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「……うそ」


 繁華街から一歩道を逸れた場所にあるラブホテル街。光あふれるその場所は、誘蛾灯のように男女(たまに男男、女女)をエロティシズムな世界へと導く。
 週末だからか、はたまた壁の作りが甘い場所があるのか、時折愉悦に喘ぐ女性の悲鳴じみた声があちらこちらから聞こえてくる。まるで発情期の猫のセックスのようだ。やたら甲高い騒音に頭が痛くなってくる。

 そんなアハンな雰囲気の中、物かげに隠れ、目が乾きそうに瞠目したまま、ひとつのラブホテルに入っていくカップルを私……月宮真唯つきみやまいは凝視していた。さっきまでほろ酔い気分だったのが、今は脳内麻薬でも出ているのか、目も頭も爛々になる。

 やわらかい印象のクリーム色の外壁に映えるグリーンが、ちょっと非日常を醸し出していて、自然と溶け込むようにホテル名を記したパネルも高級感があっておしゃれだ。
 個性的なホテルが立ち並んでいる中、内装が素敵でアメニティ充実してる、ご飯美味しいとか称賛していたその場所は、つい先日恋人と利用してみたいねって話したばかりだ。まさか自分以外の女性と恋人が入っていくのを目撃するだなんて。
 私とは一度も利用したことないくせに。いっつも私の部屋ばかりだったのに。いつもと違う場所で愛し合えることに期待していたのに。

 泣きたい。でも泣いたら負けな気がする。

 なぜ、私がこんな敗北感を味わわなければならないのだ。

 というか、そもそも今日は残業で遅くなるから、デートをキャンセルしてきたのはそっちじゃないのか。だからひとり寂しく、デートする予定だったトラットリアで食事をして、やけ酒で無駄にワインを消費したのに。

 あれですか。そのラブホテルはあなたの会社ですか。そうですか。……って、んなわけあるか!

 悪態を叫びそうになるのを、深い溜息をついてやり過ごす。こんな場所で叫ぶとか、酔っ払いか、頭のおかしい人だと思われてしまう。いっぱいワイン飲んで多少は酩酊しているが、怒りながら飲んでたので、そこまで酔っている感覚はないけども。むしろさっきの衝撃光景で、酔いもなにもかもふっ飛んでますが!

 はあ、とワインのアルコール臭がする溜息を吐く。

「しばらくは男はもういいや」

 もうじき三十になる女のセリフじゃないけど、実家からは結婚はまだかとせっつかれてるけど、ちょっと見たばかりの光景が衝撃すぎてそれどころではない。
 なんていうか、爆弾級のショックでもない限り、切り替えるのは難しいと思うんだ。今はまだショックが大きすぎて新しい恋愛なんて考える余裕もない。

 それに……

 私は肩に掛けたままのトートバッグからスマホを取り出しメッセージアプリを開く。そこには男と私の日常的な会話の端々に甘いメッセージが繰り返され、最後は【今日、残業になったんだ。せっかく会えるの楽しみにしてたけど、ごめんキャンセルさせて】のメッセージと【お仕事がんばって!】の私の返信。
 そこに『浮気男の愛してるは信じられません。さようなら』と入れ送る。
 すぐさまブロックしたので、不快なメッセージを見る事もないだろう。というか見たくない。そもそも私のメッセージを見てる余裕なんてないだろうし。

 スマホをトートバッグに突っ込み、さて家に帰ってやけ酒の続きをしようと、足を踏み出したところで。

「……え?」

 ポツリ、と頬を何かが弾ける。目線を上に上げると、煌々と光るライトたちに照らされた雨粒が落ちてくるのが分かる。慌ててトートバッグに手を突っ込んだものの、運の悪いことにいつも携帯している折りたたみ傘はなく、更にはあっという間にバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われてしまった。

「うわぁ……厄日か、今日は」

 容赦ない雨量が私の着ていたスーツだけでなく、下着までしとどに染み込んでいく。これで電車に乗ろうものなら、置換じゃなく痴漢してくださいアピールしているようなものでは。
 タクシーに乗る選択も頭によぎったものの、無情に乗車拒否される未来が。
 たった数分なのに洒落にならない位に私はずぶ濡れ状態になっていた。

 困った。明日は仕事は休みだけど、メールを見た元彼氏が激高して自宅に来るとも限らない。
 携帯ショップに行って、今使ってるスマホを解約したり、次の引越し先も探しに行きたい。
 なるべくなら今日中に家に帰って、元彼氏に突撃される前に避難場所であるホテルにチェックインしたいところ。
 しかしこんなずぶ濡れで家に徒歩で帰るのも身の危険を感じる。

 とはいえ、ここで立ち止まって濡れるに任せるのもなぁ、と諦めて足を前へと出したその時。

「月宮くん?」

 鼓膜を撫でるような甘い声が聞こえ振り返る。

「ああ、やっぱり月宮くんだ。どうしたんだい、こんな場所で」
千賀ちが専務……?」

 煌びやかな周囲に負けないほど、光り輝く容姿をした美丈夫がラブホテルを背に、私の元へと駆けてきた。いや、傘差しましょうよ。

 千賀蓮也れんや専務は、私が働く会社の上司にあたる。間に物凄い数の役職が挟まれているが。噂では社長とは従兄弟で、優秀さを見込まれてヘッドハンティングされたという逸材だ。しかも外国の血が流れているそうで、黒髪と青い瞳の容姿端麗の上司は独身なのもあり、会社の女性社員の衆目を一身に受けている。
 美形でお金持ち。いわゆる超優良物件というやつだ。

 そんな雲の上の存在だが、なぜか彼は私にやたらと構う。
 出張に行けばお土産を渡され、ことあるごとにランチやディナーに誘ってくる。
 目立ってそんな事をされれば女性社員のやっかみにあいそうだが、そこは専務も分かっているようで、社内メールだったり物影で渡されたりと周到だった。

 目に眩い美形上司が、嬉しそうな笑顔でやってくる。ラブホテルから。

「ああ、ずぶ濡れになって。こっちにおいで」
「え、ええっ?」

 専務の大きな手に肩を抱かれて連れて行かれた先は、元恋人が見知らぬ女性と入り、上司が今出てきたラブホテル。え、ラブホテルに連れ込まれているんですが!?

