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凄辰の薄月
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「慧斗、ちょっと付き合ってくれないか」
学園閉鎖日で全員が揃った休みの日、朝食を終え食器洗いに精を出す慧斗に、紅龍が唐突に言った。
秋槻学園では夏休みなどの長期も含め、年に数度の学校を閉鎖してメンテナンスを行う。この日は寮に入っている生徒たちも自宅に帰ったり、友人の家に泊まったりする。登校もできないため、学園の中は急にホラー感が増すのだと、幼稚部から通っている生徒が漏らしていた。
そんな訳で、教授秘書の仕事も保育園も撮影もお休みとなった。
ちなみに今日は慧斗が作った。冷凍してあった残り物唐揚げをレンチンして温めたものに、大根おろしたっぷりのみぞれ煮、紅音の好きな卵焼きと浅漬け。それからかぼちゃと玉ねぎのお味噌汁。
朝から揚げ物か、と怪訝な顔をしていた紅龍も、さっぱりしたみぞれ煮が気に入ったのか、黙々と茶碗の米を空にした。二度も。
食べながらも文句を言うようなら、自分で消化しようと思ったのに残念だ。
「いいけど、どこに行くの?」
「内緒」
「ないしょー」
ひょっこり紅龍の足元から現れた紅音も、紅龍の言葉を反芻している。朝からうちの子可愛い、と慧斗の目尻が下がった。
「紅音、どこ行くか知ってるの?」
「うんっ、あのねー、」
「こ、こら、紅音っ」
「むごっ」
にこにこと暴露しようとする紅音の口を、紅龍の掌が塞いでいる。
「むー、むぐうぅ」
じたばた暴れる紅音に、紅龍は慌てて「しーの約束だったろう?」と取り繕っていた。一体なんなんだ。それよりも。
「紅龍、紅音が苦しそうだから離してあげなよ」
「む、そうか」
慧斗が苦い顔でそう告げれば、素直に紅音の口を塞いでいた手が解放される。ぷはー、と大きく息をついた紅音は、口をへの字にして紅龍を睨んでいる。彼らはお互い自覚していないようだが、キッとした赤い双眸はなんともそっくりだ。
紅音も大人になったら、紅龍みたいな美丈夫になってしまうのだろうか。
「もー! ほーろんさん、おくちはふさいだらだめなんだよ。わかってる?」
「わかってるが、最初に話そうとしたのは、紅音だぞ」
「それはそれ!」
「……口調が慧斗だな」
それは当然だろう。ずっと一緒に生活してきたのだから、口調ぐらい似るものだ。
「それで、出かけるなら、準備しようか」
洗い終えた皿をカゴに入れて振り返ると、紅龍だけでなく紅音も華やいだ笑みで大きく頷く。なんか嫌な予感しかない。出かけるの不安になってきた。
慧斗はよく似た親子をじっと見つめたあと、深いふかいため息を落として、着替えるためにキッチンを出た。
ご機嫌な紅龍の運転で連れてこられたのは、都心の片隅にある感じの良い店だった。漆喰の壁と、木の温もりを感じるドアには『open』と金文字の筆記体で綴られたプレートが掛かっており、特に店名は見受けられない。紅龍はためらいもなくドアを開け、奥に入っていく。続いて紅音も。
うちの子度胸ありすぎる……
「慧斗?」
「あ、ごめん」
慌てて中に足を踏み入れる。内装も外の雰囲気と似たようなレトロ感漂っているのがいい。ショーウインドウに並んでいるものを検めてると、どうやらこの店はアクセサリーを取り扱っているようだ。
金や銀、色とりどりの石が淡い光に反射していた。
キョロキョロと見回していると、慧斗の耳に落ち着いた女性の声が届いた。
「いらっしゃいませ」
