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黎明の夜明け

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 今が何日なのか、朝なのか夜なのか分からないまま、慧斗は男とのセックスに溶けたように興じる。

「あっ、ん、も、はいらないから、やめてぇ……」」
「まだ、お前のナカは、俺が欲しいって、うねってるぞ?」
「あぁ!」

 男はそう楽しげに言い、慧斗の細腰を挟むように掴むと、巧みに自身の腰を叩きつける。慧斗は長大な楔が胎の奥までを穿ち、激しい快感の痺れに喉を反らして悲鳴をあげていた。
 それは愛ある交歓であり、強者が弱者を爪の先でいたぶるような、不思議な時間を長く過ごした。

 時々、男の手づから水分や食事を与えられ、初めての激しい交合に耐え切れず意識を失ってる間に体を清められ、不在の間にシーツ交換されたベッドで再び愛し合う。
 どれだけ繋がったかもう分からない状況だったが、ヒート開始時と今とでは今の方が多少頭が冷静になっているような気がする。が、男に翻弄されてしまうから、あまり考える余地もない。
 だけど気づいたことはある。これまでの間、覚えてる限りでは男のノットは発露していない。

 通常アルファはヒートのオメガに触発されてラット状態になると、射精時に陰茎の根元に瘤が発生して、それが栓となってオメガの胎内からアルファの精液が漏れないように塞ぐ。諸説によると、まだ人間が獣だった頃の名残りらしく、オメガが確実に妊娠するようにする自然現象というのだ。
 そしてアルファの射精はベータ男性に比べるとかなり長いそう。これもアルファがオメガの妊娠を確実にするのと同時に、交わったオメガがアルファの匂いをまとうことによって、アルファの所有を誇示する意味もある。
 特に高位オメガは獣の血が濃く、一般的なアルファよりも独占欲も執着も強い……らしい。

 あれからどの位の日時が経ったかは分からないが、多分そろそろ慧斗は男の番になるのだろうと、ひしひしと感じていた。

「噛みたい……お前のうなじを噛ませてくれ」

 男は慧斗の剥き出しになったうなじを汗ごと舐めては、うわごとのように懇願を繰り返す。
 最初は正常位が多かったが、男がそう呟くようになってからは、後背位が続いている。男も無意識に番契約に向けているのだろう。
 肌を滑る大きな手、耳朶を湿らす熱い吐息、「可愛い」「愛してる」と囁く甘い声、埋まる男の脈動する肉の楔も、男のフェロモンにどっぷりと浸された慧斗にとって甘い毒だった。

「いい……よ、俺を、つがいに……して」

 ようやく慧斗がその一言を発する。男はそれを承諾したとみなし、慧斗の軽い体を繋がったまま背後から抱き起こし膝に乗せた。

「ああっ!!」

 自重で男の熱い楔が今まで届かなかった場所まで到達して、慧斗は余りにも強すぎる刺激に目の前で星が飛び散る中で悲鳴を上げる。痩せた慧斗の体は男の上で律動の度に跳ね上がる。胎内は男の精と慧斗の蜜が攪拌され、ぐじゅぶじゅと淫靡な音色で羞恥を煽ってくる。だが慧斗の頭の先までどっぷり快楽に浸された頭は、理性的な感情さえもドロドロに溶けてしまっていた。
 過ぎた快感は、最後のあがきと残っていた慧斗の理性を、完全に破壊してしまう。体力もとうに尽きた慧斗の体を、余裕で男は揺さぶり、ベロリと慧斗のうなじを舐めた。

「運命の番。絶対にお前を離さない。愛してる」

 男に揺さぶられるだけの慧斗の耳に、男の強い呪縛の言葉が流れてくる。慧斗は涙を流しながらうなじに当たる硬い感触と、間を置かず皮膚を食い破る強い刺激と、止むことのない胎を満たす飛沫が逃げ場なく暴れるのを感じ、多幸感のまま意識を手放した。
 男の告げた「愛してる」が、交わりの合間に囁かれた睦言であったとしても、孤独にまだ慣れきれなかった慧斗にはとても嬉しい一言だった。



 手を泳がせると、そこにあるはずの温もりがなく、慧斗はふわりと目を覚ます。
 体をベッドから起こすと、広いベッドには慧斗だけしかおらず、霞みがかった視線を周囲に巡らす。その度につけられたばかりのうなじの傷が、ズキズキと疼く。そっと触れると、分厚いガーゼが貼られているのか、ざわざわとした感触が指に伝わった。
 あれだけ体液まみれだったベッドのシーツはサラリとしており、慧斗の体にはいい匂いがするバスローブが着せられている。だけどそれをやってくれただろう番はおらず、慧斗の目にはじわりと涙が浮かんだ。
 番になった慧斗を放置してアルファがいなくなった。オメガとしての本能が傍にいないアルファを探す。
 この時はオメガの本能に意識が傾いていたせいか、自分が見知らぬアルファに抱かれたことや、番にさせられた事実はぼやけていたように思える。