「えっと、千賀専務。どうしてこのような場所に」
「ああ、この近くで接待があったんだ。少し飲みすぎたから、駅まで歩こうと思って。それにしても、月宮くんはどうしてここに? 女性ひとりでフラフラしていたら、悪い男に連れ込まれちゃうよ」

 艶然と微笑む専務の質問に、私はビクリと肩を震わせる。

 言われてみれば、男女の欲望渦巻く場所で、女一人がぼんやり立っていたら、ナンパ目的じゃないかって思われても仕方がない。
 どっちにしても帰るつもりだったから、さっさと挨拶して立ち去ろう。そうしよう。土砂降りだけど構うものか。

「た、たまたま通りがかっただけですよ。帰るつもりだったので、ご心配なく!」

 不審にならないよう勢いよく頭を下げて逃げるように足を前に出したんだけど。

「ねえ、それならどうして泣いてるの?」
「はい?」

 腕を引っ張られて、強引に距離を詰められて、視線が交わる。瞬く間の出来事で、そっと専務の親指が這う目をパチリと開閉した。

 泣いてる? 誰が? 私が?

「や、やだ、専務。私、泣いてなんかないですよ!」

 泣くわけない。あんなクソ野郎のための涙なんて。

「だって、悲しい事なんてありませんから」
「本当に?」

 専務はゆっくりとした仕草で私の後頭部に手を添えたかと思えば、呆然となっている私の顔を胸へと寄せる。
 ふわり、とハーブを思わせるグリーン系の香りが鼻腔を擽る。仄かに香るラベンダーの匂いが心を落ち着かせてくれる。アロマ効果凄い。

「気づいてないのかな、月宮くん。君、目が真っ赤だよ。それに、ネオンの光が瞳の中で揺らめいていた。ね、我慢しなくてもいいから」

 うっとりと匂いに癒されてたら、専務の甘い声が包まれるように響く。誰もいないラブホテルのエントランスの外では、バケツをひっくり返したような豪雨の音が広がる。
 非日常的な場所で上司に抱き締められてるって異常状態にも拘らず、体温で揺らめくハーブの香りと温もり。揺らぐ事のない体躯に包まれる安心感、耳元で囁く癒すような甘い声音に、私の目からポロリポロリと雫が浮かび頬を伝う。

「……ふっ、ぅ、くっ……ふぇ……」

 噛み締めた唇から嗚咽が漏れ出す。呼応するように涙が滝のように流れ、専務のお高そうなスーツ生地に染み込んでいく。
 でも、こんなに優しくされたら涙が止まらない。

「……くやしい」
「うん」
「二股されてるなんて思わなかったっ」
「でも、そんな悪い奴に騙され続けなくて良かったね」
「でも……本当はっ、しんじたかった」

 好きだった。愛してるって囁く声も、髪を梳く指も、重なる体温も、明るい笑顔も。私一人だけに向けられるモノだと信じていた。
 だからこそ、さっき見た光景が信じられなかった。信じたくなかった。
 痛い、胸が痛い。息もできない位苦しいよ……。

「君ならすぐに幸せになれるよ、月宮君」

 甘く囁くような声に、私は場所を忘れて専務の胸で泣き声をあげ続けた。


 +

「はい。体が温まるよ」
「……ありがとうございます」

 モノクロでまとめられたシックなワンルームのソファに腰をおろした私へ、専務が湯気の立つマグカップを差し出してくれる。香ばしいコーヒーの匂いが鼻腔を通り、肩の力が抜けていく。

 雨に濡れて号泣し続ける私を、専務は慣れたように部屋の一室をリザーブし、そこへと連れて行ってくれた。
 部屋に入ってからもグズグズと泣き続ける私に専務はお風呂を勧めてくれ、濡れた服や下着は専務がクリーニングサービスに出してくれた。つまり、今の私はノーパンという頼りない状態だ。一応、ひざ下まであるワッフル素材のシャツワンピぽい物を着ているから、乳首も透けてない……と信じたい。
 それでも頼りない状態のせいか、専務からマグカップを受け取り、背中を丸めるようにしてチビチビとカップに口を付けた。苦味と甘味がフレッシュでまろやかになって美味しい。というか、上司(それもかなり上の)にコーヒー淹れさせるとか、まずいのではないだろうか。
 気まずさに俯きがちでコーヒーを飲んでいると、ソファの右側でギシリと音がして沈む気配に顔を上げる。すぐ近くに専務がいて、突然のことにカップを持った飛び退く。

「月宮くん!」

 勢いでカップの中身が空を舞う。吹き冷まさなくてはならないほど熱い液体が私へと降ってこようとする。

 パシャンッ。

 腕を引き寄せられ、広くて温かい何かに包まれていた。

「大丈夫? どこかぶつけた所はない?」
「それは……はい」
「そう。それなら良かった」

 慌てて起き上がろうとしたら、ぐっと頭を引き寄せられ、すっぽりと専務の首筋に収まってしまう。雨のせいで薄まったハーブの香りが近くなる。更にほっと息つく専務の吐息が耳を掠め、ゾクリとした悪寒が体を震わせた。

 ヤバイ。マズイ。これアカンやつや。

 なぜかエセ関西弁が脳裏でツッコミを入れてくる。

 元彼氏に触れられても、耳って感じることなんてなかった。それなのに専務の温もりも耳に触れる吐息も、私の中にある官能を呼び覚ます。
 まるで専務の自宅のような雰囲気と恋人のようなシュチュエーションに、頭の中で警鐘は鳴っているけども、傷ついた体は専務の抱きしめる強さに傾きかけていた。

「千賀専務……お願いですから、離してください」
「やだ」

 懇願したら「やだ」とか言われちゃったよ。というか、齢三十七の男が駄々っ子のように「やだ」って。

「駄目です、専務。こんな事がバレたら、会社の女子社員に苛められちゃいますから」

 私は安寧な社員生活を送りたいんです。下手に波風立てないでくださいよ。

「でも、月宮君は、今はフリーなんだよね?」
「……はい?」
「君は恋人だと思っていた相手に裏切られたんでしょ?」
「……っ」

 まだ血が滲む心にザックリと塩を塗りたくる専務。
 ええ、ええ、フラレたばかりですが何か!?
 くっそう、自分が引く手あまただからって、失恋したばかりの部下の心を抉らなくてもいいじゃないですか!
 こっちだって好きで失恋した訳じゃないもん。悪いのあっちじゃないか!
 なんで、上司に傷口グリグリされないといけないのよ。

 カッ、と怒りの塊が喉で詰まって言葉が出ない。それなのに拘束する腕は緩む事なく専務は艶然と微笑んでいる。

「離してください」
「……月宮君?」
「離してください、と言っているんです千賀専務。確かに恋人に二股されて裏切られました。正直、そんな男はこちらから願い下げです。だからと言って、すぐに新しい人に乗り換えられる程、心は簡単には出来ていないので、雨宿り目的でこの場に居る千賀専務とどうこうなりたいとは思ってません。なので、お願いします離して、くださ……んっ」

 叫びたいほどの怒りが湧き上がっているのに、心はひんやりと冷たくなっていた。
 それは凍りつく言葉となり専務へ口撃を浴びせるものの、最後の言葉は彼の唇によって塞がれ、一瞬で天地が反転していた。

 一体なにが起こっているのか。

「んうっ? ぅんんっ」

 話す為に開かれた口のあわいに、ぬるりと肉厚な何かが意思を持って侵入してくる。すぐにそれが専務の舌だというのには気づいた。
 絡んでこようとする舌先から咄嗟に逃げると、専務の舌は揶揄うように口蓋を擽り、舌小帯をねっとりと愛撫してくる。その下に唾液の溢れる場所があるせいか、専務のと自分の唾液がチュプチュプと淫音を奏でる。

「ふぁっ……せ、……む、ぅ」

 顎上のザラザラした場所を舌で愛撫されると、腰の疼きが強くなる。こんな場所が性感帯なんて知らなかった。丁寧に情欲を開くような官能的なキス。
 今、このホテルのどこかで自分以外の女性と交わってるだろう元恋人とするセックスは、荒々しく彼の欲だけを満たすようなもので、キスもお粗末だったなとぼんやりと思い出す。
 だからこそ、脳まで溶けそうな甘いキスを、専務の首に腕を回して自然と受け入れてしまっていた。

 前戯と呼べそうな蕩けるようなキスに、次第に抵抗する力は抜け落ち、押し返す手は専務に縋るようにシャツを握り締めていた。微かに湿った布が指に絡む。

「……ん、はぁ……ぅんっ……あぁ」

 耳を澄ましてやっと聞こえるほどの音量が流れる室内で、唾液で舌が泳ぐ音と私の苦しさに喘ぐ吐息が響く。
 専務の手は私の髪を梳き、地肌を滑る心地よさに溜まっていた唾液をコクリと嚥下する。トロリと喉を通るそれは普通に考えれば汚い筈なのに、どうしてこうも甘く感じるのか。
 元恋人とも数え切れない位キスしたのに、こんな感覚に陥るのは初めてで、戸惑いしかなかった。

「離すつもりなんてないんだよ、月宮くん……いや、真唯」

 小鳥が啄むようなキスを唇音と共に仕掛けた専務は、低くドロリとした甘い声で囁く。切れ長の瞳はまるで獲物を前にした獰猛な獣のように光っていた。

「君があのクズと別れる瞬間を今か今かと待っていたんだ。真唯が泣いたのは確かに胸が痛んだけど、同時にチャンスだと思った」
「ちゃんす……?」

 執拗なキスで酸欠状態なのか、喘ぐように私の口から出てくる言葉はたどたどしく、幼子のよう。だけど、恥ずかしさはほぼなくて、途中で止まってしまった事にお腹の奥がキュウっと疼く。

「そう。真唯と出会った時にはフリーだったのに、今の会社に入った時には既にアイツと付き合ってただろう? 幸せそうな真唯を泣かせたくなかったから静観してたけど、結局泣いちゃってるし」

 専務はそう言って、私の眦《まなじり》に纏わりついている涙を、そっと唇で吸い上げる。

 確かに元恋人と付き合い始めたのは、専務が会社に就任する少し前の話だ。

「こんな事なら、引き継ぎなんてあっさり放り出して真唯にアプローチすれば良かった」
「……へ?」

 思わず素っ頓狂な声を出してもおかしくないだろう。
 えーと、専務は元恋人と出会う前から私を知っていたって事? っていうか、あっさり引き継ぎ放り出さないでくださいよ。困るの後任の人なんですよ。
 その前に、なにげに私の名前を呼び捨てにしてますが。ああもう、どこに突っ込んだらいいのやら。

「多分、真唯は憶えてないと思うけど、三年位前に俺たち会ってるんだよね」

 実は、とどこか懐かしむような笑みを滲ませる専務の言葉に、状況も忘れ見上げるに留まる。美形はどんな表情しても美形だよなぁ。しかも色気ダダ漏れな専務を見るなんて初めてで、ドキドキと心臓が痛い位。

 専務曰く、私と初めて会ったのは三年前に行われた総合セミナーだったそうだ。
 言われてみれば、当時は仕事の糧になればと、会社が参加するセミナーに割と多く参加していた。会社が費用補助出してくれたし。
 出席した分だけ身にも心も成長できるのが楽しかった。

「あれは俺の前の会社主催のセミナーだったんだけど、突然刃物を持ったヤツが会場に押し入ったの、真唯は憶えてる?」
「……あ、はい」

 専務は私の頭を優しく撫でながら、そっと私の額に唇を落とす。

 あの日の事は私もしっかり憶えてる。
 騒然となる会場。目をギラギラと獣のように光らせた男の姿は無精ひげを生やし、ワイシャツも皺だらけで、見た目にもみすぼらしい容姿に、すぐに何か恨みを抱えた人なんだと気付く。
 その人は脇目も振らずまっすぐに壇上に居る人へと弾丸の速さで駆けてくる。それなのに、壇上の人はただただ男を見ているだけで、逃げようとかそういったアクションを起こさず、本当にまっすぐ男の動きだけを見つめていた。

 誰かが「危ない!」と叫んでたのが聞こえた。
 だけど声ばかりで誰も壇上の人を助ける為に動けなかった。同じく私もだけど。

 情けない話なんだけど、腰が抜けてしまってたのだ。へたりこんだ私へと、咆哮あげながら凶刃を持った男が駆けてくる。
 もし、あれが私に刺さったら? あんな猛然と駆け寄ってくる勢いの鋭い刃は容易く私の肉体に沈んでいく事だろう。脳裏に恐怖が映像となって浮かんだせいで、逃げるとかどうしようとか考えは真っ白になって、ギラリと照明に光る刃物だけを目に映していた。

 が。

 余程座り込む私を全く気づいてなかったのか、目標相手にしか目に入ってなかったのか分からないんだけど、奇襲者は私に足を取られ転んだのだ。それも面白い位盛大に。コントか。
 ちょっとオマヌケとか思ったものの、私以外誰も怪我する事なく犯人は警備員によって捕縛された後、警察に逮捕されたそうだ。

 ちなみに私は犯人の男に派手に蹴られたせいで、肋骨にヒビが入った。完治までに時間がかかったけど、普通に生活する分には支障ない程度には完治している。
 たまーに雨が降ったりすると、えっちの時に鈍く痛む事はあるけどね。主に男性が好みそうな赤ちゃんのおむつ換えポーズとか、松葉崩しとか。
 ちょっとあの人変態プレイ好きだったのかも。別れて正解だったわ。もしかして、今もこのホテルのどこかでそんなプレイしているのかしら。いやだいやだ、想像したら気分悪くなってきた。

「あの男はかつて俺の部下だったんだ」
「え、と。押し入ってきた方が……ですか?」
「うん。守秘義務があるから詳細は言えないけど、色々あって前の会社から解雇されて。まあ、俺に恨みつらみがあったんだろうね。どこからか情報を仕入れて、俺が参加するセミナーで、しかも俺が発表してる時を狙ってきたんだから」

 結果として真唯を怪我させてごめんね、ともう傷もない脇腹に手を添えて、頬に口づけてくる専務の顔はとても苦しげで、

「気にしないでください、千賀専務。ちょっと骨にヒビが入っちゃいましたけど、今は何ともありませんし、あの時は誰も怪我なくてホッとしたんですから」

 私は手を伸ばし専務の頬をそろりと撫でる。
 くっそう、イケメンは肌も綺麗とか。しかもスベスベしてて気持いいとかズルい。
 というかどんなスキンケアしてるのか知りたい。

 専務の肌の心地よさを堪能していたら、何故か専務は勢いよく立ち上がると、私を横抱きにした。
 安定した歩みで連れて行かれたのは大きなベッド。

「え? え?」

 困惑する私の体をベッドに優しく置き、私を囲うように専務が覆いかぶさってくる。

「真唯? 無自覚に誘うような真似をすると、いくら俺だって我慢の限界なんだけど?」
「え? 誘う? 私、そんなこと……」
「三年前に真唯と出会ってから、ずっと禁欲してきたんだ。こんなに可愛くて美味しそうな真唯を前にしたら、一刻でも早く真唯のナカに俺のを突っ込んで、アンアン言わせたいんだよね」
「ア……!?」

 いつもは物腰柔らかいけど、性的な匂いなんてさせない人からの明け透けな言葉に、私の顔に熱が溜まる。
 い、いや、こんな引く手あまたな人物が禁欲だと!? しかも私に惹かれたって理由で!?

「好きだよ、真唯。だから俺のものになって?」
「……っ」
「他の女じゃなく、真唯が欲しい。俺が真唯をずっと守って、愛してあげるから」

 だから俺を受け入れて?

 私を真っすぐに見つめ、真剣な表情の専務の言葉には、どこにも嘘や偽りはなかった。

 好きだって。
 私の事が好きだから三年間も禁欲してたんだって。
 私以外はどうでもいいって思ってくれるんだって。
 周囲から守る為に傍にずっと居てくれるって。

「……信じても……いいですか?」

 私もまっすぐに彼の目を見て問う。
 今すぐにでも私なんて翻弄させるなんて簡単な立場なのに、彼は私の言葉をただ待ってくれている。
 ああ、なんて素敵な人なんだろう。この人をどうして今の今まで唯一の人だって気付かなかったんだろう。

 じわじわと気持ちが湧き上がる。ほんの少し前は、もう立ち直れないほど絶望に染まっていたのに、今は目の前の男に全てを塗り替えられている。

「千賀専務の事……本当に信じてもいいんですよね?」
「うん。一生裏切らないから、ずっと信じていて、真唯」

 蜂蜜のように蕩けそうな眼差しを私へと向ける専務。自然と惹かれるように私達は距離を縮め、溶ける口付けを交わしたのだった。




「んぅ、ふぁ……あ、ん、……ん」

 ねっとりと舌を絡められ、溢れたお互いの唾液に溺れそうになる。でも、それすらも情欲に火を灯し、触れ合う部分が溶けそうに熱い。

 ドロドロのキスで蕩けさせられ、実はスライムになってしまったのでは、と思える位力が入らない。唾液が顎を伝うのですらゾクゾクと快感に震える。
 この人テクニシャンってヤツなのでは……

「せん、む」
「蓮也って呼んで、真唯。その舌っ足らずな声で呼ばれたら、我慢できないかもしれないけどね」
「……れ、んや、さ」

 キスの合間に彼を呼べば、蓮也さんはうっとりと情欲に滲んだ瞳を細める。
 会社では人あたりも良く、誰とでも平均的に接している人が見せる変化に、私はもうドキドキしっぱなしで、胸が痛い位。

「真唯、可愛い。好きだから、もっとキスしてもいい?」
「う、んっ♡」

 深く溺れて沈まないように蓮也さんの首に腕を回し、必死で百戦錬磨の口付けに応える。

 私も蓮也さんも生まれたての姿を重ねてて、トワレの匂いが消えた肌の香りを目一杯吸い込む。甘くて花の香りがするのは、蓮也さんの体臭なのかな。
 昔何かで読んだことがある。相手の匂いを心地よく感じるなら、その人は運命の相手だというのを。そんな都市伝説な内容を、前の私なら鼻で笑っていたけど、今の私はあれは本当だったのだと自然と受け入れていた。

「んっ♡ ……ぁ、ん、む♡ ……あっ、ん♡」

 ぴちゃぴちゃと舌の交わり合う音に酔いしれながら、私は抱き締める腕を強くした。

「ああ、トロトロになっちゃって。キスだけでこんなんじゃ、最後までできるか心配なんだけど」

 ちゅ、と唇音をさせて蓮也さんが揶揄してくる。

「だって、蓮也さんのキスが、沢山私を好きって言うから♡」

 既に弛緩しちゃってるけど、必死に蓮也さんの顔を寄せ、今度は私から口付けを仕掛ける。
 上唇を軽く食み、下唇を濡れた舌で舐めながら、そっと受け入れるように開かれたあわいに舌を滑り込ませる。男女でも性感帯とされている口蓋のザラザラした部分を舌先で擽るように愛撫すると、蓮也さんの体がピクリと痙攣するのを知った。

 元恋人とキスをしていても、自分から積極的に仕掛けるなんてしなかった。というより、あっさり終わるから出来なかったとも言う。
 正直、執拗にキスされた訳だけど、まだ触れてすらもない蜜壷からトロリ♡と雫が零れ、もどかしさに膝をすり合わせるだけでクチュリ♡と水音が跳ねる。
 蓮也さんのキスで、こうまで蕩けさせられた私は、恥ずかしいのもあって、仕返しとばかりに口付けを仕掛けたわけ。

「真唯が本気で可愛すぎる♡」

 甘ったるい笑みでそう言ってくれるけど、三十路近くの女に可愛いって褒められると面はゆい気分になる。

「あー、もう。年上だからって余裕ぶってみたのに、真唯が理性壊してくるもんなぁ」
「ふえ?」

 だから、そんな所も可愛いんだって、と不機嫌そうに呟いた蓮也さんは、いきなり噛み付くように私へと口づけてきたのである。
 獣に豹変した荒々しいキスは、息すらも奪うもの。苦しいだけのソレなのに、私はもっとと蓮也さんの首に絡めた腕を強めてしがみつく。

 お互いの剥き出しの肌が熱を帯びる。しっとりと汗で湿る蓮也さんの肌がいつしか尖っている胸の先が甘く擦れ、ジクジクと快感が体を支配する。

 元恋人とのセックスで得られる事のなかった官能が、蓮也さんの手によって顔を出す。
 私、こんなにセックスに積極的なタイプじゃないと思ってたんだけど。不思議。

「気持ち、いい?」
「うん。蓮也さん、もっとして♡」

 劣情を滲ませる蓮也さんの眼差しは、いつも会社で見る穏やかなものとは違い、強い意思を持って私へと注がれる。
 こんな感情的な視線を受けた私の心臓が、ドクドクと鼓動を叩いてくる。

「辛かったら言うんだよ」

 彼はそう言うと頬から顎、そして首筋へと幾つもの口付けを落とす。時折ツキリと痛みが走るけど、それが何であるか分からない程初心ではない。
 蓮也さんの唇が鎖骨を挟むように食みながら、キスマークを残していく。

 今までは情交の痕跡を残されるのが嫌だったのに、蓮也さんにされるのは全然嫌悪どころか嬉しい気持ちでいっぱいになる。
 小さな痛みから彼の思いを刻みつけられ、多幸感に溺れていく。

「れんや、さん、気持ち、いぃ♡」

 胸元まで下りていった蓮也さんの頭をぎゅっと抱き締める。もっと直接的な刺激が欲しくて涙が出そう。

 これまで幾つか恋愛経験もあるし、それなりにセックスの経験もある。まあ、年齢も年齢だしね。
 だけど、今以上に心も体も満たされた事はない。なんていうか、しっくり? ぴったり?
 蓮也さんの触れるどこもかしこも熱くて、今まで恥ずかしくて出せなかった喘ぎ声とか自然に出ちゃってるし。そもそも、相手に「もっと」なんて言ったの初めてだし。

「こんなに感じるの……蓮也さんが、初めて♡」

 こう……ポロリと言っちゃった訳ですよ。ええ。

「真唯、これ以上煽んないで。もう、理性崩壊寸前なんだけど。このまま今すぐ真唯の中に突っ込んで、嫌だ、駄目だ、って真唯が泣き叫んでも、たっくさん中出しして、抱き潰したくなるんだけど」

 胸を愛撫していた蓮也さんは顔を上げたかと思えば、真剣な顔で物騒な事を一気にまくし立てる。
 中出しはやめてください。マジで。仕事楽しいんで、辞めたくありません。
 でも。

「抱き潰してもいいんですけど、避妊はして欲しいな、と」
「なんで? すぐにでも真唯を孕ませて、実質俺の嫁になってもらいたい位、切羽詰まってるんだけど。真唯は俺と結婚するの嫌?」

 こ、怖い。この人マジで言ってるよ。

「真唯は一晩だけの思い出にするつもりかもしれないけど、俺はそんな事しないからね。やっと俺の所まで堕ちてくれた真唯を離すつもりはないし、孕んだら俺から離れるなんて考えしないだろう?」

 三年も我慢したんだ、と恐怖すら感じさせる蓮也さんの宣言に、私は多少怯えつつも、内心喜びが溢れていた。

 こんな素敵で色んな女性から秋波を送られる美形から、三年もの間ずっと私だけを思ってくれたって事が嬉しい。しかも、さりげなくプロポーズまでされちゃった

「駄目? 真唯は俺の事、ただの上司で、一晩だけの相手にしか思えない?」
「そんな事……あるわけないじゃないですか。これだけ必死に猛アピールしてくれる蓮也さんとの時間を、一回だけなんてしたくないです。逆に、私で本当にいいですか? さっき二股されて失恋したばかりの女ですよ?」

 そう、余りに急展開すぎて脳内から忘れ去ってたけど、二股されてお別れのメッセージ送ったばかりなんだよね。元恋人が見たかどうかは分からないけども、もう私の中では終わった人だし、今後何か言われても戻るつもりはない。
 ただ、中途半端に執念深そうなんだよね、あの人。今後どう来るか分からないだけに、蓮也さんには迷惑かけたくない。

「真唯がそう思ってくれて嬉しいよ。逆に、失恋したばかりの隙を狙ってきた俺の方が嫌われないか不安だけどね」
「嫌いだったら、一緒にラブホテルの部屋に入る前に逃げてますよ」

 蓮也さんはちゅ、と額にキスして微笑む。
 普段はキリッとした精悍な上司って雰囲気なのに、今日は見たことない顔を沢山見てきた気がする。
 どんな表情も魅惑的な蓮也さんが私を求めてくれる事に、腰の奥がズグリと熱くなる。ああ、こんなにも蓮也さんに欲情しているのか。
 欲しい。この極上の男が私だけをドロドロに愛して束縛する熱が欲しい。

「蓮也さん、私を抱いて♡ 何もかもを蓮也さんの手で上書きして欲しいの♡」






「あっ♡ んぁ♡ あ……ぁ♡ あんっ♡♡」

 私の足の間に顔を寄せる蓮也さんは、執拗に熟れた秘裂を舌と指で苛む。

「ん、真唯の蜜、甘くて美味しい」
「やぁんっ♡ そ、んな事、言わな……あぁっ♡♡」

 猫がミルクを舐めるが如く溢れ続ける蜜口に舌を捩じ込んでは、止まる事を知らない蜜を音を立てて啜る。卑猥な行為と音に、私は背中をしならせては何度も軽く達していた。
 膣口がヒクヒク痙攣しているのが分かる。
 まだ挿入にすら至ってないのに、体はドロドロに蕩けきっていて、蓮也さんを喜ばすように蜜壷から新しい蜜がトプリと溢れる。ああ、もう恥ずかしい!

「ね、真唯♡ ここもぷっくりと膨らんでて美味しそう。この赤い果実はどんな味がするのかな?」

 蜜口の上にある敏感な実に熱っぽい吐息を吹きかけながら蓮也さんが問いかける。それすらも何度も登り詰めた私には毒となり、ビクビクと全身が震える。
 蓮也さんは敏感な肌に掌を滑らせ、ヒクつく果実を唇で挟み込むとジュッと音を立てて吸い付く。

「ひゃっ♡♡ あ、あっ♡ やぁんっ!」
「どこもかしこも真唯の体は美味しいね♡ 俺の腕でもっと淫れてえっちな真唯を堪能させてよ」
「やらぁ♡ しゃべ……ちゃ、だめぇ……あぁんっ♡♡」

 蜜に濡れた果実を、蓮也さんは胸の飾りと同じように舌先で舐め、転がし、潰して、吸って、唇で扱く。
 弾けそうに充血したクリトリスは、息を吹きかけられるだけでビリビリと腰に快感を伝える。
 陰唇も舐められ吸われ性感帯となっている。
 まだ挿入すらされていないのに、蓮也さんの舌と指で両手で足りないほどイかされていた。
 快楽地獄に、無意識に体は陸に揚げられた魚みたいにビクビクと痙攣し、いつしか差し込まれていた蓮也さんの指を食い締める。

 沢山喘いだせいか声は掠れ、体は力が入らないのに蓮也さんの愛撫には素直に反応する。与えられるだけの快楽に、私はボロボロ涙を流しながら首を激しく振っていた。

 気持ちいい。怖い。自分の知らない自分を蓮也さんによって暴かれる。

「れんや、さ……こわ、い、よぉ……」

 私は助けを求めるように蓮也さんへと手を伸ばす。その手は空を掴む前に、あたたかい蓮也さんの手に強く握られた。
 じわり、と冷えた手が温もりに包まれ、安心感からか弛緩した笑みを浮かべると。

「ああっ、もう、真唯愛してる♡ もう我慢出来ないから、真唯の中に挿いってもいい?」

 骨が折れそうな程強く抱きしめて、蓮也さんは切羽詰まった声で囁く。太腿にあたる蓮也さんの熱い塊は濡れ、私の肌をヌルリと滑る。彼はこんな状態になっても失恋したばかりの私を慰撫し、こうして侵入を尋ねてくれるのが嬉しい。

 元恋人だけでなく、今まで付き合ってきた男達にはない誠実さを知り、愛されてる実感に体が満たされ濡れる。

「う、ん♡ も……れんやさん、がほしいの……♡」

 ズルリと蜜壷から指が引き抜かれ、物欲しげなそこから蜜がトプリと零れる。あの主張激しい蓮也さんの杭で貫かれたら、散々蕩けさせられた私は壊れてしまうかも。でも、それすらも嬉しいとか、短時間で蓮也さんの向けてくる愛に溺れてしまってるのだろう。

 蓮也さんは相変わらずギラギラとした捕食者の目で私を見つめ、そっと体を起こすと、私の膝裏に手を充ててぐっと胸元まで押し上げる。
 いつもなら古傷が痛むのに、十分に体を蕩かせてるからか、痛みは全くない。

「真唯。真唯のここが俺を欲しいって、ヒクヒク震えてるよ♡」

 ねっとりと熟れた秘裂に視線を落とし、蓮也さんは熱のこもった声音で告げる。
 じ、実況しないでください。恥ずかしいじゃないですか。
 だけど、体は正直なもので、視姦されてる秘裂は蓮也さんを求め誘うように蜜を滴らせる。
 お尻が少し冷たいから、きっとシーツまで染みているだろう。

「も……、れんや、さん♡ じらさな、い、で♡」

 あれだけ執拗に前戯に時間を掛けられた体は本能に支配され、それが恥ずかしいと思うのに、腰が淫らに蠢く。あの太腿に感じた、固く、長大な楔で指だけで物足りない場所を満たして欲しい。

「うん、俺も早く、真唯の中に、はいりたい♡」

 蓮也さんの興奮した声が切《き》れ切《ぎ》れに聞こえる。
 潤みきった蜜口に熱い塊がクチクチ音をたてて期待にお腹の奥が疼く。これから起こる予感に目眩がしそう。

「あっ♡ ゃぁ……あぁっ♡♡」

 濡れた花弁を押し広げながら蓮也さんの灼熱が挿ってくる。予想以上に粘膜が引き伸ばされ、存在感を示しゆっくりと侵入してくるのがもどかしくて、こもる快感を逃がすように喉を反らし唇を噛んだ。

 今まで経験した中でこんなに苦しく質量を感じた事はない。それは蓮也さんが特別だからなのか、蓮也さんの肉体の一部が規格外なのか。もうどっちでも良かったりする。
 ただ、私の中に蓮也さんが入ってくる多幸感で、胸がいっぱいだったから。

 緩慢に進んでくるからか、蓮也さんの熱が蠢くのが分かる。だが、不意に動きが止まった為、蓮也さんに目を向けると彼は眉間に深い皺を刻み、何かに耐えているようだった。

 お腹いっぱい蓮也さんのモノで埋め尽くされている。そっとお腹を触ると、蓮也さんのモノでふっくらと隆起しているのが分かる。おお……こんな所まで挿ってるの凄い。

 妙な感動をしていると、とんでもない言葉が蓮也さんから発せられた。

「ごめん。全部挿いらなかった……」
「ふぇ?」

 なんと、これが全部ではないとおっしゃる。蓮也さん、どれだけご立派なモノをお持ちなんですか!
 いやいや、ご立派なのは、ギチギチに膣を広げてるから分かるけども!

「多分、真唯の子宮が下がってるのもあると思う。なるべく痛くないようにするけど、辛かったら言って」

 はあ、と艶めいた吐息を共に言われた言葉に、なるほど、と頷く。こんな姿も色っぽい。
 ずっと深い快感を与えられたせいで、子宮が下りてきたんだろうな。……って、子宮が下がるのって、排卵日頃じゃ……
 待って、待てまて、ストーップ!

「れ、蓮也さん?」
「なに?」
「一応確認しますけど、避妊具着けてます……よね?」

 さっき不穏な事を言われたから、おそるおそる訊ねてみれば、蓮也さんはニヤリと悪い笑みを浮かべ、私の足を持ち上げた途端、ギリギリまで抜いた楔を一気に奥へと突き上げてきたのである。

 ドチュンッ♡♡♡

「あ、あぁっ♡♡」

 間髪入れず襲った刺激に、頭の中で白い光が点滅する。確実にイった♡
 これ、確実に蓮也さんのおっきなモノが、子宮口にねじ込まれてる♡♡

 絶対これナマでヤってる! しかも私を孕ませようとしてる!

 鋭敏な中で蓮也さんの楔を逃がさないよう襞がまとわりつく感覚さえ、達したばかりの体はビクビクと連続して極めてしまう。
 ナマってこんなに気が狂うほどの快感を連れてくるのか。あんなうっすいゴムでもやっぱり違うんだな……
 気持ち良いけど体と心が追いつかない。しかも、今しがたの質問に答えてもらってないから不安が募る。

「真唯……まい……愛してる♡」

 だけど、蓮也さんが私の中で感じて貪るように腰を揺らしているのを見て、ここで止めるのもお互い体に悪いかな、とか思っちゃう。
 流されすぎとかも自覚してるんだけど、物騒な台詞を考えると、このままなし崩しに結婚まで組み込まれてそうな気がひしひしとするんだけど。

「真唯のおまんこに俺のせーえきビュービューして、お腹膨らむまで種付けしようね♡♡ 真唯の周期的にそろそろ排卵日だろうから、いっぱい種蒔いたら、俺と真唯の子どもができちゃうね♡」
「………っ♡」

 色気ダダ漏れでそんな事を宣言され、私は軽くイッてしまった。同時に内心ヒヤリともしている。
 どうして私の排卵日とか知っているんでしょうね! そうと分かってナマの中出しまでしようとするとか。もしかして、蓮也さんってヤンデレ属性?

 と、少しガクブルしていたんだけど、それも激しい抽送で霧散していった。

 ギッ、ギッとベッドのスプリングが悲鳴をあげている。

 濡れた蜜が跳ねる水音。肌を叩く破裂音。シーツが擦れる音。乱れ艶めく吐息。蜜壷で蓮也さんの熱を撫でる襞の感覚。微かに漏れる喘ぎ声。全てが嵐のように私を巻き込み、ただただ蓮也さんに揺さぶられ、快感に溺れるだけとなる。

「んっ、だめぇっ♡♡ そこぉ……♡ ひっ♡んふぅ、そんなとこっ♡ おっきぃ♡♡ あぁっ……もうっ、イっちゃ……あぁ♡♡」
「真唯のおまんこ気持ちいい……♡ 締まって……っ♡ ぐっ、愛してるッ♡♡ もうダメだッこんなに気持ち良いなんてイきそうっ♡ ……あっ、我慢、出来な、一緒にイこう……出るッ♡♡♡」
「ああッ♡♡ イ、ク♡ イグぅ……ッ♡♡♡」

 これまでとは比べ物にならない絶頂が全身を襲う。そんな私に蓮也さんの腰が最奥まで突き込まれ、ドクドクと脈動しながら子宮に白濁を撒き散らすのを、半ば意識を失いながら、お腹の熱を感じていた。

 あーあ、人生設計練り直さなくちゃ……。


 揺蕩う感覚にぼんやりと意識を取り戻せば、いつの間にかお風呂の中に沈んでいた。

「真唯、大丈夫?」
「れんや、さん?」

 後ろから蓮也さんの声が聞こえ振り返れば、不安に双眸を揺らす上司兼恋人になったばかりの姿が映る。

「心配したよ……、呼んでも返事ないし、ぐったりしてたから」

 それはあなたが抱き潰したからでしょ、とは言わない。やってもいい、と承諾したのは私だし。

「ごめんなさい。意識飛んじゃったから、心配してくれたんですよね」
「真唯が謝らなくてもいいよ。俺が無茶しちゃったのが原因なんだから」

 まったり二人でお風呂に浸かりつつ、しばらく私が俺がと押し問答してたんだけど、思わず出ちゃったくしゃみのせいで論争は一時中断。
 丁寧に全身をくまなく蓮也さんの手によってタオルで拭かれた後、ベッドは散々たる状態だった為、ソファで何故か蓮也さんの膝の上で抱っこされてますがこれは。

 まあ、三年越しの想いが通じて浮かれてるんだろうな、と諦める事にしました。まる。

 で、そこから第二、第三ラウンド突入までは憶えてるのだが、果たして私は蓮也さんと何回交わったか憶えておりませんがな。
 ヤンデレで絶倫って怖い。
 それから、案の定上司は全てにおいて中出ししてきたおかげで、なんとなくお腹がぽっこりしてるような……。ぶっちゃけ、これだけ種を注入されてたら、妊娠してそうな気が……しかもデキてたら、蓮也さん嬉々として入籍からの結婚式とかやりそうなんですが。いや、考えたら逃げたくなるからやめておこう。


 +

「真唯。そろそろ出るけど大丈夫?」

 洗面所で最低限のメイクをしていると、先に準備を済ませた蓮也さんがひょっこりと顔を覗かせる。私が疲れで爆睡している間に私の服と一緒にクリーニングに出していたようで、パリッとしたシャツから覗く喉元がセクシーです蓮也さん。

「はい、千賀専務。もういつでも出れますよ」

 にっこりと返すと、なぜか蓮也さんは渋面を浮かべる。一体全体なにがご不満なんですか。

「まーい。千賀専務じゃないだろう?」

 怖い位イケメンスマイルを貼り付け、蓮也さんが後ろから私を抱き締めた。そしてすかさず首元に唇を寄せて、ジュッ、と痛みが走る程吸い付いてきたのだ。

「や、ちょっ」

 ニンヤリと笑みを刷く蓮也さんの唇の近くにある私の首筋には、できたばかりの赤い印がくっきり浮かんでいるのが鏡に映る。

「ねえ、真唯。俺は真唯の何?」
「ひゃい?」

 何、って上司じゃないのか?

「今、上司って言おうとしたでしょ。違うよね?」

 うっ、あなたは超能力者ですか! 怖いわ!

 内心ガクブルしている私を抱き締めるというか、捕縛してる腕をそろりと下腹部へと移動させながら、

「真唯の排卵周期を鑑みて、沢山ココに俺の子種が入ってるし子宮に直接射精したから、ほぼ確実に俺のを妊娠してるだろうね。優しい真唯は堕胎なんてしないだろうし、俺も真唯をシングルマザーにするつもりは全くない。……って事は?」

 耳朶をカミカミ囁いてくるのは、物騒以外何物でもない内容。

「上司兼恋人兼婚約者……?」

 プルプルしつつ回答してみたら、まだ不服そうな顔をしている。まだ足りないって言うんですか。

 「ね、真唯。今日は一日時間ある?」と、こちらの疑問に答えないまま、蓮也さんが囁く。絶対、この人自分の声が良いって自覚していて、耳に吹き込んでるのだ。
 さっきから腰が疼いてしかたがない。
 まあ、昨日失恋したばかりで、蓮也さんに出会わなかったらお酒飲んで発散していただろうし、そもそもデートの予定だったから今日一日は空けてあるけど。
 あ、でも、携帯ショップと不動産屋いかなきゃ。

「ありますよ。一応、日曜日まで予定は入れてませんが。ただ」
「ただ、なに?」
「元恋人が今の電話番号とか全部知ってますし、今住んでいる所も知っているんですよ。だから携帯ショップと不動産屋さんに行きたいな、と」
「そう。それなら、食事が終わったら、携帯ショップに行こうか
「別に構いませんよ? 私もこのまま蓮也さんと離れるの寂しいと思っていたので」

 本音をポロリさせると、拘束が更に増してギュウギュウ締め付けてくる。い、いだだ!

「あー、もう、真唯可愛すぎる! またベッドに戻って抱き潰したくなる!」
「いやいやいや! ご飯食べるんですよね? 落ち着いてください!」

 あと、内臓出てきそうなんで、腕の拘束を緩めてください!

 正直に言っていいですか。この人の感情スイッチが分かりません。
 会社では始終穏やかだけど、仕事にはクールな印象しかなかったから、こうも感情豊富なのを初めて知って、戸惑っているのだ。

 蓮也さんの腕をペチペチ叩きながら口を開く。

「お腹も空きましたし、そろそろここ出ましょう? 今日と明日の二日間は蓮也さんと一緒にいますから」
「……うん、名残惜しいけど、時間もない・・・・・から、行こうか」

 苦しい妥協案を提示したら、なぜか意味深な事を告げつつ拘束が解かれる。私は首を傾げつつ先に入口で待ってる蓮也さんに続いて部屋を出ることにした。


 ホテルを出るまでにひと悶着あったけど、あの豪雨が嘘みたいに外は快晴。
 悲しみも痛みも雨で流され、私の隣にはちょっとヤンデる上司兼恋人の蓮也さんが、幸せそうに微笑む。
 ギュッと握られた手を握り返し、私もこれから来る未来は分からないけど、蓮也さんに向かって笑みで応えた。




 終
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