声に促され視線をそちらに向けると、紺色のシンプルなドレススーツを着た女性が立っている。一筋もなく髪をきっちりとまとめた女性は柔らかな笑みを浮かべ、同じような服装をした女性を呼び寄せると、三人を奥の個室へと誘う。
ふわふわな絨毯に慄きながら、通された室内を見回す。本当は行儀が悪いって理解っているが、見知らぬ世界を前に興味が勝った。
ソファとテーブルが並び、紅龍、紅音、慧斗の順で座る。すると、間を置くことなく別の女性が飲み物を持ってやってきた。慧斗と紅龍は温かい紅茶、紅音は林檎のジュースのようだ。
なんなんだ、この待遇は。装飾屋って誰にでもこんなサービスするのだろうか。
いや絶対違うと自分の疑問を否定する。客が著名人である紅龍だからだ。この店はそういった相手にも対応できるように作られているのだろう。
「おかーさん、じゅーすのんでいい?」
「いいよ。でも、こぼさないように気をつけて」
「はーい」
「俺が支えるから」
「ありがとう、紅龍」
ひとりではグラスの重さがキツイだろうと、慧斗が紅音の手に自分の手を添えようとした所で、紅龍がさっと紅音の手を支える。随分と慣れてる様子に、いつもふたりで出かけた時は、ちゃんと紅龍は紅音を見てくれてるのだと嬉しくなった。
普段も一緒にお風呂に入ったり、紅音が寝付くまで本を読んであげたりしている。食事の時も甲斐甲斐しく紅音の世話をしてくれるから、慧斗は出来立てアツアツの食事が取れるようになった。
ふたりだった頃は、慣れない育児に食事の補助に時間を持って行かれ、いつも冷めたものを掻っ込んでいた。
それが嫌だったとかそういう訳ではない。余裕が生まれたといえばいいのか、片親の苦労を紅音にさせていた罪悪感が生まれた。
当初は、これまで子育ての経験なんてない紅龍に、紅音の面倒を見れるのか不安だった。やはりというか、紅音は紅龍を父親と認めたけど、ある意味見知らぬ他人の紅龍に警戒していたからだ。
それが一ヶ月もするとすっかり紅音は紅龍に懐いて、慧斗の知らぬ所でおやつを食べてるおかげか、最近は頬も丸みを帯びてきた。
甘やかし過ぎではと心配になったものの、自分の見た目を商売道具にしている紅龍はことあるごとに外に連れ出し、アスレチックなどで体力をつけさせているようだ。時々、プライベートで利用している会員制のスポーツジムにも連れていってるというから驚きだ。
紅音の運動神経のよさに、紅龍は「カンフーでも習わせようか」などと言い出す始末。そもそも近所にそんなものはないと一蹴して、習い事については要検討となった。
ぼんやりとふたりのやり取りを眺めていると、ドアが開いて出迎えてくれた女性が何かトレイのようなものを持って姿を現した。
「本日はお越しくださり、ありがとうございます。わたくしはVollmond店長の真田と申します」
「今回は無理を言ってすまなかったな」
「いえ、ありがたいお言葉でございます」
丁寧なお辞儀のあと、彼女が慧斗に渡した一枚の名刺。
そこには店名と彼女の名前と役職が綴られていた。箔押しの蔦薔薇と店名である満月がなんとも素敵だ。
「王様、先日ご依頼いただいた商品のご確認をお願いいたします」
「ああ」
「ご依頼?」
慧斗は滞りなく進む紅龍と真田の会話に首を傾げていると。
「来週は紅音の誕生日だろう? 誕生日になにが欲しいか聞いたら、紅音が『おかーさんのおまもりがほしいの』って言うから」
「お守り……」
トレイの上には金色の細いプレートに下から大中小と同じ暁色の石が並んでいる。上部にはチェーンが通され、それはネックレスだと分かる。
いやいや、普通は自分が欲しい物を言うんだよ、紅音!