「……どこ?」

 囁くような問いかけに応えたのか、壁の一部から光が漏れ、長身のアルファの影が現れる。慧斗はハッと喜びに胸が沸いたが、すぐに怪訝に眉をひそめる。番の匂いではないアルファの匂い。すでに番契約を結んだ慧斗には、フェロモンの匂いを微かに感じる程度だが、匂いに乗せた威圧までは回避できなかった。
 アルファの影は自分を酷く嫌悪している。それも殺意を隠すことなく滲ませている。
 布団を軋むほど固く握った指が痛い。警戒心で全身がこわばった。

「起きましたか」

 影の冷たい言葉に、更に慧斗の警戒心が強まる。直感で影が番でないことに気づき、上掛けを引き寄せ体を覆う。
 なぜ番ではなく見知らぬ男がこの場にやってきたのだろう。

「だ……れ?」

 コツリ、と革靴の硬質な音が、慧斗の質問に影は答えず距離を縮めてくる。枕元のナイトテーブルにあったランプが次第に影の姿を淡く浮かび上がらせた。
 黒いスーツに夜の空のような濃紺のネクタイ、磨かれた革靴はランプの光があたって艶が輪郭に縁取られる。番と同じ墨のような黒髪。番は紅玉のような赤い瞳だが、男は海底のような深く昏い青い目で慧斗を見下ろしていた。
 慧斗はその人物に強く警戒心を持った。だが引き攣れたうなじの痛みに安堵を覚えた。
 番契約を果たしたオメガは他のアルファを誘わないし、番以外のアルファもオメガのフェロモンに反応しない。
 それでもじりじりと距離を開こうとする慧斗に、男はおもむろにスーツの内ポケットから何かを取り出し差し出す。細長い紙には英文字が綴られている。
 物語では読んだことがあるも、実物を初めて目にした慧斗は、疑問に思いながら口を開く。

「それは……」
小切手チェックです。弐本円で一千万あります。束の間の情事にその値段なら十分すぎるほどでしょう」
「……」
「あの方には本国に身分の釣り合った番がいます。おわかりでしょう、自分が戯れに抱かれたのだということを。さあ、その金を持ってあの方の前から存在を消しなさい。いいですね」

 流暢な日本語で淡々と冷たい言葉を慧斗に投げつけ、ベッドのシーツの上に紙片を置いて男は、用事が終わったとばかりに踵を返して出て行く。引き止める間もなく男の姿は扉に消えていった。
 静寂が満ちる。再び薄暗くなった広い寝室で、慧斗は声もなく涙を流していた。
 冷水を浴びせられたように、多幸感という壁が取り払われ、現実が急速に明確となっていく。

 分かっていた。番が高位アルファだと自覚した時には、彼にも立場に見合うオメガがいるだろう、と。
 日本人とは違う象牙色の肌をした東洋系の美丈夫は、気まぐれにオメガである慧斗を抱いたのだろうと。
 それでもこんな扱いはあんまりだ。

「なに浮かれてうなじを噛ませちゃったんだろう」

 番を持たないオメガは他者に向けてフェロモンを撒き散らし種を強請る。それでも抑制剤が発達した現在、昔に比べれば自由度が高い。数ヶ月に一度来る発情期さえ耐えれば、あとは日常生活が送れる。
 それに比べて番契約をしたオメガは、番となったアルファ以外にフェロモンが感じない。その代わり、契約を果たしたオメガは、番のアルファに捨てられた時には、地獄のような発情期ヒートが定期的に襲う。人によっては発狂し自害するまでの苦しさだという。

 幸福の絶頂から一気に地獄の底に叩きつけられ、慧斗は絶望に涙が止まらない。
 先ほどの男は事実を簡潔に伝え、夢心地の慧斗の目を覚ませるつもりなのだろう。それも番が不在の今、慧斗が逃げ出すチャンスを与えて。

 きっと番と顔を合わせて彼の匂いに包まれたら、もう二度と離れる気にはならないだろう。番が居るのに彼を求める浅ましい存在になるのはなによりも苦しい。

「帰ろう。こんな所に一秒も居たくない」

 ぼそりと呟き、慧斗はベッドからのそのそと降りて服があるだろうクローゼットへと足を向けたが。

「……っ」

 その時、足の間からドロリと温い液体が溢れ伝い流れる。それが番が注いだ種だと。番はあえて慧斗が番のモノだと印象付けるためにわざと掻き出すことなくそのままにしたのだろう。
 慧斗はボロボロと滂沱しながら番が絡める見えない糸を振り切り慌てて着替える。
 ちらりとベッドの上の紙片に視線を流したが、慧斗はそのまま寝室を出て行った。
 ひと言、先ほどの男に小切手は不要だと告げようとしたが、部屋のどこにも人っ子ひとりおらず、そのまま逃げるように滞在していた外資系の高級ホテルを辞した。

 翌日、番が来日していた海外の俳優だと、偶然つけたテレビでインタビューにアルカイックスマイルで応える彼を観て知った。
 慧斗はすぐさまコンセントを引き抜き、二度と交わることのない番――王紅龍ワン・ホンロンを思って再び涙を流していた。
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