上司と雨宿りしたら、蕩けるほど溺愛されました

藍沢真啓/庚あき

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あんなクズの本性を最初に見分けれなかったとか

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「……え?」

 週末の賑わう繁華街で、槻宮柚希つきみやゆずきは、今日は残業で会えないと言われた相手の姿を雑踏の中で見つけ、思わず声を零す。

 二十八歳にしては多少童顔で、体躯も大食いな筈なのに筋肉のつきにくい体質なのか、全体的に華奢だ。男性臭くないせいか、勤めている外資系会社の女性社員から慕われたりするのだから、コンプレックスはあるものの、職場関係を考えると一様に悪いとも言えない。

 人波の中で見つけたのは、柚希の二年前から付き合っていた男と、その男に腕を絡ませ親密な雰囲気を纏う青年の姿だったのだから。

「まさか……浮気?」

 柚希は駅へと向けていた足をクルリと返し、今見た微かな光景を確かめようと跡をつける事にした。
 信じたかったから。最初は男からのアプローチだったけど、二年も付き合えばそれなりに好意が築きつつあったから。
 それは結局、自分を傷つける結果になるとは思わずに──






「……は、はは」

 柚希の唇から力のない笑いが零れ落ちる。

「お前の会社はラブホテルにあるのかよ」

 男は柚希に残業と嘘をついていた。派遣社員で残業とは大変だなと同情していたのに、柚希とは違う男と一緒に入っていったのは、繁華街の近くにあるラブホテルのひとつ。
 ベージュの壁に蔦が絡まり、他のラブホに比べて植物が多い。目隠しの意味もあるかもしれないが、ライトアップされた緑は、傷つき疲弊した柚希の心を潤すように揺れている。そこが柚希の恋人の男と別の男が入った場所だったとしても。

「おかしいとは思ってたんだよな。幾ら派遣社員でも頻繁に残業が突然入るとかないって」

 柚希と男が出会ったのは、柚希の働く外資系会社へと男が突発的に営業で飛び込んできたのが最初だ。
 当時、第一営業部のチーフをしていた柚希は、部下が外回りで出払っていた為、一人で対応をする事になったのだが、男は柚希を一目見て同じ穴の狢だと気づいたらしい。

『槻宮チーフ、あなたゲイですよね?』

 すっと耳元で囁かれ、掠めるようなキスをされた柚希は、突然の事に唖然としたものの、その後何度か退社の帰りにアプローチを受け、気がついたら男と付き合うようになっていた。
 ちなみに男の会社とは方向性が違うので、契約はしていない。お門違いな会社に営業をしてきた男に大丈夫かと訝るも、他社の経営方針に口を挟めずじまいだったけど。
 男は自分に合う会社を探す為に色々な会社へと、派遣で転々としていたそうだ。まだ派遣社員という事は、彼の理想の会社は見つかってないのだろう。
 二十八歳の柚希には、五つ年下の男の言葉は自由に見えて、羨ましい反面、彼が自分との関係を将来まで見据えているのか不安でもあった。

「まあ、そんな不安も今日で終わりだけど」

 柚希は通勤鞄に入れておいたスマホを取り出し、SNSアプリを開く。今朝までやり取りされていた甘い会話の下に、

 『人に浮気するなとか束縛しておいて、自分は別の男とお楽しみとか、ふざけるなよ、バーカバーカ!』

 まるで子供の悪口のようだが、一気に心が冷め切ってしまって真面目にやり取りするのも億劫だった柚希は、その一言だけを送り、すぐさま男のアカウントをブロックした。
 携帯番号もメールアドレスも会社のものしか教えてなかったのは僥倖だろう。下手にプライベートの方を教えてたら、機種変とかしないといけなかったから面倒だった。
 多分、無意識の中で男を信用しきれなかったから、予防線を張っていたのかもしれない。

「ほんと、オレ馬鹿だったな。あんなクズの本性を最初に見分けれなかったとか」

 SNS画面に浮かぶ男の姿が歪む。ポトポトと画面に水滴が落ち、頬が濡れている感覚がして、ソロリと指を伸ばすと自分が涙していると気づいてしまう。
 何故自分は泣いているのだろう。人は──同性同士は尚更、想いが移ろい易いって知っていたのに。だから、安易に人を好きにならないって決めていた柚希の心の中にスルリと入り込んできた男に、最初は警戒しつつも絆された部分もあった。
 それを恋と呼ぶべきか分からなかったけども、柚希は男に対して他とは違う感情を持つようになっていた。
 だけど、それは今日、この場で脆くも崩れ去ってしまったのだ。

「……うっ……く、っ」

 大の男が浮気されて、別離を選んだ位で泣くなんて情けない。

 そう思ってはいても、涙は次々と溢れては頬を伝い、嗚咽が無意識に溢れ出す。

 傷心の柚希に呼応するかのように空も涙を零し、柚希の着ていたスーツの肩を色濃くしていく。

 今日が金曜日で良かった。二日間は泣いても誰にも咎められずに済むから。

 既にみっともない状態ではあるものの、これから盛大に泣いてしまおうと自宅へ帰る為に駅へと向かおうとしたら。

「槻宮君、だよね?」

 繁華街、しかもラブホテル街では不似合いな甘く、バリトンの艶のある声に振り返れば。

嵯峨さが専務……どうして、ここに」

 長身の体躯をオーダーメイドのスリーピースで包み、濡れて乱れた黒髪を長く節のある指でかき上げながら現れたのは、柚希の会社に一年前に着任した嵯峨零一れいいち専務だった。
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