ここまで『おかーさん』ファーストの息子に嬉しい反面、こんなお守りを注文する紅龍に頭が痛くなった。
「あのね、あのね、このきれーないし、ぼくがえらんだんだよ!」
「え?」
「本当だ。自分と俺の目と同じ色だからって言ってな」
確かに色味は淡いが、紅龍も紅音も紅からオレンジのグラデーションの瞳だ。
石はどちらかと言えばピンクに近いものの、その色の配分はふたりの目と同じだった。
「綺麗だな……」
「こちら、パパラチアサファイヤでございます。タブレットとチェーンは十八金で、裏にはダイヤモンドを一粒埋めてあります」
「だ、ダイヤ!? さ、サファイヤ!?」
綺麗だ。確かにシンプルを好む慧斗向きのデザインだ。
それにパパラチアが何か知らないが、サファイヤはサファイヤだろうし、ダイヤモンドが高価なのは慧斗でも知っている。
お守りにしては規格外すぎる! と悲鳴をあげそうになった慧斗は「こんな高いものいらない」と固辞しようとした。だが。
「いらないとか言うなよ。これはお前のために紅音が選んだ物だ。息子の好意を無にするつもりか」
「でも……」
「おかーさんかわいーから、ぼく、ちゃんとえらんだんだよ。ほーろんさんが、おかーさんににあうよって言ってくれたんだ!」
「紅音……」
ああ、もう。
こんなことを言われてしまったら、引くに引けないではないか。
慧斗は紅音をぎゅっと抱きしめ、甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。
いつの間にこんなに大きくなったのか。紅龍が来てから言葉も増え、活発になった。ここ数ヶ月で身長も一気に伸びたように思える。
来週で五歳。いつまで自分を一番にしてくれるか分からないけど、紅音からの愛を受け取ろう。
「ありがとう、紅音。おかーさん、本当に嬉しいよ」
「えへへっ、おかーさん、だいすきー」
「俺も紅音が大好きだよ!」
紅音と紅龍のくれたお守りは、この日から慧斗の胸元を飾るようになる。
紅龍からも肌身離さずつけるように言われたからだ。
普段はワイシャツで隠れるけど、ふとした時に暁色の石が光るのを目にするたび、胸の中が温かくなった。
「紅龍もありがとう。アクセサリーなんて初めてだから、照れくさいけど」
「じゃあ、今度はネクタイピンでも送ろうか」
「え、それは俺が紅龍に贈らせてよ」
「楽しみにしてる」
春になったら、紅龍の誕生日に琥珀の石を使ったネクタイピンを贈ろうと、心に決める。
その後は三人で玲司の店で食事をした。紅龍が慧斗のネックレスを自慢するものだから、玲司が対抗して店を紹介しろと詰め寄ったり、質素倹約な桔梗が慌てて止めに入ったりと賑やかな一日が終わった。
こっそりと紅龍が玲司に店の名刺を渡していたから、紅音とふたりで桔梗にどんなすごいのを貰ったか聞いてみたい。
穏やかに笑い合う毎日が続くと慧斗は思っていた。
だが、このお守りがこんなにも早く役立つことになるとは、この時の慧斗も紅龍も考えてもいなかった。
学園閉鎖日で全員が揃った休みの日、朝食を終え食器洗いに精を出す慧斗に、紅龍が唐突に言った。
秋槻学園では夏休みなどの長期も含め、年に数度の学校を閉鎖してメンテナンスを行う。この日は寮に入っている生徒たちも自宅に帰ったり、友人の家に泊まったりする。登校もできないため、学園の中は急にホラー感が増すのだと、幼稚部から通っている生徒が漏らしていた。
そんな訳で、教授秘書の仕事も保育園も撮影もお休みとなった。
ちなみに今日は慧斗が作った。冷凍してあった残り物唐揚げをレンチンして温めたものに、大根おろしたっぷりのみぞれ煮、紅音の好きな卵焼きと浅漬け。それからかぼちゃと玉ねぎのお味噌汁。
朝から揚げ物か、と怪訝な顔をしていた紅龍も、さっぱりしたみぞれ煮が気に入ったのか、黙々と茶碗の米を空にした。二度も。
食べながらも文句を言うようなら、自分で消化しようと思ったのに残念だ。
「いいけど、どこに行くの?」
「内緒」
「ないしょー」
ひょっこり紅龍の足元から現れた紅音も、紅龍の言葉を反芻している。朝からうちの子可愛い、と慧斗の目尻が下がった。
「紅音、どこ行くか知ってるの?」
「うんっ、あのねー、」
「こ、こら、紅音っ」
「むごっ」
にこにこと暴露しようとする紅音の口を、紅龍の掌が塞いでいる。
「むー、むぐうぅ」
じたばた暴れる紅音に、紅龍は慌てて「しーの約束だったろう?」と取り繕っていた。一体なんなんだ。それよりも。
「紅龍、紅音が苦しそうだから離してあげなよ」
「む、そうか」
慧斗が苦い顔でそう告げれば、素直に紅音の口を塞いでいた手が解放される。ぷはー、と大きく息をついた紅音は、口をへの字にして紅龍を睨んでいる。彼らはお互い自覚していないようだが、キッとした赤い双眸はなんともそっくりだ。
紅音も大人になったら、紅龍みたいな美丈夫になってしまうのだろうか。
「もー! ほーろんさん、おくちはふさいだらだめなんだよ。わかってる?」
「わかってるが、最初に話そうとしたのは、紅音だぞ」
「それはそれ!」
「……口調が慧斗だな」
それは当然だろう。ずっと一緒に生活してきたのだから、口調ぐらい似るものだ。
「それで、出かけるなら、準備しようか」
洗い終えた皿をカゴに入れて振り返ると、紅龍だけでなく紅音も華やいだ笑みで大きく頷く。なんか嫌な予感しかない。出かけるの不安になってきた。
慧斗はよく似た親子をじっと見つめたあと、深いふかいため息を落として、着替えるためにキッチンを出た。
ご機嫌な紅龍の運転で連れてこられたのは、都心の片隅にある感じの良い店だった。漆喰の壁と、木の温もりを感じるドアには『open』と金文字の筆記体で綴られたプレートが掛かっており、特に店名は見受けられない。紅龍はためらいもなくドアを開け、奥に入っていく。続いて紅音も。
うちの子度胸ありすぎる……
「慧斗?」
「あ、ごめん」
慌てて中に足を踏み入れる。内装も外の雰囲気と似たようなレトロ感漂っているのがいい。ショーウインドウに並んでいるものを検めてると、どうやらこの店はアクセサリーを取り扱っているようだ。
金や銀、色とりどりの石が淡い光に反射していた。
キョロキョロと見回していると、慧斗の耳に落ち着いた女性の声が届いた。
「いらっしゃいませ」
声に促され視線をそちらに向けると、紺色のシンプルなドレススーツを着た女性が立っている。一筋もなく髪をきっちりとまとめた女性は柔らかな笑みを浮かべ、同じような服装をした女性を呼び寄せると、三人を奥の個室へと誘う。
ふわふわな絨毯に慄きながら、通された室内を見回す。本当は行儀が悪いって理解っているが、見知らぬ世界を前に興味が勝った。
ソファとテーブルが並び、紅龍、紅音、慧斗の順で座る。すると、間を置くことなく別の女性が飲み物を持ってやってきた。慧斗と紅龍は温かい紅茶、紅音は林檎のジュースのようだ。
なんなんだ、この待遇は。装飾屋って誰にでもこんなサービスするのだろうか。
いや絶対違うと自分の疑問を否定する。客が著名人である紅龍だからだ。この店はそういった相手にも対応できるように作られているのだろう。
「おかーさん、じゅーすのんでいい?」
「いいよ。でも、こぼさないように気をつけて」
「はーい」
「俺が支えるから」
「ありがとう、紅龍」
ひとりではグラスの重さがキツイだろうと、慧斗が紅音の手に自分の手を添えようとした所で、紅龍がさっと紅音の手を支える。随分と慣れてる様子に、いつもふたりで出かけた時は、ちゃんと紅龍は紅音を見てくれてるのだと嬉しくなった。
普段も一緒にお風呂に入ったり、紅音が寝付くまで本を読んであげたりしている。食事の時も甲斐甲斐しく紅音の世話をしてくれるから、慧斗は出来立てアツアツの食事が取れるようになった。
ふたりだった頃は、慣れない育児に食事の補助に時間を持って行かれ、いつも冷めたものを掻っ込んでいた。
それが嫌だったとかそういう訳ではない。余裕が生まれたといえばいいのか、片親の苦労を紅音にさせていた罪悪感が生まれた。
当初は、これまで子育ての経験なんてない紅龍に、紅音の面倒を見れるのか不安だった。やはりというか、紅音は紅龍を父親と認めたけど、ある意味見知らぬ他人の紅龍に警戒していたからだ。
それが一ヶ月もするとすっかり紅音は紅龍に懐いて、慧斗の知らぬ所でおやつを食べてるおかげか、最近は頬も丸みを帯びてきた。
甘やかし過ぎではと心配になったものの、自分の見た目を商売道具にしている紅龍はことあるごとに外に連れ出し、アスレチックなどで体力をつけさせているようだ。時々、プライベートで利用している会員制のスポーツジムにも連れていってるというから驚きだ。
紅音の運動神経のよさに、紅龍は「カンフーでも習わせようか」などと言い出す始末。そもそも近所にそんなものはないと一蹴して、習い事については要検討となった。
ぼんやりとふたりのやり取りを眺めていると、ドアが開いて出迎えてくれた女性が何かトレイのようなものを持って姿を現した。
「本日はお越しくださり、ありがとうございます。わたくしはVollmond店長の真田と申します」
「今回は無理を言ってすまなかったな」
「いえ、ありがたいお言葉でございます」
丁寧なお辞儀のあと、彼女が慧斗に渡した一枚の名刺。
そこには店名と彼女の名前と役職が綴られていた。箔押しの蔦薔薇と店名である満月がなんとも素敵だ。
「王様、先日ご依頼いただいた商品のご確認をお願いいたします」
「ああ」
「ご依頼?」
慧斗は滞りなく進む紅龍と真田の会話に首を傾げていると。
「来週は紅音の誕生日だろう? 誕生日になにが欲しいか聞いたら、紅音が『おかーさんのおまもりがほしいの』って言うから」
「お守り……」
トレイの上には金色の細いプレートに下から大中小と同じ暁色の石が並んでいる。上部にはチェーンが通され、それはネックレスだと分かる。
いやいや、普通は自分が欲しい物を言うんだよ、紅音!
