、元ノンケで遊び人×童貞処女のゲイのカップルの初えっちのお話です。
見た目や馴れ初めを書いた人物紹介
(本編とはあまり関係ありませんが、自分の中のイメージを壊したくない方は読まないでください)
↓
↓
↓
↓
↓
西矢 朝陽(にしや あさひ)
大学3回生。身長174cm。髪は染めていて明るい茶髪。猫目っぽい大きな目が印象的な元気な大学生。
空とは1回生のときに大学で知り合ったが、初めてあったときから気が合い、大学でも一緒にいるしよく2人で遊びに行ったりもしているうちにいつのまにか空を好きになった。
もともとゲイでネコの自覚がある。ちょっとアホっぽいが明るい性格で、見た目もわりと良いので今までにも今までにも彼氏を作ろうと思えば作れた。大学に入学してからも、告白されたことは数回あるが、そのときにはもう空のことが好きだったので断った。
空とは2ヶ月前にサシ飲みをしていたときにうっかり告白してしまい、そこから付き合い始めた。このときの記憶はおぼろげにしか残っていないがめちゃくちゃ恥ずかしいことを口走ったことは自覚しているので深くは考えないようにしている。
高校時代に先輩に片想いしていたが、伝えずに終わったため今までに彼氏ができたことはない。そのため、童貞処女。
南雲 空(なぐも そら)
大学生3回生。身長185cm。髪は染めておらず黒髪で切れ長の目。
チャラい訳ではないがイケメンなので女子にしょっちゅう告白されるし付き合ったりもしたけれどすぐに「空って私のこと好きちゃうやろ?」とか言われて長続きはしない。来るもの拒まず去るもの追わずな感じだった。
朝陽のことは普通に友達だと思っていたが、周りからは彼女がいようと朝陽の方を優先しており「お前もう朝陽と付き合えよ」とよく呆れて言われていた。そんな矢先ベロベロに酔っ払った朝陽に「そらはもう、僕と付き合ったらええやん。ぜったい僕の方がそらの今までの彼女らよりそらのこと好きやもん…」と言われて付き合った。付き合ってからの朝陽はもうスキンシップひとつにも照れるしかと思えば甘えたりもしてくるしめちゃくちゃ可愛くて正直あの日酔っぱらってノリでOKした自分に大感謝してるし今は溺愛している。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる