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その後の日々
暁と黄昏に願う
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今年は夏の名残がいつまでもしがみついて、秋だというのに日によっては半袖で過ごせる程の気温が続いていたが、流石に十一月下旬ともなると肌に触れる風が冷たさを感じるようになった。
『La maison』に植えてある金木犀も早々と義兄の玲司の番である桔梗に摘まれ、シロップや白ワインに漬け込まれている。
その作成には慧斗も駆り出された。
玲司や桔梗、紅龍や紅音だけでなく、紅龍の両親や伊月や罌粟という総出で、ちまちまと茎を取ったりしたのは先月の話だ。
苦労の果てに大量の金木犀の花を玲司がシロップにしてくれ、手製のバニラアイスに掛けたのを食べた紅音が、元祖母宅に金木犀を植えてと紅龍の両親にねだったことがあった。
初孫に甘い彼らは、すぐさま玲司に紹介してもらったガーデナーに連絡を取り、生垣のほとんどを金木犀に変えると宣言してしまった。
両親の暴走を止めたのは紅龍だった。
「あの家は、慧斗の祖母が大切にしてきた家だぞ。それを慧斗の許可なく変えるとはどういうつもりだ!」
その言葉にハッとした顔をした彼らに、慧斗はなんて言ったらいいのか分からなくなっていた。
結局、以前居間として利用していたリビングから見える庭を囲うように生垣が植えられている部分に、金木犀を植栽しようということで話が決まった。
そして今日はその植栽の日で、楽しみにしすぎて紅音は昨日から、向こうの家に泊りに行ったまま。紅龍の両親からも「お腹も大きくなって大変だろうから、紅音君はこちらで預かってるから、紅龍を足にしてゆっくり休みなさい」と、ありがたい言葉をいただいた。
……しかし、自分の息子の扱いに頭を抱えるけども。
「慧斗、今日の体調はどうだ?」
「あ、うん。今日は足も浮腫みもなければ攣ったりもしないし、他にも異変はないけど」
「それなら、お昼食べに行こうか。その後体調に問題なかったら、買い物でもしないか?」
紅龍がカジュアルな格好でリビングに入ってくる。
春に慧斗の妊娠が分かった。それも双子だ。先日はそれでちょっとした喧嘩をしたばかりだが、周囲の説教により十分反省している。今日だって朝食を食べ終えてから、ずっとリビングのソファーに座って日向ぼっこをしている。その間に紅龍が洗濯や掃除をしたりと大忙しだ。
「買い物?」
慧斗の眉尻がピクリと痙攣する。
「まさか双子の物とかじゃないよね」
「違うちがう。今日、頼みたい物があって、慧斗についてきて欲しいんだよ」
「頼みたい物?」
ここ最近、双子の性別が確定していないというのに、暴走して自宅だけでなく紅龍の両親が住む元祖母宅にも同じ物が二セットずつ置いてあり、それで大説教をやったばかりなのだ。
まだ増やす気なのか、と訝る慧斗に、紅龍はブンブンと首を振って否定してくる。
それから口を開いたり閉じたりを繰り返している。何か言いたいことでもあるのだろうか。
慧斗は、ようやく唇をギュッと閉ざした紅龍がゆっくり話し出すのをじっと待ち、耳を傾けた。
「慧斗に指輪を贈りたいと思って。それで、前ネックレスを作った店に予約を取ってあるんだ」
「ネックレスって、確かvollmondだったっけ?」
「そうそう、その店」
首を傾げると、すっかり肌に馴染んだ金色のプレートがシャラリと鎖骨を滑った。
縦に暁色の石が並んでいる。光に反射した不思議な色を鏡で見るたび、最初は高価な代物に緊張ばかりだったものの、今では着けていないと寂しい気持ちになる。
(俺も紅龍に何か贈りたいな。ネクタイピンなら仕事でも……そういえば、以前ネックレスを貰った時に、琥珀で作ったネクタイピンを贈ろうかと考えてたんだった)
本当は紅龍の誕生日……一月に合わせて内緒で発注するつもりだったが、あのあと事件に巻き込まれて、気がついたら春になっていた。
「うん、分かった。それなら行こうか。あんまり遅くなるとしんどいだろうし」
紅龍と再会した頃だったら、思い切り拒絶していただろう。今は自然と紅龍の言葉に諾と返すことができる。心境の変化に戸惑いながらも、どこかそんな自分を受け入れていた。
ああ良かった、と安心したように表情を崩す紅龍の緩んだ姿は、慧斗や紅音だけに見せる特別な表情だ。
繁華街の一角にあるvollmondの外壁は、以前訪ねた時は青々とした緑色の蔦が這っていたと記憶しているのに、今は鮮やかな赤へと変わっていた。
「あれ? 壁の蔦、前は緑だったよね」
「そういや、そうだったな」
「うちの店の蔦やナツヅタという種類の落葉する品種なんですよ」
店の前で首を傾げる慧斗と紅龍に、店のドアが開き、そう穏やかな声が疑問に答えてくれた。確か店長の真田だったろうか。白いシャツに黒のスーツと紺色のネクタイという姿の壮年の男性は、にこやかに笑みを浮かべて、慧斗と紅龍を店内へと案内してくれた。
ラベンダーのルームコロンが店内に柔らかく漂い、癒し効果のある香りにホッと息をつく。
以前聞いた話だが、この店はフルオーダーが主体そうだ。ショーケースはあるものの、制作例を示したものらしく、販売自体はやっていないとのこと。商談は奥にある個室で行われるため、以前慧斗が紅龍が作ってくれたネックレスも、そこで発注したものだ。
真田自ら個室に案内され、慧斗は紅龍と並んで腰を下ろすと、白のドレススーツを着た女性店員が飲み物を持って入ってきた。
紅龍の前には藍で緻密に描かれた繊細なカップにコーヒーが。
慧斗の前には銀のホルダーに収まるグラスに透明な茶色の飲み物が。
紅茶にしては赤味がなく、烏龍茶にしては色が薄い。何なのかと慧斗が首を傾げていると。
「安心してください、麦茶です。妊娠している方と聞いていたので、カフェインのない物にしてみました。熱いのでお気をつけてください」
女性店員はニコリと微笑み、一度お辞儀をしてから個室を出て行った。
真田の話によると彼女は真田の妻だそうで、ふたりともベータなのもあり、アルファやオメガの匂いに愚鈍なのだと笑って言っていた。
更にはハイソサエティな人々が顧客としているため、紅龍のような立場の人間に対しても内心は別にして、平等な接客を心がけているそうだ。
真田の話を聞きながら、香ばしい麦茶をゆっくりと飲み込んだ。
しばらく雑談に興じていたが、真田は一度席を立ち部屋をでるものの、すぐに何かを箱を持って戻ってきた。
「先日王様よりご連絡をいただき、いくつかパパラチアサファイヤのルースをご用意いたしました。ランクはA以上で、非加熱の物だけを厳選させていただきました」
「非加熱?」
「はい、宝石の処理として、無処理、エンハンスメント……加熱処理のことですね。もうひとつトリートメントという処理がありますが、こちらは天然石以外の物の加工処理を指します。非加熱の物は色など淡く薄いのですが、その分、自然物で濃い色をした物は最高級品となります。以前王様が購入されたペンダントトップに使用された物も、非加熱のパパラチアサファイヤです」
流れるように説明をする真田の声を聞きながら、服の隙間から見えるネックレスの先にぶら下がるプレートを思わず見てしまう。
非加熱のサファイヤはエンハンスメントされた物より色味が淡い物が多いと真田は言った。つまり、色味が鮮やかなのに非加熱ということは、かなり高級品だということだ。
あの時は何も考えず決めてしまったが、金色に負けない鮮やかな暁色の石が並んでいるのを、今更ながら慄くこととなった。
「慧斗」
「え、な、なに」
「真田はこう言っているが、石の価値なんて人が決めたものだ。だから金額とか考えず、俺がお前に贈りたいという気持ちだけ考えて、石を決めて欲しい」
ずるい男だ、と慧斗は紅龍から視線を逸らす。
アルファはオメガを……番を真綿で包むように囲い込む。一番の例は義兄である玲司と番の桔梗だ。知らぬ間に雁字搦めに絡め取られ、逃げることもできない。
さすが玲司の親友というべきか、紅龍も自身の色を持つ石で番である自分を飾りたいのだろう。
「真田さん。このお店では琥珀を扱ってますか?」
「ええ、もちろんです。どのような物をお探しですか?」
「インクルージョンは指定しませんが、なるべく透明度が高いのがいいです」
「かしこまりました。今、お持ちしますね」
どういうことだ、と眉を訝しげにしかめる紅龍を横に、慧斗は真田にリクエストを告げる。前々からペンダントの礼として紅龍に琥珀のネクタイピンを贈りたいと思っていたのだ。結局、事件やら入院やらで時間が取れず、今日になってしまったが好都合だ。
自分が紅龍の石を選ぶ代わりに、紅龍に慧斗が求める石を選択してもらいたい。
それならきっとお互いに良い思い出になるだろうから。
遠まわしに拒否していると思っていた、と疲れきった顔で漏らすのは、ハンドルを握る紅龍だ。
反して慧斗は自分の要望が全て通りご機嫌だ。助手席は危ないからと、後部座席に腰掛け、バックミラー越しに会話をしていた。
まず紅龍が指定した石から、紅龍の瞳によく似た暁色の石を選び、真田にこれをふたつに分けることは可能かと尋ねた。紅龍も真田もギョッとした顔をしていたものの、慧斗の思惑に気づいたのか、可能ですと元の表情で答えてくれた。
結局、パパラチアサファイヤはふたつに分けて、自分と紅龍の指輪の内側に埋めてもらうようお願いする。ただ、現在慧斗は子どもを妊娠しており、体重増減がこの先分からないため、完成は出産後になった。
次いでリクエストした琥珀を紅龍に選んで貰った。戸惑いながらも、慧斗の瞳に似た深くも透き通った色をした石を、慧斗のペンダントと同じデザインでネクタイピンにして欲しいと告げる。最初は物凄く渋っていたが、ネクタイピンの支払いは慧斗が半ば強引に支払いをした。
こちらは特に調整は必要ないが、指輪と一緒の引渡しと約束をした。
今回は双子の出産であるため、ひと月早く入院をし、手術となる。問題なければ紅音の入学式に間に合うだろう。
「でも楽しみだな。俺、誰かにアクセサリーとか贈るの初めてなんだ」
「え? あの家族はあげる必要性がないから分かるが、おばあさんや玲司にも?」
驚くのは無理はない。愛情をめいっぱい注いでくれた祖母に、装飾品を贈ろうとは何度も考えたし、相談もした。しかし祖母はいつか必要になるかもしれないから、自分にお金を使わなくてもいい、と言われたものだ。だからといって何もしないのも心苦しく、玲司に相談して、自分でも作れるレシピを教えてもらい、それを祖母に振舞った。
玲司に関しては、彼自身が裕福な出の人というのもあるが、番でもないオメガから物をあげるのはどうかと考えてしまったのだ。
「まあ、確かに番じゃないオメガから物を贈られると困るな……」
「紅龍にもあった? そういうこと」
疲れきった顔を崩すことなく頷く紅龍に、慧斗は「優秀なアルファというのも大変なんだな」と道場の目を向けていた。
「じゃあ、俺が紅龍に贈るものは?」
「そりゃあ勿論嬉しいに決まってる。それも慧斗の人生初となればひとしおだ」
信号で停まった車内で、慧斗はいたずらに笑って紅龍に問う。
甘く細められた笑みで、予想通りの回答をする紅龍に、慧斗の笑顔が深くなった。
春になれば新しい家族が増えて五人になる。
慧斗の左薬指には紅龍と同じ暁色の石を嵌め込んだ指輪が光り、紅龍の胸元には慧斗が選んだ黄昏の石が輝いていることだろう。
近い未来に思いを馳せた慧斗は、呟くように「幸せだな」と微笑んだ。
【終】
『La maison』に植えてある金木犀も早々と義兄の玲司の番である桔梗に摘まれ、シロップや白ワインに漬け込まれている。
その作成には慧斗も駆り出された。
玲司や桔梗、紅龍や紅音だけでなく、紅龍の両親や伊月や罌粟という総出で、ちまちまと茎を取ったりしたのは先月の話だ。
苦労の果てに大量の金木犀の花を玲司がシロップにしてくれ、手製のバニラアイスに掛けたのを食べた紅音が、元祖母宅に金木犀を植えてと紅龍の両親にねだったことがあった。
初孫に甘い彼らは、すぐさま玲司に紹介してもらったガーデナーに連絡を取り、生垣のほとんどを金木犀に変えると宣言してしまった。
両親の暴走を止めたのは紅龍だった。
「あの家は、慧斗の祖母が大切にしてきた家だぞ。それを慧斗の許可なく変えるとはどういうつもりだ!」
その言葉にハッとした顔をした彼らに、慧斗はなんて言ったらいいのか分からなくなっていた。
結局、以前居間として利用していたリビングから見える庭を囲うように生垣が植えられている部分に、金木犀を植栽しようということで話が決まった。
そして今日はその植栽の日で、楽しみにしすぎて紅音は昨日から、向こうの家に泊りに行ったまま。紅龍の両親からも「お腹も大きくなって大変だろうから、紅音君はこちらで預かってるから、紅龍を足にしてゆっくり休みなさい」と、ありがたい言葉をいただいた。
……しかし、自分の息子の扱いに頭を抱えるけども。
「慧斗、今日の体調はどうだ?」
「あ、うん。今日は足も浮腫みもなければ攣ったりもしないし、他にも異変はないけど」
「それなら、お昼食べに行こうか。その後体調に問題なかったら、買い物でもしないか?」
紅龍がカジュアルな格好でリビングに入ってくる。
春に慧斗の妊娠が分かった。それも双子だ。先日はそれでちょっとした喧嘩をしたばかりだが、周囲の説教により十分反省している。今日だって朝食を食べ終えてから、ずっとリビングのソファーに座って日向ぼっこをしている。その間に紅龍が洗濯や掃除をしたりと大忙しだ。
「買い物?」
慧斗の眉尻がピクリと痙攣する。
「まさか双子の物とかじゃないよね」
「違うちがう。今日、頼みたい物があって、慧斗についてきて欲しいんだよ」
「頼みたい物?」
ここ最近、双子の性別が確定していないというのに、暴走して自宅だけでなく紅龍の両親が住む元祖母宅にも同じ物が二セットずつ置いてあり、それで大説教をやったばかりなのだ。
まだ増やす気なのか、と訝る慧斗に、紅龍はブンブンと首を振って否定してくる。
それから口を開いたり閉じたりを繰り返している。何か言いたいことでもあるのだろうか。
慧斗は、ようやく唇をギュッと閉ざした紅龍がゆっくり話し出すのをじっと待ち、耳を傾けた。
「慧斗に指輪を贈りたいと思って。それで、前ネックレスを作った店に予約を取ってあるんだ」
「ネックレスって、確かvollmondだったっけ?」
「そうそう、その店」
首を傾げると、すっかり肌に馴染んだ金色のプレートがシャラリと鎖骨を滑った。
縦に暁色の石が並んでいる。光に反射した不思議な色を鏡で見るたび、最初は高価な代物に緊張ばかりだったものの、今では着けていないと寂しい気持ちになる。
(俺も紅龍に何か贈りたいな。ネクタイピンなら仕事でも……そういえば、以前ネックレスを貰った時に、琥珀で作ったネクタイピンを贈ろうかと考えてたんだった)
本当は紅龍の誕生日……一月に合わせて内緒で発注するつもりだったが、あのあと事件に巻き込まれて、気がついたら春になっていた。
「うん、分かった。それなら行こうか。あんまり遅くなるとしんどいだろうし」
紅龍と再会した頃だったら、思い切り拒絶していただろう。今は自然と紅龍の言葉に諾と返すことができる。心境の変化に戸惑いながらも、どこかそんな自分を受け入れていた。
ああ良かった、と安心したように表情を崩す紅龍の緩んだ姿は、慧斗や紅音だけに見せる特別な表情だ。
繁華街の一角にあるvollmondの外壁は、以前訪ねた時は青々とした緑色の蔦が這っていたと記憶しているのに、今は鮮やかな赤へと変わっていた。
「あれ? 壁の蔦、前は緑だったよね」
「そういや、そうだったな」
「うちの店の蔦やナツヅタという種類の落葉する品種なんですよ」
店の前で首を傾げる慧斗と紅龍に、店のドアが開き、そう穏やかな声が疑問に答えてくれた。確か店長の真田だったろうか。白いシャツに黒のスーツと紺色のネクタイという姿の壮年の男性は、にこやかに笑みを浮かべて、慧斗と紅龍を店内へと案内してくれた。
ラベンダーのルームコロンが店内に柔らかく漂い、癒し効果のある香りにホッと息をつく。
以前聞いた話だが、この店はフルオーダーが主体そうだ。ショーケースはあるものの、制作例を示したものらしく、販売自体はやっていないとのこと。商談は奥にある個室で行われるため、以前慧斗が紅龍が作ってくれたネックレスも、そこで発注したものだ。
真田自ら個室に案内され、慧斗は紅龍と並んで腰を下ろすと、白のドレススーツを着た女性店員が飲み物を持って入ってきた。
紅龍の前には藍で緻密に描かれた繊細なカップにコーヒーが。
慧斗の前には銀のホルダーに収まるグラスに透明な茶色の飲み物が。
紅茶にしては赤味がなく、烏龍茶にしては色が薄い。何なのかと慧斗が首を傾げていると。
「安心してください、麦茶です。妊娠している方と聞いていたので、カフェインのない物にしてみました。熱いのでお気をつけてください」
女性店員はニコリと微笑み、一度お辞儀をしてから個室を出て行った。
真田の話によると彼女は真田の妻だそうで、ふたりともベータなのもあり、アルファやオメガの匂いに愚鈍なのだと笑って言っていた。
更にはハイソサエティな人々が顧客としているため、紅龍のような立場の人間に対しても内心は別にして、平等な接客を心がけているそうだ。
真田の話を聞きながら、香ばしい麦茶をゆっくりと飲み込んだ。
しばらく雑談に興じていたが、真田は一度席を立ち部屋をでるものの、すぐに何かを箱を持って戻ってきた。
「先日王様よりご連絡をいただき、いくつかパパラチアサファイヤのルースをご用意いたしました。ランクはA以上で、非加熱の物だけを厳選させていただきました」
「非加熱?」
「はい、宝石の処理として、無処理、エンハンスメント……加熱処理のことですね。もうひとつトリートメントという処理がありますが、こちらは天然石以外の物の加工処理を指します。非加熱の物は色など淡く薄いのですが、その分、自然物で濃い色をした物は最高級品となります。以前王様が購入されたペンダントトップに使用された物も、非加熱のパパラチアサファイヤです」
流れるように説明をする真田の声を聞きながら、服の隙間から見えるネックレスの先にぶら下がるプレートを思わず見てしまう。
非加熱のサファイヤはエンハンスメントされた物より色味が淡い物が多いと真田は言った。つまり、色味が鮮やかなのに非加熱ということは、かなり高級品だということだ。
あの時は何も考えず決めてしまったが、金色に負けない鮮やかな暁色の石が並んでいるのを、今更ながら慄くこととなった。
「慧斗」
「え、な、なに」
「真田はこう言っているが、石の価値なんて人が決めたものだ。だから金額とか考えず、俺がお前に贈りたいという気持ちだけ考えて、石を決めて欲しい」
ずるい男だ、と慧斗は紅龍から視線を逸らす。
アルファはオメガを……番を真綿で包むように囲い込む。一番の例は義兄である玲司と番の桔梗だ。知らぬ間に雁字搦めに絡め取られ、逃げることもできない。
さすが玲司の親友というべきか、紅龍も自身の色を持つ石で番である自分を飾りたいのだろう。
「真田さん。このお店では琥珀を扱ってますか?」
「ええ、もちろんです。どのような物をお探しですか?」
「インクルージョンは指定しませんが、なるべく透明度が高いのがいいです」
「かしこまりました。今、お持ちしますね」
どういうことだ、と眉を訝しげにしかめる紅龍を横に、慧斗は真田にリクエストを告げる。前々からペンダントの礼として紅龍に琥珀のネクタイピンを贈りたいと思っていたのだ。結局、事件やら入院やらで時間が取れず、今日になってしまったが好都合だ。