ここまで『おかーさん』ファーストの息子に嬉しい反面、こんなお守りを注文する紅龍に頭が痛くなった。
「あのね、あのね、このきれーないし、ぼくがえらんだんだよ!」
「え?」
「本当だ。自分と俺の目と同じ色だからって言ってな」
確かに色味は淡いが、紅龍も紅音も紅からオレンジのグラデーションの瞳だ。
石はどちらかと言えばピンクに近いものの、その色の配分はふたりの目と同じだった。
「綺麗だな……」
「こちら、パパラチアサファイヤでございます。タブレットとチェーンは十八金で、裏にはダイヤモンドを一粒埋めてあります」
「だ、ダイヤ!? さ、サファイヤ!?」
綺麗だ。確かにシンプルを好む慧斗向きのデザインだ。
それにパパラチアが何か知らないが、サファイヤはサファイヤだろうし、ダイヤモンドが高価なのは慧斗でも知っている。
お守りにしては規格外すぎる! と悲鳴をあげそうになった慧斗は「こんな高いものいらない」と固辞しようとした。だが。
「いらないとか言うなよ。これはお前のために紅音が選んだ物だ。息子の好意を無にするつもりか」
「でも……」
「おかーさんかわいーから、ぼく、ちゃんとえらんだんだよ。ほーろんさんが、おかーさんににあうよって言ってくれたんだ!」
「紅音……」
ああ、もう。
こんなことを言われてしまったら、引くに引けないではないか。
慧斗は紅音をぎゅっと抱きしめ、甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。
いつの間にこんなに大きくなったのか。紅龍が来てから言葉も増え、活発になった。ここ数ヶ月で身長も一気に伸びたように思える。
来週で五歳。いつまで自分を一番にしてくれるか分からないけど、紅音からの愛を受け取ろう。
「ありがとう、紅音。おかーさん、本当に嬉しいよ」
「えへへっ、おかーさん、だいすきー」
「俺も紅音が大好きだよ!」
紅音と紅龍のくれたお守りは、この日から慧斗の胸元を飾るようになる。
紅龍からも肌身離さずつけるように言われたからだ。
普段はワイシャツで隠れるけど、ふとした時に暁色の石が光るのを目にするたび、胸の中が温かくなった。
「紅龍もありがとう。アクセサリーなんて初めてだから、照れくさいけど」
「じゃあ、今度はネクタイピンでも送ろうか」
「え、それは俺が紅龍に贈らせてよ」
「楽しみにしてる」
春になったら、紅龍の誕生日に琥珀の石を使ったネクタイピンを贈ろうと、心に決める。
その後は三人で玲司の店で食事をした。紅龍が慧斗のネックレスを自慢するものだから、玲司が対抗して店を紹介しろと詰め寄ったり、質素倹約な桔梗が慌てて止めに入ったりと賑やかな一日が終わった。
こっそりと紅龍が玲司に店の名刺を渡していたから、紅音とふたりで桔梗にどんなすごいのを貰ったか聞いてみたい。
穏やかに笑い合う毎日が続くと慧斗は思っていた。
だが、このお守りがこんなにも早く役立つことになるとは、この時の慧斗も紅龍も考えてもいなかった。
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