自分が紅龍の石を選ぶ代わりに、紅龍に慧斗が求める石を選択してもらいたい。
それならきっとお互いに良い思い出になるだろうから。
遠まわしに拒否していると思っていた、と疲れきった顔で漏らすのは、ハンドルを握る紅龍だ。
反して慧斗は自分の要望が全て通りご機嫌だ。助手席は危ないからと、後部座席に腰掛け、バックミラー越しに会話をしていた。
まず紅龍が指定した石から、紅龍の瞳によく似た暁色の石を選び、真田にこれをふたつに分けることは可能かと尋ねた。紅龍も真田もギョッとした顔をしていたものの、慧斗の思惑に気づいたのか、可能ですと元の表情で答えてくれた。
結局、パパラチアサファイヤはふたつに分けて、自分と紅龍の指輪の内側に埋めてもらうようお願いする。ただ、現在慧斗は子どもを妊娠しており、体重増減がこの先分からないため、完成は出産後になった。
次いでリクエストした琥珀を紅龍に選んで貰った。戸惑いながらも、慧斗の瞳に似た深くも透き通った色をした石を、慧斗のペンダントと同じデザインでネクタイピンにして欲しいと告げる。最初は物凄く渋っていたが、ネクタイピンの支払いは慧斗が半ば強引に支払いをした。
こちらは特に調整は必要ないが、指輪と一緒の引渡しと約束をした。
今回は双子の出産であるため、ひと月早く入院をし、手術となる。問題なければ紅音の入学式に間に合うだろう。
「でも楽しみだな。俺、誰かにアクセサリーとか贈るの初めてなんだ」
「え? あの家族はあげる必要性がないから分かるが、おばあさんや玲司にも?」
驚くのは無理はない。愛情をめいっぱい注いでくれた祖母に、装飾品を贈ろうとは何度も考えたし、相談もした。しかし祖母はいつか必要になるかもしれないから、自分にお金を使わなくてもいい、と言われたものだ。だからといって何もしないのも心苦しく、玲司に相談して、自分でも作れるレシピを教えてもらい、それを祖母に振舞った。
玲司に関しては、彼自身が裕福な出の人というのもあるが、番でもないオメガから物をあげるのはどうかと考えてしまったのだ。
「まあ、確かに番じゃないオメガから物を贈られると困るな……」
「紅龍にもあった? そういうこと」
疲れきった顔を崩すことなく頷く紅龍に、慧斗は「優秀なアルファというのも大変なんだな」と道場の目を向けていた。
「じゃあ、俺が紅龍に贈るものは?」
「そりゃあ勿論嬉しいに決まってる。それも慧斗の人生初となればひとしおだ」
信号で停まった車内で、慧斗はいたずらに笑って紅龍に問う。
甘く細められた笑みで、予想通りの回答をする紅龍に、慧斗の笑顔が深くなった。
春になれば新しい家族が増えて五人になる。
慧斗の左薬指には紅龍と同じ暁色の石を嵌め込んだ指輪が光り、紅龍の胸元には慧斗が選んだ黄昏の石が輝いていることだろう。
近い未来に思いを馳せた慧斗は、呟くように「幸せだな」と微笑んだ。
【終】
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとうございます。
本当にこのお話が好きで、更新を待ちながら、
再読を繰り返し、更新部分を読むを繰り返しておりました。
慧斗の意地っ張りのところと紅音の可愛さが良くて、悲しい場面では一緒に泣き、嬉しい場面ではおもっきり嬉しくなってウキウキしました。
本当良い作品ありがとうございました。
これからも忙しいとは思いますが、ゆっくりで良いので
紅音の成長や双子の事や憂璃ちゃんや桔梗さん達の事等を書いて頂ければ嬉しい☺️
新作も読みたいんだなぁ?
これからも身体に気をつけて頑張ってくださいね‼️
ハッピーエンドのBLなので投票しました。
お疲れ様でした。 毎日楽しく読ませて頂きました。
終わってしまうと思うとすごく寂しいです。
可愛い紅音君の成長や双子ちゃんも気になるのでお時間のある時に番外編を書いて頂けたら嬉しいです。